純白の抒情詩〈リューリカ〉

黒井ここあ

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第一章 妖精と呼ばれし娘

二 五月雨の心は(6)

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「へえ! 《ギフト》持ちの坊っちゃんでもそんなことがあるんですねえ! それで丸腰で帰っていらしたと、そういうわけですか」

「……あんまり大きな声で言うなよ……」

 夕暮れ時、うさぎを依頼したハンナが、厨房の戸口で戦果の無かったアルフレッドを迎えていた。
 彼が申し訳なさそうに突き出した空っぽの頭陀袋を受け取ると、彼女はやけに明るく励ました。

「いやあねえ、そう、しょげるものじゃありませんよ。お茶の時間が過ぎてもお帰りにならないから、もしやと思って献立を変えたんですけどね、意外や意外、正解でしたよ。あたしの直感も捨てたもんじゃないですねえ」

 鼻高々としているハンナ。
 アルフレッドが彼女から顔を逸らしながらぼそりと呟く。

「……野生の勘だろ?」

 彼女は鼻息を一つ荒々しく吐き出すと腕を組んだ。
 その口はへの字に結ばれていたが、その焼き栗のように赤茶けた瞳は笑っていた。

「誰が野生の熊ですか、まったく。まあ、その減らず口を聞けて、このハンナは安心いたしましたよ。今日も晩餐はお部屋にお持ちしますね」

「頼む」

 アルフレッドは無意識に未亡人のサロンを避けるルートを選び、自室を目指す。
 屋敷の自室に戻ると、乱暴にブーツを脱ぎ捨て、湯浴みに向かった。
 浴槽には既に湯が張られており、扉を開けるとしっとりとした空気が彼を無言で迎えた。
 湿度に弱い革のベストを脱ぎ損ねたことに気付き、慌てて隣の寝室に戻ると、そこで上着の全てを脱ぎ、寝台の上に放り投げた。
 そっと湯の張られた浴槽に足を入れる。
 ハンナの言うとおり、いつもよりも帰りが遅かったため、湯の温度は少しぬるくなっていた。
 それでも汗を流すのには十分だった。
 ぼんやりと浴槽に体を沈める。
 足を伸ばすと、アルフレッドは体重を全てその中に預けた。

「……ふう……」

 湯船の暖かな抱擁に、アルフレッドの緊張もため息とともに吐き出される。
 右の掌をゆるく握ると、じんわりと指先に血が巡るのが感じられる。
 初夏とは言え、夜風に晒された手足が冷え切っていたことを改めて自覚する。
 そして、緊張で凝り固まっていた肩まで湯に浸かるように、膝を立てて上体を更に沈めた。
 体を温めるアルフレッドの思考は、遠くエルレイの森に飛んでいた。

「夏の、白いうさぎ……。矢が折れて……」

 彼の二四年の人生で、こんなちぐはぐな出来事は初めてだった。
 矢が折れているのを見つけるときは、決まって矢じり側が野生の動物に刺さったままで、羽根の側だけが赤い血と共に残っているのが普通だった。
 それは、獲物が必死に取り除こうと悪あがきをした結果だった。
 しかし、今回は、へし折られたかのように真っ二つに折れて、その場に散らばっていた。
 どこまでも見渡せる、そしてどんな遠くのものも見つけられる、生まれ持っての優れた視力、これが彼の《ギフト》だった。
 これがために、狩人としての腕前を磨いてこられたのだ。
 その実力に少なからず自信を持っているアルフレッドは、不愛想な表情を更に険しくした。

「悔しい。絶対、あの真っ白な毛皮をひんむいてやる……!」

 彼は何とかして仕留めてやろうと決心し、そうして作戦を考えていると、彼は気付かぬうちに眠ってしまっていた。
 浴室の扉を強く連打する音が、うとうとと夢心地になっていた彼を現実に引き戻した。
 驚いて浴槽の中へずり落ちる彼に、ドアノブをガチャガチャ鳴らすというさらなる追撃があり、アルフレッドは慌てて浴槽から飛び出した。
 もちろん、その犯人が彼の乳母だったことは言うまでも無い。
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