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第一章 妖精と呼ばれし娘

三、カラスとの約束(10)

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 だが、この少女に対しては、なぜだかわからないが対処してみようと思えた。
 壁を隔てた先に声をかける。

「君、リュリっていったか?」

「人に名前を教えちゃ駄目だから、違うよ!」

 必死に首を振る少女とその言い分に、アルフレッドは首を落とす。

「さっき自分で言ってただろうが……」

「あっ、違うの、それは聞かなかったことにして!」

「聞いてしまったものは仕方ない! 残念だったな! それで、リュリ、これは何だ?」

 アルフレッドは恐る恐る壁に近づいて、指を近づける。
 触れるか触れないかという距離で、人差し指にちりちりとした痺れが発生した。
 壁が陽光に反射した虹色に囲まれているリュリは、先程の剣幕とは打って変わって、もじもじと心許なさそうに答える。

「……人にそう言うことを教えちゃ駄目なんだもん」

「……まさか、知らないとか?」

 眉をひそめるアルフレッドに、リュリは目を泳がせる。

「……まさか~……そんなこと~……」

 そんなことない、ときっぱり言い切れない彼女に、アルフレッドはため息をつく。
 穏やかな木陰に対峙する二人は、気まずくなってしばし黙った。
 アルフレッドがちらりと愛馬の方を見ると、彼女は怯えたのか、リュリから遠ざかるべく、小枝から手綱を解放させようと首をあちらこちらに引っ張っていた。
 むやみに木の枝を折ってしまうのは良くない、そう思い、アルフレッドはリュリの目前から離れた。
 愛馬の手綱を左手にとり、その腕で手綱を引いて愛馬の首を彼の方に近付けると、右手の皮手袋を脱ぎ、そっと撫でた。
 恨めしい鼻息が彼の大きな鼻先にかかる。
 それを受け、申し訳なさそうに苦笑すると、アルフレッドは手綱を引いてリュリの前にまた戻ってきた。
 彼女は、その場に力なくへたり込んでいた。その膝の上には、彼女の持ち物である籠があった。
 それに括りつけられたリボンを摘まんでいじっている。
 虹色の壁も、彼女の動作に合わせて形を小さくしていた。

「落ち着いてきたか?」

「……うん」

 フードを目深にかぶった少女は、素直に頷いた。

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