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二周目
憎みきれない
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(どういうこと……?)
エリアーヌがイザベルとして嫁ぎ、ジェラルドを庇って命を落としたことは夢じゃなかった。
だけどマリエは、今はイザベルが嫁ぐ前だと言う。
考えられることは一つしかない。何故か時が戻っているのだ。
(そんなこと、あるものかしら……?)
とても信じられない出来事だけれど確かに起きている。
そして同時に、やり直すチャンスを得たのだ。
今度こそジェラルドが身代わりのエリアーヌなどではなく、愛するイザベルを娶れるようにと。イザベルが駆け落ち相手と出会う夜会よりも前に戻ったことが何よりの証だ。
そう思うと胸は鈍く痛むけれど、新しい希望がエリアーヌに満ちた。
「あの……何か失礼なことを言ってしまいましたでしょうか」
「そんなことないわ。ありがとうマリエ」
「恐れ入ります」
状況を把握する為に無言で思案に耽るエリアーヌを見て心配そうに尋ねるマリエにそう答えると、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「朝食に遅れないように支度をするから手伝ってくれる?」
「もちろんです」
マリエの手を借りて支度をし、ネックレスに通した指輪を首にかけて食堂に向かった。
命を落とした記憶の続きではないと理解していても緊張する。気分と足取りは正直なところとても重いものだった。
食堂の入口手前で足を止めて深呼吸を繰り返す。
(大丈夫。私にできることは精一杯やったもの)
そう。
今がどんな時を刻んでいたって、エリアーヌはそれまでの自分の行動を後悔なんてしていない。
そして今度はジェラルドの幸せの為に、前は果たせなかったことをやり直すのだ。
「おはよう、エリー。珍しく遅かったのね」
エリアーヌの姿を見たイザベルが、笑顔で話しかけて来る。
食堂には姉だけでなく両親も来ており、自分の席にそれぞれ着席していた。
駆け落ちをしてオーベルハーク侯爵家を出たはずのイザベルがいる。それだけで本当に時が戻っていることをエリアーヌに教えてくれた。
「――おはよう、お姉様」
迷うことなんてないのに、どんな言葉を返せば良いのか一瞬忘れてしまう。そのせいで声がわずかに掠れた。
「つい本に熱中してしまって、気がついたら夜が明けていたみたい」
声の不調は寝不足が原因だと思わせる為に嘘をつく。
気がつけば自分は嘘をつくのが上手くなったように思う。
でも、無理もない。エリアーヌは嘘がばれないように読んでもいない、実在すらしない本の内容をでっち上げることにした。
「エリーを夢中にさせるなんて、そんなに面白いお話だったの?」
「ええ。一途な王子様のお話だったわ。次々と障害が訪れては乗り越えて愛を深めて、ページを捲る手が止まらなかったの」
「そうなの。だったらエリーが夜更かししてまで読んだ甲斐もあったみたいね」
今の時点のイザベルは、相手の男性とは知り合ってすらいないのだ。小さな棘を含ませた幼稚な嫌味を言ったところで伝わるはずもない。ただ自分の醜さだけを露呈し、エリアーヌは内心、自己嫌悪に陥りながらイザベルの隣に用意された自分の席についた。
「そのような理由で朝食の席に遅くなり、申し訳ございません」
「読書に夢中になるのは良いけれど、あなたももう子供ではないのだから時間の管理はしっかりとなさい」
「はい。以後気をつけます」
軽く瞳を伏せて反省を示せば、母もそれ以上は何も言わなかった。
後は変わりない、いつもと同じような朝の光景だ。
この二か月後に姉は愛する人と結ばれる為に家を出て行く。そのことをエリアーヌだけが知っている。だけどもう、未来を知るエリアーヌが繰り返させたりはしない。
その為に何をするべきか。
朝食を摂りながらエリアーヌはイザベルの顔を横目で盗み見る。
姉であり恋敵でもあるイザベルは、とても美しかった。
ジェラルドと並び立つ姿は一枚の絵画を思わせ、王宮でも羨望の目を向けられていた。ジェラルドの寵愛も納得がいくものだと囁かれていたことも知っている。――もっとも、その囁きは好意的な意味ばかりではなかったけれど。
「どうしたの? エリー」
視線があからさまになっていたらしい。イザベルが不思議そうに見つめる。
「お食事中に不躾な振る舞いをしてごめんなさい。お姉様が綺麗だったから見惚れてしまったの」
「まあエリーったら。エリーも、とても可愛らしくて自慢の妹よ」
「――ありがとう、お姉様」
誰しもが見惚れるであろうイザベルの笑顔を受け、エリアーヌはぎこちなく微笑んだ。
嘘をつくことは上手くなったのとは逆に、笑みを浮かべてみせるのは下手になった。どうやったら自然に笑えるのか、意識しないと笑えなくなっている。そして意識しても、笑えなかった。
でもエリアーヌが笑えなくたっていい。ジェラルドが笑っていてさえくれたら。そうしたら、エリアーヌの心は満たされる。
以前は朝食中にこんな会話はしていない。
だからもしかしたら、少しずつ違うやりとりを重ね続けたら未来が変わるかもしれない。
エリアーヌはかすかに見えた光明に胸を高鳴らせた。
エリアーヌがイザベルとして嫁ぎ、ジェラルドを庇って命を落としたことは夢じゃなかった。
だけどマリエは、今はイザベルが嫁ぐ前だと言う。
考えられることは一つしかない。何故か時が戻っているのだ。
(そんなこと、あるものかしら……?)
とても信じられない出来事だけれど確かに起きている。
そして同時に、やり直すチャンスを得たのだ。
今度こそジェラルドが身代わりのエリアーヌなどではなく、愛するイザベルを娶れるようにと。イザベルが駆け落ち相手と出会う夜会よりも前に戻ったことが何よりの証だ。
そう思うと胸は鈍く痛むけれど、新しい希望がエリアーヌに満ちた。
「あの……何か失礼なことを言ってしまいましたでしょうか」
「そんなことないわ。ありがとうマリエ」
「恐れ入ります」
状況を把握する為に無言で思案に耽るエリアーヌを見て心配そうに尋ねるマリエにそう答えると、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「朝食に遅れないように支度をするから手伝ってくれる?」
「もちろんです」
マリエの手を借りて支度をし、ネックレスに通した指輪を首にかけて食堂に向かった。
命を落とした記憶の続きではないと理解していても緊張する。気分と足取りは正直なところとても重いものだった。
食堂の入口手前で足を止めて深呼吸を繰り返す。
(大丈夫。私にできることは精一杯やったもの)
そう。
今がどんな時を刻んでいたって、エリアーヌはそれまでの自分の行動を後悔なんてしていない。
そして今度はジェラルドの幸せの為に、前は果たせなかったことをやり直すのだ。
「おはよう、エリー。珍しく遅かったのね」
エリアーヌの姿を見たイザベルが、笑顔で話しかけて来る。
食堂には姉だけでなく両親も来ており、自分の席にそれぞれ着席していた。
駆け落ちをしてオーベルハーク侯爵家を出たはずのイザベルがいる。それだけで本当に時が戻っていることをエリアーヌに教えてくれた。
「――おはよう、お姉様」
迷うことなんてないのに、どんな言葉を返せば良いのか一瞬忘れてしまう。そのせいで声がわずかに掠れた。
「つい本に熱中してしまって、気がついたら夜が明けていたみたい」
声の不調は寝不足が原因だと思わせる為に嘘をつく。
気がつけば自分は嘘をつくのが上手くなったように思う。
でも、無理もない。エリアーヌは嘘がばれないように読んでもいない、実在すらしない本の内容をでっち上げることにした。
「エリーを夢中にさせるなんて、そんなに面白いお話だったの?」
「ええ。一途な王子様のお話だったわ。次々と障害が訪れては乗り越えて愛を深めて、ページを捲る手が止まらなかったの」
「そうなの。だったらエリーが夜更かししてまで読んだ甲斐もあったみたいね」
今の時点のイザベルは、相手の男性とは知り合ってすらいないのだ。小さな棘を含ませた幼稚な嫌味を言ったところで伝わるはずもない。ただ自分の醜さだけを露呈し、エリアーヌは内心、自己嫌悪に陥りながらイザベルの隣に用意された自分の席についた。
「そのような理由で朝食の席に遅くなり、申し訳ございません」
「読書に夢中になるのは良いけれど、あなたももう子供ではないのだから時間の管理はしっかりとなさい」
「はい。以後気をつけます」
軽く瞳を伏せて反省を示せば、母もそれ以上は何も言わなかった。
後は変わりない、いつもと同じような朝の光景だ。
この二か月後に姉は愛する人と結ばれる為に家を出て行く。そのことをエリアーヌだけが知っている。だけどもう、未来を知るエリアーヌが繰り返させたりはしない。
その為に何をするべきか。
朝食を摂りながらエリアーヌはイザベルの顔を横目で盗み見る。
姉であり恋敵でもあるイザベルは、とても美しかった。
ジェラルドと並び立つ姿は一枚の絵画を思わせ、王宮でも羨望の目を向けられていた。ジェラルドの寵愛も納得がいくものだと囁かれていたことも知っている。――もっとも、その囁きは好意的な意味ばかりではなかったけれど。
「どうしたの? エリー」
視線があからさまになっていたらしい。イザベルが不思議そうに見つめる。
「お食事中に不躾な振る舞いをしてごめんなさい。お姉様が綺麗だったから見惚れてしまったの」
「まあエリーったら。エリーも、とても可愛らしくて自慢の妹よ」
「――ありがとう、お姉様」
誰しもが見惚れるであろうイザベルの笑顔を受け、エリアーヌはぎこちなく微笑んだ。
嘘をつくことは上手くなったのとは逆に、笑みを浮かべてみせるのは下手になった。どうやったら自然に笑えるのか、意識しないと笑えなくなっている。そして意識しても、笑えなかった。
でもエリアーヌが笑えなくたっていい。ジェラルドが笑っていてさえくれたら。そうしたら、エリアーヌの心は満たされる。
以前は朝食中にこんな会話はしていない。
だからもしかしたら、少しずつ違うやりとりを重ね続けたら未来が変わるかもしれない。
エリアーヌはかすかに見えた光明に胸を高鳴らせた。
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