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二周目
変えられない運命
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幼い頃に一緒に過ごしたうさぎと、幼い頃に抱いた恋心に祈りを捧げて屋敷へと戻る。
(どうしよう……。お姉様が夜会に行くのを何とかして止めないと……)
だけど、どうやって?
歩きながら精一杯考えてはみるものの、良い方法は何も思いつきそうになかった。
目に見えて違うような、大きな変化をもたらす必要はない。
とは言え姉が夜会に行く前日まで時が戻ったのだ。そこで何もせずにいては意味がないだろう。何とかして夜会を諦めさせる理由を作り出さなければいけない。
それとも、エリアーヌが思い違いをしているだけで、姉が駆け落ちする原因になったのは明日の夜会ではないのだろうか。
(――いいえ)
エリアーヌは首を振って自らの考えを否定する。
できる限り過去の出来事を思い返してみても、姉に変化が起きたのはあの夜会の後だった。もしかしたら、もうすでに出会っているということはあるのかもしれない。だけど〝決定的な何か〟が起きるのは明日であることに変わりはないのだ。
(でも、どうしたらいいの……)
状況を少しでも動かすきっかけになりそうなことを求め、さらに記憶を辿る。
(そういえば、あの頃)
ふいに引っかかりを覚えて足を止めた。
父がエリアーヌをイザベルの身代わりに仕立ててまで王族に嫁がせようとしたのは、オーベルハーク侯爵家の領地周辺を治める貴族たちに良からぬ噂が立っていたことも関係していたのではないだろうか。
あくまでも噂の範疇でしかなく、父はその件に関与してはいなかったけれど、だからこそ不利益を被りかねない立場にあったことは間違いない。
王都を離れて暮らしていることでエリアーヌは社交には明るくない。
それでもエリアーヌの耳にさえ届いたのは、多少なりとも火種に近しい場所にいる為だ。
(王家への反乱を目論む貴族がいると、噂が流れていたんだわ)
オーベルハーク侯爵家も巻き込まれそうになったのは、聖水晶の鉱山を所有しているからに他ならない。そうした噂が立つ状況となれば、むしろ真っ先に疑いの目を向けられる。
父はそうした野心を持ち合わせていない。だけど、家族だからエリアーヌはそうと知っている。反乱の意思なんて他人にはまず分かることではない。
今にして思えば、潔白の証明の為に聖水晶にまつわる権利の多くを引き渡す意図も含めての政略結婚だったのだ。
貴族同士の権謀術数といったものは無縁な場所で過ごしていても、全くの無関係というわけでもない。
噂話を理由に説得できるかは分からないけれど、エリアーヌは一縷の望みを胸にイザベルの部屋を訪れた。
「お姉様、お部屋にいらっしゃる?」
ドアをノックするとすぐに開けてくれたイザベルに、エリアーヌは訴えかける。
「どうかお願い、明日の夜会に行かないで下さい……!」
「突然どうしたの、エリー」
イザベルが驚くのも無理はない。
そのまま室内に通されるとエリアーヌは必死に言葉を続けた。
「今、領地の周辺貴族たちに反乱の嫌疑がかけられているのはお姉様もご存じでしょう? 主催者のコードナー伯爵家も、もしかしたらそうした派閥に与しているのかもしれないわ」
「私のことを心配してくれているのね。でも、だからと言ってむやみやたらと人を疑ってはだめよ」
「それは、そうなのだけれど……」
イザベルの言うことの方が正しい。
元より自分の言い分は、姉妹の情に任せての懇願でしかない自覚のあるエリアーヌは口を噤むしかなかった。
「でも大丈夫よ。明日は殿下がエスコートして下さるもの。予定だと明日のお昼にはこちらにご到着されるはずよ」
「殿下が……」
ああ、そうだ。
イザベルはジェラルドと一緒にいながらも他の男性に心を移したのだ。
ジェラルドはあんなに、イザベルに惜しみない愛を注いでいるというのに。でもイザベルは、身代わりを務めていたエリアーヌがそうだったように政略結婚だと思っているに違いない。
イザベルが愛されている事実を突きつけられる度、醜い嫉妬で息ができなくなる。
ゆっくりと深呼吸を繰り返してイザベルを見た。
優先されるべきはジェラルドの真っすぐで一途な愛だ。
夜会で会った程度の男性に、十年も前から婚約者であるジェラルドの想いを踏みにじる権利なんてない。
「殿下と、お屋敷でゆっくり過ごすのも良いと思うの。明日のお昼に到着のご予定なら、きっと移動でお疲れじゃないかしら」
「明日のお昼に到着されるのは、ご都合がつかなかったからなのですって。とてもお忙しい方が、わざわざこちらまで足を運んで下さるんですものね。殿下もそこはご承知の上でのことなのよ」
なおも食い下がるエリアーヌを諭すようにイザベルは答える。
それはそうなのだろう。
ジェラルドの性格を思うと本人が納得している行動であるのは想像がつく。
「どうしても、夜会には行かれるの……?」
「エリー。今日は本当にどうしちゃったの? まだ寝不足の影響が残ってしまってるのかしら」
イザベルは心配そうな表情でエリアーヌの額に右手を優しく当て、熱を測った。
「熱はないようだけれど……午後の予定がないなら、少し横になってもいいと思うわ」
「――お姉様」
やっぱりイザベルも嫌いにはなれない。
エリアーヌは唇を噛んでこみ上げる涙を懸命にこらえ、イザベルを見つめた。
「それなら私も、お姉様と夜会に行きたい。邪魔はしないから連れて行って」
(どうしよう……。お姉様が夜会に行くのを何とかして止めないと……)
だけど、どうやって?
歩きながら精一杯考えてはみるものの、良い方法は何も思いつきそうになかった。
目に見えて違うような、大きな変化をもたらす必要はない。
とは言え姉が夜会に行く前日まで時が戻ったのだ。そこで何もせずにいては意味がないだろう。何とかして夜会を諦めさせる理由を作り出さなければいけない。
それとも、エリアーヌが思い違いをしているだけで、姉が駆け落ちする原因になったのは明日の夜会ではないのだろうか。
(――いいえ)
エリアーヌは首を振って自らの考えを否定する。
できる限り過去の出来事を思い返してみても、姉に変化が起きたのはあの夜会の後だった。もしかしたら、もうすでに出会っているということはあるのかもしれない。だけど〝決定的な何か〟が起きるのは明日であることに変わりはないのだ。
(でも、どうしたらいいの……)
状況を少しでも動かすきっかけになりそうなことを求め、さらに記憶を辿る。
(そういえば、あの頃)
ふいに引っかかりを覚えて足を止めた。
父がエリアーヌをイザベルの身代わりに仕立ててまで王族に嫁がせようとしたのは、オーベルハーク侯爵家の領地周辺を治める貴族たちに良からぬ噂が立っていたことも関係していたのではないだろうか。
あくまでも噂の範疇でしかなく、父はその件に関与してはいなかったけれど、だからこそ不利益を被りかねない立場にあったことは間違いない。
王都を離れて暮らしていることでエリアーヌは社交には明るくない。
それでもエリアーヌの耳にさえ届いたのは、多少なりとも火種に近しい場所にいる為だ。
(王家への反乱を目論む貴族がいると、噂が流れていたんだわ)
オーベルハーク侯爵家も巻き込まれそうになったのは、聖水晶の鉱山を所有しているからに他ならない。そうした噂が立つ状況となれば、むしろ真っ先に疑いの目を向けられる。
父はそうした野心を持ち合わせていない。だけど、家族だからエリアーヌはそうと知っている。反乱の意思なんて他人にはまず分かることではない。
今にして思えば、潔白の証明の為に聖水晶にまつわる権利の多くを引き渡す意図も含めての政略結婚だったのだ。
貴族同士の権謀術数といったものは無縁な場所で過ごしていても、全くの無関係というわけでもない。
噂話を理由に説得できるかは分からないけれど、エリアーヌは一縷の望みを胸にイザベルの部屋を訪れた。
「お姉様、お部屋にいらっしゃる?」
ドアをノックするとすぐに開けてくれたイザベルに、エリアーヌは訴えかける。
「どうかお願い、明日の夜会に行かないで下さい……!」
「突然どうしたの、エリー」
イザベルが驚くのも無理はない。
そのまま室内に通されるとエリアーヌは必死に言葉を続けた。
「今、領地の周辺貴族たちに反乱の嫌疑がかけられているのはお姉様もご存じでしょう? 主催者のコードナー伯爵家も、もしかしたらそうした派閥に与しているのかもしれないわ」
「私のことを心配してくれているのね。でも、だからと言ってむやみやたらと人を疑ってはだめよ」
「それは、そうなのだけれど……」
イザベルの言うことの方が正しい。
元より自分の言い分は、姉妹の情に任せての懇願でしかない自覚のあるエリアーヌは口を噤むしかなかった。
「でも大丈夫よ。明日は殿下がエスコートして下さるもの。予定だと明日のお昼にはこちらにご到着されるはずよ」
「殿下が……」
ああ、そうだ。
イザベルはジェラルドと一緒にいながらも他の男性に心を移したのだ。
ジェラルドはあんなに、イザベルに惜しみない愛を注いでいるというのに。でもイザベルは、身代わりを務めていたエリアーヌがそうだったように政略結婚だと思っているに違いない。
イザベルが愛されている事実を突きつけられる度、醜い嫉妬で息ができなくなる。
ゆっくりと深呼吸を繰り返してイザベルを見た。
優先されるべきはジェラルドの真っすぐで一途な愛だ。
夜会で会った程度の男性に、十年も前から婚約者であるジェラルドの想いを踏みにじる権利なんてない。
「殿下と、お屋敷でゆっくり過ごすのも良いと思うの。明日のお昼に到着のご予定なら、きっと移動でお疲れじゃないかしら」
「明日のお昼に到着されるのは、ご都合がつかなかったからなのですって。とてもお忙しい方が、わざわざこちらまで足を運んで下さるんですものね。殿下もそこはご承知の上でのことなのよ」
なおも食い下がるエリアーヌを諭すようにイザベルは答える。
それはそうなのだろう。
ジェラルドの性格を思うと本人が納得している行動であるのは想像がつく。
「どうしても、夜会には行かれるの……?」
「エリー。今日は本当にどうしちゃったの? まだ寝不足の影響が残ってしまってるのかしら」
イザベルは心配そうな表情でエリアーヌの額に右手を優しく当て、熱を測った。
「熱はないようだけれど……午後の予定がないなら、少し横になってもいいと思うわ」
「――お姉様」
やっぱりイザベルも嫌いにはなれない。
エリアーヌは唇を噛んでこみ上げる涙を懸命にこらえ、イザベルを見つめた。
「それなら私も、お姉様と夜会に行きたい。邪魔はしないから連れて行って」
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