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不穏
壊れてしまったもの 1
「そのまま少し待っていて、フィオレア」
泣き続けるフィオレンツィアの髪を撫で、アドルフォードは部屋の奥にある扉の向こうへ姿を消した。しばらくして柔らかな白い布を持って戻り、フィオレンツィアと視線を合わせるように膝をつく。
「いい子だから、僕の顔を見て」
逆にフィオレンツィアは顔を強く腕に押し当てた。
今はきっと、化粧が崩れてとてもみっともない顔をしている。
みっともない顔と、可愛くない態度。どちらがましなのだろう。でも、もう嫌われているに違いないのだ。このまま消えてしまいたかった。
アドルフォードの手が左の頬に触れた。それだけでまた涙がこみあげて来る。新たな雫にアドルフォードも気がついたのだろう。ほんの一瞬、指先が反応した。
「ごめんね」
フィオレンツィアの顎にそっと手を沿わせて上を向かせる。またあの冷ややかな眼差しを向けられるのが怖くて目を閉じると涙が頬を伝った。すると顔の右側に何か柔らかな感触が触れる。
濡れた布だと気がついたのは少ししてからだった。お湯に浸したのか、わずかに温かい。
涙と化粧で汚れた顔と腕を優しく拭き、別のもう一枚で足のつけ根も綺麗にするとアドルフォードは小さな笑みを浮かべる。
「君はやっぱり、いつもの顔がいちばん可愛いね」
それから時折こぼれる涙を拭いながら、フィオレンツィアを抱き上げた。別の椅子に腰を下ろし、冷えはじめている身体を抱きすくめる。温めるように肩口を何度も撫でて尋ねた。
「ドレスは自分で着られそう?」
フィオレンツィアは小さく頷き、アドルフォードの腕の中からするりと逃げる。
手が離れて行く時、胸が鈍く痛んだ。引き留めたらドレスを着られない。だから手を離した。分かっていても胸は軋んだ。
命じられて脱いだドレスを、緩慢な動作で身に纏う。
ひどくみじめだった。
肌を曝し、何の証明ができたのだろう。
そしてドレスを元通りに着たところで全てが元通りになんてなりはしない。壊れてしまった心は、特に。
「フィオレア」
グラスが差し出されて水を飲んだ。注がれた水はとても冷たくておいしかったけれど、フィオレンツィアの好きな果実水ではなかった。
今日はここに来る予定などなかったのだから当然の話だ。
でも用意されている水の違いですら、フィオレンツィアはここにいてはいけないのだと思い知らせる。
「……ごめんね、フィオレア。僕の可愛い小さな花」
アドルフォードはフィオレンツィアをきつく抱きしめ、謝罪の言葉を再び口にした。
それは何に対する謝罪なのだろうか。
いつもと違って手荒い真似をしてしまったこと?
あるいは、すでに他の女性とも結ばれていること?
「送って行くから一緒に帰ろう、フィオレア。あまり遅くなったら君のご家族も心配してしまう」
大事にしてもらえているのかいないのか分からない。
――今のお兄様にとって、私はどういう存在?
何よりも知りたいのに、聞くのは怖かった。
アドルフォードの腕の中で、未だ泣きながら馬車に揺られる。
そうやって悲しい気持ちを全部洗い流してしまえたらいいのに、やっぱり悲しいままだった。
この気持ちはいつになったら消えるのだろう。
明日?
それとも明後日?
あるいは、もっとずっと先だろうか。
アドルフォードはフィオレンツィアを抱き寄せ、その手でずっと髪を優しく撫でている。時折髪の中に顔を埋め、耳元や首筋へと優しい口づけを落とした。それはもしかしたら、贖罪の為なのかもしれない。
「フィオレア」
話をしたくなくて、名を呼ばれても泣いているせいで聞こえていないふりをした。
わざとそうしていることくらい、気がついているだろう。けれど乱暴に身体を開かせた負い目からなのか、アドルフォードはフィオレンツィアの態度を咎めたりはしなかった。
泣き続けるフィオレンツィアの髪を撫で、アドルフォードは部屋の奥にある扉の向こうへ姿を消した。しばらくして柔らかな白い布を持って戻り、フィオレンツィアと視線を合わせるように膝をつく。
「いい子だから、僕の顔を見て」
逆にフィオレンツィアは顔を強く腕に押し当てた。
今はきっと、化粧が崩れてとてもみっともない顔をしている。
みっともない顔と、可愛くない態度。どちらがましなのだろう。でも、もう嫌われているに違いないのだ。このまま消えてしまいたかった。
アドルフォードの手が左の頬に触れた。それだけでまた涙がこみあげて来る。新たな雫にアドルフォードも気がついたのだろう。ほんの一瞬、指先が反応した。
「ごめんね」
フィオレンツィアの顎にそっと手を沿わせて上を向かせる。またあの冷ややかな眼差しを向けられるのが怖くて目を閉じると涙が頬を伝った。すると顔の右側に何か柔らかな感触が触れる。
濡れた布だと気がついたのは少ししてからだった。お湯に浸したのか、わずかに温かい。
涙と化粧で汚れた顔と腕を優しく拭き、別のもう一枚で足のつけ根も綺麗にするとアドルフォードは小さな笑みを浮かべる。
「君はやっぱり、いつもの顔がいちばん可愛いね」
それから時折こぼれる涙を拭いながら、フィオレンツィアを抱き上げた。別の椅子に腰を下ろし、冷えはじめている身体を抱きすくめる。温めるように肩口を何度も撫でて尋ねた。
「ドレスは自分で着られそう?」
フィオレンツィアは小さく頷き、アドルフォードの腕の中からするりと逃げる。
手が離れて行く時、胸が鈍く痛んだ。引き留めたらドレスを着られない。だから手を離した。分かっていても胸は軋んだ。
命じられて脱いだドレスを、緩慢な動作で身に纏う。
ひどくみじめだった。
肌を曝し、何の証明ができたのだろう。
そしてドレスを元通りに着たところで全てが元通りになんてなりはしない。壊れてしまった心は、特に。
「フィオレア」
グラスが差し出されて水を飲んだ。注がれた水はとても冷たくておいしかったけれど、フィオレンツィアの好きな果実水ではなかった。
今日はここに来る予定などなかったのだから当然の話だ。
でも用意されている水の違いですら、フィオレンツィアはここにいてはいけないのだと思い知らせる。
「……ごめんね、フィオレア。僕の可愛い小さな花」
アドルフォードはフィオレンツィアをきつく抱きしめ、謝罪の言葉を再び口にした。
それは何に対する謝罪なのだろうか。
いつもと違って手荒い真似をしてしまったこと?
あるいは、すでに他の女性とも結ばれていること?
「送って行くから一緒に帰ろう、フィオレア。あまり遅くなったら君のご家族も心配してしまう」
大事にしてもらえているのかいないのか分からない。
――今のお兄様にとって、私はどういう存在?
何よりも知りたいのに、聞くのは怖かった。
アドルフォードの腕の中で、未だ泣きながら馬車に揺られる。
そうやって悲しい気持ちを全部洗い流してしまえたらいいのに、やっぱり悲しいままだった。
この気持ちはいつになったら消えるのだろう。
明日?
それとも明後日?
あるいは、もっとずっと先だろうか。
アドルフォードはフィオレンツィアを抱き寄せ、その手でずっと髪を優しく撫でている。時折髪の中に顔を埋め、耳元や首筋へと優しい口づけを落とした。それはもしかしたら、贖罪の為なのかもしれない。
「フィオレア」
話をしたくなくて、名を呼ばれても泣いているせいで聞こえていないふりをした。
わざとそうしていることくらい、気がついているだろう。けれど乱暴に身体を開かせた負い目からなのか、アドルフォードはフィオレンツィアの態度を咎めたりはしなかった。
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