アルベロンの侵略 -NPCの奴隷勇者が真の勇者になるまでの話-

臂りき

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5話 二つの祝賀会

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 狭い食卓に所狭しと並んだ皿には兎や猪の肉、パンや森で採れる葡萄や木苺が山となり、燭台に並んだ蝋燭と共に揺れる。

 祝いの席には満面の笑みを浮かべたハルとそれにつられて笑みを零すアル。
 主催のサティスはそんな二人の微笑ましい様子を見守り、心の内で粛々と二人の成長を思い返し今日までやってこれたことに感謝した。

「じゃ、アルの目覚ましい成長を祝して――乾杯!」

 祝席の作法を全く知らない二人もサティスの勢いにつられて飲み物の入った木の器を天に掲げる。

「まぁ飲み物は葡萄ジュースしかないんだけどね。お肉ならたくさんあるからどんどん食べて!」

 遠慮がちに肉を切り分けるアルの元にハルとサティスが目一杯に盛り付けた皿が置かれる。

「ほら、アル。いっぱい食べて大きくなれ」
「ま、待って、ハル! サティも!」

 懸命に平らげたそばから次々と並べられる物の量に、あっという間に幼いアルの胃袋は限界を迎える。
 言っても聞かない二人の制止に苦労したアルは膨れた腹部を摩りながら、そんな様子を見て楽し気に笑い合う二人のことを眺め心の中で自然と祈っていた。

 ――どうかこんな日が続きますように。

 どんな辛い時も、こうした時間があるから乗り越えることができる。
 どれだけ酷い言葉を浴びせられ、殴られ蹴り飛ばされようとも、この瞬間があると思えばいくらでも我慢できる。
 二人がいてくれさえすればどんな仕打ちにも耐えてみせる。

 ――だからいつか、二人のことを嫌なことから守って、幸せにできるように頑張らなくちゃいけない。

 二人に守られてばかりの現状を、幼いながらにしてアルはいつも心苦しく思っていた。
 だからせめて、今は訓練をたくさんこなして〈隠蔽魔法〉を形にして嫌なことから二人を遠ざけてあげたい。

 少なからずアルは家族から虐げられる最中にも強く意識を保ち、そう願い、誓いを立てる瞬間があった。

 いつも優しく接してくれるミランやアダンに対してもアルは同様の念を抱いている。
 弱い自分がおこがましいとは知りながら、自分を良くしてくれる人たちの恩に報いたいと考えているのだ。

「ハルもいっぱい食べなきゃね。じゃないと私みたいになれないぞ」
「うっぷ――もう限界が近い、かもしれない。でも、サティみたいになりたい」

 有り余る食べ物を前に不敵な笑みを浮かべたハルは服の裾から大きな布切れを引っ張り出してみせた。

「こんなこともあろうかと用意していた。これでしばらくお楽しみに困らない」
「まったくずる賢くなったねハルは。誰に似たんだろうか」

 布切れを半分に割いて乾いた物と湿った物とに分けて包むハル。
 ぴくぴくと小刻みに動く耳とくせ毛の目立つ頭をサティスが激しく撫で回し、ハルはそのことを何故か誇らし気な顔で受け入れている。

「っと。そろそろお開きにしよう。お兄さんのお祝いもしなくちゃ」

 不自然な形に盛り上がったハルの腹部を笑いながらサティスが三人だけのお祝い会の終わりを宣言する。

 大丈夫だからと断るサティスを押し切り、二人は食卓や食器類を粗方片してから今度こそサティスにお祝いのお礼と明日までの別れを告げた。

「また明日。気を付けてお帰り」

 すっかり日が落ちた邸宅までの夜道を行く二人。

 ふと振り返るアルの目には、納屋のそばに立ち蝋燭の灯りに揺られながら静かに手を振る彼女の姿がどこか儚げに映った。

        ***

 シウテロテ王宮近衛騎士団への入団という華々しい活躍を見せる兄ミラン。
 古くから王家の血と繋がりのあるヌアザタート家の推薦があったとは言え、それは騎士爵と入団試験の権利を得たに過ぎない。

 何重にも渡る試験を突破し入団を勝ち取ったのは偏にミランの本人の人柄と実力が認められたからに他ならなかった。

 勇者を各地の危険地帯に送り込み、時に名を馳せる勇者を輩出してきたダヌリス家にとっても王家との繋がりを深められる利点がある。
 近隣に派遣させる冒険者パーティとは異なり、より危険度の高い魔族領への遠征を趣旨とする勇者パーティにはとにかく莫大な費用が掛かる。
 領内の冒険者を対象にした冒険者ギルドの運営や隣国との程々な交易で得られる利益だけでは、領内を維持管理するので手一杯となるダヌリス家が数年おきに複数の勇者を遠征に出せるだけの費用は当然捻出できない。
 絶対的に国からの援助が必要となるのだ。

 故に優秀な人材を王宮に仕えさせ一族の有用性を示すことも重要な役目となる。
 だが、ダヌリス家の面々がミランに向ける目はどれも虚ろで冷たい。

 本来最もその出世を喜び褒め湛えるべき父アラインですら、日々の事務仕事に追われる疲労感とわざわざ王宮に媚びを売らずともやっていけるという無駄なプライドが邪魔をして面の皮一枚を歪ませるだけに留まる始末だ。

 ミランが到着したばかりの今日、身内だけで執り行われたささやかな祝賀会は明らかな失敗に終わった。

 心から祝福したアダンや細かな事情を知らないアルですら静かすぎるほどに粛々と終わり行く時間に疑念を抱く結果となった。

「そう言えばさ、ミラン兄さん。ここにはいつまで居るつもりなの?」
「こらこらネーレ、失礼だぞ。ミランが望むならいつまでだって居てくれて構わないんだからな」

 食事に飽きたネーレが爪を手入れしながらアダンとの話が落ち着いたミランに不躾な問いを投げ掛け、そのことを長男のヨルベンが表面上嗜める。

 アダンが一足先に広間を後にしてからというもの、その態度は見るからにあからさまとなっていた。

「明後日の朝には発つつもりです。王宮に赴く前にお母様にもご挨拶をしておこうかと」
「ははっ。明後日ね、ふーんそうなんだぁ」

 向かいに座すパトリックに目を向け露骨に嫌な顔をしてみせたネーレは乱暴に椅子にもたれ掛かり尚も態度を改めようとしない。

「そろそろおいとましますね」
「まぁまぁミラン。これでも飲んで落ち着けって」

 パトリックは酒気を漂わせながら父アラインと対の位置に座すミランへと近付き、空になったグラスに酒瓶を傾ける。

「いえ、兄さん。酒は断っておりますので」
「ああ? 細かいことはいいだろうよ。な、飲めって」

 グラスに手を掛けるささやかな抵抗さえ愚かな男には通用せず、執拗な強要は続行される。

「パティってば、いけないんだぁ! 要らないって言ってるのに無理やり飲ませようとしてるぅ!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ! なぁ、ミラン。要らねぇわけねぇよな?」

「……申し訳ございませんが」

「そこまでにしたらどうだパトリック。剣の腕が鈍らないよう常に心掛けるその強い意志、さすがだミラン。俺たちも見習わないといけないな」

 一部始終を見届けたヨルベンはグラスに残った酒を一気に呷り、パトリックに席へ戻るよう無言で指し示す。

「チッ。高い高いってか」

 舌打ちと共に言葉を吐き捨てたパトリックはミランの死角から憎悪の籠った目で睨み付けてから食卓を回り、長男の指示に大人しく従った。

「お父様、お兄様方、本日は未熟な私のためにこうした場を設けてくださり誠にありがとうございました。これにて失礼させていただきます」

 まるで王族に対してでもするかのように恭しく頭を垂れ礼を述べたミランは、そばで心底心配そうに見詰めるアルに一瞬だけ微笑んで見せ、颯爽と広間を後にした。

「下民ごときが忌々しいっ!」
「……パトリック、言い改めなさい」

 この場における唯一の頼みを失ったアルは食器の片付けにかこつけて、それ以上繰り広げられる惨状から避けるべく可能な限り素早く厨房へと戻った。


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