ToBeMe

にゃご

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To Be Me -after THE day-

第4話

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 「……やっぱ一口ちょうだい」
 ならんで座った国峰が、ちょっと覗き込むようにしてそう言うのを聞き、国峰はぐっと声を詰まらせた。
 「……どうぞ」
 見てたら食いたくなったという大園に向けて、食べかけのだんごの串を差し出すと、彼は嬉しげに受け取って、人が食べてんの見てると旨そうに見えるよなとにこやかに言った。
 「かじっていい?」
 「……どうぞ」
 うきうきとだんごにかじり付く大園を見ながら、国峰は思わず小さなため息をついた。
 本当に、参る。
 多分、基準が、少し違う。大園が固まるほど照れるときと、そうでないときの基準が、国峰には分からないのだ。二人で歩いていて分かったことは、大園の考える“友人同士の触れ合い”の範疇は以外に広いのだということ。基本的に、彼は結構甘え上手で可愛いことをさらっとやれる質であること。そうして、そんな可愛い行動の一つ一つが許されるほどに、他人から見ても大園は綺麗なのだということ、等だった。
 頂上で大園に触れたのは、ちょっとした事故のようなものだった。大人じゃないと囁いた彼の、あどけない恥じらいに当てられた。抱き締めたい衝動を小指一つに封じてそっと触れると、大園は堪えるように息を詰めた。それが拒否でないことは分かっていて、ならば何に耐えているのかと考えたところで、欲求不満が暴走しそうになって手を離した。まだダメだと、自分を戒める。待つと言った。彼の気持ちが追い付くまでは、待つと決めた。そう、決めたのに。お預けを食った犬みたいに、がっつきそうになる自分が恥ずかしくて、国峰は大園から目線を逸らせた。それから二人、ベンチを見つけて景色を見ながら一休みしたのだが、彼はしばらく惚けたままで、話しかけるとじっとこちらを向く無防備な視線にまたじわじわと煽られながら、国峰はまだダメと胸の内に何度も呟き、波のように寄せては引きを繰り返す衝動をやり過ごした。そうして、大園が緩やかに放心から戻り、声や動きにも徐々に覇気が戻ったところで、下りようと声をかけたのだが。
 ー……国峰くん。俺こっち行ってみたい
 下りはゆっくり行きましょうと声をかけて歩き出した国峰に浴びせられたのは、どこかたがが外れたような大園の、可愛い笑顔の大盤振る舞いだった。分かれ道で先を歩く国峰の裾を引く大園は、山頂で指一本触れ合わせたときの反応が嘘のような鷹揚さで、国峰を驚かせた。国峰くんと呼び掛け、あの花が綺麗だとか、ドングリが落ちているとか、そういうちょっとしたことを一々共有しようとする彼に笑いかけられる度、跳ねるように踊る心臓がとくとくと煩かった。そうして、彼のその無邪気を可愛いと感じたのはなにも国峰ばかりではなく、近くを通りがかった女子学生らしき一団をして、あの人イケメンだけど動きが可愛いと言わしめた大園は確かに、はた目にもちょっとない愛らしさだったのだ。
 「ん……旨いね、これ」
 よくあるだんごよりも粘りの強い生地に横からかじりつき、ぱりっと焼けた表面に歯を立てた大園は、ほんのりと甘いだんごを咀嚼しながら頷く。
 「……うち、母親が絵本好きでさ」
 視線の先で、こくりと喉を鳴らした大園が脈絡なく言った。
 「絵本?」
 「そう。で、“お餅のなる木”が出てくる話があったんだけど、」
 その木になる餅のイメージに、このだんごがぴったり来るのだと、大園は緩く口角を上げた。
 「ふんわりしてて、あまーい感じ。小さいとき“お餅のなる木”の餅がどうしても食べたくて駄々こねてさ。母親はすあま買ってきてくれて、だけど俺的にはちょっと違うと思ってたんだけど、」
 意外なところで出会えた感じ。
 思いだし笑いのような淡い笑みを浮かべた大園から、ありがとうと差し戻される串を受け取りながら、回し食いはいいのかと、一人考えてどぎまぎする。かじりとられた一口にそわ付く自分と、なんということもなく振る舞う大園と。この辺の感覚が、自分と彼では大分違う。友達同士の回し食いも、自分がやると別の意味を持ちそうで怖かった。オープンにしていたからこそ余計に、そういうことに過敏なのだ。男女のカップルとは違うからと、今まで必要以上にブレーキをかけていた何気ない行動に気づかされる。オープンにしていたって、怖いものは怖い。歪な自分が何をしても、全部歪に映る気がして。周囲の人を不快にさせるんじゃないだろうかと、そういう気持ちが先にたって、気にするほどでもないことまで気にして、びくびくしている。自然に振る舞うことが、一番難しい。大園はその辺りの出し入れが多分、絶妙なのだ。だから、大園といると自然、国峰もそのように動かされてしまう。可愛いと思って笑うこととか、何気ない言動にどきどきするとか。そういう普通を、引き出されてしまう。隠し続けることは彼にとっては苦痛だったのかもしれないけれど。友達付き合いをきちんとやって来た大園だから、こんな風に衒いなく振る舞えるのだと思えば、そうした我慢もまた今の大園を作り上げた一因として愛すべきものと思える。大園は国峰の在り方に救われたのだと言うけれど、嘘をつかないことを信条としてきた自分は、彼の、一人耐える優しさの在り方を尊敬している。
 「……混んできたし、向こう行ってる」
 くるりと辺りを見回した大園は、一言断って3人掛けのベンチから腰を上げ、座る場所を探していた親子連れに声をかけて席を譲った。それから人混みを縫って広場の端に寄り、開けた景色を眺めていた。その背中から、手元のだんごに視線を落とす。知らない絵本の、知らない食べ物。“お餅のなる木”を国峰は知らない。
 「……お父さんは食べないの?」
 「んー?じゃあちょっとだけ貰おうかな」
 ふと隣のやり取りが耳に入り、ちらりと視線をそちらに向けると、小さな女の子が足をぶらつかせながらベンチに座っており、その向かいにしゃがみこんだ若い父親にだんごを差し出しているところだった。大人の手にあっても大振りと見えるだんごが、女の子の手の中だと更に大きく見えて、思わず笑みが浮かぶ。
 「……美味しい?」
 「うん!すごーく美味しい」
 彼女の持つだんごに小さく一口かじりついて、大袈裟に目を見開いて言う父親を見、女の子はつられたように全身で笑った。子供を見る父親の表情が、ふわりと和らぐ。可愛くて愛おしくて仕様がないと、その表情が語っている。守られているとわかる。この子は、この愛情に守られている。春の日差しのように暖かくて、海のように深い。こんな愛に包まれて、人は育つのだ。この子が両親の手を離れるまでの間にはきっと、親を煩わしく思うことも、意見が合わずにぶつかることもあるだろう。でも絶対に。この愛情が消えてしまうことはないと、確信できる。これほど暖かく、深い愛情が、消えることなどあり得ない。ただ、愛するが故に頑なになる。そういうことはあるかもしれない。他人事ではないから、いい加減になれない。諦めることもできない。諦めて、まぁ仕方がないと思えるのは、他人だからだ。怒ることや対立すること、とてつもない労力を要するそういうやりとりを、めげずに続けてくれるのは、家族だからだ。でも、だから。逃げてちゃダメだなと、そう思う。分かり合いたい。分かって欲しい。ならば、自分も。誠意を持ってその愛に応えなければならない。だって、国峰自身、彼らを愛している。だから、分かって欲しいと思う。ならば、わかる努力をしなければならない。それを、大園から教わった。
 「……あの、」
 しゃがみこんだ父親に声をかけて立ち上がる。こちらを見上げた彼は、はい?とちょっと首を傾け、その隣で、女の子も同じようにこちらを見上げた。目元が良く似た父娘だった。
 「もう退くので、よければどうぞ」
 「ああ、すみません。ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる彼にいいえと応じ、移動を始めながら大口を開けてだんごを詰め込む。ごちそうさまと声をかけて、売り場前のゴミ箱に串を捨て、少し遠くの大園の背中を目指す。国峰がその背にあと数歩のところまで迫ったとき、足音に気づいて大園が振り向き、大きく膨らんだ国峰の頬を見てくっと笑った。
 “お餅のなる木”を国峰は知らない。けれども、ふんわりと甘い、その餅の味を知っている。口一杯に広がる優しい甘さとふわふわの感触を感じながら、今ここにあるのは大園が愛された証だと、国峰は思う。その深い愛に、彼らの理想を演じ続けることで応じ続けた大園の、真実の味だ。自分とは少し形の違う、彼なりの、愛のあり方だ。
 「……俺も、その絵本読みたいです」
 口一杯のだんごを苦労して飲み込んで、開口一番そう言うと、大園は瞬間、山の上で見せたのと同じ、きっと友達には見せない表情をした後で、母親にタイトル聞いとくよと、はにかみながら俯いた。
 あなたを知りたい。あなたに知られたい。誰かを特別に想うことは、誰かを大切にするということは、きっと、そういうことなんじゃないだろうか。
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