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To Be Me -after THE day-
第6話
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それは、目を凝らさなければ見落としそうな、ごく小さな変化だった。
「……なんだこれ」
大園の唇から零れた呟きが耳に届いた刹那、言葉の響きが纏う戸惑いの奥に、聞いたことのない風合いを見つけた国峰の目前で、大園は一瞬、縋るような目をこちらに向けた。縋るような、救いを求めるような……甘えるような。その目がくっと細められ、直後、唇を噛み締めて俯いた彼の、耳の先が薄桃に染まる。声音に、仕草に。きゅっと心臓を掴まれた心地になって、国峰は息を止めた。視線から逃れるように伏せられた彼の表情は読めない。
酒を飲んでいる間、大園はいつもの大園で、おかげであまり意識せずに済んでいた。たまたま二人とも見ていた数年前のテレビドラマの話題とか、地元はどんな場所だとか。好きなものや嫌いなもの、職場の近くの美味しい飯屋の話。そんな他愛の無い話で笑い、国峰がぽろりと零した仕事の愚痴には穏やかに耳を傾ける。そんな、大人の大園がいて、それはそれでとても居心地が良くて。楽しくて嬉しくて、気が緩んだ。触らないように気をつけていたのに。触れてしまった。何気なく、無意識に。
ぶつかってよろけた大園を支えたのには本当に、何の下心もなかった。そんなに強くぶつかったわけではなかったから、何もせずとも倒れることはなかっただろうが、ぶつかった相手がよろめけば手が出る。咄嗟に腰を支えたのは、腕を掴むよりもその方が早かったからで、誓って、全くの無意識だった。……触れた瞬間は多分、何ともなかった。触ったという意識もなかったし、純粋に、転ばなくて良かったと、そう思っただけだった。自分の方は、確かに、それだけだった。
すみませんと声をかけた直後、大園の身体がひくりと小さく跳ねた。抱えた身体が、ふわりと温度を上げる。腕の中の熱源が、一瞬きりりと緊張し、すぐにとろりと弛緩する。あ、と、思わず声が出た。手のひらの下の骨の出っ張りが、突然明確に存在を主張し、闇に浮かぶ、大園の一糸纏わぬ腰のラインが脳内に蘇り、途端、指の先からぞわりとした感覚が上り、国峰は慌てて手を離した。理性の糸が、アルコールで緩む。触りたいと、そう思う。触りたい。この人を、もっと知りたい。もっと。腹の底まで。肉の内まで。
目の前でうつむく大園を見つめながら、そっと息を吐く。欲望がある。欲望と、熱情。傷つけたくない。だから、知らねばならない。この感情の根底にあるものは何だろう。自身の内を探る。身体の中の、心の内の、深いところ。
抱きしめたいと思う。なぜ?支配欲を満たすためか?そうではない。そうではないと、断言できる。いつかのような、嗜虐の歓びはそこにはない。一欠片もない。彼を誰かの身代わりにするつもりは?あり得ない。これは、大園に向く気持ちだ。欲望がある。欲望と、熱情。この欲は、熱は、何か。……結局のところ、甘やかしたいのだ。自分は、彼を。この人が俺に甘えてくれるなら、身を任せてくれるなら。これ以上ないほどの温もりをあげたい。肌と肌を隙間なく合わせて、満たしてあげたい。傷だらけの彼を包んで、抱きしめて。この人が頓着しないこの人自身の傷に、一つ一つ口付けて。もう大丈夫と伝えたい。
「……大園、さん?」
勘違いだったらどうしようと、声を潜めて呼びかける。彼のペースで、ゆっくり、優しく。怖がらせないように。そう、思っているのに。欲の滲む声が恥ずかしい。でも、どうしたって抑えきれない。期待させるこの人が悪い。俺の前で、俺だけの前で、弱いところを見せて欲しい。赦すから。全部、赦すから。赦される覚悟が出来たなら、俺の前で、もっと蕩けて。もっと甘えて。甘やかしたい。溢れ出す。溢れ出して、止まらない。
キスしたい、と俯いたままの大園が言った。小さな小さな声だった。
「っ、ん……」
部屋に入った瞬間、大園を抱きしめて口付けた。余裕はない。が、焦りもない。ゆっくり。ゆっくりがいい。ゆっくりの方がいい。
熱っぽい体を強く抱いて、啄む口づけを繰り返すと、大園はふるりと身体を震わせた。ギュッと閉じた目元を彩る長い睫毛が、身体の震えに合わせて揺れている。背中に回る腕が嬉しいと、そう思う。恥じらいは見えるのに、全然、離れてゆく気配はない。それどころか、ぐいぐいと身体を寄せてくる彼のせいで、国峰の身体は知らぬ間に扉に貼り付けにされていて、余裕のない大園の挙動が可愛くて、国峰は思わず笑んだ。
「……ここじゃ落ち着かないから、」
ベッド行きましょう?
キスに夢中な大園の肩を掴んでぐっと引き離すと、不服そうな目がこちらを向いた。全然、満足していない。もっと欲しいと、その目が言う。可愛い。もう全部可愛い。
動く気配のない大園を強引に振り向かせて、その背中をぐいぐいと押す。重い足がようやく動き出し、押されるがままに大園が進む。腕にかかる重みが、任せきる身体が愛おしくて、ツインルームの手前のベッドに差し掛かったタイミングで、国峰は背後から再び大園を抱きすくめて、白い頸に口付けた。ちゅっと音を立てて吸い上げると、大園はびくりと肩を跳ねさせた。
「……リュック、邪魔ですね」
その反応にまた笑んで、甲斐甲斐しくリュックのショルダーベルトに手をやると、されるがままの大園は大人しく国峰の手に従った。リュックを下ろした大園に、ベッドにかけてと囁くと、耳朶に触れた吐息に反応したらしい大園はまたちょっと震え、酷く従順にベッドの端に腰を下ろした。
「……シャワー、は」
「キスの後で」
こちらを見上げる視線に、声に。滲む甘えが嬉しい。滲む不安が、愛おしい。全部包んで、溶かしてあげたい。大園のリュックをラゲッジラックにとんと乗せて、自分のリュックもするりと下ろして適当に放る。身軽になった体でベッドの上に片膝で乗り上げると、スプリングがぎしりと軋んだ。片足は床についたまま、座った大園を見下ろす姿勢で動きを止めると、見上げる瞳がトロリと溶けて、仰け反った喉がごくりと鳴った。
齧り付くようにキスをする。唇全体を吸い上げた後で、薄く開いた唇を舌で嬲り、上向いた顎を支えながらぬらりと濡れた舌を差し出すと、雛鳥のように口を開ける大園が可愛くて、やっぱり笑みが溢れてしまう。口の中全部をかき回すように口付け合う。絡み合う舌が甘い。蜜のような唾液を吸い上げて飲み込むと、大園ははあと吐息を零した。
「……靴脱いで。ちゃんとベッド上がっちゃいましょう」
続きを待つ大園の頬をそうっと撫でて、噛んで含めるようにゆっくりと告げると、潤みきった目で大園はこくりと頷いた。彼が緩慢な動きで靴を脱ぐのを待つ間、国峰も自身のスニーカーを脱ぎ落とす。ずりずりと尻でずり上がるようにベッドに上がる大園と視線を絡めたまま、国峰も四つん這いで追いかける。ゆっくりゆっくり追い詰めると、大園の背がヘッドボードに到達し、もうそれ以上進めなくなる。同時に、国峰もぴたりと動きを止める。あと少し。けれど、埋まらない距離。蕩けた視線が、国峰を向く。
「……キス、するんだろ」
早く早くと、その瞳から溢れ出す期待が、熱が、体の表面からじわじわと染み込んで、媚薬のように脳を侵す。溶かす。
「……キス、したいのはあなたでしょ?」
触れたいと伸びかける手をぐっと堪え、ほんの僅かに顔を寄せる。吐息が触れる距離。目の前の大園が、きゅっと眉を寄せた。じりと灼けつく視線が痛い。国峰の手には従うのに、自分の意思では動かない。動けない。待たれているのは分かっている。俺に、力づくで奪われるのを待っている。甘やかそうとする度に逃げ出そうとする国峰の内にある逡巡を知っている。大事にしたい。甘やかしたい。国峰が欲しがるものは全部、何でもあげたい。でも。でも、ここだけは譲れない。だって、本当に。本当に、この後はもう、止めてあげられない。変わることは怖い。怖いから迷う。傷つけるかもしれない不安は、今もある。怖い。怖いのは、俺も同じ。だから、信じられるものが欲しい。触れてもいいと言う確証。俺でいいという確信。
とろけた目をした大園が笑う。
「……何、その顔」
甘い声が言う。そろりと伸ばされた指先が、頬に触れた。自信がないんだと、そう思う。この人に見合う、自信がない。自信がないから怖気づく。大園みたいに愛したい。包み込むように愛したい。けど、でも。俺にはそれが出来なくて、そのせいで多分、たくさん人を傷つけた。自分では気づかぬうちに傷つけてきた。だけど。だから。もう失敗したくない。大園には絶対、傷をつけたくない。優しい傷に塗れたこの人を、癒せる自分でありたい。
「……大園さん、」
好きですと告げる。告げた瞬間、頬を撫でる彼の指先をぱしりと掴む。逃げ出す気配はない。掴んだその手は硬く骨張って、少し冷たい。
好きだけで世界が回れば、どれだけ楽だろう。大切だという想いだけで守れるなら、どれだけ簡単だっただろう。思い通りにいかないことが多すぎる。愛すべきものに囲まれていても、それでも、苦しみは消えない。愛すら苦しい。愛しているから、苦しい。なんて、ままならないんだろう。
淡く潤む瞳を見つめながら、掴んだ手を口元に運び、その指先に口付ける。伝わればいいのに。身体の底からどろりと溢れるようなこの気持ちが、伝わればいいのに。言葉を介するから難しくなる。胸の内そのままを、開け広げて見せてあげたい。見せてほしい。指先に当てた唇で、大園の指を根元へと辿り、次には手のひらに口付ける。瞬きも忘れてこちらを見遣る眼に向けて、国峰はただただ想いを送り続ける。指先から足の先まで、全部が愛おしい。表皮から肉の内まで、全部が欲しい。表面にしか触れないのがもどかしい。
欲しくて欲しくて仕方がない。手のひらに触れる唇の温度。指の隙間からこちらを向く、深く透明な琥珀の目。数千万年の歴史の結晶が、内圧に圧されて蕩け出す。甘い香りを放って、大園を誘う。なんて目をするんだと、そう思う。罠のような甘さの奥に、傷ついた樹皮がうっすらと見えた。
ーキス、したいのはあなたでしょ?
意地の悪い言い方をする国峰がどうしてか不安げに見えて、あやすように触れた手を捕えられて、口付けられた。好きだと、言われた。ずくりと、腹の底から湧き起こるこの感情を、どうすれば彼に伝えられるだろう。安堵と、歓喜と、傾慕と。しっとりと潤む国峰の唇が、指先から手のひら、更に下って、手首に触れる。甘い視線はひと時も大園を外れず、見つめられるだけでどうにかなりそうなのに、勿体無くて目が離せない。この目も、温度も、俺のものだ。キスしたい。でも本当は、キスだけじゃ足りない。全然、足りない。この男の全てが、欲しい。空虚に染み入る慈雨。一滴だって、逃したくない。
視線の先で、柔らかな唇を割って真っ赤な舌がぬらりと顔を出し、大園の手首をひたりと這った。じっとりと張り付く赤い舌。ぞわりと、全身が反応した。
くっと腕を引くと、国峰は驚いたように目を見開いた。が、その表情を視界に捉えたのは一瞬で。
「っ、!」
身体を起こして、国峰の唇を奪う。勢いのまま押し付けた唇の下で、彼のそれがぐにゅりと潰れた。柔らかい。ふわふわの餅のような感触に、昼間のだんごの記憶が重なり、すぐに消えた。性急に舌をねじ込んで、国峰の中に触れる。もっと欲しい。もっと。視線も、体温も、血も、肉も、全部。全部欲しい。
国峰の手が大園の髪に差し込まれ、もう逃さないと引き寄せられる。ぐちゅりと、国峰の舌が絡みつく。絡んだ舌をまた絡め取って吸い上げる。隙間なく、繋がる。繋がりあって、混ざり合う。息をつく間も惜しんでキスをする。唾液が混ざって、零れる。深く、深く。もっと深く。酸欠と熱さで、頭がぼうっとする。目を閉じる。目を閉じても、闇はない。眼裏には、鮮烈な白が焼き付いている。美しい白。愛おしい白。
「……っ、はぁ」
唇が離れて息を継いだ。ゆっくりと目を開けると、至近距離の琥珀は幸せを映して揺らめいており、二人分の乱れた呼吸音がゆっくりと引くと、心地良い静けさの中、降参だと国峰が呟いた。
「……何?」
降参の意味が分からずに問うと、目元をとろかせた国峰がため息に乗せて囁いた。
「……今、すごいヤリたい」
甘い声に乗せた言葉が思いの外乱暴で、そのギャップに大園は思わず笑い、ここまで来てしないつもりだったわけ?とちゃかしてやると、国峰はううんと小さく唸った。
「……セックスは、しないつもりだった」
「なんで?」
「……今までの、大園さんの相手と同じじゃ……嫌、だから」
好きな人との初めては、ちょっと特別にしたいでしょう?
鼻先が触れ合うほどの距離で、甘い蜜の香を振り撒く男はそう言って照れたように笑い、でももう降参と、じゃれつくように唇を合わせた。絡む吐息が心地良くて、大園はゆるりと目を閉じた。
「んっ、あ、ぁ……やだ、」
くちくちと後孔を犯す国峰の指が、感じるところをするりと掠めて離れてしまい、大園は手元のシーツをぎゅうと摑んで緩く首を振った。
「……優一さんの中、とろとろなのにきゅうきゅう締まってる……」
気持ちいいの?と背中側から耳元に囁く国峰の声が、脳内を乱す。ベッドに横たわって背後から抱きしめられながら後ろばかり弄られ続けて、もうどれくらい経っただろう。前も触ってという願いは聞き入れられず、自分で慰めようと伸ばした手も、国峰に捕まって身動きが取れない。
ー……優一さんは、何もしなくていいですから
シャワーを浴びて戻るとすぐに、待ち構えていた国峰に裸に剥かれて押し倒された。今日は全部俺がやります、の言葉通り、国峰はそこから本当に、何一つ、大園にやらせてはくれなかった。動くなと言われて、頭のてっぺんから足の先まで丁寧に触られて、舐められて。くすぐったいようなもどかしいような刺激に焦らされた大園が早くと強請ると、後ろを慣らすからとこの体勢にされた。風呂場で準備したから大丈夫と再三伝えてはみたのだが、俺のやること取らないで下さいと寂しげに目を伏せられて仕舞えば、それ以上はもう、何も言えない。
ただ、与えられるだけ。ただ、甘やかされるだけ。
「……ん、ぁっ」
国峰の指がまた、内側のでっぱりをぐにゅりと一瞬押し込み、喉奥から声が漏れる。逃しようのない快感が、身体の中で滞留して渦を巻く。どろりと溢れ出す先ばしりは白く濁ってシーツを濡らし、与えられる快楽に形を変えた大園のそこは、さらなる刺激を求めてぴくりと跳ねた。首筋に熱い息が触れ、国峰がふっと笑んだのが分かった。
「……すっごい……中だけでイケそう、ですね」
焦らされ続けた身体はもう限界で、国峰の言葉に応える余裕はない。唇から零れるのは意味を為さない喘ぎ声ばかりで、茹だった脳はもうほとんど冷静な思考を失ってはいたのだが。ひゅうひゅうと喉を喘がせながら、中だけじゃないと、そう思う。気持ちいいのは、中だけではないのだ。ぴったりと背中に張り付く、汗ばんだ身体の感触とか。耳に触れる吐息。甘い声。臀部に当たる硬くて熱いその部分は、余裕ぶる国峰の我慢を雄弁に物語っていて。内側を嬲る指の動き以上に、そういう一つ一つが、大園の官能を刺激して、たまらない気持ちにさせる。決定的な刺激は一向に与えてもらえないのに、痛いくらいに張り詰めた自身は苦しくて切ないのに。酷く、満たされている。国峰が触れている。国峰が、欲しがっている。国峰が、与えてくれる。その事実が心地良くて、気持ちがいい。
「……ふ、」
無意識に、口元が綻ぶ。
同じわけがないのにと、そう思う。国峰が、他と同じわけがない。国峰がくれるものは全て、それだけで特別だ。だって、国峰は、自分にとって特別だから。セックスだって何だって、国峰とすること全部が特別で、唯一だ。与えられることが怖い。奪ってしまうことが怖い。怖いのに、嬉しい。お前から奪えるのが、お前が与えたいと思う相手が自分であるということが、こんなにも嬉しい。満たされている。欲しいと手を伸ばせば、否、そうでなくともずっと、満たし続けてくれる。与え続けてくれる。それが、嬉しい。
寝そべった姿勢のまま首を捻ると、肩に触れる国峰の髪が目に入り、大園はその髪に向けてそっと手を伸ばした。指先に触れるつるりと柔らかな毛束に指を差し入れてさらりと乱すと、国峰は一時動きを止めた。
だから、自分も。この男に返したいと思うのだ。この男を、喜ばせたい。尽きることなく、俺に与えられるもの全てを、同じように、それ以上に、与え続けたい。甘やかしたい。
「……ね……も、いい、から、」
入れてよ、ハル。
お前の喜びが、俺の喜び。
ハル、と呼ばれて。ぞわりと全身が総毛立つ。どくりと脈打つ心臓から血流に乗って、全身を、凶暴な感情が駆け巡る。
「……っとに、」
本当にこの人はたちが悪い。
爆発しかけた興奮を抑え込んで喉奥で呟くと、大園は後頭部をぐりぐりと国峰の鼻先に押し付けて甘く笑った。
「ハル……ハルくん」
好きだよと、言葉が続く。
ぞわぞわする。甘えられている。甘えられているのが分かる。甘えられているのに、甘やかされている。可愛くて愛しくて、格好良くて憎らしくて、甘い。甘くて甘くてどうしようもない。
熱い内部に埋め込んだ指をゴムと一緒に抜き取ると、ちゅぽんという水音に被せて、大園が可愛い声を上げた。肩を掴んでその体を仰向けると、ふんわりと蕩けた大園の、甘えた視線がこちらを向いた。
「ハル、」
するりと伸びた腕が首に回る。首に回って、引き寄せるでもなく動きが止まる。二人の隙間を埋める温度。ただ、触れるためだけに伸ばされた手。触れ合いのための触れ合い。ああ、と国峰は胸の内に呟いた。ああ、これは、大園の熱だ。大園がくれる熱。
「……優一、さん……あの、」
胸の内のぞわぞわが突然、質量を増して膨らみ、国峰は思わず口を開いた。ぞわぞわした、そわそわした、焦ったいような、そんな感覚。
「……なぁに?」
普段よりも鼻にかかった声だとか、言いながら、ちょっと首を傾げる仕草。触り心地のいい肌の感触。人当たりの良い笑顔と、痛みを1人抱え込む優しさと。この人を丸ごと、抱きしめてあげたい。癒してあげたい。
「……あの……何か……出来ること、ないですか?俺にして欲しいこと……」
きょとんとこちらを見上げる彼の表情を見て、唐突だったと口を噤む。じりじりと焦れる。どうしたら。どうしたらこの人は喜ぶだろう。どうしたら、安心するだろう。どうしたら、この人の特別になれるだろう。
言葉にならない気持ちが身体の中で膨らんで、喉の奥を詰まらせる。伝えたいことがあるのに、言葉にしようとすると掴みどころがない。彼を想う気持ちはこんなにはっきりここにあるのに、その輪郭を掴もうと伸ばす手は空を切るばかりで、ちりちりと燃える火に焦された心臓が、渇きを訴えて悶えている。あぁどうしよう。どう言えば伝わる?
「……なんでもいい?」
早鐘のように打つ心臓が送り込んだ血液で膨張して熱を持った脳が滲ませた視界が、大園の声に導かれて焦点を結ぶ。汗に乱れた前髪が、すべやかな額に淡い影を落としている。頬は薄紅色に染まり、唇は紅を引いたように赤い。劣情が、大園の体のあちこちから立ち上り、匂い立つ色香にくらくらする。
「……俺に出来ることなら、」
今にも吸い寄せられそうな引力にぎりぎりのところで逆らって応じると、大園は、じゃあ、と言葉を続けた。
「……痕つけて」
印が欲しいと、彼は言った。
ふわりと、こちらを見下ろす視線の温度が上がる。それが、嬉しい。
印が欲しい。だって、嬉しかったんだ。手首に残ったかすり傷も、全身に散った鬱血も。お前のものにされたみたいで。お前と一つになったみたいで。この男と自分は、全然、違うのに。全然、別のものなのに。同じではない二つが重なった気がして。欲しかったものを貰えた気がして。すごく、嬉しかった。だから、もう一度。
凶暴な熱を讃えた目が、じっとこちらを向いている。欲しい。欲しい。身体も、心も、全部が欲しい。この男の全部を、飲み込んでしまいたい。
不意に、国峰の手のひらが大園の腹に触れた。すっかり蕩かされた脳は、そっと触れるだけの刺激も快に変換して、身体の内に熱を生む。
「……ぁ、ん」
「……どこが、いいですか?」
押し殺した声から滲む熱情に煽られてまた、体内の熱が育つ。息苦しいほどの熱量が、全身を波打たせる。どこが、なんて、そんなの。
「……ぜんぶ……ぜんぶがいい」
全部に、刻んで。お前の印を全部に残して。前も後ろも上も下も全部。どこから見ても、お前の愛が分かるように。俺に、分らせて。
くっと、国峰が喉を鳴らした。覆いかぶさる身体が熱くて、このまま焼け死ぬかと思った。
「……なんだこれ」
大園の唇から零れた呟きが耳に届いた刹那、言葉の響きが纏う戸惑いの奥に、聞いたことのない風合いを見つけた国峰の目前で、大園は一瞬、縋るような目をこちらに向けた。縋るような、救いを求めるような……甘えるような。その目がくっと細められ、直後、唇を噛み締めて俯いた彼の、耳の先が薄桃に染まる。声音に、仕草に。きゅっと心臓を掴まれた心地になって、国峰は息を止めた。視線から逃れるように伏せられた彼の表情は読めない。
酒を飲んでいる間、大園はいつもの大園で、おかげであまり意識せずに済んでいた。たまたま二人とも見ていた数年前のテレビドラマの話題とか、地元はどんな場所だとか。好きなものや嫌いなもの、職場の近くの美味しい飯屋の話。そんな他愛の無い話で笑い、国峰がぽろりと零した仕事の愚痴には穏やかに耳を傾ける。そんな、大人の大園がいて、それはそれでとても居心地が良くて。楽しくて嬉しくて、気が緩んだ。触らないように気をつけていたのに。触れてしまった。何気なく、無意識に。
ぶつかってよろけた大園を支えたのには本当に、何の下心もなかった。そんなに強くぶつかったわけではなかったから、何もせずとも倒れることはなかっただろうが、ぶつかった相手がよろめけば手が出る。咄嗟に腰を支えたのは、腕を掴むよりもその方が早かったからで、誓って、全くの無意識だった。……触れた瞬間は多分、何ともなかった。触ったという意識もなかったし、純粋に、転ばなくて良かったと、そう思っただけだった。自分の方は、確かに、それだけだった。
すみませんと声をかけた直後、大園の身体がひくりと小さく跳ねた。抱えた身体が、ふわりと温度を上げる。腕の中の熱源が、一瞬きりりと緊張し、すぐにとろりと弛緩する。あ、と、思わず声が出た。手のひらの下の骨の出っ張りが、突然明確に存在を主張し、闇に浮かぶ、大園の一糸纏わぬ腰のラインが脳内に蘇り、途端、指の先からぞわりとした感覚が上り、国峰は慌てて手を離した。理性の糸が、アルコールで緩む。触りたいと、そう思う。触りたい。この人を、もっと知りたい。もっと。腹の底まで。肉の内まで。
目の前でうつむく大園を見つめながら、そっと息を吐く。欲望がある。欲望と、熱情。傷つけたくない。だから、知らねばならない。この感情の根底にあるものは何だろう。自身の内を探る。身体の中の、心の内の、深いところ。
抱きしめたいと思う。なぜ?支配欲を満たすためか?そうではない。そうではないと、断言できる。いつかのような、嗜虐の歓びはそこにはない。一欠片もない。彼を誰かの身代わりにするつもりは?あり得ない。これは、大園に向く気持ちだ。欲望がある。欲望と、熱情。この欲は、熱は、何か。……結局のところ、甘やかしたいのだ。自分は、彼を。この人が俺に甘えてくれるなら、身を任せてくれるなら。これ以上ないほどの温もりをあげたい。肌と肌を隙間なく合わせて、満たしてあげたい。傷だらけの彼を包んで、抱きしめて。この人が頓着しないこの人自身の傷に、一つ一つ口付けて。もう大丈夫と伝えたい。
「……大園、さん?」
勘違いだったらどうしようと、声を潜めて呼びかける。彼のペースで、ゆっくり、優しく。怖がらせないように。そう、思っているのに。欲の滲む声が恥ずかしい。でも、どうしたって抑えきれない。期待させるこの人が悪い。俺の前で、俺だけの前で、弱いところを見せて欲しい。赦すから。全部、赦すから。赦される覚悟が出来たなら、俺の前で、もっと蕩けて。もっと甘えて。甘やかしたい。溢れ出す。溢れ出して、止まらない。
キスしたい、と俯いたままの大園が言った。小さな小さな声だった。
「っ、ん……」
部屋に入った瞬間、大園を抱きしめて口付けた。余裕はない。が、焦りもない。ゆっくり。ゆっくりがいい。ゆっくりの方がいい。
熱っぽい体を強く抱いて、啄む口づけを繰り返すと、大園はふるりと身体を震わせた。ギュッと閉じた目元を彩る長い睫毛が、身体の震えに合わせて揺れている。背中に回る腕が嬉しいと、そう思う。恥じらいは見えるのに、全然、離れてゆく気配はない。それどころか、ぐいぐいと身体を寄せてくる彼のせいで、国峰の身体は知らぬ間に扉に貼り付けにされていて、余裕のない大園の挙動が可愛くて、国峰は思わず笑んだ。
「……ここじゃ落ち着かないから、」
ベッド行きましょう?
キスに夢中な大園の肩を掴んでぐっと引き離すと、不服そうな目がこちらを向いた。全然、満足していない。もっと欲しいと、その目が言う。可愛い。もう全部可愛い。
動く気配のない大園を強引に振り向かせて、その背中をぐいぐいと押す。重い足がようやく動き出し、押されるがままに大園が進む。腕にかかる重みが、任せきる身体が愛おしくて、ツインルームの手前のベッドに差し掛かったタイミングで、国峰は背後から再び大園を抱きすくめて、白い頸に口付けた。ちゅっと音を立てて吸い上げると、大園はびくりと肩を跳ねさせた。
「……リュック、邪魔ですね」
その反応にまた笑んで、甲斐甲斐しくリュックのショルダーベルトに手をやると、されるがままの大園は大人しく国峰の手に従った。リュックを下ろした大園に、ベッドにかけてと囁くと、耳朶に触れた吐息に反応したらしい大園はまたちょっと震え、酷く従順にベッドの端に腰を下ろした。
「……シャワー、は」
「キスの後で」
こちらを見上げる視線に、声に。滲む甘えが嬉しい。滲む不安が、愛おしい。全部包んで、溶かしてあげたい。大園のリュックをラゲッジラックにとんと乗せて、自分のリュックもするりと下ろして適当に放る。身軽になった体でベッドの上に片膝で乗り上げると、スプリングがぎしりと軋んだ。片足は床についたまま、座った大園を見下ろす姿勢で動きを止めると、見上げる瞳がトロリと溶けて、仰け反った喉がごくりと鳴った。
齧り付くようにキスをする。唇全体を吸い上げた後で、薄く開いた唇を舌で嬲り、上向いた顎を支えながらぬらりと濡れた舌を差し出すと、雛鳥のように口を開ける大園が可愛くて、やっぱり笑みが溢れてしまう。口の中全部をかき回すように口付け合う。絡み合う舌が甘い。蜜のような唾液を吸い上げて飲み込むと、大園ははあと吐息を零した。
「……靴脱いで。ちゃんとベッド上がっちゃいましょう」
続きを待つ大園の頬をそうっと撫でて、噛んで含めるようにゆっくりと告げると、潤みきった目で大園はこくりと頷いた。彼が緩慢な動きで靴を脱ぐのを待つ間、国峰も自身のスニーカーを脱ぎ落とす。ずりずりと尻でずり上がるようにベッドに上がる大園と視線を絡めたまま、国峰も四つん這いで追いかける。ゆっくりゆっくり追い詰めると、大園の背がヘッドボードに到達し、もうそれ以上進めなくなる。同時に、国峰もぴたりと動きを止める。あと少し。けれど、埋まらない距離。蕩けた視線が、国峰を向く。
「……キス、するんだろ」
早く早くと、その瞳から溢れ出す期待が、熱が、体の表面からじわじわと染み込んで、媚薬のように脳を侵す。溶かす。
「……キス、したいのはあなたでしょ?」
触れたいと伸びかける手をぐっと堪え、ほんの僅かに顔を寄せる。吐息が触れる距離。目の前の大園が、きゅっと眉を寄せた。じりと灼けつく視線が痛い。国峰の手には従うのに、自分の意思では動かない。動けない。待たれているのは分かっている。俺に、力づくで奪われるのを待っている。甘やかそうとする度に逃げ出そうとする国峰の内にある逡巡を知っている。大事にしたい。甘やかしたい。国峰が欲しがるものは全部、何でもあげたい。でも。でも、ここだけは譲れない。だって、本当に。本当に、この後はもう、止めてあげられない。変わることは怖い。怖いから迷う。傷つけるかもしれない不安は、今もある。怖い。怖いのは、俺も同じ。だから、信じられるものが欲しい。触れてもいいと言う確証。俺でいいという確信。
とろけた目をした大園が笑う。
「……何、その顔」
甘い声が言う。そろりと伸ばされた指先が、頬に触れた。自信がないんだと、そう思う。この人に見合う、自信がない。自信がないから怖気づく。大園みたいに愛したい。包み込むように愛したい。けど、でも。俺にはそれが出来なくて、そのせいで多分、たくさん人を傷つけた。自分では気づかぬうちに傷つけてきた。だけど。だから。もう失敗したくない。大園には絶対、傷をつけたくない。優しい傷に塗れたこの人を、癒せる自分でありたい。
「……大園さん、」
好きですと告げる。告げた瞬間、頬を撫でる彼の指先をぱしりと掴む。逃げ出す気配はない。掴んだその手は硬く骨張って、少し冷たい。
好きだけで世界が回れば、どれだけ楽だろう。大切だという想いだけで守れるなら、どれだけ簡単だっただろう。思い通りにいかないことが多すぎる。愛すべきものに囲まれていても、それでも、苦しみは消えない。愛すら苦しい。愛しているから、苦しい。なんて、ままならないんだろう。
淡く潤む瞳を見つめながら、掴んだ手を口元に運び、その指先に口付ける。伝わればいいのに。身体の底からどろりと溢れるようなこの気持ちが、伝わればいいのに。言葉を介するから難しくなる。胸の内そのままを、開け広げて見せてあげたい。見せてほしい。指先に当てた唇で、大園の指を根元へと辿り、次には手のひらに口付ける。瞬きも忘れてこちらを見遣る眼に向けて、国峰はただただ想いを送り続ける。指先から足の先まで、全部が愛おしい。表皮から肉の内まで、全部が欲しい。表面にしか触れないのがもどかしい。
欲しくて欲しくて仕方がない。手のひらに触れる唇の温度。指の隙間からこちらを向く、深く透明な琥珀の目。数千万年の歴史の結晶が、内圧に圧されて蕩け出す。甘い香りを放って、大園を誘う。なんて目をするんだと、そう思う。罠のような甘さの奥に、傷ついた樹皮がうっすらと見えた。
ーキス、したいのはあなたでしょ?
意地の悪い言い方をする国峰がどうしてか不安げに見えて、あやすように触れた手を捕えられて、口付けられた。好きだと、言われた。ずくりと、腹の底から湧き起こるこの感情を、どうすれば彼に伝えられるだろう。安堵と、歓喜と、傾慕と。しっとりと潤む国峰の唇が、指先から手のひら、更に下って、手首に触れる。甘い視線はひと時も大園を外れず、見つめられるだけでどうにかなりそうなのに、勿体無くて目が離せない。この目も、温度も、俺のものだ。キスしたい。でも本当は、キスだけじゃ足りない。全然、足りない。この男の全てが、欲しい。空虚に染み入る慈雨。一滴だって、逃したくない。
視線の先で、柔らかな唇を割って真っ赤な舌がぬらりと顔を出し、大園の手首をひたりと這った。じっとりと張り付く赤い舌。ぞわりと、全身が反応した。
くっと腕を引くと、国峰は驚いたように目を見開いた。が、その表情を視界に捉えたのは一瞬で。
「っ、!」
身体を起こして、国峰の唇を奪う。勢いのまま押し付けた唇の下で、彼のそれがぐにゅりと潰れた。柔らかい。ふわふわの餅のような感触に、昼間のだんごの記憶が重なり、すぐに消えた。性急に舌をねじ込んで、国峰の中に触れる。もっと欲しい。もっと。視線も、体温も、血も、肉も、全部。全部欲しい。
国峰の手が大園の髪に差し込まれ、もう逃さないと引き寄せられる。ぐちゅりと、国峰の舌が絡みつく。絡んだ舌をまた絡め取って吸い上げる。隙間なく、繋がる。繋がりあって、混ざり合う。息をつく間も惜しんでキスをする。唾液が混ざって、零れる。深く、深く。もっと深く。酸欠と熱さで、頭がぼうっとする。目を閉じる。目を閉じても、闇はない。眼裏には、鮮烈な白が焼き付いている。美しい白。愛おしい白。
「……っ、はぁ」
唇が離れて息を継いだ。ゆっくりと目を開けると、至近距離の琥珀は幸せを映して揺らめいており、二人分の乱れた呼吸音がゆっくりと引くと、心地良い静けさの中、降参だと国峰が呟いた。
「……何?」
降参の意味が分からずに問うと、目元をとろかせた国峰がため息に乗せて囁いた。
「……今、すごいヤリたい」
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ただ、与えられるだけ。ただ、甘やかされるだけ。
「……ん、ぁっ」
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「……すっごい……中だけでイケそう、ですね」
焦らされ続けた身体はもう限界で、国峰の言葉に応える余裕はない。唇から零れるのは意味を為さない喘ぎ声ばかりで、茹だった脳はもうほとんど冷静な思考を失ってはいたのだが。ひゅうひゅうと喉を喘がせながら、中だけじゃないと、そう思う。気持ちいいのは、中だけではないのだ。ぴったりと背中に張り付く、汗ばんだ身体の感触とか。耳に触れる吐息。甘い声。臀部に当たる硬くて熱いその部分は、余裕ぶる国峰の我慢を雄弁に物語っていて。内側を嬲る指の動き以上に、そういう一つ一つが、大園の官能を刺激して、たまらない気持ちにさせる。決定的な刺激は一向に与えてもらえないのに、痛いくらいに張り詰めた自身は苦しくて切ないのに。酷く、満たされている。国峰が触れている。国峰が、欲しがっている。国峰が、与えてくれる。その事実が心地良くて、気持ちがいい。
「……ふ、」
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寝そべった姿勢のまま首を捻ると、肩に触れる国峰の髪が目に入り、大園はその髪に向けてそっと手を伸ばした。指先に触れるつるりと柔らかな毛束に指を差し入れてさらりと乱すと、国峰は一時動きを止めた。
だから、自分も。この男に返したいと思うのだ。この男を、喜ばせたい。尽きることなく、俺に与えられるもの全てを、同じように、それ以上に、与え続けたい。甘やかしたい。
「……ね……も、いい、から、」
入れてよ、ハル。
お前の喜びが、俺の喜び。
ハル、と呼ばれて。ぞわりと全身が総毛立つ。どくりと脈打つ心臓から血流に乗って、全身を、凶暴な感情が駆け巡る。
「……っとに、」
本当にこの人はたちが悪い。
爆発しかけた興奮を抑え込んで喉奥で呟くと、大園は後頭部をぐりぐりと国峰の鼻先に押し付けて甘く笑った。
「ハル……ハルくん」
好きだよと、言葉が続く。
ぞわぞわする。甘えられている。甘えられているのが分かる。甘えられているのに、甘やかされている。可愛くて愛しくて、格好良くて憎らしくて、甘い。甘くて甘くてどうしようもない。
熱い内部に埋め込んだ指をゴムと一緒に抜き取ると、ちゅぽんという水音に被せて、大園が可愛い声を上げた。肩を掴んでその体を仰向けると、ふんわりと蕩けた大園の、甘えた視線がこちらを向いた。
「ハル、」
するりと伸びた腕が首に回る。首に回って、引き寄せるでもなく動きが止まる。二人の隙間を埋める温度。ただ、触れるためだけに伸ばされた手。触れ合いのための触れ合い。ああ、と国峰は胸の内に呟いた。ああ、これは、大園の熱だ。大園がくれる熱。
「……優一、さん……あの、」
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言葉にならない気持ちが身体の中で膨らんで、喉の奥を詰まらせる。伝えたいことがあるのに、言葉にしようとすると掴みどころがない。彼を想う気持ちはこんなにはっきりここにあるのに、その輪郭を掴もうと伸ばす手は空を切るばかりで、ちりちりと燃える火に焦された心臓が、渇きを訴えて悶えている。あぁどうしよう。どう言えば伝わる?
「……なんでもいい?」
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「……俺に出来ることなら、」
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「……痕つけて」
印が欲しいと、彼は言った。
ふわりと、こちらを見下ろす視線の温度が上がる。それが、嬉しい。
印が欲しい。だって、嬉しかったんだ。手首に残ったかすり傷も、全身に散った鬱血も。お前のものにされたみたいで。お前と一つになったみたいで。この男と自分は、全然、違うのに。全然、別のものなのに。同じではない二つが重なった気がして。欲しかったものを貰えた気がして。すごく、嬉しかった。だから、もう一度。
凶暴な熱を讃えた目が、じっとこちらを向いている。欲しい。欲しい。身体も、心も、全部が欲しい。この男の全部を、飲み込んでしまいたい。
不意に、国峰の手のひらが大園の腹に触れた。すっかり蕩かされた脳は、そっと触れるだけの刺激も快に変換して、身体の内に熱を生む。
「……ぁ、ん」
「……どこが、いいですか?」
押し殺した声から滲む熱情に煽られてまた、体内の熱が育つ。息苦しいほどの熱量が、全身を波打たせる。どこが、なんて、そんなの。
「……ぜんぶ……ぜんぶがいい」
全部に、刻んで。お前の印を全部に残して。前も後ろも上も下も全部。どこから見ても、お前の愛が分かるように。俺に、分らせて。
くっと、国峰が喉を鳴らした。覆いかぶさる身体が熱くて、このまま焼け死ぬかと思った。
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