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占い師のお仕事は、背中を押してあげることです。

佳織の場合②

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 占い師と佳織の前には、直径が15センチほどの水晶玉が置かれている。その横には揃えられた銀色のカード。何で出来ているのか、どこか硬質な光を反射していた。

「こちらは初めてですよね?」

 ゆったりした占い師の声に、佳織は小声ではい、と答えてうなずいた。

「ようこそ、占い屋キャンドルライトへ。私は店主のアカリです。どうぞよろしくお願いします」

 それでは早速……と、灯と名乗った占い師は美しいネイルに彩られた指を組んで、佳織を見つめた。

「女友達……友達と言ってはいけないかもしれませんね。穏便に距離を取る、または縁を切る方法……と言った所でしょうか?」

「え、ええ⁉︎」

 ひっくり返った佳織の声が店に響いた。

「す、すみませ……でもどうして!」

 灯は目を細めて佳織を見て、揃えられたカードをくるくる混ぜた。程なくして佳織の前には、船の舵輪が描かれたカードが逆さまに差し出される。

「こちらは運命の輪の逆位置」

 続いて差し出されたのは、ライオンを手懐けている女のカード。これも逆さまだ。

「こちらは力のカードの逆位置」

 つづいて、星空のカード。

「こちらは、星の正位置」

 次に、何枚か捨てて1枚のカードを選んで、佳織の前でめくった。男女が抱き合うカードだ。

「こちらは、恋人たちのカードの正位置です」

 そして、徐に最初に出した3枚のカードの周りに、数枚ずつのカードを置いていく。コインやコップ、剣や棒切れの描かれたカードが置かれていった。

「占い師というのは……案外聞かなくてもこうしてお悩みがわかる時もある、そんな生き物なのですよ」

「はあ……」

「このカードから読み取れるのは、
 あなた様が今のどちらかといえばプライベートな人間関係に障害を抱えていて、
 ご自分の力ではどうにもならない状況であること、
 経済的なのか心情的なのか転職は考えていないこと……」

「ええ……今の会社、好きなんです……」

「会社の方はこれから業績が上がり始めるので、転職はもったいないですね」

「そうなんですか」

「はい。そして……この状況を覆すのは」

 灯は恋人のカードを指差した。

「貴方が恋をすることです。
 近いうちに出会いがあります。
 むしろ、今日これから出会うのでしょう。
 その方はおそらくイレギュラーなメンバーであるはずです」

「イレギュラー?」

「例えば、急遽キャンセルした人の代わりに呼ばれたり……本来は来る予定の無かった方と言うか」

 灯は今度は水晶を横目で見つめながらつぶやく。

「その方と繋がりを持っておくことで、あなたの人生が変わるでしょう」

「あ、あの!」

 佳織は慌てて声を上げる。

「み、みんなにこんな風に言うんですか⁉︎」

 灯は苦笑して口を開いた。

「いいえ。珍しくお会いして直ぐにたくさん分かったから、こうして時間いっぱいお話をしているんですよ。30分コースでしたよね?」

「ええ⁉︎」

 もはやパニックになりかけている佳織に、灯はさらにたたみかける。

「その方と一緒に、数年後に……もしかしたら少し離れた場所にお引越しされるかもしれませんね。こちらは少し確度が下がるお話ですけど」

「それって……」

「あなた様に訪れているのは、人生の嵐とも言える転換期です」

 佳織と同じ茶色の瞳には、照明代わりのキャンドルの炎が写っている。

「今回の嵐には飛び込んでみてください。今の状況から抜けたいのなら、ですけど」

 佳織には、ゆらめくキャンドルの炎が美しくも恐ろしく感じた。

「もし、そんな人いなかったら」

「そうですね……」

 灯は小さな巾着袋を手に取って、佳織に中から石をひとつだけ取らせた。

「このルーンは『イス』。停滞を意味します。関係は何があっても変わらないと読めます」

 まっすぐな棒が一本描いてある石には、香里にとって恐ろしい意味を示す文字が並んでいる。
 灯りはもうひとつ石を取り出した。

「この石のルーン文字は、ハガルと読みます。本来は自然災害を意味するのですけど……今の場合は『耐えるしか無い存在』と言う意味に読めますね。
 あなたが距離を取りたいと思う女性は、今のままでは変わらない。変われない」

(美梨は、変わらない)

「ああ、むしろ……
 あなたが心を砕いてまで変える必要はないし、あなたが彼女のために本来の自分を曲げる必要もない」

 佳織は、ポンポンと投げかけられる言葉のボールを受け止めるだけで精一杯で、灯がもはやカードも水晶もルーンの刻まれた石も見ていないのに気付かない。

「大丈夫、あなたの嵐は、これまでの不安を払拭する嵐だわ……なかなか強烈だけど。
 あなたが今の仕事を選んだ気持ちを忘れなければ、あなたは嵐に翻弄されない」

「……はい」

 佳織のスマホがブルっと震えた。
 ハッとしてそちらをみると、それなり量の通知がポンポンと入ってくる。

「あ、時間ですね。あ、ありがとうご、ございました」

 佳織はあたふたと財布を取り出した。

「はい、確かに。ああでも、現金でよろしいですか?」

「は、はい」

「それでは、こちらを……お守りがわりに」

 佳織に渡されたのは、銀の「恋人」のカードだった。

「あぁ……あと最後に」

「はい?」

「大抵の車は問題ないと思うのですけど、お帰りのタクシーは、電子マネーが使えるものを選んでくださいね」

「はあ……ありがとうございます」

(帰りは終電に間に合うだろうし……変ね)


 かくして、その後の数合わせの合コンにて。
 男性側に急なキャンセルが出たため「仕事帰りに来てくれ」と言われてやってきた、機械系のエンジニアだという口数の少ない男性が佳織に一目惚れし、実は男性が美梨の会社との大切な取引先の縁者だと言うのが発覚し……

「父の会社は弟が継ぎたいみたいだから良いかなって。僕は叔父の会社の、こっちの仕事が楽しいから」

 男性の叔父の会社、というのは機械設計の会社で、子供の頃の大病の経験から、医療機器メーカーに勤めるようになった佳織にとっては、知っていて当たり前のような会社だった。

 二重の意味で美梨の会社、いやちくちくとマウントをとりたかっただけの美梨にとっては「やりにくい相手」になったらしい佳織は、特に何もする事なく、美梨と会うことが少なくなっていった。

 熱烈に佳織を口説き落とした男性…孝也は変わらず佳織を口説き倒し、3年後にプロポーズ。
 佳織も孝也の仕事の話を聞くのが何より好きだという、一見地味だが相性の良い1組の男女が、こうして結ばれることになる。


 ちなみに、出会いの場となった合コンの日は孝也と話が盛り上がったために終電を逃し、タクシーに乗ったものの占いの代金を現金で払ったため持ち合わせがギリギリ足りなくなり、慌てて電子マネーで払おうとしたが非対応で……運転手が380円まけてくれたのは別の話である。
 

 
 


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