63 / 64
番外編
サミュエルの眠れる日々(前編)
しおりを挟む
第二王子 サミュエルの朝は早い。
朝日が昇るとともに起き、枕元に飾られた飴型の置物に手を伸ばす。そのまま置物を持ってテラスに出て、テーブルの上に置く。
この行動はごくごく最近になってサミュエルのモーニングルーティンの中に加わった行動である。ちなみに曇りの日や雨の日は少し変わる。
身支度を整えてから、ひたすら日当たりの良い場所を探して城内を練り歩くのだ。
なぜそんなことをするのか。事情を知らない者からすれば不思議でたまらないだろう。
実際、始めて数日は使用人達に不思議そうな目を向けられていた。突然の雨に、急いで置物を取り込みに走った際は寝不足でついにおかしくなったかと心配されたほど。
だがおかしくなったわけではない。
むしろこのアイテム『錬金飴型蓄光ガラスの置物』のおかげで再びよく眠れるようになった。
錬金飴型蓄光ガラスの置物とは、錬金術師ジゼルが作った錬金アイテムの一つだ。
その名の通り、光を蓄積する性質を持つガラスを使用して作った錬金飴型の置物。朝から昼の間に光に当てておけば暗くなった際に発光するという優れものだ。
サミュエルが求めていたランプとは形こそ違うが、柔らかな光はジゼルのランプと似た暖かさを秘めている。
少し手間はかかるが、それもまた愛おしい。
すっかり睡眠のお供になりつつある。ランプ同様、大事に使うつもりだ。
位置を微調整した置物を軽く撫で「今晩もよろしくな」と声をかける。
身支度を整え、軽い朝食を摂ったのち、執務室に向かう。すでに書類が山積みとなっている。
元々はここまで多くはないのだが、兄は三日ほど前から身重の妻につきっきりで寄り添っている。その分の仕事が回ってきているのだ。
普段、兄にも義姉にもお世話になっている。特に眠れない日が続いた時は心配もかけた。
サミュエルには妻も子どももいない。兄の心配も義姉の苦労も、この先完璧に理解してあげることはできない。せめてこういう時に仕事の一部を代わってあげることくらいしかできないのだ。
初めから婚約者がいなかったわけではない。十八の時まではいた。だが十一年ほど前、突如として婚約を解消することとなった。
円満解消とは言い切れないし、未だに公爵はサミュエルを見かける度に申し訳なさそうに首をすくめる。
だが婚約解消の引き金を引いたのはドラゴン使い。
サミュエルと共に流行りの劇を観に来ていた公爵令嬢に一目惚れをしたドラゴン使いは、ひたすらにアタックを繰り返した。
令嬢本人が拒んでもドラゴン使いは構わずアプローチを繰り返した。打たれ強いなんて可愛いものではない。ひたすら周りに被害が撒き散らしていった。
元よりドラゴン使いの愛情の深さは有名である。王家ですら本気になったドラゴン使いには敵うはずもなく、最終的に諦めた令嬢を抱きしめながら巣へと帰っていった。
それから一年と少し経った後。
ようやく落ち着いたドラゴン使いが紹介してくれた新たなドラゴン使いこそ、最近ジゼルの番となったドランである。
彼らの一族は代々ドラゴン使いを輩出しているのだが、ドラゴン使いにしてはかなり温厚としても知られている。
限界を迎えていたサミュエルがランプが欲しさにジゼルに迫っても敵視こそすれ、手を出してくることはなかった。
あの時はそこまで頭が回らなかったのだが、冷静になると少しゾッとする。
さすがのサミュエルも安眠と引き換えに、上級精霊とドラゴン使いを同時に敵に回すことはしたくない。妥協案を提示してくれた上、代替品を用意してくれたジゼルには感謝しかない。
その気持ちはドランによる巣作りを目の当たりにする度、強くなっていく。
「あらかじめ巣の場所を用意しておいたのも正解だったな」
サミュエルは書類にサインをする手を止めることなく、ポツリと呟く。
ドラゴンの巣作りはやや特殊である。
多くの動物は土地を見て、気に入った場所に巣を作り上げていくのだが、ドラゴンは違う。その土地で最も強い魔物の巣を奪い、そこにお気に入りの木などを持ち込むことで巣を作っていくのである。
ドラゴンと共に生きるドラゴン使いもまた、似たような性質を持つ。サミュエルの婚約者だった令嬢を番にしたドラゴン使いは王城を乗っ取る計画を立てていたのだ。
令嬢の「広いとその分、離れてしまうわ」という鶴の一声によって考え直してはくれたが、巣を持っていないドラゴン使いが真っ先に狙うのが人の王が住まう場所であることには違いない。
ドランもそうなのではないかと、少しだけ警戒していた。だが幸運なことに、ドランが気に入りそうな土地に思い当たる節があった。
それこそ、ドランが現在進行形で巣を作っている『精霊の釜』の跡地である。元々あの土地は国の所有物で、借地である。上物だけがギルドの所有物で、それすら何かあった際の担保になっている。
創設者はとっくの昔に亡くなっており、親族は所有権を放棄している。オーウェルがギルドマスターになるまで積み重なっていた借金が理由だ。
二十数年で一気に巻き返し、大手錬金ギルドと呼ばれるまでに成長した『精霊の釜』だったが、新しいギルドマスターの不祥事、膨大な違約金に主要メンバーの脱退と続けば耐えられるはずがない。
法的な手続きを踏んだ上で、ギルドの解体作業と新たな貸出先を探すつもりだった。
だがそれも一年以上かけて行うのが一般的である。
突然、残りのギルド所属者が揃って記憶喪失に陥らなければ、今回もそうなる予定だった。
記憶と共に魔力もなくなっている。同時にギルドをひどく恐れるようになった。
王家からも使いを送ったのだが、王宮錬金術師採用試験の時の傲慢さはすっかりなりを潜め、進んでギルド解体書類にサインしたほど。
短期間でこんなことができるのは上級精霊しかいない。サンドイッチ好きの彼はしばらく留守にしていることを考えると、残るはジゼルのところにいた『たーちゃん』だけ。
とてもジゼルを気に入っていたようだから、ジゼルを追い出した錬金術師達が許せないのかもしれない。だが『精霊の釜』に所属していた錬金術師達を次々に襲われても困る。
そこで早々にあの土地がドランに渡るように仕向けたのだ。
といっても借地から販売に変更し、公に告知する前にそれとなくドランに見せてほしいと配達ギルドのマスターに頼んだだけだが。
無事たーちゃんの怒りは治った。
ドランの目を王城から逸らすこともできた。
ジゼルはこれからも錬金術師としての活動を続ける様子。
これほど幸せな結末はない。
メリーナがこの場にいれば耳元で「ランプランプランプ」と呪いのように唱えることだろうが、あまり欲を出してはいけない。
まぁ蓄光ガラスの置物は集められるだけ集めるつもりだが。
サミュエルは自分でも気付かぬうちに疲労回復の錬金飴にもすっかりハマっていたらしく、蓄光ガラスが手に入った後も毎日舐めている。
騎士達にも差し入れしているため、空き瓶がすぐに貯まるのである。数日前に自分用の予備も予約したところなので、以降は家族の分を交換していくつもりだ。
朝日が昇るとともに起き、枕元に飾られた飴型の置物に手を伸ばす。そのまま置物を持ってテラスに出て、テーブルの上に置く。
この行動はごくごく最近になってサミュエルのモーニングルーティンの中に加わった行動である。ちなみに曇りの日や雨の日は少し変わる。
身支度を整えてから、ひたすら日当たりの良い場所を探して城内を練り歩くのだ。
なぜそんなことをするのか。事情を知らない者からすれば不思議でたまらないだろう。
実際、始めて数日は使用人達に不思議そうな目を向けられていた。突然の雨に、急いで置物を取り込みに走った際は寝不足でついにおかしくなったかと心配されたほど。
だがおかしくなったわけではない。
むしろこのアイテム『錬金飴型蓄光ガラスの置物』のおかげで再びよく眠れるようになった。
錬金飴型蓄光ガラスの置物とは、錬金術師ジゼルが作った錬金アイテムの一つだ。
その名の通り、光を蓄積する性質を持つガラスを使用して作った錬金飴型の置物。朝から昼の間に光に当てておけば暗くなった際に発光するという優れものだ。
サミュエルが求めていたランプとは形こそ違うが、柔らかな光はジゼルのランプと似た暖かさを秘めている。
少し手間はかかるが、それもまた愛おしい。
すっかり睡眠のお供になりつつある。ランプ同様、大事に使うつもりだ。
位置を微調整した置物を軽く撫で「今晩もよろしくな」と声をかける。
身支度を整え、軽い朝食を摂ったのち、執務室に向かう。すでに書類が山積みとなっている。
元々はここまで多くはないのだが、兄は三日ほど前から身重の妻につきっきりで寄り添っている。その分の仕事が回ってきているのだ。
普段、兄にも義姉にもお世話になっている。特に眠れない日が続いた時は心配もかけた。
サミュエルには妻も子どももいない。兄の心配も義姉の苦労も、この先完璧に理解してあげることはできない。せめてこういう時に仕事の一部を代わってあげることくらいしかできないのだ。
初めから婚約者がいなかったわけではない。十八の時まではいた。だが十一年ほど前、突如として婚約を解消することとなった。
円満解消とは言い切れないし、未だに公爵はサミュエルを見かける度に申し訳なさそうに首をすくめる。
だが婚約解消の引き金を引いたのはドラゴン使い。
サミュエルと共に流行りの劇を観に来ていた公爵令嬢に一目惚れをしたドラゴン使いは、ひたすらにアタックを繰り返した。
令嬢本人が拒んでもドラゴン使いは構わずアプローチを繰り返した。打たれ強いなんて可愛いものではない。ひたすら周りに被害が撒き散らしていった。
元よりドラゴン使いの愛情の深さは有名である。王家ですら本気になったドラゴン使いには敵うはずもなく、最終的に諦めた令嬢を抱きしめながら巣へと帰っていった。
それから一年と少し経った後。
ようやく落ち着いたドラゴン使いが紹介してくれた新たなドラゴン使いこそ、最近ジゼルの番となったドランである。
彼らの一族は代々ドラゴン使いを輩出しているのだが、ドラゴン使いにしてはかなり温厚としても知られている。
限界を迎えていたサミュエルがランプが欲しさにジゼルに迫っても敵視こそすれ、手を出してくることはなかった。
あの時はそこまで頭が回らなかったのだが、冷静になると少しゾッとする。
さすがのサミュエルも安眠と引き換えに、上級精霊とドラゴン使いを同時に敵に回すことはしたくない。妥協案を提示してくれた上、代替品を用意してくれたジゼルには感謝しかない。
その気持ちはドランによる巣作りを目の当たりにする度、強くなっていく。
「あらかじめ巣の場所を用意しておいたのも正解だったな」
サミュエルは書類にサインをする手を止めることなく、ポツリと呟く。
ドラゴンの巣作りはやや特殊である。
多くの動物は土地を見て、気に入った場所に巣を作り上げていくのだが、ドラゴンは違う。その土地で最も強い魔物の巣を奪い、そこにお気に入りの木などを持ち込むことで巣を作っていくのである。
ドラゴンと共に生きるドラゴン使いもまた、似たような性質を持つ。サミュエルの婚約者だった令嬢を番にしたドラゴン使いは王城を乗っ取る計画を立てていたのだ。
令嬢の「広いとその分、離れてしまうわ」という鶴の一声によって考え直してはくれたが、巣を持っていないドラゴン使いが真っ先に狙うのが人の王が住まう場所であることには違いない。
ドランもそうなのではないかと、少しだけ警戒していた。だが幸運なことに、ドランが気に入りそうな土地に思い当たる節があった。
それこそ、ドランが現在進行形で巣を作っている『精霊の釜』の跡地である。元々あの土地は国の所有物で、借地である。上物だけがギルドの所有物で、それすら何かあった際の担保になっている。
創設者はとっくの昔に亡くなっており、親族は所有権を放棄している。オーウェルがギルドマスターになるまで積み重なっていた借金が理由だ。
二十数年で一気に巻き返し、大手錬金ギルドと呼ばれるまでに成長した『精霊の釜』だったが、新しいギルドマスターの不祥事、膨大な違約金に主要メンバーの脱退と続けば耐えられるはずがない。
法的な手続きを踏んだ上で、ギルドの解体作業と新たな貸出先を探すつもりだった。
だがそれも一年以上かけて行うのが一般的である。
突然、残りのギルド所属者が揃って記憶喪失に陥らなければ、今回もそうなる予定だった。
記憶と共に魔力もなくなっている。同時にギルドをひどく恐れるようになった。
王家からも使いを送ったのだが、王宮錬金術師採用試験の時の傲慢さはすっかりなりを潜め、進んでギルド解体書類にサインしたほど。
短期間でこんなことができるのは上級精霊しかいない。サンドイッチ好きの彼はしばらく留守にしていることを考えると、残るはジゼルのところにいた『たーちゃん』だけ。
とてもジゼルを気に入っていたようだから、ジゼルを追い出した錬金術師達が許せないのかもしれない。だが『精霊の釜』に所属していた錬金術師達を次々に襲われても困る。
そこで早々にあの土地がドランに渡るように仕向けたのだ。
といっても借地から販売に変更し、公に告知する前にそれとなくドランに見せてほしいと配達ギルドのマスターに頼んだだけだが。
無事たーちゃんの怒りは治った。
ドランの目を王城から逸らすこともできた。
ジゼルはこれからも錬金術師としての活動を続ける様子。
これほど幸せな結末はない。
メリーナがこの場にいれば耳元で「ランプランプランプ」と呪いのように唱えることだろうが、あまり欲を出してはいけない。
まぁ蓄光ガラスの置物は集められるだけ集めるつもりだが。
サミュエルは自分でも気付かぬうちに疲労回復の錬金飴にもすっかりハマっていたらしく、蓄光ガラスが手に入った後も毎日舐めている。
騎士達にも差し入れしているため、空き瓶がすぐに貯まるのである。数日前に自分用の予備も予約したところなので、以降は家族の分を交換していくつもりだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
624
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる