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王子の婚約者は断固拒否したい

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「……やばい」
 会場端でサンドイッチを食べていると左前方から刺さるほどの視線を感じる。
 今日も今日とて沢山のご令嬢に囲まれているはずなのに、彼女達を飛び越えるようにこちらを見つめてくる。ガン見だ。

 手紙で機嫌を損ねられた?
 それにしては不機嫌そうな様子もなく、見慣れた死んだ魚の目はどこか水を得たように見える。
 もしかして手紙を返したことで、抜け出し仲間に認定されたとか?
 隠れ場所を教えろなんて言われたら面倒だ。私は王子の婚約者になりたくないだけで、ご令嬢達を敵に回すつもりはないのだ。

 いつも使っている抜け道がバレて、ついてこられても面倒なので、仕方なくお手洗いへと向かう。
 そのまま迷ってバラ園に辿り着くのでも、まわりまわってスタート地点に戻るのでもいい。少しでもフレイムさんとの時間を大切にしたい私にとって時間の浪費は何よりの痛手だが、背に腹は代えられない。

 巻き込まれるのはゴメンだ。

 その後、予想通り? 城をぐるぐると迷いに迷ってバラ園へと到着する。
 そしていつものように地面に座り込んだのだが――。

「フレイムさん遅いな」
 待てど暮らせどフレイムさんはやってこない。
 予定でも入ったのだろうか。もしや体調を崩したとか?
 近海にしょっちゅう台風が発生していた日本ほどではないが、この世界も気圧や天候の変化はある。晴れの日が多いが、一昨日はどんよりとした雲が天を多い小雨が長く降っていた。寒暖差や気圧差にやられてしまっていてもおかしくはない。

 こんな時、連絡先を知らないのは不便だ。
 待つのはいいとして、お見舞いにもいけやしない。

「はぁ……」
 ポケットを撫でてため息を吐く。
 そこから半刻ほど待機するがやはりフレイムさんの姿はない。それに、今日は珍しく王子捜索の声が聞こえないな~なんて空を見上げる。

 そろそろ婚約者選びも最終選考に入ったのだろうか。

 来週も招待されればいいけど、これが最後だったら……。
 最後の最後でフレイムさんと会えないなんて嫌だ。そう思うとなかなか腰を上げることも出来ずに時間ばかりが過ぎていく。

「フレイムさんがいつも会場付近にいたのって王子様の婚約者選考に携わっていたからなのかな?」

 何かの手違いで私も有力メンバーの一人に入っていて、例の手紙で落選が決定したとか。婚約者になる見込みがない者にはこれ以上、時間が割けないとかなのかな?

 元よりいつまで続くか分からない関係だ。
 また今度、なんて口約束で今日だって彼が私の元に来てくれる保証はない。
 そろそろ帰ろうかと腰を上げた時だった。

「遅くなった!」
「フレイムさん!」
「少し抜け出すのに手間取ってな……」
「遅いですよ」
「待たせてすまなかった」

 しょんぼりと頭を下げるフレイムさんが可愛らしくて、何より遅れてでも私の元に来てくれたのが嬉しくて「もう……」と頬を膨らましながらもいつものように彼を胸の中に受け入れる。

「何かあったんですか?」
「王子のことでちょっと、な……」
「今日は捜索の声がしないのもそのせいなんですね」
「まぁ、な」
「ついに捕まったんですね」
「ん?」
「バラ園にいるのがバレたんでしょう?」

 文字として残してしまえばどこかから流れ出てしまうのも仕方のないことだ。
 筆跡なんてすぐにバレそうなものだし。
 羽ばたく音はまるで聞こえなかったが、フレイムさんは空中捜索隊として派遣されたのかもしれない。声を出さなかったのはフレインボルド王子に逃げられると困るから。フレイムさんもゆっくり音を出さずに滑空していたのだろう。

「捕まっては、いないが……」
「そうなんですか? でも時間の問題でしょうね。それにしても一体どこから見ているんだか……」
「案外すぐそこにいたりするのかもしれないぞ?」
「さっさと会場に戻ればいいのに」
 それにしても、捜索隊が私の近くを通らなくて良かった。王子を探していたら変な令嬢が釣れたなんて笑い話にもならない。巻き込まないでよね……。愚痴を零せば、フレイムさんは困ったように弱く笑った。

「そんなことを言ってやるな。王子にもいろいろあるかもしれないだろう?」
「前の婚約者への思いを引きずっているとか?」
「……かもな」
「お二人の間に何があったのかを私は知りませんけど、婚約は解消されてしまった訳ですし、こうして大規模なお茶会を連続して開催してしまっているんです。逃げ回った所で戻る鞘はもう残っていないんじゃないですかね」
「意外と辛辣だな」
「目を付けられたくないですからね~」

 元婚約者の代わりに婚約したと思ったら、今度はヒロインに惚れて~なんてたまったもんじゃない。
 どうせ捨てられることには変わりないが、だったら数年くらい空席にしておけ! と言いたくなる。避けられるのならば、被害者は一人も出さずに終えるのがベストだ。当て馬選考レースから完全に離脱出来ていない私からすれば、王子の行動は傲慢だ。

「王子に見初められるのはそんなに嫌か?」
「嫌ですね」
「即答か」
「私にも事情があるんですよ」
「事情、か」
「海よりも深い事情が……。見ず知らずの運命なんかに殺されるのなら、フレイムさんに殺されたい」
 個人的に未練たらたら王子はゴメンだが、彼の恋愛事情をおいても、悪役令嬢には沢山の運命が待ち構えている。平穏な日常がずっと続くことを祈る私としては殺害という形で人生の幕を閉じたくはない。餓死と自殺の次くらいに嫌だ。死にたくない。けれどフレイムさんに心臓部分を一撃してもらえたなら思い残すことは最小限で済みそうだ。

「今の王族に反乱分子はいないし、王子の婚約者ともなればそれ相応の護衛が付くと思うが」
「う~ん、多分殺しに来るのってそういうのじゃないと思うんですよね」
「よく分からんな」
 出逢いが出逢いなためか、フレイムさんは私が殺されたいと口にしたところで動揺することはない。
 代わりに王子の婚約者が殺害されるならどの方法かを真面目に考えてくれている。さすがフレイムさん、優しすぎる……。だがそもそも婚約者にさえならなければ殺害される可能性なんてグンと減るのだ。婚約者になって殺されないことを考えるよりも、婚約者にならない方法について考えたいところだ。

「私も詳しいこととか分かっていないんですけど、王子の婚約者になるのは断固拒否です!」

 胸の前でバッテンを作れば、フレイムさんは眉間に皺をぎゅっと寄せた。

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