王子をテイムした悪役令嬢【連載版】

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○○に相応しい人

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「どうすればいいんだろう?」
 ニーナさんと別れた後、私は授業にも出席せずに屋敷へと戻った。
 すぐに寝間着へと着替え、ベッドへ寝転がる。そして首から下げた虹色の石を天井に掲げながら呟いた。

 フレインボルド王子には幸せになって欲しい。
 けれど私は彼と離れたくはない。

 どちらを選ぶべきか。
 石をベッドサイドに置き、ベッドの上でごろんごろんと転がる。
 三回ほど端から端までローリングを決めた頃、ドアをコンコンと叩かれた。

「アドリエンヌ様」
 夕食にしてはまだ早すぎるが、来客にしてはもう空はすっかりと暗くなっている。
 父か王子から何か贈り物だろうか?
 寝ていた身体を起こし、髪を軽く梳かす。ドレスの皺も軽く伸ばした。よし、このくらいでいいか。一応身だしなみを整え、腰を上げる。

「何?」
「フレインボルド王子がいらしています」
「今行く。それにしても何かしら?」

 今日の帰りは日の変わる辺りだと聞いていたが、早めに終わったのだろうか?
 理由はともあれ、王子の突然の来訪は特に珍しくもない。アーサーさんと出会った日から、気が向いた時は度々訪れるようになった。結婚してからは遅い時間にやってくることも度々ある。
 王子が待っているだろう客間へと向かおうとドアを開けた所で目の前が暗くなった。

「アドリエンヌ」
 抱きしめられたと理解したのは、フレインボルド王子の声が頭の上から振ってきてから。
 今日は妙に抱きしめる力が強い。一日近く離れていたからだろうか。背中に手を回そうとして、バタンとドアが閉められた後と同時に部屋の温度が一気に下がったのを感じた。

「今日、誰と会っていたんだ?」
「え?」
「ずっと屋上にいたそうだな。今日一日付けていた護衛が途中で見失ったと聞いて急いで帰ってきた」
「ええっと~」

 そういえばニーナさん、何度か接触を計ろうとして護衛に殺されたって言ってたっけ?
 ここで素直に彼女の名前を出したらどうなってしまうのだろう。殺すなんてことはしないと信じたいが、寒くなった空気が私の確信を揺らがせた。

「男じゃないだろうな?」
「それは違います!」
 他の人に火の手がいかないように断言する。王子はふうっと長い息を吐き、腕を少し緩めてくれた。どうやら大きな怒りは静まってくれたようだ。それでも解放までは至らない。

「イリスに呼び出されたとかでもないよな? 俺がいない間にアドリエンヌに何か余計なことを吹き込んだかもしれないと……元婚約者とはいえ、一度話し合いをしておくべきか」
「違います。彼女とはあれ以来顔を合わせていません」
「手紙も来ていないようだし、今のところはいいか……。だが何かあったら遠慮なく言ってくれ。俺がどうにかする」

『どうにか』が何を指しているのかは私には分からない。けれど彼が心配してくれていることだけは分かった。背中に手を回し、トントンと叩けば肩に彼の頭が落とされる。

「心配なんだ……。アドリエンヌが俺の側を離れる要因は全て潰しておきたい」
 フレインボルド王子のこれが執着だと知っているからこそ、ずっと一緒にいますよ、なんて無責任なことは言えなかった。


 王子が我が家に訪れた翌日。
 彼はわざわざ屋敷まで迎えに来て、王家の馬車に乗って二人で登校した。
 よほど心配なのか、教室の席まで着いてきてギリギリまで私にへばりついていた。そして五分前にようやく自分の教室に戻したのに――。

「あなたまだ分相応にもその場所に居座っているのね」
「なんでここに……」
 フレインボルド王子と入れ替わりになるように、イリスさんが訪れた。
 流れるように私の隣の椅子に腰掛け、私を嘲笑う。

「今まで家庭教師に習っていたのですが、体調が安定しましたので今日から通うことにいたしましたの。これから二年半ほどよろしくお願いしますわ」
「え、ええ」
「まぁ卒業する頃には左手の指輪がなくなっているかもしれませんけれど」
「っ」

 イリスさんが言いたいのはおそらく、離婚を言い出されないように精々努力することね! みたいな嫌みなのだろう。けれどこの指輪は彼女が想像しているような、ただの趣味の塊ではない。のろいの道具のようなもの。簡単に外れるような代物ではない。

 いや、私の選択一つで外れてしまうのか。

「イリス様はフレインボルド王子とどうなりたいのです?」
「え?」
「元の関係に戻りたいのですか?」
 私がこんなことを言うとは思わなかったらしく、イリスさんは眉間に皺を寄せる。そしてしばらく視線を彷徨わせた後、私と視線も合わせずにそれらしい理由をつらつらと並べる。

「え、ええ。まぁ私は公爵家の中でも歴史のある、由緒正しき家ですから。私以上に王子妃に相応しい人はいないでしょうね」

 けれど私が聞きたいのは『その地位を獲得したいか』ではない。
 あくまで『フレインボルド王子』と『元の関係に戻りたいか』どうかである。
 王子は王子でも、私が聞きたいのはどこかの国の王子様全てに適応される理由ではなく、彼個人をどう思うかなのだ。

「王子妃に相応しいかどうかではなく、フレインボルド王子個人とどうなりたいのですか?」
「あなたの言っている意味がわからないわ」
「そう、ですか」

 こてんと首を傾げる彼女は嫌みを言っているのでも何でもなく、本当に私の問いの意味が伝わらなかったらしい。

 彼女が私に絡む理由がなんであれ、地位を重要視するイリスさんと、王子の気持ちを重要視する私では多分わかり合うことは出来ないのだろう。

 だが、どちらと一緒になることがフレインボルド王子の幸せなのか。
 一晩で少し収まっていた『幸せとは』という問いが私の頭の中をぐるぐると回り始める。



「ねぇ、ちょっとあなた大丈夫?」
「何がですか?」
 ゆらゆらと肩を揺すられ、ハッと意識を浮上させる。
 せっかくもうすぐで抜け出せそうだったのに、なぜ邪魔をするのか。
 隣に視線を向ければ、想像していたような嫌みな顔はなく、彼女は眉を潜めて心配そうに私を覗き込んでいた。

「もう午前の授業終わったけれど」
「え? いつの間に!?」

 イリスさんは額に手を当て、ふうっと息を吐く。
 呆れたような目で時計を指さした。

「そろそろ王子が迎えに来るんじゃない?」
「あ、そうですね」
「本当に、なんで私の代わりがこんな子なのかしら……」

 あれ、意外と悪い人じゃない?
 不思議と私の脳内でイリスさんのイメージが、嫌みな令嬢から苦労性な世話焼きさんに変わっていく。

「そういえばイリスさんはなぜ王子が迎えに来ることを知っているんですか?」
「幼なじみがずっと手紙で王子のことは伝えてくれていて……でも冗談だと思っていたの。私が知っている王子は優しい人だけど、それでも芯の通った強い人だったわ。人前で盛大にいちゃつくような人なんかじゃなかった。あなたさえいなければあんなふぬけにはならなかったのに……」
「ふぬけ?」
「国のトップが場所もわきまえず色に浸って……本当に、ずっと気にしていた私が馬鹿みたい。ああ、もう! 今日から学園にも通うし、我慢していたロマンス小説も読みまくるわ。あなた、半年間のノートとプリント見せなさいよ?」

 言葉だけ聞くと凄く上から目線なのだが、勝手に意訳してしまえば今日からよろしく! である。
 今世では友人のいなかった私にとって初めてのお友達になってくれるかもしれない。

「ドラゴンが登場する本限定ですが、私も何冊かロマンス小説を持っていますのでよければお貸ししますけど」
「取りに行くからお茶でも用意しといてちょうだい! 後、ドラゴン以外の本も読みなさい。私秘蔵の本を何冊か貸すから!」
「ありがとうございます~」

 両手を合わせて喜べば、彼女は「便せんを大量に用意しておきなさいよ!」と捨て台詞を残して教室を去って行った。

 ツンデレ? もしかしてずっと婚約を解消したことを気にしていろいろと我慢していたのかな?
 事情は違うにしても、私と同じようにお友達がいなかったと思われる。父に頼んで、女の子向けの可愛らしい便せんを用意してもらわなければ……。イリス様って何が好きなんだろう? お花とか? 初めは桃色の便せんから初めて様子を窺いながら変えていくのもいいかもな~。

 便せんと一緒にロマンス小説を何冊か買ってもらおうかな? なんて想像をすれば、頬は自然と緩んだ。

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