モブ令嬢は脳筋が嫌い

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二章

4.手を伸ばせば

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 剣を振る手を止め、イーディスの元へと足を運ぶ。

「今度の週末、剣の大会がある」

 今日も読書を楽しんでいた彼女はほんの少しだけ頬を引きつらせたが、すぐに嫌悪を表情から取り除く。ゆっくりと本から視線をあげた彼女と視線が交わった。

「頑張ってください。応援しています」

 こうしてまともに向き合うのは何ヶ月、いや何年ぶりか。リガロに伸びる視線に息が止まりそうになった。その瞳には憧れも好意もない。けれどリガロを真っ直ぐに捉えていた。それだけで涙が溢れ得そうになる。まだ大丈夫。やり直せると思えるのだ。

「休憩するならお茶を用意させますが」

「いやいい」

 話が終わればすぐにイーディスの視線は本へと落ちていく。ほんの一瞬だけだった。けれど今はそれで十分だ。

「……大会、見に来るといい」

 次こそは無様な姿は見せないから。イーディスにとってはもう何度も見てきた勝利かもしれない。けれどあの日に捕らわれたままのリガロにとっては大きな分岐となる。もし次の大会で優勝をもぎ取ることが出来たら、その時はこの数年の行動を詫びよう。そしてこれからも婚約者で居て欲しいと乞い願うのだ。

 リガロはあの日以降、公式戦で誰にも負けていない。貴族のみが参加する大会だけではなく、様々な大会に参加するリガロを倒そうと他国からやってくる者も多い。だがリガロには関係なかった。年齢も戦い方も武器も。全てリガロの前に出れば同じ。弱点を即座に見抜かれて攻められる。けれど勝てない相手が一人だけいる。祖父だ。彼にだけは勝てる気がしない。誰もがこのまま成長し続ければ剣聖をも越えると噂する。祖父自身も「リガロが『成長出来れば』私なんてすぐに越せるだろうな」と髭を撫でるほど。一度決めた道を見失ったまま剣を降り続けていたことなど、きっと祖父にはお見通しだったのだろう。だからこそあの場所から再出発がしたい。



 負けない。

 全てはイーディスに再び手を伸ばすために。



 ひたすらに剣を振り、同時に体調管理にも力を入れた。

 そして臨んだ剣術大会。シード権を獲得したリガロの出番は大会開始から一刻以上が経過してからだ。それでもイーディスはいつも朝一番に会場入りし、一番良い席を確保してくれていた。今日も同じ席だろうか。エントリーを済ませてからは彼女が来てくれたかだけが気になったが、選手が観客席まで足を運べば目立って仕方がない。出番が来れば、最前席にある彼女の特等席が見える。だからそれまでの我慢だと自分に言い聞かせ、時間が過ぎるのを待った。

 ようやくリガロの番号が呼ばれ、早足で会場へと向かった。今から剣を交える相手の顔もろくに確認せず、彼はイーディスの姿を探した。けれど探し求めた顔は見えなかった。代わりに彼女の特等席の隣には申し訳なさそうに視線を泳がせるフランシカ家のメイドの姿があった。彼女の席には頭からストールを被った誰かが座っている。顔はすっぽりと覆われてしまっている。まさかイーディスか!? 思わず二度見をしてしまったリガロだが、ストールの人物が彼女であるという確証がない。試合開始のホイッスルと共に相手に重い一撃を食らわせたリガロはすぐさま観覧席へと向かった。相手は注目の選手だったらしく、開始と同時にノックダウンさせられたことに観客はもちろん、他の選手達はざわめいていた。イーディスの元へと向かう途中で何度も声をかけられそうになった。だがリガロは邪魔をするなと視線で威圧し、真っ直ぐに彼女の元へと辿り着いたのである。

「この人物はイーディス、か?」

「はい」

 確認を済ませてから彼女の前にしゃがみ込めば、緑色のストールの隙間から彼女の髪が見える。顔を隠してあるとはいえ、なぜこんな場所で寝ているのだろうか。数百人はいるであろう会場の中で眠り続けるということは難しい。

「来てくれたのは嬉しいが、もしや彼女は具合が悪いのか? なら悪いことをしてしまったな」

「朝が早かったのでまだお眠いようで。リガロ様のご活躍の前には起こすようにと言われておりまして、先ほどお声がけはしたのですが、深く眠っていらっしゃるようで……」

「そのままでいい。どうせ最後まで勝ち上がるんだ。起きるまで寝せといてやれ」

「かしこまりました」

「……今日は絶対に勝つ」

 すうすうと小さな寝息を立てているイーディスには誓いの言葉は聞こえないだろう。
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