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二章
5.決意
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三回戦に突入した時も彼女はやはり寝たままだったが、四回戦に参加する頃にはすっかりと目を覚ましていた。顔色はいい。少しは回復したようだと胸を撫で下ろす。それからしばらく観客として大会を楽しんでいたイーディスだったが、ベスト十六が決まったタイミングで立ち上がった。そしてリガロが再び会場に足を運んだ時には、その場所には違う人物が座っていた。どこに行ったのだろうか? まさか体調を崩して!? 心配でたまらず何度も大会を抜けだそうとした。けれどそんなことをすれば今度こそ父に何を言われるか分からない。婚約解消なんてことになったら、もう二度と立ち直れなくなりそうだ。リガロは奥歯を噛みしめながら大会が終了するのを待った。自分の順番が来れば時間短縮のために一発で相手を沈める。気絶した相手が救護室に運ばれるのを見送ることもなく、再び控え室の椅子に腰を降ろす。
「リガロ様、途中から機嫌が悪くないか?」
「ああ。さっき婚約者が帰ったからじゃ……」
「え、イーディス嬢来てたのか? いつもと違う席?」
「いや、今日は朝からずっとかぶり物をしていて」
周りの選手達が噂するのが面白くないリガロはギロリと睨む。すると彼らは蛇に睨まれたカエルのようにビクッと身体を震わせ、ススッスと部屋の隅へと移動した。
イーディスの身体は大丈夫だろうか? 表彰式の際ですらも彼女のことばかりを考え、屋敷で使用人から受け取った手紙にホッと胸をなで下ろした。
『体調が優れずご心配をおかけしてしまったこと、大変申し訳なく思います』
勇姿をこの目で見たかったとも書かれており、気分は天にも昇るようだ。無理をしてまで会場に足を運んでくれたということはまだ嫌われていない。リガロ本人に興味はなくとも、剣術には興味があるのかもしれない。剣術なら大の得意だ。むしろ取り柄はそれくらいしかない。今回のことは残念だったが、アプローチする場所が分かれば距離は詰められる。リガロは使用人に近いうちに行われる剣術大会を全てリストアップさせ、全てに参加すると告げた。
「再来月に行われる大会に招待された。席はうちの使用人に確保させておくからゆっくりと来るといい」
もしもイーディスが気に入る形式の大会ではなくとも、次がある。そう思ったのだが、彼女の反応は良いものではなかった。
「お気遣い感謝致しますわ」
深く頭を下げてしまったために表情は見えない。けれどその言葉は平坦で、喜びとは真逆のようだとすぐに気付いた。あの手紙は定型文だったのか。もう少し裏の意味を読み解くべきだったかと気付き、自分の短絡さを悔やむ。
「……興味がなければ、無理に来なくていい」
自分に都合の良い解釈をして突っ走るとは最悪だ。変わろうと思うだけで、結局自分本位のままではないか。やり直すことは出来ないのか。唇を噛みしめながらもう遅かったかと悔やめば、彼女は情けないリガロをフッと鼻で嗤った。
「興味など初めからありませんわ」
「初め、から?」
「私、剣を振っている殿方を見るよりも本が好きですの。ページを捲る度にいろんな世界を見せてくれる本は退屈させないでくれますから」
「……俺と一緒にいるのは退屈か?」
「ええとても」
イーディスは満面の笑みでリガロを突き放す。今まで剣を交えたどの相手よりも彼女の言葉は鋭い。けれど真っ直ぐに突き立てられたそれはリガロの胸にあった最後の鎖を壊してくれた。
「退屈か! 剣聖の孫にそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。それもよりによって婚約者が」
「気に入らないのでしたら婚約を解消するなり、今まで通り無視すればよろしいかと」
「いや、俺は随分と勿体ない時間を過ごしていたと思ってな」
一人で勝手に空回って、愛しい女性の首を絞めて殺すところだった。守りたいと思う相手は、欲しい言葉を与えてくれるのはイーディスしかいないというのに。彼女は大きな声で笑うリガロに訝しげな表情を向ける。嫌悪を隠そうともしない。だからこそ嬉しかった。彼女はまだリガロ自身を見てくれているのだと確信出来るから。
もう二度とイーディスから手を離してなるものか。
「リガロ様、途中から機嫌が悪くないか?」
「ああ。さっき婚約者が帰ったからじゃ……」
「え、イーディス嬢来てたのか? いつもと違う席?」
「いや、今日は朝からずっとかぶり物をしていて」
周りの選手達が噂するのが面白くないリガロはギロリと睨む。すると彼らは蛇に睨まれたカエルのようにビクッと身体を震わせ、ススッスと部屋の隅へと移動した。
イーディスの身体は大丈夫だろうか? 表彰式の際ですらも彼女のことばかりを考え、屋敷で使用人から受け取った手紙にホッと胸をなで下ろした。
『体調が優れずご心配をおかけしてしまったこと、大変申し訳なく思います』
勇姿をこの目で見たかったとも書かれており、気分は天にも昇るようだ。無理をしてまで会場に足を運んでくれたということはまだ嫌われていない。リガロ本人に興味はなくとも、剣術には興味があるのかもしれない。剣術なら大の得意だ。むしろ取り柄はそれくらいしかない。今回のことは残念だったが、アプローチする場所が分かれば距離は詰められる。リガロは使用人に近いうちに行われる剣術大会を全てリストアップさせ、全てに参加すると告げた。
「再来月に行われる大会に招待された。席はうちの使用人に確保させておくからゆっくりと来るといい」
もしもイーディスが気に入る形式の大会ではなくとも、次がある。そう思ったのだが、彼女の反応は良いものではなかった。
「お気遣い感謝致しますわ」
深く頭を下げてしまったために表情は見えない。けれどその言葉は平坦で、喜びとは真逆のようだとすぐに気付いた。あの手紙は定型文だったのか。もう少し裏の意味を読み解くべきだったかと気付き、自分の短絡さを悔やむ。
「……興味がなければ、無理に来なくていい」
自分に都合の良い解釈をして突っ走るとは最悪だ。変わろうと思うだけで、結局自分本位のままではないか。やり直すことは出来ないのか。唇を噛みしめながらもう遅かったかと悔やめば、彼女は情けないリガロをフッと鼻で嗤った。
「興味など初めからありませんわ」
「初め、から?」
「私、剣を振っている殿方を見るよりも本が好きですの。ページを捲る度にいろんな世界を見せてくれる本は退屈させないでくれますから」
「……俺と一緒にいるのは退屈か?」
「ええとても」
イーディスは満面の笑みでリガロを突き放す。今まで剣を交えたどの相手よりも彼女の言葉は鋭い。けれど真っ直ぐに突き立てられたそれはリガロの胸にあった最後の鎖を壊してくれた。
「退屈か! 剣聖の孫にそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。それもよりによって婚約者が」
「気に入らないのでしたら婚約を解消するなり、今まで通り無視すればよろしいかと」
「いや、俺は随分と勿体ない時間を過ごしていたと思ってな」
一人で勝手に空回って、愛しい女性の首を絞めて殺すところだった。守りたいと思う相手は、欲しい言葉を与えてくれるのはイーディスしかいないというのに。彼女は大きな声で笑うリガロに訝しげな表情を向ける。嫌悪を隠そうともしない。だからこそ嬉しかった。彼女はまだリガロ自身を見てくれているのだと確信出来るから。
もう二度とイーディスから手を離してなるものか。
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