モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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三章

10.本好きが集まる朝

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「魔石は魔素が鉱石に付着して出来たものじゃないのか?」

「もちろんその方法で出来るものもあるが、魔素が凝固したものも多い。その場合、色は含まれる魔素の濃さに関係している」

「なるほど。大きさや断面の違いは分かっていないんだよな」

「ああ。多くの魔素が含まれる物ほど大きくなるという仮定があったんだがな」

 図書館でまさかの出逢いを果たしたバッカスは宣言通り、地質学の授業に参加すると凄まじい速度でキースとの仲を深めていった。キースは物語小説こそあまり詳しくないらしいがかなりの読書家で、図鑑も読みこむほどのバッカスとは話がとても合うのだ。レクス家が治める領地の名産品がワインであることも仲を深めた理由の一つでもある。チーズに合うワインについての話で盛り上がっていた。二人とも飲酒出来る年齢には達していないのだが、香りや発酵方法など話題は尽きないようだ。

 そんな二人だが、主に顔を合わせるのは地質学の授業か朝の時間だけ。バッカスもリガロ同様、乙女ゲーム内と同じような授業選択をしており、被っている授業がなかったのだ。さらにいえばバッカス曰く『部活動みたいなもん』で忙しいらしく、授業以外の時間もなかなか自由に動けないらしい。それでもどうしても読書がしたい! とのことで朝の時間を有効活用しているのだという。

「本がろくに読めない生活を一年近く送るとか地獄だろ……。俺は睡眠時間を削ってでも活字を摂取する」

 目をぎょろりと開きながら宣言するバッカスはどう見ても朝の読書時間だけでは足りていないようだった。それでもこうして四人で集まり始めてからは徐々に精神状態が安定するようになり、今では貸し出し上限ギリギリの本をバッグに詰め込むと爽やかな笑みを浮かべるまでとなっていた。

 生き生きとした表情でキースと議論を繰り広げるバッカスを見ていると、よくこの人、ヒロインと恋愛なんて出来ていたなと関心してしまう。彼はスチルにあったように二人で図鑑を捲っているだけで満足出来るようなタイプではない。派手な見た目からは想像出来ないが、立派な活字中毒者であり、常に知識を求めている。

 攻略対象者にいた座学トップのガリ勉キャラとキャラ被りになることを避けたのだろうか。レクス家は領地こそ王都から離れているが身分は高い。バッカスが気さくだからこそ普通に話しているものの、辺境の地を託されている彼はとてもイーディスが気軽に絡めるような相手ではない。そんな彼に知識欲まで加えたら男爵家の三男坊であるガリ勉キャラは確実にかすむ。バランス的な問題でゲームに出てこなかった設定もこの世界では活かされているのだろうか。とはいえ、ゲームでは学園にいなかったはずの二人が目の前に時点でゲーム情報に頼りすぎるのも問題があるのだろうが。

「カルドレッド特別領の魔石は小さくて丸いものばかりだ。空気中の魔素によって研磨されている可能性はないのか?」

「面白い考えだ。だとすれば領土によって人間への健康被害が異なる可能性が出てくる」

「研究者達の体内魔素量について書かれた文献が確か西棟の図書館にあったはずだ」

「今日はもう時間がないな。明日は西棟集合でいいか?」

「了解」

 魔石と魔素の考察を繰り広げる男子二人の横で、マリアはとある本へと真剣な眼差しを向けている。

「イーディス様。ここのミドムの実なのですが、東方の国のこの植物と似ていません?」

「見た目は全く違うけど、特性は似てますね。……この生産条件ならフランシカ家の領土で作れないかしら?」

「温度は近いですが、土の問題が残りますわ。あちらから持ってくるにも距離の問題がありますし」

「肥料に工夫が必要そうよね」

 マリアもまたバッカスの影響を存分に受けていた。今まであまり目を通す機会がなかった図鑑は彼女のお気に入りとなった。好きな小説に出てくる植物を図鑑で探すことが今のマイブームらしい。最近は読書の他にもデッサンの趣味も出来たらしく、キースは毎日楽しそうなマリアが見られて嬉しいとご機嫌である。





「じゃあそろそろ教室に向かうか」

「また明日な!」

「ええ、また明日」

 キースの言葉でそれぞれ手元にあった本を棚に戻す。毎朝半刻ほどしか時間が取れないのがもどかしいが、有限だからこそ存分に楽しめるのかもしれない。一人だけ別方向へ向かうバッカスに手を振り、マリア達と共に教室へと向かう。

「そういえばイーディス嬢、バッカスと会っていることを婚約者に言ってなかったんだな。昨日、バッカスが絡まれたらしい」

「え、そんなことひと言も……というかなんで絡むの!?」

「自分の知らないところで婚約者が他の男と仲良くしてたら面白くないんじゃないか。毎朝四人で会ってると話したら納得してくれたらしいが、今後はちゃんと伝えた方がいいぞ」

「そんな、子どもじゃないんだから……」

「役割のために離れているだけなんだから、あまり心配させてやるな」

「役割?」

「ああえっとそのなんというか……」

 あからさまにあわあわとし出すキースに、またこれかと小さく息を吐く。出会って一ヶ月ほどしか経っていないが、彼がリガロに関することで隠していることがあるらしいと察した。イーディスが鋭い訳ではなく、キースの隠し事が下手すぎるのだ。他の生徒の前ではほどほどの交流をしつつも絶対に一定以上は近づけない鉄壁の壁を作っているため、それを知っているのは図書館メンバーやよほど近しい人間だけなのだろうが。毎回毎回変なボタンを踏む度に慌てる彼にため息を吐きたくはなるものの、その隠し事がイーディスのためにしてくれているらしいということもなんとなく感じる。だからこそ今日も踏み込むことは出来ない。

「聞かない方がいいならそうするけど」

「……助かる」

「イーディス様とリガロ様が仲良しだっていう話ですか?」

「ああ」

「仲良くは!」

「ところで週末のご予定は?」

「目的地は聞かされていないのですが、社交の予定は入っていないから遠駆けに行くのではないかと」

「そこでナチュラルにリガロ様といることを前提にしている時点で仲良しですわ」

 仲良しというよりも学園外では以前の習慣がそのまま続いているだけなのだ。まだシナリオ開始から一ヶ月。ヒロインとの外部イベントもないだろうし、暇だから一緒にいるだけだろう。そのうち適当な理由でも付けて会わなくなるのがオチだーーなんて二人に言えるはずもない。代わりに当たり障りのない言葉を紡ぐ。

「二人揃って暇なだけですわ」

「イーディス様はこの数年ですっかり恥ずかしがり屋になられましたわ。以前はずっとリガロ様のお話をしていらしたのに。また恋愛トークしたいですわ」

「今から新たに発見するようなこともないですから」

「むうう、リガロ様はイーディス様を放って何をしていらっしゃるのかしら」

 遠くを見つめて物憂げにため息を吐くマリアに、イーディスは軽く笑って「そうですね」と答えることしか出来なかった。
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