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五章
6.結婚の申し出
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イーディスとケトラは先導するザイル達に続き、山の麓の方へと降りていく。少し進んだところで川に出た。ケトラのお気に入りの場所である。水浴びに来たのだと思ったらしく、彼はふんふんと鼻を鳴らし始める。
「花はもう少し進んだところだ。着いたら水浴びをしような」
ザイルの言葉を理解したのか、ケトラはコクコクと頭を上下に動かした。
花の咲く場所まで到着すると彼はチラチラとこちらを確認し、GOサインが出ると同時に川へと足を進めていった。ブルブルと首を振り、とても気持ちよさそうだ。
「綺麗ですね」
「だろう? 今度、妻も連れてこようと思っているんだ」
「きっと喜んでくださいますわ」
爽やかな風に吹かれながら名前も知らぬ花を眺める。けれど楽しんでばかりもいられない。隣に並ぶザイルは花なんて見てはいないのだから。視線を彷徨わせ、口をパクパクとさせる姿は夜会を欠席してくれと言い出したリガロによく似ている。言わねばならないけれど傷つけたくはない。そう、思ってくれていることが分かってしまった。なにせこの世界のリガロは婚約解消を言い出した時でさえ、こんな仕草は見せてくれなかったのだから。
「ザイル様、私なら大丈夫ですから」
「……君は強いな」
「あなたが私を傷つけたりしないことを知っていますから」
「実は君に結婚の話が来ている」
「結婚、ですか? それはまた奇特な方もいらっしゃるんですね」
ここに来てからイーディスは何度と両親と手紙のやり取りをしている。この話も手紙に書いてくれれば済むことだ。なぜザイルがこの話を持ってきたのだろう? よほど特殊な相手なのだろうかと首をひねって考える。けれどイーディスにとってリガロほど劣悪な条件持ちの男はいない。あれに比べれば大抵の相手はマシに見える。
「どなたかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ギルバート家嫡男、キース=ギルバートだ。彼はリガロが婚約解消を言い出すよりも前からフランシカ家に結婚を申し出ていた。だがフランシカ男爵はずっと断り続けていた」
「確かにあのギルバート家がただの男爵令嬢を妻にしようなんて変な話ですよね」
いや婚約解消前だったら剣聖の孫の婚約者だったから少しは付加価値があったのかもしれないが、それでも断り続けていたということは複数回あったわけで。社交界から離れて悠々自適な超イージーモードスローライフを送っているイーディスにも何かしらの価値を見いだしたことになる。だがイーディスはこの世界のキースとは面識がなく、一方的に知っているだけだ。あちらもマリアを通して何か聞かされている可能性はあるが、やはり一方通行である。イーディスにはキースに求められるだけの社交力も権力もなく、これといった特徴もない。一体何がお気に召したのだろう? と首を捻れば、ザイルは苦しげに理由を口にした。
「君が彼の愛した女性の唯一の友人だったから。だが彼の妻となれば君は一生亡くなった友人に囚われ続けることになる。一方的な婚約解消をされ、傷心している娘さんを嫁がせるような相手じゃない……」
「けれど今、何かしらの変化があったのでしょうか?」
「君が想像以上に強く、回復しつつあること。そしてキース=ギルバートの精神状態が悪化したことにある。……数ヶ月前から私の元にもイーディスさんをこちらに預けて欲しいとの要請があった。儀式が終わったばかりの今、管理者である彼を失えばゲートは形を保つことが出来なくなる。だが私は君を慰み者になんて、リガロの時のようなことにしたくない!」
つまりキースはゲートを管理しており、その役目を誰かに託すことは現状では難しい。けれどマリアを失った彼はこの世界に留まることを拒否しているーーといったところか。
夢の外でのキースはマリアを溺愛していた。共に生きることこそが当然だと思っているように見えた。精神が壊れてもおかしくはない。イーディスが親友なき世界で生きようと思ったのは剣聖がいたからだ。婚約者を次の剣聖にするために、そしてマリアからのエールを受け取った後はザイルが手を貸してくれた。手紙の意味に気付かなかったら、きっとキースのように苦しんでいたことだろう。
イーディスのことを思って数ヶ月も悩んでくれたザイルには悪いが、イーディスが取る行動はたった一つだ。
「キース様と会わせていただくことは可能ですか?」
「い、いいのか? 一度会えば彼はきっと君を離さないだろう」
「構いません」
ゲートの管理云々なんてよく分からないことは正直どうでもいい。だがマリアはきっとキースが後追いなんてしたら悲しむだろうから。彼女を泣かせるなと伝えに行くのだ。例え何年かかっても親友の愛した男を説得する。それがマリアの親友たるイーディスの役目である。行く先が極寒だろうと灼熱だろうと構うものか。
「そうと決まれば屋敷に戻って早く荷造りしないと! 出発はいつですか!」
「本当に、イーディスさんは強いな。そんな君だからあの子達は好きになったんだな……」
荷物は何を持っていこうか。説得の材料として彼女からの手紙は絶対必要だ。時間があれば彼女の惚気をピックアップしてまとめるのもいいかもしれない。あとは『イーディス』の日記も引っ張り出してーーああ、やることが沢山ありすぎて困ってしまう。けれどマリアのためならば一肌どころか二肌も三肌も脱ぐ。温かい幸せに浸かっている暇はない。
「花はもう少し進んだところだ。着いたら水浴びをしような」
ザイルの言葉を理解したのか、ケトラはコクコクと頭を上下に動かした。
花の咲く場所まで到着すると彼はチラチラとこちらを確認し、GOサインが出ると同時に川へと足を進めていった。ブルブルと首を振り、とても気持ちよさそうだ。
「綺麗ですね」
「だろう? 今度、妻も連れてこようと思っているんだ」
「きっと喜んでくださいますわ」
爽やかな風に吹かれながら名前も知らぬ花を眺める。けれど楽しんでばかりもいられない。隣に並ぶザイルは花なんて見てはいないのだから。視線を彷徨わせ、口をパクパクとさせる姿は夜会を欠席してくれと言い出したリガロによく似ている。言わねばならないけれど傷つけたくはない。そう、思ってくれていることが分かってしまった。なにせこの世界のリガロは婚約解消を言い出した時でさえ、こんな仕草は見せてくれなかったのだから。
「ザイル様、私なら大丈夫ですから」
「……君は強いな」
「あなたが私を傷つけたりしないことを知っていますから」
「実は君に結婚の話が来ている」
「結婚、ですか? それはまた奇特な方もいらっしゃるんですね」
ここに来てからイーディスは何度と両親と手紙のやり取りをしている。この話も手紙に書いてくれれば済むことだ。なぜザイルがこの話を持ってきたのだろう? よほど特殊な相手なのだろうかと首をひねって考える。けれどイーディスにとってリガロほど劣悪な条件持ちの男はいない。あれに比べれば大抵の相手はマシに見える。
「どなたかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ギルバート家嫡男、キース=ギルバートだ。彼はリガロが婚約解消を言い出すよりも前からフランシカ家に結婚を申し出ていた。だがフランシカ男爵はずっと断り続けていた」
「確かにあのギルバート家がただの男爵令嬢を妻にしようなんて変な話ですよね」
いや婚約解消前だったら剣聖の孫の婚約者だったから少しは付加価値があったのかもしれないが、それでも断り続けていたということは複数回あったわけで。社交界から離れて悠々自適な超イージーモードスローライフを送っているイーディスにも何かしらの価値を見いだしたことになる。だがイーディスはこの世界のキースとは面識がなく、一方的に知っているだけだ。あちらもマリアを通して何か聞かされている可能性はあるが、やはり一方通行である。イーディスにはキースに求められるだけの社交力も権力もなく、これといった特徴もない。一体何がお気に召したのだろう? と首を捻れば、ザイルは苦しげに理由を口にした。
「君が彼の愛した女性の唯一の友人だったから。だが彼の妻となれば君は一生亡くなった友人に囚われ続けることになる。一方的な婚約解消をされ、傷心している娘さんを嫁がせるような相手じゃない……」
「けれど今、何かしらの変化があったのでしょうか?」
「君が想像以上に強く、回復しつつあること。そしてキース=ギルバートの精神状態が悪化したことにある。……数ヶ月前から私の元にもイーディスさんをこちらに預けて欲しいとの要請があった。儀式が終わったばかりの今、管理者である彼を失えばゲートは形を保つことが出来なくなる。だが私は君を慰み者になんて、リガロの時のようなことにしたくない!」
つまりキースはゲートを管理しており、その役目を誰かに託すことは現状では難しい。けれどマリアを失った彼はこの世界に留まることを拒否しているーーといったところか。
夢の外でのキースはマリアを溺愛していた。共に生きることこそが当然だと思っているように見えた。精神が壊れてもおかしくはない。イーディスが親友なき世界で生きようと思ったのは剣聖がいたからだ。婚約者を次の剣聖にするために、そしてマリアからのエールを受け取った後はザイルが手を貸してくれた。手紙の意味に気付かなかったら、きっとキースのように苦しんでいたことだろう。
イーディスのことを思って数ヶ月も悩んでくれたザイルには悪いが、イーディスが取る行動はたった一つだ。
「キース様と会わせていただくことは可能ですか?」
「い、いいのか? 一度会えば彼はきっと君を離さないだろう」
「構いません」
ゲートの管理云々なんてよく分からないことは正直どうでもいい。だがマリアはきっとキースが後追いなんてしたら悲しむだろうから。彼女を泣かせるなと伝えに行くのだ。例え何年かかっても親友の愛した男を説得する。それがマリアの親友たるイーディスの役目である。行く先が極寒だろうと灼熱だろうと構うものか。
「そうと決まれば屋敷に戻って早く荷造りしないと! 出発はいつですか!」
「本当に、イーディスさんは強いな。そんな君だからあの子達は好きになったんだな……」
荷物は何を持っていこうか。説得の材料として彼女からの手紙は絶対必要だ。時間があれば彼女の惚気をピックアップしてまとめるのもいいかもしれない。あとは『イーディス』の日記も引っ張り出してーーああ、やることが沢山ありすぎて困ってしまう。けれどマリアのためならば一肌どころか二肌も三肌も脱ぐ。温かい幸せに浸かっている暇はない。
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