モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
100 / 177
六章

5.ラスカ=レトア

しおりを挟む
「さて、食事も済んだことだしカルドレッドについて軽く説明しておこう」

 食事を済ませると、バッカスはガラガラと音を立てながらホワイトボードを運んできた。すでに一面にはびっしりと文字が書かれている。

 赤字で書かれた大項目は『カルドレッド』『魔法道具』『魔』の三つ。イーディスが一番知りたいことでもある。背筋をビシッと伸ばせば、ペンを手にしたバッカスが軽く頷いた。

「まずはここ、カルドレッドについて説明しよう。カルドレッドとはどこの国にも属さぬ特別領であり、様々な国の者達が在籍している。またここには戸籍が存在しない者も多く在籍する。主にそもそも戸籍を持っていない者、カルドレッドで生まれた者、そして何かしらの事情があり戸籍が消失した者の三派ターンだな」

「私は三番に当たる、と」

「いや、イーディス嬢の場合、ローザ嬢が身元引受人となり、レトアの養子に入ったことでシンドレア王国で『ラスカ=レトア』という新たな戸籍を得ている。カルドレッドでは戸籍がなくても生きていけるが、後々ここから出ることになれば戸籍がないと困ることもあるからな。フランシカ男爵と話し合って作らせてもらった」

「ラスカ=レトア……」

 口に出せば、乾いた地に水が染みこむように自然と馴染んだ。

『ラスカ』はラスカシリーズから取ったのだろう。モズリは目の前の四人か。

 物語の中でラスカはずっと一人で変わり果てた世界を旅して、様々な発見をしていた。モズリと再会したのは随分後のことだ。一巻の時よりも多くのことを知り、そして自分のことも見つめ直した彼女はモズリに問うのだ。

『私のこと、覚えている?』

 ラスカが生きていた場所は死を待つだけの土地。旅をしながら、ラスカは少しずつ星が死ぬきっかけとなった事件よりも前のことも思い出していく。そして以前自分が足を運んだ場所を巡っていく。少しずつ記憶が戻り、そしてラスカの時間は少しずつ巻き戻っていく。何も知らなかった頃の記憶と合流するように押し寄せる記憶に、彼女は何度も唇を噛みしめる。楽しさを思い出せば、同時に孤独もやってくる。ラスカが彼らを覚えていても、彼らはラスカの声に反応することもない。一人だけになった世界では、忘れられたも同然だった。ラスカが生きたことを覚える人はいない。そう、モズリを除いては。

『もちろん。君みたいな子、いつまで経っても忘れるはずがない』

 それはモズリなりの皮肉だった。好んでこんな場所に残るような変人を忘れるはずがない、と伝えたつもり。だがラスカは嬉しくて彼に抱きついた。そこから二人の旅が始まるのだ。大団円に向かう幸せの旅が。

 そんな彼女からもらった名前は、空白を埋めながら生きていくイーディスにはぴったりだ。彼女のように知らないなら知らないなりにこの世界を歩いていけばいい。





「私としてはギルバート家の養子 イーディス=ギルバートになって、一緒に暮らすというのが一番だと思ったのですが」

「マリア、これはフランシカ家の決定だ。諦めろ」

 むうっと頬を膨らますマリアには悪いが、その名前は少し遠慮したい。マリアがいなかった世界でイーディスが名乗ることを許されていた名前だから。この世界では似つかわしくない。それに、その名前を名乗る時は隣に同志がいなければ寂しくなってしまうから。父がどういう理由でカルドレッドを選んだのかはイーディスの知るところではないが、レトア家を選んでくれたことにホッと胸をなで下ろした。

「でもカルドレッドを出ることになった際には是非ギルバート家へ! 魔が安定していますから暮らし易いはずですわ!」

「魔が安定?」

 馴染む、の次は安定か。画廊で教えてもらった話で多くのことを知ったつもりでいたが、この世界にはまだまだイーディスの知らないことで溢れているらしい。以前までのイーディスは何も知らなかったのだと痛感する。知らずに嫌いだ、乙女ゲームシナリオが、とへそを曲げていた自分がひどく子どものように思えてならない。



「マリア嬢、順番に話しているんだから混乱させないでくれ」

「……わかりました。はしゃいでしまって申し訳ありません」

「いえ、お誘い頂けて嬉しいですわ」

「イーディス様……」

「話戻すぞ~。事情持ちが多い上に変わり者揃いのこの領だが、地質も特殊だ。常に魔が溢れている、というところまではイーディス嬢も授業で習っただろう。だが『魔は適正がない者が触れると精神状態に異常を来す』ということは公には知られていない。この適正がない者がカルドレッドに滞在しようとすると早い者だと三日、長くとも一週間で精神に異常を来す」

 あちらの世界でローザの身に起きていたことと似たような状況だろう。場所こそ違うが、同じく魔に犯された状態だ。『ローザ』の場合、数ヶ月ほど魔に犯されていたというのもあるが、長く触れ続けた者の末路が悲惨であることは確かだ。思わず顔を歪めれば、バッカスは「もちろん異変が見られた場合にはすぐに外に送っているから安心してくれ」とフォローを入れてくれる。

「一週間以上滞在するには『魔法道具に認められる』必要がある。こればかりはどんな理由があろうとも、推薦状を持とうとも強引に突破することは出来ない。一部例外を覗いて皆、一様に同じ試験を受ける必要がある」

「例外?」

「すでに高濃度の魔に触れたことがある者や聖女、役職持ち、そしてすでに魔法道具を有している者。これらを満たす者はすでに魔に適正があり、カルドレッドの魔にやられることはない。またこれに当てはまる者の中には魔法道具を所有出来ないパターンもある。だがあくまで例外は例外。人数はさほど多くはない。俺達とイーディス嬢はなんらかの形で滞在条件を満たしていると思ってくれればいい。カルドレッドは特殊な立ち位置であり、聖女の儀式が終わってからはますます所属希望者が殺到した。だがこの『魔法道具に認められる』という条件が意外と難しく、カルドレッドに長期滞在が許されているのは五十人もいない」

 五十と聞くとそこそこいるのでは? と思ってしまうが、大陸中の国から集まっていることを考えるとかなり少ない。貴重な人員のうち、五人はこの場にいる図書館メンバーなのだから。カルドレッドに人員を送り込めていない国もあるのではないだろうか。儀式が終わった後から希望者が殺到したのは、自分の国の研究員を送り込みたいという国の考えもあるのだろう。

 イーディスは与えられる情報を少しずつ飲み込みながら、頭をフル回転させていく。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

[完結]私、物語りを改竄します。だって、女神様が全否定するんだもん

紅月
恋愛
病気で死んだけど、生まれ変わる前に号泣する女神様に会った。 何やらゲームのパッケージを見て泣きながら怒っている。 「こんなの私の世界で起こるなんて認めない」 あらすじを読んでいた私に向かって女神様は激おこです。 乙女ゲームはやった事ないけど、この悪役令嬢って書かれている女の子に対してのシナリオ、悲惨だ。 どのストーリーを辿っても処刑一択。 ならば私がこの子になってゲームのシナリオ、改ざんすると女神様に言うと号泣していた女神様が全属性の魔力と女神様の加護をくれる、と商談成立。 私は悪役令嬢、アデリーン・アドラー公爵令嬢としてサレイス王国で新しい家族と共に暮らす事になった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

処理中です...