モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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六章

9.カルドレッド散策

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「はい、これ水筒とお昼ね」

「ありがとうございます」

 朝食後、散策セットを受け取る。ちなみに先ほどアンクレットから「適当に休める場所がなければこれを敷け」とのありがたい言葉と共に敷物を渡されている。魔道書とカメラが入ったいつものバッグとは別のものを用意してもらったので、お弁当もそちらに入れされてもらう。

「行ってきます」

「気をつけてね~」

 手を振って食堂を後にして、待ち合わせ場所に向かう。仕事終わりのバッカスとは馬小屋の前で待ち合わせしているのだ。スタスタと早足で廊下を歩いているといろんな人から「いってらっしゃい」と声をかけられる。熱中症には気をつけろ、なんて声と共に帽子も頭に乗せてもらったイーディスはまるでハイキングにでも出かけるよう。まぁ似たようなものなのだが。

 カルドレッドは年々拡大傾向にあるとはいえ、さほど広くはない。馬で移動すれば一日ほどで領内を一周することが可能だそうだ。また建物も密集しており、説明をしてもらいながらゆっくりと回っても日が暮れる前には帰ってこられるだろうとのことだ。

「イーディス嬢、こっちだ」

「バッカス様。お待たせしました」

 すでに馬を連れているバッカスに小さく頭を下げ、イーディスもケトラを迎えに行く。今朝もアンクレットからお世話をしてもらった彼は、カルドレッド散策について知っていたようだ。イーディスの顔を発見するや否や、爛々とした目でこちらを見つめてくる。

「今日はよろしくね」

 挨拶にケトラは荒い鼻息を返してくれる。よしよしと顔を撫で、背中に乗せてもらった。



「研究所や実験に使っている敷地、経過観察場所を回って、居住区画・遺跡と見ていく感じになる。喉が渇いたりお腹が空いたらすぐに休憩を挟むから遠慮なく言ってくれよ」

「はい」

 バッカスと並んで馬を走らせる。リガロの爆走とは違い、緩やかな走りだ。同伴者がいる場合、普通はこんなものなのだろう。ザイルもそうだった。爽やかな風が吹いたが、先ほど乗せられた帽子は首ゴムに頼ることなくイーディスの頭に鎮座していた。







「ここが新たに設置した研究室」

「こっちは光を使う研究をしているところだから、用事がある時は事前連絡と専用のメガネが必要で」

「このロープから先は経過観察エリア。イーディス嬢は特に、魔の影響を受けた時どうなるか分からないから間違って入らないように」

「研究員の居住区画はさっき説明した場所とこっちの二カ所。この前出した屋敷に住んでもいいし、ゴーレムさんに言ってこっちに家を建ててもらうのでもいいぞ。もちろん、今のまま本部に住んでいてもいいし、俺みたいに研究室を作ってもらって住居とまとめるのでもいい。ここら辺はわりと自由だから」

「あっちの門はキャラバンが来る場所で」



 馬の上に乗りながら、バッカスは次々にカルドレッドを案内してくれる。

 想像以上に研究室や実験用の敷地が多いが、重要となる建物は大抵まとまっている。逆に特殊な研究を行っている場所は他の建物から離れた場所にぽつんと建っていることが多い。建物内はともかく、立ち入り禁止エリアは軽くロープが張ってあるだけだったりするので、気をつける必要がありそうだ。コクコクと頷きながら、脳内メモに危険エリアの場所をマッピングしていく。同時に、本部にある食堂ほど立派なものはないが、飲料水や簡易食が置かれている小屋も覚えておく必要があるだろう。まだ報酬をもらっていないイーディスは文無しだが、お給料が入ったら隔週でやってくるキャラバンも覗いてみたい。ある程度のものなら想像で出せるが、新聞などの情報誌は難しい。力は万能ではないのだ。



「それで、ここがイーディス嬢が一番見たがっていた場所だ」

 最後に案内された場所は遺跡だった。立て看板がいくつも建てられており、まるでRPGのダンジョンのよう。

「ここが領主の試練場……」

「領主になりたければ領主の試練を見事突破し、領主の証を手に入れなければならない。過去二十年、カルドレッドに所属する者のほとんどが試練にチャレンジしーー失敗に終わった。俺もローザ嬢も初めてここを訪れた時に試して失敗している」



 現在の在籍数が五十人ほど。だがこの二十年で入れ替わりがあったと考えるとチャレンジ数はそれよりも少し増えるはずだ。それほどの人数がチャレンジし、破れたともなればきっとイーディスには突破出来ないような難しく険しい試練が待っているのだろう。必要なのは知恵か力か。その両方かもしれない。

「試練の内容はどんなものだったのですか?」

 自分もチャレンジしてみようなんて気はさらさらない。聞いたのは興味本位だった。けれどイーディスに返ってきたのはまさかの言葉だった。

「誰も試練の内容を知らない」

「え?」

 どういうことかと首を捻れば、バッカスは看板に書かれた文字を指しながら『試練』について教えてくれた。



 ・一人一回のみチャレンジ可能。ただし領主が変わると再びチャレンジする権利が与えられる

 ・タイムリミットは一刻。それ以上かかれば強制的に遺跡から出される。

 ・到達地点関係なく、遺跡の外に出た瞬間に内部での情報の一切を記憶からなくす。

 ・試練中に怪我をする者はいない

 ・最深部まで辿り着いたと思われる者は魔法道具が強化された状態で出てくる。





 ざっくりとまとめればこんな感じだ。

 危険性はないらしいが、精神的・身体的疲労が伴うらしい。また領主はすんなりと決まるときもあれば、全く決まらずに空席が続く時がある。今回のように二十年の空席もよくあることだと聞かされた時にはとても驚いた。カルドレッド特別領領主は領内での全ての権限を有し、発言力は大陸でも随一。他国の承認が必要となることもあるが、基本的にカルドレッドの領主が希望したことが通らないことはない。

「独裁になりませんか?」

「なるぞ。だが領主がいる時といない時だと発展が桁違い。彼らがいなければ今のレベルまで進歩していなかったし、潰れていた国もある。先々代領主がいなければ退魔核が完成することも、人工の魔法道具の量産だって難しかったはずだ。だからどの国も意見することはあっても、抵抗することはない。カルドレッドの決定に背くことは自分の首を締めることと同義だからな」

「なるほど」

 イーディスは今のカルドレッドを気に入っている。ここにもし独裁者が生まれたら、彼らは変わってしまうのだろうか。寂しさはある。けれどカルドレッドに集う天才から統率者が生まれることで『魔』に人生を左右された人達が少しでも楽になるのなら……。その時が来たら、きっとイーディスは自ら歯車の一つとして回ることだろう。





「まぁそんな深く考えなくても、チャレンジは義務じゃない。俺達はただ領主になりたかったからチャレンジしただけ。中で何が起きるか分からない建物の中に入らなくて済むならそれに越したことはないって」

 バッカスはそう告げると、イーディスのために綺麗な景色が見える場所を回りながら本部へと戻ってくれた。試し撮りも兼ねているので、パシャパシャと多めに撮っていく。初めてじっくりと見た景色はとても綺麗で、魔が満ちているとは思えないほど空気が澄んでいた。
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