モブ令嬢は脳筋が嫌い

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六章

19.外出

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 外出当日。変装セットに着替えて、女性職員に派手な化粧を施してもらった。鏡を見た時には思わず顔中に手を当てて、本当に自分なのか確かめたほど。準備を済ませてからバッカスにお披露目すると、やはり彼もまたイーディスの変わり様に目を丸くした。彼の母と似ているらしい声で話しても信じてもらえず、お出かけ用バッグから魔道書を取り出してようやく納得してもらえた。メイクというのはそれほど人を変えるものなのだ。イーディスの地味顔が真っ白なキャンパスの如く作り替えられたというのも大きいのだろう。毎日顔を合わせているバッカスが気付かないほどだ。万が一、イーディスを覚えている奇特な人物に遭遇したところでバレやしない。

「行きましょう」

「あ、ああ。そうだな。行こう」

 バッカスは目の前の人物をイーディスと認識しても未だ驚きを隠せないようだ。馬車の中で何度も「イーディス嬢だよな?」と確認してきた。その度に「今の私はラスカですよ」と返すのだった。



「バッカス様! ようこそいらっしゃいました。そちらの方?」

「最近カルドレッドにやってきた新人だ。今日は研修も兼ねて連れてきた」

「はじめまして。ラスカと言います」

「私、領主のオウルと申します」

 オウルはイーディスを見て、ふくろうのように何度か首を捻った。

「えっと私、どこか変ですか?」

「ラスカ様とは、初めましての気がしないのですが……どこかでお会いしましたか?」

 じいっと顔を覗き込まれ、今度はイーディスがはて? と首を捻る。白髪交じりの茶髪に茶の瞳。顔立ちは至って平均的。しいていえばやや目がキリッとしている程度。年齢はイーディスの両親よりもやや年上、六十歳前後といったところか。視覚的情報を整理して見てもやはり覚えがない。

「初対面だと思います」

 イーディスの両親に会った際に娘の顔を見ており、という可能性もないわけではないが、そこまで考えるなら十年以上前に道ですれ違っていただけという可能性も探り始めなければいけない。それに双方が認識していないのならば初対面でいいだろう。それにバッカスも見抜けなかったこの変装を顔も覚えていないような相手が見破れるはずがない。

 顔の似た方と会ったことがあるのではないでしょうか、と続けてみても、彼はまだ引っかかりがあるようで首を傾げたまま。けれど完全にこれだと言える記憶はなかったのだろう。しばらくしてからようやく諦めてくれた。次第に機嫌が悪くなるバッカスの視線に耐えかねたとも言うが。

「申し訳ありません。どうやら私の記憶違いだったようで」

「お気になさらず」

 気にしていないとにっこりと笑って、ようやく仕事がスタートする。

 今日の主な仕事は二つ。カルドレッドから持ってきた機械を使った魔量の測定と地質調査である。魔量の測定は絶対で、もう一つの項目は職員によって調べるものが異なるらしい。観光地周辺のチェックだったり、孤児院を回ったりとそれぞれの研究内容と関わった物が多いようで、バッカスの場合は地質調査だった。土や砂を採取し、戻ってから解析を行うらしい。荷物を持って彼の後をついて回りながら機械の説明を受ける。この地層の場合~なんて聞いたところでいまいちよく分からないのだが、説明はあくまで外に向けたポーズで理解する必要はないらしい。馬車の中で適当に頷きながら聞き流してくれと言われている。言われた通りにコクコクと頷きつつ、要求されたものを手渡していく。



「では私達は他の場所を回ります。結果は後日お送りいたしますので」

「よろしければお食事でも」

「いえ、急ぎますので」

「そうですか……。本日はありがとうございました。道中お気を付けて」



 滞在時間はわずか四半刻ほど。

 かつて魔に犯された人がいるこの地だけが固定で、後はランダムに選んだ場所の地層調査をするらしい。これから三カ所巡る予定のバッカスはオウルの誘いをズバッと断り、さっさと馬車へと向かう。そしてイーディスを先に馬車に乗せると、オウルに「では」と小さくお辞儀をして馬車を走らせた。



「本当に彼とは顔見知りではないのか?」

「はい。全く覚えがありません」

「そうか」

「バッカス様が急いでいたのはオウルさんと引き離したかったから、ですか?」

「まぁ。彼は……いや、何でもない」

「何ですか? 気になります」

「気にしないでくれ」

 気にしないでと言われても気になるものは気になる。だが首を小さく振る彼が素直に教えてくれるとも思えない。ただでさえ半ば強引に連れてきてもらっている。ここで強引に聞き出すのは得策ではない。帰ったらアンクレットに聞くことにしよう。



 ーーそう心に決めたイーディスだったが、カルドレッドに戻る前に理由は明らかになった。
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