モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

マリアの光⑤

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 そのうちバッカスはカルドレッド行きが、ローザは王子との結婚が決まった。
 マリアだけがヘソを曲げたようにその場に蹲り続けている。昔よりもずっと惨めで、それでもペンを走らせるしかなかった。そんなマリアがイーディスの役に立つ方法を教えてくれたのはバッカスだった。

「マリア嬢、力を貸してくれないか? 魔の研究を進めるにはマリア嬢の協力が必要なんだ」
 彼がギルバート屋敷を訪ねてきた日、マリアは自分が『慈愛の聖女』と呼ばれる存在であることを知った。そして慈愛の聖女の役割や聖母の過去も。キースは生涯隠しておくつもりだったらしいが、イーディスの力になれるならきっと喜ぶだろうと許してくれたらしい。イストガルム王家に許可を取ってくれたのも彼だ。


 そこからマリアは定期的にカルドレッドに通い、魔の研究に手を貸すようになった。といっても採血をしたり、マリアに集まる魔量の測定に協力したりと簡単なことだ。それも癒しの聖女が儀式を行った影響で慈愛の聖女の負担は軽くなっている。正常時のデータとは言い難い。それでもバッカスが「必ずイーディス嬢を救いだそう」と言ってくれるから、自分も力になれているような気がした。ギルバート夫人という立場を使ってしばしばシンドレアにも足を運んで、手がかりになりそうなものを探す。

 あの日見つけた光は、見失わない限り消えることはない。
 諦めなければいつかまた会える日が来る。
 何年先になったってマリアは待つつもりだ。例えイーディスの死亡届が受理されても、イストガルム王家の権力を駆使してどうとでも出来る。ローザやバッカスも彼女の居場所を作ろうと言ってくれた。


 なのに、リガロと来たらいつまでもうじうじうじうじ。
 イーディスはマリアの光だが、リガロだってマリアに前を向かせてくれた人物なのだ。
 生気の残っていない顔を見た瞬間、マリアの中で何かが切れた。

「リガロ様が死ぬのは勝手です。けれどもしあなたが死んだ後、口さがない者が戻ってきたイーディス様にあなたの死の理由を告げたとしたら、私はあなたを許しません。土の下に埋まっているのを掘り起こしてでもあなたを責め続けます。一生を終えたくらいで逃れられると思わないでくださいね。魂が擦り切れてもなお、許すことはありませんから」

 イーディスが帰ってきた時、リガロが自死していたと知れば彼女は悲しむに違いない。その原因がイーディスの失踪としればなおのこと。彼女はきっと自分を責めてしまうことだろう。そんなこと、あってはならない。だから生きてくれ。真っ暗な闇の中に足を引き込まれてはいけないと。啖呵のような言葉に込めたのはマリアの切実な祈りだった。


 その祈りが通じたのか、彼の顔色は少しずつ回復していった。
 だが同時に彼は今までよりも多くの魔を集めるようになった。カルドレッドに通い出してから、剣聖と慈愛の聖女の性質が似ているという話を聞いていたが、リガロとマリアとでは集まる桁が違う。通常の人間では隣に立つことすら出来ない。学生時代にマリアが体調を崩した時と同じような状態か、それ以上になってしまう。もしイーディスが戻ってきたとしても、リガロと共には生きることはもう叶わないまでになっていた。だがそれを彼自身に告げることは、誰にも出来やしなかった。


 ――だが不可能と思われた環境をイーディスは変えた。


 本に取り込まれてから十年の歳月を経て戻ってきた彼女は、カルドレッドの新領主となり、たった数年でカルドレッドの研究を数歩先に進展させ、深淵に落ちかけていたリガロを救ったのだ。

 その姿はまさに聖母そのものだった。



「マリア~マリア~どこだ~」
「キース様!?」

 キースの声にハッとして窓の外に視線をやると、すでに時刻は夕暮れと夜の合間。かなりの時間、過去に浸っていたらしい。頬の涙もすでに乾いている。
 キースには浮気相手がいるなんてことはなく、隠さなくてもいいどころか玄関にでも飾ってほしいものを隠していた訳だが、マリアが勝手にここに来たとバレればなぜかと問われることだろう。そうなれば自然と彼を疑ったことも白状せねばならなくなる。それだけは避けなければと慌てて絵に布をかぶせ、はしごに手をかけた。

 けれどもう遅かった。

「マリア? そんなところで何しているんだ?」
 すでにキースは三階までやってきていたのだ。
 諦めたマリアはキースに何もかもを打ち明けて頭を下げた。キースはマリアの告白に目を丸くして驚いたが、すぐに顎に手を当てながら悩み始めた。眉間には皺が寄っており、彼を困らせてしまったことを後悔した。

「イーディス嬢の絵は浮気に当たるだろうか」
「いえ、全く」
「そうか、良かった」
「……怒ってないんですか」
「なぜ?」
 キースは心底不思議そうに首を捻る。だが不貞を疑われるというのは男女共に気分が良いものではないはずだ。怒らずとも、機嫌を損ねるくらいあっていいだろう。

「私はキース様の不貞を疑いました」
「疑われるような行動を取った俺も悪いだろう。そろそろ大きい絵も描きたいと思っていたし、アトリエの場所を移動させるか。もしよければマリアからアドバイスをもらえないだろうか?」
「絵のことはあまり詳しくなくて……」
「服装や場所がそろそろネタ切れでな」
「喜んで協力させて頂きます!」

 翌日、キースのアトリエは屋根裏から三階の空き部屋に移った。
 なぜかずっと空いたままだった部屋だ。この部屋だけは彼が管理していた。物すら置かず、掃除も彼自ら行っていた。屋根裏と並んで不思議な部屋だったのだが、移動させるとなった時、彼は真っ先にその部屋を挙げた。ほとんどの絵はそちらには持ち込まず、屋敷の至るところに飾った。ほとんどの絵の配置を任せてくれたが、三枚だけ、キースが場所を指定した絵がある。

 砂浜の絵とイーディスの聖母画、そして現在作成中のファファディアル星雲祭の絵である。
 この三枚はそれぞれ寝室とアトリエ、玄関に飾るのだという。この三枚だけは頻繁に見られる場所に置きたいのだとか。キースにとって絵は、絵を描くという行為は、マリアが思っている以上に意味のある行為なのかもしれない。

 マリアはキースについて知らないことがまだまだある。
 ただ部屋を移動する時の彼は晴れ晴れとした表情で、勘違いから起こした行動は何かしらの役に立てたらしいことだけは確かだった。



マリアの光 完
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