モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

アンクレットの休日①

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「ここの角か」
 ブツブツと呟きながら角を曲がれば、リガロに教えてもらった通りの色の屋根が見える。宿から少し離れたその場所は数年前まで剣聖が住んでいたと思えぬほど地味な外観だった。だがイーディスが住む予定だったと言われれば思わず納得してしまうような、そんな屋敷である。間違いないと地図をポケットに突っ込んだ。

 イーディスに少しずつ仕事を引き継ぎ、今では彼女一人で領主の仕事をこなせるようになった。アンクレットとしては死ぬまでサポートをしていくつもりだったのだが、はっきりと断られてしまった。ちゃんと休んでくれと。最近のイーディスは労働時間改革を行っている。真っ先にその対象に入ったのはアンクレットだった。だがいきなり休めと大量の休暇を与えられても、仕事終わりの時間に趣味をこなすということに慣れすぎてしまっている。休日なんて数日あれば必要な道具の買い出しは済む。必要ないと突っぱねれば、ならシンドレアに行ってリガロの父に会ってくればいいと言われてしまった。どうやら数年前のアンクレットの言葉を覚えていたらしい。アンクレット自身、今さら会わせる顔がないなんて考えている訳ではなく、なんとなく時間があれば、と伸ばし伸ばしにしてしまっていた。
 こんな機会もなければ会うこともないだろうと手紙を出せば、思ったよりも早く返事がきた。
『いつ来るんだ。日程を書け』と、とても短い文章だけ書かれた返事が。
 まるでこの数十年間の空白が嘘のようだ。思わず笑いがこみ上げて、なるべく早い日程を書いたらこれまたすぐに返事が来て今に至る。

 待ち合わせ場所として指定されたのはフライド屋敷、ではなく、かつてリガロが報酬としてもらった屋敷だった。リガロに書いてもらった地図を頼りにして、時間きっかりに到着すると屋敷の前には従兄弟がむすっとした顔で立っていた。

「元気にしていたか?」
「ああ。……お前はもうとっくにくたばってると思ってた」
「そんな簡単に死なねえよ」

 軽く笑ってみせたが、先代領主がいなければアンクレットはとっくに死んでいたことだろう。いや、昔に限ったことではなく、彼の次の領主がイーディスでさえなければ何かしらの理由を付けてこの世を去っていたと思う。今となっては一日でも長く生きてやる! と意気込んでいるが、少し前まではこの世への執着が極端に薄かった。死んでも次に行く場所が決まっているというのも大きな理由だろう。この世を去ることで失うもののことなんて考えてもいなかった。

「まぁいい。入れ」
「案外綺麗にしてるのな」
「別邸として使っているからな。それで、今日は何の用だ」
「何の用って四、五十年ぶりに会ったっていうのに冷たいな」
「長年連絡も寄越さなかった奴が何を言う」
「お前は俺を恨んでると思ってたから」
「恨んでたさ。勝手に死にやがってって。お前が残れば良かったのに、お前ならもっと上手くやれたはずだって。あの時怪我をしていたのが俺ならってずっと考えてた」
「……悪い」

 先を歩く彼の表情は見えない。けれど吐き捨てられた恨み言はアンクレットの胸にグサリと突き刺さる。何十年と目を逸らし続けても消えることはないのだと、もっと早く向き合えていればと唇を噛みしめた。けれど彼の言葉には続きがあった。

「なのにお前と来たらあっちで好き放題やってるみたいで……ずっと悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか」
「好き放題ってこれでも先代の時は馬車馬の如く働かされて、あの人がいなくなった後もバランスを取るの大変だったんだぞ!?」
「前はそうかもな。だが今はどうせ毎月毎月新しい服作ってんだろ。仕事に趣味に、こっちにいた頃より充実した生活を送ってるみたいじゃねえか」

 俺の気持ちも考えろ! と叫ぶ従兄弟の顔にはアンクレットが長年思い描いていたような暗さはなかった。むしろ言葉で恨み言を並べながらも、アンクレットの幸せを喜んでいるようにさえ見える。記憶の中の彼はいつだって重圧に押しつぶされないようにグッと何かをこらえていたのに、会わない間にすっかりと変わったようだ。

「それはまぁ……。というかなんで俺の趣味知ってんだよ」
「何でって、まさかお前、その趣味バレてないとでも思ってたのか?」
「人前でそんなの言ったことなかったと思うが」
「言われなくとも、お前が剣を握っている時よりもスケッチブックに何か描いている時の方が楽しそうにしていることくらいすぐに気付く。それに彼女の服だって、たまにお前が作ってるんだろうなってのも見れば分かる」

 話しているうちに客間まで案内され、彼はお茶を用意するからと席を立った。
 彼はすぐに気付くというが、アンクレットの両親も兄弟も気付いてなどいなかった。見たいところばかりを見て、従兄弟と比べては優越感に浸っていた。些細な表情にすら気付いたのは従兄弟がアンクレットをよく見ていたから。周りはよくザイルと彼は似ていないと言っていたが、こういうところはそっくりだ。変な方向に暴走することはあるし、盲目なところはある。けれど、なぜか変なところは覚えているのだ。そういうところが憎めない。

「……俺のデザイン、そんなにわかりやすいか?」
 カップを二つ、トレイに載せて戻ってきた彼にそう問えば、何を当然な事を聞くのかと目を丸くした。
「お前の服はどれも剣を振ることを前提とした作りになってるから見る奴が見れば分かる」
「いや、だが動きやすさを重視した服は他にもあるぞ?」
「それはデザインで分かる」

 過去に見ていたとしてもそれはもう何十年と前の、鍛錬の合間に書いていたものである。特段服飾に興味があったわけではない従兄弟が覚えているものだろうか。首を捻れば、困ったように彼は頭を掻いた。そして観念したように小さくその訳を打ち明けてくれた。

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