1 / 7
1.
しおりを挟む
「いってきま~す」
「気をつけていくんだぞ」
「お土産期待していてください」
ドルティアは今日も釣り道具を手に、馬に跨がる。
護衛は執事見習いのビィリアスだけ。
五歳の時に乙女ゲーム世界に転生したと気づいてからほぼ毎日釣りに付き合わせている。そのせいで執事としては全く成長していないことが悩みらしい。
おかげで数年でめっきりと老けたとぼやいているが、元々そんな顔だ。
彼は乙女ゲームでも悪役令嬢ドルティアの従者として登場するが、今とあまり変わらなかった。それに彼だってなんだかんだ楽しんでいる。小言を言う時も顔が緩んでいるし、ふとした時に柔らかく笑うのだ。きっと長い時間一緒にいるドルティアしか知らない。
それにビィリアスにだってメリットがない訳ではない。
なにせドルティアと同じ方法で爆速レベリングを繰り返しているのだから。二人は若干十五歳にして揃ってレベル五十をゆうに越えていた。
「今日はどちらで釣るのですか?」
「魔魚の沼! 学園入学までにレベル六十は行きたいのよね」
「お嬢様は一体どこまで強くなられるおつもりですか」
「浮気男と結婚しなくてよくなるまで」
「まだそんな迷いごとを……」
この問答も何度目か。聞き続ければ答えが変わるとでも思っているのだろう。ビィリアスは今日も大きなため息を吐く。けれどドルティアは一歩も譲るつもりはない。
なにぜ前世で死ぬ原因となったのは浮気男だった。恋人の浮気現場に居合わせて詰め寄った直後に死んだのだ。
彼が直接手を下した訳ではない。二股どころではなかった元恋人の婚約者と名乗る女性に刺されたのである。
意識が薄れる中で見えたのはナイフを両手で握りしめてぷるぷると小さく震える女性だった。かなりの美人さんで『ごめんなさい。あなたを刺すつもりじゃ……』と涙と共に声を溢していた。
おそらく男の方を刺すつもりだったのだろう。浮気された気持ちはよく分かるので、女性のことはあまり恨んでいない。ちゃんと確認して欲しかったなとは思うものの、それだけパニックになっていたのだろう。
婚約者と言うくらいだから、結婚話も進んでいたのかもしれない。浮気どころか結婚詐欺のような気さえする。
なのでドルティアとして転生していると分かった時に残っていたのは浮気男への嫌悪感だけ。
そして何の因果か、ドルティアの婚約者は数年後、浮気をする。乙女ゲーム世界のヒロインと出会って恋に落ちるのである。
前世でプレイした時もドルティアが不憫に思えたが、本人として生まれ変わったら不憫なんて言葉で済ませるつもりはない。
「私は心移りをするなと言っているんじゃないの。他の人を好きになったのなら元々いた相手との関係を清算してから次にいけって言ってるの!」
具体的には王子側の全面的な過失を認めた上で婚約破棄を成立させろ、と。
王子を奪われると恐れたドルティアがヒロインを虐めるのを散々無視しておいて、最後の最後で断罪してポイなんてあり得ない。
テンプレとはいえ、ドルティアがヒロインを虐めるのは婚約者である王子ルートの時だけ。その他のルートでは悪役というよりもお邪魔キャラとして登場する。だから余計に可哀想なのだ。
このゲームは特定の行動をすることでレベリングが出来、それがゲーム進行に大きく関わることとなる。イベントの発生条件も特定のキャラとの親密度をあげるだけではなく、攻略対象が得意とするもののスキルを一定レベルまで上げることや○個のスキルをレベル10以上にする・特定のアイテムをゲットするなど複数の方法がある。
悪役令嬢はその邪魔をする役。
それも主人公を恨んでいるからではなく、『公爵令嬢たる私が平民に遅れを取るわけにはいきませんの!』という理由で。彼女が率先してヒロインと絡むことで平民の彼女は貴族ばかりの学園でも居場所を見つけていく。
ちなみにスキルレベルを上げる順番を考えながら慎重に進めなければ必要なアイテムを悪役令嬢にゲットされてしまう。
とはいえ王子ルート以外でのドルティアはヒロインから何かを奪っているつもりはまるでなく、彼女もまた努力を続けた結果、そのアイテムを手にしたのだと描かれている。
なのでプレイヤーからも愛されていた珍しいタイプの悪役令嬢なのだ。
応援の結果、ゲーム発売の半年後にはファンの中では『悪役令嬢エンド』と呼ばれるルートが追加された。
主人公が誰のルートにも入らず、全てのスキルをマックスにすると悪役令嬢は王子との婚約を解消し、ヒロインと二人で女性を支援・応援する活動を始めるのである。
王子ルートの好みはかなり分かれていたため、このエンドこそが真のハッピーエンドだと言うプレイヤーも多かった。
ドルティアもまたこのエンド導入に大喜びしたプレイヤーの一人だった。
なのですでにドルティアの中で王子の好感度は地の底まで落ちている。回復の見込みはゼロだ。
とはいえ、ヒロインに悪役令嬢エンドを選んで欲しい訳ではない。自分が断罪されなければ好きな男性を選べば良いと思う。そして王子にはさっさと婚約を破棄して欲しい。出来れば王子の過失で。
今は婚約破棄後に備えてせっせとレベリングをしている最中である。
「気をつけていくんだぞ」
「お土産期待していてください」
ドルティアは今日も釣り道具を手に、馬に跨がる。
護衛は執事見習いのビィリアスだけ。
五歳の時に乙女ゲーム世界に転生したと気づいてからほぼ毎日釣りに付き合わせている。そのせいで執事としては全く成長していないことが悩みらしい。
おかげで数年でめっきりと老けたとぼやいているが、元々そんな顔だ。
彼は乙女ゲームでも悪役令嬢ドルティアの従者として登場するが、今とあまり変わらなかった。それに彼だってなんだかんだ楽しんでいる。小言を言う時も顔が緩んでいるし、ふとした時に柔らかく笑うのだ。きっと長い時間一緒にいるドルティアしか知らない。
それにビィリアスにだってメリットがない訳ではない。
なにせドルティアと同じ方法で爆速レベリングを繰り返しているのだから。二人は若干十五歳にして揃ってレベル五十をゆうに越えていた。
「今日はどちらで釣るのですか?」
「魔魚の沼! 学園入学までにレベル六十は行きたいのよね」
「お嬢様は一体どこまで強くなられるおつもりですか」
「浮気男と結婚しなくてよくなるまで」
「まだそんな迷いごとを……」
この問答も何度目か。聞き続ければ答えが変わるとでも思っているのだろう。ビィリアスは今日も大きなため息を吐く。けれどドルティアは一歩も譲るつもりはない。
なにぜ前世で死ぬ原因となったのは浮気男だった。恋人の浮気現場に居合わせて詰め寄った直後に死んだのだ。
彼が直接手を下した訳ではない。二股どころではなかった元恋人の婚約者と名乗る女性に刺されたのである。
意識が薄れる中で見えたのはナイフを両手で握りしめてぷるぷると小さく震える女性だった。かなりの美人さんで『ごめんなさい。あなたを刺すつもりじゃ……』と涙と共に声を溢していた。
おそらく男の方を刺すつもりだったのだろう。浮気された気持ちはよく分かるので、女性のことはあまり恨んでいない。ちゃんと確認して欲しかったなとは思うものの、それだけパニックになっていたのだろう。
婚約者と言うくらいだから、結婚話も進んでいたのかもしれない。浮気どころか結婚詐欺のような気さえする。
なのでドルティアとして転生していると分かった時に残っていたのは浮気男への嫌悪感だけ。
そして何の因果か、ドルティアの婚約者は数年後、浮気をする。乙女ゲーム世界のヒロインと出会って恋に落ちるのである。
前世でプレイした時もドルティアが不憫に思えたが、本人として生まれ変わったら不憫なんて言葉で済ませるつもりはない。
「私は心移りをするなと言っているんじゃないの。他の人を好きになったのなら元々いた相手との関係を清算してから次にいけって言ってるの!」
具体的には王子側の全面的な過失を認めた上で婚約破棄を成立させろ、と。
王子を奪われると恐れたドルティアがヒロインを虐めるのを散々無視しておいて、最後の最後で断罪してポイなんてあり得ない。
テンプレとはいえ、ドルティアがヒロインを虐めるのは婚約者である王子ルートの時だけ。その他のルートでは悪役というよりもお邪魔キャラとして登場する。だから余計に可哀想なのだ。
このゲームは特定の行動をすることでレベリングが出来、それがゲーム進行に大きく関わることとなる。イベントの発生条件も特定のキャラとの親密度をあげるだけではなく、攻略対象が得意とするもののスキルを一定レベルまで上げることや○個のスキルをレベル10以上にする・特定のアイテムをゲットするなど複数の方法がある。
悪役令嬢はその邪魔をする役。
それも主人公を恨んでいるからではなく、『公爵令嬢たる私が平民に遅れを取るわけにはいきませんの!』という理由で。彼女が率先してヒロインと絡むことで平民の彼女は貴族ばかりの学園でも居場所を見つけていく。
ちなみにスキルレベルを上げる順番を考えながら慎重に進めなければ必要なアイテムを悪役令嬢にゲットされてしまう。
とはいえ王子ルート以外でのドルティアはヒロインから何かを奪っているつもりはまるでなく、彼女もまた努力を続けた結果、そのアイテムを手にしたのだと描かれている。
なのでプレイヤーからも愛されていた珍しいタイプの悪役令嬢なのだ。
応援の結果、ゲーム発売の半年後にはファンの中では『悪役令嬢エンド』と呼ばれるルートが追加された。
主人公が誰のルートにも入らず、全てのスキルをマックスにすると悪役令嬢は王子との婚約を解消し、ヒロインと二人で女性を支援・応援する活動を始めるのである。
王子ルートの好みはかなり分かれていたため、このエンドこそが真のハッピーエンドだと言うプレイヤーも多かった。
ドルティアもまたこのエンド導入に大喜びしたプレイヤーの一人だった。
なのですでにドルティアの中で王子の好感度は地の底まで落ちている。回復の見込みはゼロだ。
とはいえ、ヒロインに悪役令嬢エンドを選んで欲しい訳ではない。自分が断罪されなければ好きな男性を選べば良いと思う。そして王子にはさっさと婚約を破棄して欲しい。出来れば王子の過失で。
今は婚約破棄後に備えてせっせとレベリングをしている最中である。
2
あなたにおすすめの小説
助かったのはこちらですわ!~正妻の座を奪われた悪役?令嬢の鮮やかなる逆襲
水無月 星璃
恋愛
【悪役?令嬢シリーズ3作目】
エルディア帝国から、隣国・ヴァロワール王国のブランシェール辺境伯家に嫁いできたイザベラ。
夫、テオドール・ド・ブランシェールとの結婚式を終え、「さあ、妻として頑張りますわよ!」──と意気込んだのも束の間、またまたトラブル発生!?
今度は皇国の皇女がテオドールに嫁いでくることに!?
正妻から側妻への降格危機にも動じず、イザベラは静かにほくそ笑む。
1作目『お礼を言うのはこちらですわ!~婚約者も財産も、すべてを奪われた悪役?令嬢の華麗なる反撃』
2作目『謝罪するのはこちらですわ!~すべてを奪ってしまった悪役?令嬢の優雅なる防衛』
も、よろしくお願いいたしますわ!
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢カタリナ・クレールの断罪はお断り(断罪編)
三色団子
恋愛
カタリナ・クレールは、悪役令嬢としての断罪の日を冷静に迎えた。王太子アッシュから投げつけられる「恥知らずめ!」という罵声も、学園生徒たちの冷たい視線も、彼女の心には届かない。すべてはゲームの筋書き通り。彼女の「悪事」は些細な注意の言葉が曲解されたものだったが、弁明は許されなかった。
断罪された悪役令息は、悪役令嬢に拾われる
由香
恋愛
断罪された“悪役令息”と、“悪女”と呼ばれた令嬢。
滅びを背負った二人が出会うとき、運命は静かに書き換えられる。
――これは、罪と誤解に満ちた世界で、真実と愛を選んだ者たちの物語。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。
パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」
王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。
周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる