悪役令嬢、釣りをする

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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「いってきま~す」
「気をつけていくんだぞ」
「お土産期待していてください」

 ドルティアは今日も釣り道具を手に、馬に跨がる。

 護衛は執事見習いのビィリアスだけ。
 五歳の時に乙女ゲーム世界に転生したと気づいてからほぼ毎日釣りに付き合わせている。そのせいで執事としては全く成長していないことが悩みらしい。

 おかげで数年でめっきりと老けたとぼやいているが、元々そんな顔だ。
 彼は乙女ゲームでも悪役令嬢ドルティアの従者として登場するが、今とあまり変わらなかった。それに彼だってなんだかんだ楽しんでいる。小言を言う時も顔が緩んでいるし、ふとした時に柔らかく笑うのだ。きっと長い時間一緒にいるドルティアしか知らない。

 それにビィリアスにだってメリットがない訳ではない。
 なにせドルティアと同じ方法で爆速レベリングを繰り返しているのだから。二人は若干十五歳にして揃ってレベル五十をゆうに越えていた。



「今日はどちらで釣るのですか?」
「魔魚の沼! 学園入学までにレベル六十は行きたいのよね」
「お嬢様は一体どこまで強くなられるおつもりですか」
「浮気男と結婚しなくてよくなるまで」
「まだそんな迷いごとを……」

 この問答も何度目か。聞き続ければ答えが変わるとでも思っているのだろう。ビィリアスは今日も大きなため息を吐く。けれどドルティアは一歩も譲るつもりはない。

 なにぜ前世で死ぬ原因となったのは浮気男だった。恋人の浮気現場に居合わせて詰め寄った直後に死んだのだ。

 彼が直接手を下した訳ではない。二股どころではなかった元恋人の婚約者と名乗る女性に刺されたのである。

 意識が薄れる中で見えたのはナイフを両手で握りしめてぷるぷると小さく震える女性だった。かなりの美人さんで『ごめんなさい。あなたを刺すつもりじゃ……』と涙と共に声を溢していた。

 おそらく男の方を刺すつもりだったのだろう。浮気された気持ちはよく分かるので、女性のことはあまり恨んでいない。ちゃんと確認して欲しかったなとは思うものの、それだけパニックになっていたのだろう。

 婚約者と言うくらいだから、結婚話も進んでいたのかもしれない。浮気どころか結婚詐欺のような気さえする。

 なのでドルティアとして転生していると分かった時に残っていたのは浮気男への嫌悪感だけ。

 そして何の因果か、ドルティアの婚約者は数年後、浮気をする。乙女ゲーム世界のヒロインと出会って恋に落ちるのである。

 前世でプレイした時もドルティアが不憫に思えたが、本人として生まれ変わったら不憫なんて言葉で済ませるつもりはない。


「私は心移りをするなと言っているんじゃないの。他の人を好きになったのなら元々いた相手との関係を清算してから次にいけって言ってるの!」

 具体的には王子側の全面的な過失を認めた上で婚約破棄を成立させろ、と。

 王子を奪われると恐れたドルティアがヒロインを虐めるのを散々無視しておいて、最後の最後で断罪してポイなんてあり得ない。

 テンプレとはいえ、ドルティアがヒロインを虐めるのは婚約者である王子ルートの時だけ。その他のルートでは悪役というよりもお邪魔キャラとして登場する。だから余計に可哀想なのだ。

 このゲームは特定の行動をすることでレベリングが出来、それがゲーム進行に大きく関わることとなる。イベントの発生条件も特定のキャラとの親密度をあげるだけではなく、攻略対象が得意とするもののスキルを一定レベルまで上げることや○個のスキルをレベル10以上にする・特定のアイテムをゲットするなど複数の方法がある。

 悪役令嬢はその邪魔をする役。
 それも主人公を恨んでいるからではなく、『公爵令嬢たる私が平民に遅れを取るわけにはいきませんの!』という理由で。彼女が率先してヒロインと絡むことで平民の彼女は貴族ばかりの学園でも居場所を見つけていく。

 ちなみにスキルレベルを上げる順番を考えながら慎重に進めなければ必要なアイテムを悪役令嬢にゲットされてしまう。

 とはいえ王子ルート以外でのドルティアはヒロインから何かを奪っているつもりはまるでなく、彼女もまた努力を続けた結果、そのアイテムを手にしたのだと描かれている。

 なのでプレイヤーからも愛されていた珍しいタイプの悪役令嬢なのだ。
 応援の結果、ゲーム発売の半年後にはファンの中では『悪役令嬢エンド』と呼ばれるルートが追加された。

 主人公が誰のルートにも入らず、全てのスキルをマックスにすると悪役令嬢は王子との婚約を解消し、ヒロインと二人で女性を支援・応援する活動を始めるのである。

 王子ルートの好みはかなり分かれていたため、このエンドこそが真のハッピーエンドだと言うプレイヤーも多かった。

 ドルティアもまたこのエンド導入に大喜びしたプレイヤーの一人だった。

 なのですでにドルティアの中で王子の好感度は地の底まで落ちている。回復の見込みはゼロだ。

 とはいえ、ヒロインに悪役令嬢エンドを選んで欲しい訳ではない。自分が断罪されなければ好きな男性を選べば良いと思う。そして王子にはさっさと婚約を破棄して欲しい。出来れば王子の過失で。


 今は婚約破棄後に備えてせっせとレベリングをしている最中である。
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