悪役令嬢、釣りをする

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 屋敷に帰り、早速魔魚の調理に入る。
 貴族の令嬢は料理なんてしないものだが、料理をすればスキルが上がる。料理スキルを上げてどうするのかは決めていない。

 だが何かに役立つかもしれない。上げられる機会があるなら上げておいた方が良い。

 初めは焼き魚くらいしか作れなかったドルティアも、今は魚料理だけ色々と作れるようになった。得意料理は魔魚のクリームシチューである。

 前世とは違い、生魚が食べられないのが少し悲しいが、クリームシチューもまた前世からの好物だった。一気に大量に作れるのも良い。

 隣ではビィリアスが使用人の分の料理を作っている。こちらは魔魚と野菜を煮込んだスープである。彼はこれしか作らない。

「またそれ?」
「本来魔魚なんて使用人が頻繁に食べられるようなものじゃないので、これで十分です。実際みんな喜んでいるので」
「そうなの?」
「私がお嬢様について学園に行くのを残念がっているくらいには」

 彼はそう言って、コンロの火を止めた。出来上がったようだ。ドルティアの方はもう少し煮込むことになる。

「では私は釣り道具の手入れをしてきます」
「よろしくね」

 見送ってからしばらく煮込む。
 出来上がったら使用人に交代して、家族の分を盛り付けて運んでもらった。

 この数年ほぼ毎日食卓には魚が並んでいるのだが、両親も兄も妹も文句一つ言わない。皆、魔魚が大好物となったのだ。

 妹なんて魔魚がないとあからさまに残念がるほど。妹もまたドルティアとビィリアスが三年ほど領地を離れることを残念がっている。

 だがそこで終わらず兄と父に「私も釣りがしたいです。魔魚が釣りたい!」とねだっている。

 前世の記憶があるドルティアとは違い、妹は生粋の公爵令嬢。しかもまだ六歳ながら誕生日プレゼントにドワーフの作った釣り竿が欲しいと頼むほどにはガッツがある。

 食事スキルレベルが上がった影響か、はたまたただ単に食い意地が張っているだけか。
 姉としては婚約者選びに影響が出ないか少しだけ心配ではある。

 まぁ心配したところで妹には妹の人生がある。
 嫁ぎ先で魔魚が食べたいと毎日我が儘を言って使用人を困らせる令嬢に育つよりは、自分で釣りに行く令嬢の方が健全ではある。令嬢として正しいかには目を瞑ることにはなるが。


 今日も今日とて元気におかわりをする妹を見守ってから「お話したいことがあります」と声を上げる。

 今日の報告をするために道具の手入れが終わったら顔を見せるようにビィリアスに伝えてある。彼がいるのは確認済みだ。彼は先ほど受け取った『錬金術の初歩』を差し出してくれた。

「街に魔魚を売りに行った際、錬金術師が支払いに困っていまして。餌代を先払いするとお伝えしたところ、対価としてこちらを譲り受けました」
「なっ!」
「この他に餌のレシピと小さな錬金釜、木べら、錬金術の材料をいくつか譲っていただきました」
「いくら渡したんだ?」
「金貨四十五枚」
「たったそれだけで?」
「以前から欲しかったものが買えたようで」

 両親ははぁ……と感嘆の息を吐く。渡した額も少なくないとはいえ、得た物が多すぎる。両親もドルティアと同じ感想なのだろう。

 これに関しては運が良かったとしか言いようがない。

 王都に店を構える師匠がいることや、錬金術の材料としてかなり高額の鉱石を使うこと、材料を手に入った直後に完成を確信していることから、彼はかなり凄腕の錬金術師だったのだろう。

 乙女ゲームで出てくる釣り餌しか頼んだことがなかったので全く気づかなかった。

「その錬金術師は近々街を離れるとのことでして、今後も魔魚を釣るためには餌を自作する必要があるのです。ビィリアスと共に錬金術にチャレンジする許可をいただけますか?」
「……分かった」

 父は少し悩んだようだったが、納得してくれた。

 魔魚の力は絶大である。
 一人ではなく、ビィリアスを巻き込んだのも良かったのだろう。

 背後から聞いていないと言いたげな視線をひしひしと感じるが、そんなものは無視だ。この屋敷にいる者は皆、魔魚が食卓から消えることをよしとしないのだから。


 すでにスキル上げだけの問題ではないのだ。

 残りの時間は少ない。学園入学まで三ヶ月を切っている。
 学園入学後も釣りを止めるつもりがないドルティアとしては、そこまでに釣り餌だけでも作れるようになっておきたい。
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