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47.キャサリンとクアラ
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「な~んかいい雰囲気だけど、アイゼン様はまだ僕に勝ってないからね? あくまで引き分け。まだ認めてないから」
「次は必ず勝つ。彼女のためになら俺はいくらでも強くなれる」
頬を膨らませながらムッとするクアラをアイゼン様は真っ直ぐに見据えた。
先ほどとは違い、彼の顔には戦いを好む獣のような野生さも見える。その表情に心臓がうるさいほどにバクバクと動き出す。自分が向けられたわけじゃないのに……。赤くなった頬を見られないように手で押さえて隠す。
「僕だって一度引き分けた相手に遅れを取るほど馬鹿じゃない。次はもっと強くなる。一度や二度で簡単に勝てると思わないでくださいよ」
「その時は何度だって挑むさ」
「クアラ殿がキャサリン嬢で、キャサリン嬢がクアラ殿だったのか……」
再び火花をバチバチと散らす二人を横目に、ビルド殿は状況をゆっくりと飲み込んでいる。
「ビルド殿にはずっと目にかけて頂いていたのに騙すような真似を……」
「事情があったのだろう。だがそうか、病弱だと聞いていた彼女はあそこまで強くなったのか。弟君が元気になって良かったな」
「ありがとうございます」
しみじみと言葉を紡ぐビルド殿に思わず涙が溢れそうになる。
「だがそうなると今年の剣術大会はクアラ殿の方が出ることになるのか?」
「あ……」
そう言われて、クアラはピタリと言い合いを止めた。二人でそっくりな顔を見合わせながら、どうしようと考える。
「元々僕が元気になるまでという約束だったんだし僕が出るよ」
「でもここまで来たんだし、最後も私が」
「姉さん、ちゃんとセーブ出来る? ここで変に目立ったら大変だよ」
「大丈夫だって。この十年間ちゃんと出来てたんだし」
「でもさっき思いっきり約束破ってるしな~」
「うっ、それは……」
それを持ち出してくるなんて卑怯すぎる。
だがアイゼン様との出会いは私が思いっきり目立ったからこそのもので……。
私への信頼が減っているのもそうだが、そもそも私が出場するということはクアラの出場がなくなることを意味する。
クアラがこの先どのように生活していくとしても、一度くらい大会を経験しておいた方がいいのではなかろうか。
最後の最後で出られないのは寂しいけれど、クアラのことを考えると……。
いや、そもそもアイゼン様との一戦は問題なかったとはいえ、クアラの体調は大丈夫なのだろうか。
大会は参加人数にもよるが、半日近くかかる一大行事である。朝一番で出て行って、優勝決定戦ともなれば日暮れ近く。
戦闘面に問題がなくとも、スタミナは大丈夫だろうか。
待機場は何部屋か用意してあるとはいえ、知らない人とも一緒になる。ライドには付いていてもらうにしても、ライドが戦っているときは自然とクアラ一人になるし……。
夜会にたった一回参加しただけで婚約の申し込みを倍以上に増やしたクアラのことだ。クアラとして出場しても男性陣を骨抜きにしかねない。
クアラをじっと見て、彼を一人にしたら確実に危険だと確信する。
「なにその目」
「良からぬ輩は私がまとめて叩き伏せるから安心して」
「なにが!?」
「お互いが心配なら二人とも出ればいい」
「二人で?」
「令息の出場は義務だが、そこに令嬢が出てはいけないというルールはない。今からでも女性の参加ができる旨を伝えれば何人かは集まるんじゃないか?」
アイゼン様の言う通りだが、過去に女性が出場した例はない。私のように誰かの代わりに出ていた可能性は捨てきれないが、一応男性という体で出場しているはずだ。
それを直前になって、女性も参加可能に変えるともなれば女性枠の設立やルールの改定などいろいろと大変なのではなかろうか。
特に今は魔の周期中。普段の何倍も忙しいことは私達も理解している。
クアラと顔を見合わせ「そこまでしてもらわなくとも……」と揃えた声はビルド殿にかき消された。
「それはいい! うちの娘も喜ぶ。今発生したゲートの報告も兼ねて、早速陛下に進言してこよう」
「俺も行こう。その方が話が早い。キャサリン嬢、クアラ殿。必ずやあなた達が本来の姿で活躍できる場を用意すると誓おう」
「僕は別に男らしくなりたいわけじゃないけど、姉さんがちゃんとドレスで夜会に出られるようにはなって欲しいかな」
「夜会だな、了解した!」
「ライド殿、二人を家まで送る役目を頼んでもいいだろうか?」
「はい」
そんな簡単に事が進むはずがない。
三人でいつか女性枠も出来るといいね~なんてのんびりとお茶を飲んでいた私達の元に、王家からの手紙が届いたのは数日後のことだった。
王家主催の夜会を行うと書かれたその手紙には、今年から女性も希望があれば剣術大会の参加を認めるとの文が添えられていた。ただし新たな試みのため、今年は男女混合になることも。
明らかに私達のために通されたルールだ。
ここまでされては二人で出るしかあるまい。
「何を着ていこうか迷っちゃうね!」
「私はいつものを」
「姉さんのドレスは僕が準備するから。それに運動着も新しいのに変えないと」
「え、なんで?」
「この夜会で入れ替わりを解消しないでいつするのさ! アイゼン様も本来の姿で、って言ってたでしょ。こんな時期じゃなかったらアイゼン様にエスコート役を頼むんだけど、まぁ今回は仕方ない。いつも通り三人で行こう。ライドのネクタイもこっちで用意するから」
クアラは「姉さんの夜会デビュー」とルンルンで部屋を出て行く。私もクアラもすでにデビュタントを終えているが、本当の意味でのデビューは今度の夜会なのかもしれない。
「人前でドレス着ると思ったらなんか緊張してきた。所作とか大丈夫かな? 確認しておかないと、間違えそう」
「大会出場に比べれば所作なんて細かいこと、誰も気にしないだろ。裾を捲り上げて剣とか取り出さなきゃ大丈夫だって」
「……もしかしてライドもこの前のこと怒ってる?」
「怒ってはいない。けど、もう二度とやるな。夜会に剣を持って行くのも禁止だから」
私もさすがに王家の夜会に剣を持ち込むほど馬鹿じゃない。だがそれを口に出せばライドの顔に眉間のシワまで追加されそうなので、ゴクリと飲み込むことにした。
「次は必ず勝つ。彼女のためになら俺はいくらでも強くなれる」
頬を膨らませながらムッとするクアラをアイゼン様は真っ直ぐに見据えた。
先ほどとは違い、彼の顔には戦いを好む獣のような野生さも見える。その表情に心臓がうるさいほどにバクバクと動き出す。自分が向けられたわけじゃないのに……。赤くなった頬を見られないように手で押さえて隠す。
「僕だって一度引き分けた相手に遅れを取るほど馬鹿じゃない。次はもっと強くなる。一度や二度で簡単に勝てると思わないでくださいよ」
「その時は何度だって挑むさ」
「クアラ殿がキャサリン嬢で、キャサリン嬢がクアラ殿だったのか……」
再び火花をバチバチと散らす二人を横目に、ビルド殿は状況をゆっくりと飲み込んでいる。
「ビルド殿にはずっと目にかけて頂いていたのに騙すような真似を……」
「事情があったのだろう。だがそうか、病弱だと聞いていた彼女はあそこまで強くなったのか。弟君が元気になって良かったな」
「ありがとうございます」
しみじみと言葉を紡ぐビルド殿に思わず涙が溢れそうになる。
「だがそうなると今年の剣術大会はクアラ殿の方が出ることになるのか?」
「あ……」
そう言われて、クアラはピタリと言い合いを止めた。二人でそっくりな顔を見合わせながら、どうしようと考える。
「元々僕が元気になるまでという約束だったんだし僕が出るよ」
「でもここまで来たんだし、最後も私が」
「姉さん、ちゃんとセーブ出来る? ここで変に目立ったら大変だよ」
「大丈夫だって。この十年間ちゃんと出来てたんだし」
「でもさっき思いっきり約束破ってるしな~」
「うっ、それは……」
それを持ち出してくるなんて卑怯すぎる。
だがアイゼン様との出会いは私が思いっきり目立ったからこそのもので……。
私への信頼が減っているのもそうだが、そもそも私が出場するということはクアラの出場がなくなることを意味する。
クアラがこの先どのように生活していくとしても、一度くらい大会を経験しておいた方がいいのではなかろうか。
最後の最後で出られないのは寂しいけれど、クアラのことを考えると……。
いや、そもそもアイゼン様との一戦は問題なかったとはいえ、クアラの体調は大丈夫なのだろうか。
大会は参加人数にもよるが、半日近くかかる一大行事である。朝一番で出て行って、優勝決定戦ともなれば日暮れ近く。
戦闘面に問題がなくとも、スタミナは大丈夫だろうか。
待機場は何部屋か用意してあるとはいえ、知らない人とも一緒になる。ライドには付いていてもらうにしても、ライドが戦っているときは自然とクアラ一人になるし……。
夜会にたった一回参加しただけで婚約の申し込みを倍以上に増やしたクアラのことだ。クアラとして出場しても男性陣を骨抜きにしかねない。
クアラをじっと見て、彼を一人にしたら確実に危険だと確信する。
「なにその目」
「良からぬ輩は私がまとめて叩き伏せるから安心して」
「なにが!?」
「お互いが心配なら二人とも出ればいい」
「二人で?」
「令息の出場は義務だが、そこに令嬢が出てはいけないというルールはない。今からでも女性の参加ができる旨を伝えれば何人かは集まるんじゃないか?」
アイゼン様の言う通りだが、過去に女性が出場した例はない。私のように誰かの代わりに出ていた可能性は捨てきれないが、一応男性という体で出場しているはずだ。
それを直前になって、女性も参加可能に変えるともなれば女性枠の設立やルールの改定などいろいろと大変なのではなかろうか。
特に今は魔の周期中。普段の何倍も忙しいことは私達も理解している。
クアラと顔を見合わせ「そこまでしてもらわなくとも……」と揃えた声はビルド殿にかき消された。
「それはいい! うちの娘も喜ぶ。今発生したゲートの報告も兼ねて、早速陛下に進言してこよう」
「俺も行こう。その方が話が早い。キャサリン嬢、クアラ殿。必ずやあなた達が本来の姿で活躍できる場を用意すると誓おう」
「僕は別に男らしくなりたいわけじゃないけど、姉さんがちゃんとドレスで夜会に出られるようにはなって欲しいかな」
「夜会だな、了解した!」
「ライド殿、二人を家まで送る役目を頼んでもいいだろうか?」
「はい」
そんな簡単に事が進むはずがない。
三人でいつか女性枠も出来るといいね~なんてのんびりとお茶を飲んでいた私達の元に、王家からの手紙が届いたのは数日後のことだった。
王家主催の夜会を行うと書かれたその手紙には、今年から女性も希望があれば剣術大会の参加を認めるとの文が添えられていた。ただし新たな試みのため、今年は男女混合になることも。
明らかに私達のために通されたルールだ。
ここまでされては二人で出るしかあるまい。
「何を着ていこうか迷っちゃうね!」
「私はいつものを」
「姉さんのドレスは僕が準備するから。それに運動着も新しいのに変えないと」
「え、なんで?」
「この夜会で入れ替わりを解消しないでいつするのさ! アイゼン様も本来の姿で、って言ってたでしょ。こんな時期じゃなかったらアイゼン様にエスコート役を頼むんだけど、まぁ今回は仕方ない。いつも通り三人で行こう。ライドのネクタイもこっちで用意するから」
クアラは「姉さんの夜会デビュー」とルンルンで部屋を出て行く。私もクアラもすでにデビュタントを終えているが、本当の意味でのデビューは今度の夜会なのかもしれない。
「人前でドレス着ると思ったらなんか緊張してきた。所作とか大丈夫かな? 確認しておかないと、間違えそう」
「大会出場に比べれば所作なんて細かいこと、誰も気にしないだろ。裾を捲り上げて剣とか取り出さなきゃ大丈夫だって」
「……もしかしてライドもこの前のこと怒ってる?」
「怒ってはいない。けど、もう二度とやるな。夜会に剣を持って行くのも禁止だから」
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