姉弟で入れ替わって十一年、今日も私たちは元気です

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
58 / 59

58.王

しおりを挟む
「キャサリン嬢」
「はい」
 私でも役に立てることは少ないが、アイデアくらいなら伝えられる。スプーンを置き、まっすぐと彼と向き合う。だが彼の口から聞かされたのは仕事の話ではなかった。

「俺は王になろうと思う」
「え」
 ある意味、仕事の話かもしれないが、想像していたどれとも違う。魔物や騎士団、国についての意見が求められるものだと思っていたのだ。

 それが、王様。
 アイゼン様は王族の血筋なので完全に突飛な発言というわけではないが、現国王には子どもが何人かいる。王子だけでも三人。それも皆、優秀だと聞いている。
 彼らを押しのけてアイゼン様が王様になるなんてよほどの理由があるはずだ。軽くパニックになる頭で必死に考えて、一つの可能性に思いつく。

「ドラゴンを倒したから、ですか」
「ああ、そろそろ腹をくくれと言われてしまってな」
 政治のことはよく分からないが、ガルドベーラは剣一本で平民から成り上がれるような国だ。そんな国で騎士を率いてドラゴンを倒したともなれば、英雄扱いされてもおかしくはない。

 ましてや王家の血筋を引いているともなれば、勢力バランスが崩れる可能性だって……。

 あの場ではドラゴンを倒す以外の選択肢がなかったとはいえ、選択すれば先に進むことになる。私とクアラにとっては因縁の敵を倒し、一つの大きな仕事を片付けたようなものだが、私達は良くも悪くもその先が見えていなかった。

 今は当然のようにアイゼン様の隣にいるが、王になるならこのままではいられない。

 このお粥の水分が減っていき、お肉が食べられるようになった時にはお別れになるのだろう。そう思うと好物に名を連ねる寸前だったお粥が一気に恨めしく見える。

 だがじっとりとした目を向けたところでお粥の水分は増えないし、私の体調は急激に悪くなったりしない。むしろ日に日に元気になっていく一方で、最近では剣を振りたくてそわそわして仕方がないほど。

 まとまりかけていた話が消えてしまうことは惜しいが、アイゼン様のためを思うのなら、一日でも早く回復するべきなのだろう。

 回復に重要なのは食べること。
 虚しい気持ちでスプーンを手に取り口に運ぶ。美味しかったそれももう味を感じない。

 視線を落としながらもごもごと口を動かす私にアイゼン様はふぅっと小さく息を吐いた。
 物分かりが悪いと呆れられてしまったかと心配したのもつかの間、彼はおもむろに立ち上がり宣言した。

「キャサリン嬢の気が乗らないのなら断ろう。仕事は全て押し付けるとはいえ、やはり公爵夫人の方が気軽で良いよな……。すまない、少し席を外す」
「ちょっと待ってください!  あの、王になるにあたって私が邪魔になったという話では……」
「あなたの隣に居られないのなら王になる意味などないが?」
「その気持ちは嬉しいのですが、周りの方からの目もありますし」
「ああ、だから今からキャサリン嬢を王妃にしたい・女王にしたいと騒ぐ奴らを黙らせに行くつもりだ。王族のほとんどを敵に回すことになるが、叔母様は味方になってくれるはずだ。いざとなったらアッシュをしごいて王にして……」
「え」
「キャサリン嬢に迷惑はかけない。一日で終わらせる」

 とりあえずアイゼン様が私と一緒にいるつもりであることはわかった。問題はその先だ。

 王妃はともかく、女王って何!?
 行ってくる、といい笑顔で剣に手を伸ばすアイゼン様を全力で引き止める。

「ちゃんと説明してください!」
「説明も何も伝えた通りだが」

 アイゼン様は目を丸くしながらも、事の顛末を話してくれた。歴代国王は皆、強さで決まっていたことにも驚いたが、なにより幼い頃から王にしたいと狙われていたとは思わなかった。

 今回のドラゴン退治の一件で、強さが証明されたので今度こそ何としても王家に迎えたいと。

「王家の方はそれでいいんですか?」
「いいも何も、俺達にとって強きものに仕えられることは最高の幸せだ。王妃にも女王にもしないと宣言したら全力でかかってくるだろうな」

 脳筋揃いのこの国で一番の脳筋は王家だったのか……。国としてどうなのだろう?  と思いはする。
 ただ最後までガルドとベーラを探し続けたシュバルツが作った国であることを考えると、おかしいとは言えない。

 おそらくこの考えこそが長年に渡って国を守り続けてきたのだろう。

「全力でかかってくるならこちらも全力でたたき伏せるまでだ」
「叩き伏せなくていいです」
「だが」
「マナーはまだまだですし、政治なんて全く分かりません。それでもよければ」
「いいのか?」
「アイゼン様は王になるつもりだったのでしょう?  なら私はあなたの隣で剣を振るいましょう」

 ベッドサイドに置かれた剣を彼へと突き出す。
 まだベッドからは出られないが、必ず以前と同じく剣を振るという私なりの意思表示だ。
 お粥が美味しいからとかのんびり療養なんてしていられない。少しでも早く良くなって彼の隣に立たなければ。

 アイゼン様は驚いたようにパチパチと大きく瞬きをしてから、ニッと口角を上げた。

「あなたの剣を捧げられる俺は大陸一の幸せ者だ」

 勝手に決めたって言ったら、クアラは考えなしだって怒るかな?  ライドは呆れて、兄さんは驚くかもしれない。けど父さんと母さんはなんだかんだで認めてくれるような気がしている。

 だって私達を入れ替えようと言い出したのは他でもない両親なのだから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界で神の化身は至極最高に楽しむ。

三月べに
恋愛
「聖女じゃないわ。私はただ自分らしく、正直に、堂々と自由に、傍若無人に。至極最高に人生を楽しみたい旅人よ」  作家の火心(ひごころ)あいなは、不運にも死んだ。そんな彼女を気まぐれに選んだ神は頼む。とある魔法に溢れたファンタジーな異世界で自分の化身になってほしい、と。神と同等に近い能力を与えてもらうと引き換えに、作家という能力を失うがあいなはそれでもよかった。物語を書いていて憧れていた生き方をするために、あいなは生まれ変わる!  自由に旅をするアイナは、やがて夢の中で美しい青年と出会う。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...