ループの果てに逢いましょう――死に戻りの男主人公に殺されないための6つの方略――

藤橋峰妙

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序章

青い瞳

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 閑静な街並みは瓦礫の海へと呑み込まれ、いまだ戦いの余燼に囚われている。

 崩れ落ちた残骸の裂け目からは火の舌がのぞき、赤黒い煙が空を覆っていた。


 折れた鉄骨。ひしゃげた車両。砕けたガラス。コンクリートが無秩序に折り重なり、塗装もごちゃ混ぜになって、すでに壁や屋根の判別すらつかない。破片の山だ。

 街そのものが、死骸のように横たわっている。

 血と煤の匂いが風に混じって鼻を刺し、そして鉄骨の影には、異形の怪物の骸が、いくつも散らばっていた。

 渚にとって、それはまだ見慣れない光景だった。
 
 まるでこの世界が、渚の生きていた世界とは違うのだと、いつまでも、容赦なく突きつけてくるかのように。



 そして今――。
 戦いが終結した瓦礫の海で、渚は地面に手をつき、荒い息をかろうじて繋ぎ止めていた。

 膝が震える。肺が焼ける。終わったはずの戦いが、まだ身体の奥で暴れている。

 その渚の前に、運命の岐路が静かに立ちはだかった。

 
 
「どうして……、今回は死んでいないんだ?」

 
 
(――七瀬)

 渚の前に立つひとりの青年。
 雪明かりのように冷たい金の瞳が、渚を静かに見下ろしていた。
 
 氷の縁を思わせる静かな美貌。
 目を奪われたら最後、そのまま凍り付くような容貌。
 涼やかな金の瞳。艶のある濡れ羽色の黒髪。
 
 
 だが、その顔に見蕩れている余裕はない。
 なぜなら今まさに、青年が握る刀が、渚に向かって容赦なく振り下ろされようとしているからだ。

(――戻ってきたんだ)
 
 喉の奥に、鉄の味が広がった。死の圧力が渚の肺を押し潰そうとしている。掠れた息が口から零れた。血と焦げた臭気の中で声を震わせる。

 刀の影が頬に落ちた瞬間、渚は息を呑むのをやめた。怖くても言うしかない。重圧を跳ね除けるように、渚は口を開く。
 

「ここで私を殺したら――」
 
 
 刀の切先が、ヒュ、と風を裂いた。鋭い刃の唸りが耳を打つ。
 お互いの緊張が張り詰めたその一刹那。それでも渚は退かなかった。

 ――青。
 
 燃える金の瞳が、わずかに揺れる。
 映り込んだ渚の水縹色が、刃より先に彼の意志を奪った。


「――っ!」

 
 振り下ろされた刃先は、渚の首の皮一枚を残したぎりぎりで止まった。
 
 一拍遅れて、首筋の皮膚が裂ける。つぅ、と生暖かい血があふれ出し、刃先を汚して首筋を伝っていった。

 渚には、なぜその切っ先が止まったのか、分からなかった。だが好都合だ。


(殺されたくない。生き残るためには……!)


 『異物を排除する』というのなら、『異物でないと思わせる』――。
 
 渚に残された唯一の道。生き残るための方略を、必死に思考する。恐怖を呑み込み、渚はごくりと喉を鳴らした。緊張で乾ききった喉が、引き攣った。
 
 
「――あなたのは、終わらない」


 
 渚は、この世界の回帰の英雄を、ただ真っ直ぐに見返していた。
 
 かすかに刃が揺れ、青年はその表情に動揺の色が走る。首にか細い痛みがひりついた。世界の音が遠いていく。

 止まったその時間の中で、凍てつく表情に揺らぎが走ったことを、渚は逃さなかった。

 
(さあ、あなたは、何度目の七瀬なの?)
 

 渚は一歩も引かなかった。この一秒で全てが決まると分かっている。
 
 生きるか、死ぬか。――死ぬ未来は、すでに見えている。

 だからこそ、ここで死ぬわけにはいかなかった。

 七瀬が刀をどう振るうか。
 その瞬間、渚の未来はひとつに収束する。
 もう後戻りはできない。二人は、その境界線を、とっくに越えていた。

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