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第一部『第006世界』
1-3:結末
しおりを挟む『■■■■■■』
最初のページ。
そこにあったのは、かなり強い力で、文字を塗り潰した痕跡だった。
薄汚れた紙の中央。そこに一行だけ何かが記されていたのだろう。黒い線が斜めに往復し、紙を傷めつけるように残されている。
渚は頬を引きつらせ、ひとまず、次のページを捲った。
次のページからは、渚のよく知る日本語が綴られていた。
『――彼はこれが五回目だと気づいたその時、自分の腕の中に重みを感じた。その重みを感じるのも、また五回目だった』
「ん、うん……?」
思わず声が漏れる。
『腕の中の重さは力なく垂れていた。一回目、彼はその人のことをあまり知らなかった。
だけど五回目になると、少しだけ分かるようになっていた。後から調べたこともあった。その女は、自分の部下の部下として、昨日からチームに加わったばかりだった。
来てすぐにこんな状況になるなんて、運が悪いとしか言えない。彼はそう思いながら、何とも言えない気持ちになった。
「おい! ボケっとしてないで早く来い!」
「うるさいな。わかってる」
隣で部下が怒る。その部下は上司である彼に対して、五回目になっても態度が変わらない。いつも通り、上司を上司として見ていない言い方だ』
「……なにこれ、物語?」
渚は次のページをめくった。
『2X07年。この星は数多の災害に見舞われてきた。
戦争、飢え、大きな地震、津波、海がどんどん高くなって、森が火事で燃えてしまうこともあった。けれども今、この星は次の厄災に襲われている。
目の前には、真っ黒な霧が広がっていた。そう。これが今、この世界の最大の問題だった。
その霧の中から恐ろしい弧洞と怪物が出てきたのは、今から十五年も前のことだ。
怪物はこの星を壊し、生き物を意味もなく襲った。
皆が、死ぬことを怖がった。もしこの世界を見守る存在がいるとしたら、彼らはすでに、この場所を見捨ててしまったのだろう』
「SF? ファンタジー? それにしてもなんか……」
SFなのか、ファンタジーなのか。
文章はどこか稚拙で、言葉も優しい。子ども向けのような印象すらあった。
それでもページを繰る渚の手は止まらなかった。
気づけば、渚の斜に構えた気持ちは、砂粒をふるい落とすように変わっていった。文字の拙さも、場面転換の粗さも気にならない。ただ続きが読みたくて、ページを捲り続けていた。
ジャンルは現代風のファンタジー。
舞台は日本によく似た場所で、世界は滅亡に向かいつつある近未来。
物語が始まる十五年前、世界各地に突如、『天災』という現象が発生し、『弧洞』と呼ばれる謎の空間が地球と繋がった。
その内部には怪物が潜む。『終末装置』を破壊しなければ怪物が外へ溢れ出てしまい、最後には大爆発をもたらすという。
そして同時に、この危機に立ち向かう能力を得た者たちが、一人、また一人と現れた。
彼らは《界律者》と呼ばれた。
物語の主人公は七瀬玲梓。
彼は、高校生の時に《界律者》として覚醒した人物だ。
やがて、日本の五大天災対策組織のひとつに数えられる《天鳴グループ》のマスターとなった七瀬は、その強大な力から、世界を救う「英雄」と呼ばれる存在となる。
彼は、天災から現れる怪物を倒し続けた。世界を救うために。ひたすら、ただひたすら、回帰を繰り返しながら。
救いのない物語。
それでも、渚は七瀬の物語から目を離せなかった。
窓を叩く雨音も遠のき、蛍光灯だけがぱちぱちと音を立てる。渚はこの世界から切り離され、辞書よりも分厚い物語の中へと入り込んでいた。
なぜだろう。不思議だ。
文章は拙く、場面は飛び飛び。視点もくるくる変わって、落ち着かない。それでも続きが気になって仕方がない。
主人公の七瀬は、一言で言い表すと「イカれたやつ」だった。
掴みどころのない人。ともあれば、真面目で優しいとも描かれているが、一貫して頭の切れる怖い男という共通認識を持たれている。
渚は、七瀬という人物に惹き込まれた。
その勇敢さと、未来を切り開こうとするその姿に。
そして、七瀬が回帰の運命から抜け出し、世界を救うハッピーエンドを想像した。
――だが、想像した結末は訪れなかった。
「え、お……終わり? これで!?」
次のページが無かった。
最後のページを摘まんだまま、渚はそれを前後に動かした。何度見ても、次に見えるのは白紙の背表紙。物語は、中途半端に途切れていた。
七瀬の仲間は死に、七瀬自身もどうなったのか分からない。
結末は、世界の滅亡――らしい。
そうとしか言えない書き方で、唐突に終わっていた。
「続きは……?」
慌ててページを探すが、破れも落丁もないようだった。続刊があるのかとスマホを手にしたが、検索にすらヒットしない。
一晩かけて読み直しても、結末は変わらない。心に残ったのは救いのないバッドエンドだけ。
軽やかな鳥の声が耳に届き、渚は顔を上げた。
カーテンの隙間から白んだ光が差し込んでいる。それを見て初めて、渚は、夜を徹して『ろく』を読んでいたことに気がついた。
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