回帰の果てに逢いましょう ――滅亡する世界で、回帰の英雄に殺されないための六つの方略――

藤橋峰妙

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第一部『第006世界』

2-1:目覚めた世界

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 第二話 『違和』
 


 · · • • • ✤ • • • · ·

  
 ――ピ。

 ――ピピ。

 ――ピピピピ。

 ――ピピピピ、ピピピピ。


 無機質な電子音が、意識の外側を叩いていた。遠くから呼び寄せるように、硬い音が鼓膜を揺らす。

 起きたくない。

 嫌な音を避けるように身体を縮めると、機械音は強く、しつこく迫ってくる。


「……うぅ」


 渚は煩わしさに反抗して、唸り声を洩らした。
 ふわりと意識は浮かび上がるのに、身体は鉛を流し込まれたように重く、瞼を開けるのすら億劫だった。

 
(おきたくない、うるさいな)

 
 熱に浮かされたように火照り、肌に汗がじっとりと貼りついている。

 渚は音の正体を確かめようと、手探りで周囲を探った。

 指先に触れたのはスマホだった。
 鳴り続ける目覚ましの停止ボタンを乱暴に叩き、渚はそのまま頭の上に放り投げた。

 
「うう……、う、んぅ……」

 
 逃げるように身体を丸める。柔らかい布団を引き寄せたところで、その手触りに違和感を感じた。
 

 ――渚、そ……、おき……い!

 
 遠くから幻聴が聞こえる。

 渚はまた布団を手繰り寄せて、布団の柔らかさと居心地の良さに、また違和感を覚えた。

 マシュマロみたく、ふわふわした手触り。鼻腔をくすぐる清涼で甘い香り。硬い畳の感触ではなかった。ごわごわとした、薄い安物の布団の肌触りでもない。


 ――なぎ……、あ……ごはん、でき……よ!


「んぇ……?」


 甘い香りの次に感じたのは、香ばしい匂いだった。
 焼きたてのパン。意識の表層で、また違和感が膨らんだ。


 なぜパンの匂いがするのだろう。
 その匂いは渚の嗅覚だけではなく、意識をも刺激した。


「はやく起きなさい!」

「――えっ!?」


 布団をはね飛ばして起き上がる。ひゅ、と心臓が掴まれたように喉が鳴った。
 

 目の前の壁――シミもないましろい漆喰の壁紙。

 右側の窓――薄水色のカーテンの間から明るい光が差している。

 左側の家具――見知らぬ白い簡素なデスク。ワーキングチェア。本。いくつかのぬいぐるみ。水色を基調として落ち着いた部屋。


「ど、どこ、ここ」


 身体がきゅっと固まった。
 見覚えのない部屋だ。あまりにも整いすぎた光景に、胸の奥がざわつく。恐ろしく脈打つ心臓を落ち着かせるよう、渚は胸元の服を握りしめた。

 
 視界の端、机の上に置かれた写真立てが目に付く。

「何……、この写真」
 
 三人の人間が映っていた。
 満面の笑みで幸せそうに笑っている家族写真だ。


(ありえない。嘘だ)

 
 見知らぬ部屋に目覚めたこと以上に、その一枚の存在が何よりも異質だ。

 男女の間に、高校の制服を着た渚が笑っている立っている。

 そんな写真は撮ったことがない。

 そもそも、両親と共に過ごした記憶すら残っていない。
 笑顔も、怒った顔も、ひとつとして思い出せない。
 

 息が苦しかった。寝起きのせいなのか、この現象のせいなのか、まだ思考がぼんやりとする。

 渚は震える手を伸ばして、写真立てに触れようとした。


 こん、こん。

 
 その時、閉じられていた部屋の扉を誰かが叩いた。


「なぎさー! まだ起きていないの?」


 扉が開き、姿を見せたのは――写真の右にいた女性だった。

 
「あら! 起きてたなら返事……、どうしたの?」

 
 毎日見ていた写真の人物よりも、顔に小じわが目立っている。


「まったく、寝ぼけてるの? 朝ごはんもうできてるから、はやく来なさい」


 渚の心臓は内側で変に飛び跳ねた。
 どっ、というよりも、ぐっと押しつぶされるように。


 ひどく緊張して、内側の何かが警鐘を鳴らした。


 呆然と見つめる渚に、女は怪訝そうに眉を寄せ、すぐに笑みを浮かべた。そして、「いつまで経っても子どものままね」と言い残し、階段を降りていった。

 
 ベットの隣の姿見に、見知った自分の姿が写っている。ひどく呆けた顔をして。
 

 階段を降りていく音。朝のニュースを読みあげるアナウンサーの声。涼やかな鳥の囀り。ユラユラとはためくカーテン。魚を焼く芳ばしい香り。


 すべてが遠くに聞こえる中で、渚はまた、家族写真へ視線を戻した。


「え……、お、おかあ、さん……?」


 かすれた声が、ぽたりと布団の上に落ちた。

 死んだはずの人。渚の母親の姿をした誰かが、目の前にいた。


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