回帰の果てに逢いましょう ――滅亡する世界で、回帰の英雄に殺されないための六つの方略――

藤橋峰妙

文字の大きさ
26 / 26
第一部『第006世界』

3-10:液体生成

しおりを挟む


 くう、と、獣が怯んだ。
 渚と獣の間に、わずかな距離が生まれる。

 
 その瞬間、渚は自分が放った水と、その根源を思い出した。
 
 『椎野渚』は、水だけではなく、液体を作れる能力を持っている。

 喉から胸にかけて、しびれと微かな熱が帯びた。


(もし、これが……作れたら)


 渚は手を握りしめて振る。
 作り方は、わかっていた。
 唇を濡らしたその時から、渚の身体は、その液体を「知って」しまったのだ。

 ただ、念うだけ。
 作りたい。
 それを、自分の身体の一部のように。
 まるで最初からそこにあったものを、呼び覚ますみたいに。


 ふぅ、と落ち着かせるように息を吐き出す。呼吸とともに生まれたのは、粘性を帯びた濁った水滴だった。
 
 ふよふよと浮かび上がる液体。
 それを指先で弾くと、パッと風を切った。弾丸のように空気を裂いた滴が、獣の体を貫く。泥の影は痙攣し、短い悲鳴を残して霧散した。


「……でき、た?」


 胸が熱い。恐怖で膝は震えているのに、頭だけが妙に冴えている。どう動けば活路が開けるか、思考が勝手に次を描き始める。


 渚は刃を握り直し、水と樹液を組み合わせて振るった。狙いは荒く、足ももつれた。

 それでも確実に、群れの数は削られていった。

 最後の一体が霧散した。
 渚の荒い呼吸だけがその場に残った。霧散した獣の跡が床に黒い斑点として残り、じわじわと広がっていく。
 渚は、その中心に立ち尽くしていた。いまだ胸は焼けるように熱いのに、手足は氷に縛られたみたいに冷たい。


「はっ、はっ、はっ――。私、やったの……?」


 掠れた声が、洞窟に吸い込まれる。


「……あは。すごい、な……わたし……」

 笑いは乾いて、どこか歪んでいた。舌の奥にはまだ、えぐみと金属の苦さがこびりついている。

 喉の渇きに負けて水を流し込んだが、痺れは抜けない。胸の奥に、ひりつくような熱が残ったままだ。


(へんなの飲んじゃった……)


 胃がむかむかとして、渚は慌てて治療薬――これもなぜか作り方が分かる――を作り、拡張ポケットの中にあったいくつかの瓶に入れると、そのうちの一本を勢いよく飲み下した。


「う、ごほっ……まず……っ」


 粉薬を無理やり溶かしたような不快な味が舌に広がり、渚は思わず「うえっ」と顔をしかめた。
 胸やけは幾分か収まり、呼吸が落ち着いていく。だが、身体の痛みはあまり消えなかった。


 漫画やアニメのように、回復魔法みたく、ものの数秒で怪我が消えるような――そんな都合の良いものではないらしい。
 

 渚は震える足で立ち上がり、扉へと歩み寄った。押しても、叩いても、爪で縁を抉っても、扉はびくともしなかった。


(みんな、外に出られたかな。出られてないか。……十五分以上、経ってたし)


 残されたのは、奥へと続く道。
 坂田が巨大な怪物に引きずられていった、暗い通路。

 その奥から這い出した空気が、渚の頬を撫でた。

 頭に浮かぶのは坂田の顔。横暴で、傲慢で、仲間を切り捨てる上司の顔。助けたいとは思えなかった。それでも――。


(でも、放ってはおけない)


 ここで背を向ければ「誰も救えない自分」になる。それだけは嫌だった。

 渚は震える指先をぎゅっと握りしめる。
 短剣の柄は、汗で滑るほど濡れている。


「……行くしかない」


 声に出した瞬間、身体の芯にわずかな熱が灯った。渚は、また一歩を踏み出した。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...