上 下
56 / 97
第九章✬女の戦い

女の戦い

しおりを挟む
「....」

クラーザは廊下の窓から見える満月を見上げながら、部屋に向かった。

ガガァ――....

部屋の戸を開けると、
暗闇の中で、亜紀が力無く座り込んでいる。

「....」

クラーザは声もかけずに亜紀に近付き、後ろから亜紀を抱きすくめた。

「きゃっ...!クラーザ..?」

亜紀は驚き、クラーザの顔を見た。
クラーザは抱きしめたまま、頬すりをしてくる。

「...ど...どうしたの...」

亜紀はドキドキしながら、クラーザに尋ねた。
クラーザの温かい腕の中は、とても落ち着く...

クラーザは脚を広げて座り、
亜紀の身体全部を、スッポリと包み込んだ。
亜紀の首筋に顔を埋めながら、小さな声で言う。

「俺のこと、どう思っているか、
もう一度、聞かせてくれないか」

「え...」

亜紀の胸はドキンと音をたてた。
なんだかクラーザが甘えているように思えた。
亜紀に擦り寄ってくる。

「...どうしたの..」

「あきの言葉を...あきの声で聞きたいんだ..」

クラーザが好きだと、
クラーザが誰よりも何よりも大切なんだとそう言いたい。
何度でも。

――けれど、今の亜紀には心に引っ掛かるものがあった。
桜のことだ。
亜紀がクラーザを騙していると言っていた。身体を使って。

「だ...だめ..」

亜紀は口を押さえた。
甘い時の中、とろけてしまいたいけど、なぜかできない。
桜の言葉が胸につかえている。

ギュゥゥ....

クラーザは亜紀を強く抱く。

「...ダメじゃない」

「あ..クラーザ...」

「....」

クラーザは亜紀の左頬にキスをしてきた。

「ひゃあ...」

亜紀は赤面した。

「....」

ふと、クラーザは手を止めて、亜紀の顔を見つめた。

「な...なぁに...?」

間近で亜紀を見つめるクラーザにドキドキしながら、視線を合わせた。
するとクラーザは亜紀の目ではなく、頬を見つめていた。

(―――あっ――!)

亜紀は反射的に、頬を隠した。
クラーザはその手を掴む。

「腫れてる」

桜にぶたれた顔だ。赤く腫れている。

「転んだ...の...ハハッ....見るダメ...恥ずかしい....」

亜紀は苦笑いした。
なんとか誤魔化さねば。

「どうしたら転べるんだ。俺にはわからないな」

クラーザは微笑して、亜紀の頭をコツンと突いた。
なにも怪しまれていないようだ。
ホッとした亜紀は安心し、やっと笑った。

「クラーザ転ぶ、想像できない!」

「...そうだな」

クラーザも亜紀の笑みに、更に笑みを返してきた。

コンコン―――...

クラーザと亜紀がクスクスと笑い合う静かな部屋に、戸を叩く音が響いた。
亜紀はビクッと反応し、クラーザの顔を見る。

「...クラーザ...?」

「....」

クラーザは黙って戸の先を見た。

コンコン―――...

「ランさん...かな...?」

亜紀はクラーザに言ってみるが、クラーザは返事をしない。


コンコン.....


「クラーザさぁん...いるのー?」

その声の正体は、みーちゃんだった。
少し酔った感じの気怠い声がする。

「あっ..」

亜紀はソワソワと慌てだした。
亜紀がこの部屋にいることは、
皆が承認していることだとグラベンは言ってくれたが、
クラーザのことを好いている、みーちゃんの前でクラーザに抱きしめられているところを見るのは、かなり気まずい。

それに、なにより桜のことだ。

「クラーザ、だめ」

亜紀はクラーザを無理矢理引き離した。

「....」

クラーザは亜紀を放し、部屋の明かりをつけた。
クラーザが戸の先のみーちゃんに、
何か声をかけようと口を開いた、
その時―――

「―――やっぱ、いないんじゃない??」

楓の声だ。
部屋の前には、みーちゃんと楓がいるようだ。

「そうね....。きっと、クラーザさん...あの紅乃亜紀サンと、どこか出掛けたのかもしれないわ...」

(え?さん付けで、アタシのこと呼んでたっけ??)

クラーザも亜紀も声をかけそびれた。
一方、みーちゃんと楓は何も知らぬ様子で、話を続ける。

「みーちゃん、また明日来よう」

「うん...でも、私すごくクラーザさんが心配なのよ」

みーちゃんのこんな声を聞くのは亜紀は初めてだ。
女らしい優しい声。

「...でもさぁ、みーちゃんが心配したって仕方ないじゃん」

「....そりゃ、クラーザさんの側にいたいっていう紅乃亜紀サンの気持ちは理解できるけど、クラーザさんのことを考えたら、そういう訳にもいかないじゃない?覚醒者と妖魔女なのよ?」

亜紀はみーちゃんの言葉を聞き俯いた。

覚醒者であるクラーザに、
妖魔女である亜紀が近付くと、
覚醒者の力を吸い取ってしまう。
側にいるのは、クラーザの危険を意味する。

―――わかっているけど、離れたくない...
アタシは、自分勝手で我がままだ...

「だからって、みーちゃんが紅乃亜紀サンの面倒を見る必要はないじゃん!みーちゃんは優し過ぎるよー」

楓が大きな声で言った。

(え??どういうこと?)

亜紀は二人の話の先が読めない。

「妖魔女は怖いけど....
クラーザさんの為だと思えば、私は全然平気よ!
紅乃亜紀サンとは仲良くなりたいってずっと思ってたし!」

みーちゃんの意外な言葉に、亜紀はただただ驚く。

(うそ...だって前は...)

「みーちゃんは、すごいよね!
紅乃亜紀サンはあんなに仲良くなるのを拒否してきたのに、みーちゃんは本当に優しいよー!」

亜紀は耳を疑った。

「...うん。紅乃亜紀サンはクラーザさんや男達としか仲良くなる気ないみたいだよね...」

(うそだ...!違う!)

亜紀は横にいたクラーザの顔を見上げた。
クラーザは何を考えているのか、わからないような無表情な顔をしている。

「クラーザさんは紅乃亜紀サンのこと、どう思ってんのかな?」

「...あんなに綺麗な人だし気に入らない訳がないじゃない。
...だから、クラーザさんには紅乃亜紀サンが、本当はあんな冷たい人だなんて言いたくないの」

「みーちゃん、紅乃亜紀サンに初めて話かけた時は、意味もなく、いきなり叩かれたもんね!見ていた私がビックリしたよ!」

(うそばっかり....!)

亜紀は確信した。
みーちゃんと楓はわざとにクラーザに聞こえるように、亜紀のでたらめの悪口を言っていることを。
確かにみーちゃんと取っ組み合いの喧嘩にはなったが、
亜紀が意味もなく、みーちゃんに飛び掛かった訳ではない。

むしろ、みーちゃんが先に手をだしてきたのに。

「クラーザ...あの...ちがっ...」

亜紀が事実とは違うと、クラーザに言おうとすると。

「あのね、楓。私思うんだぁ」

みーちゃんがまだ部屋の前で話を続ける。

「私達と紅乃亜紀サンが仲悪いって、クラーザさんが知ったら気分が悪いと思うの。
クラーザさんには変な気を使わせたくないし、そんなことで疲れさせたくないのよね」

最もな意見だ。亜紀も同感である。

(だけど、みーちゃんの方が、
アタシと仲良くするのを嫌がったのに....)

「みーちゃんは本ッッッ当優しいよねぇ!
みーちゃんこそ、一番にクラーザさんのことを考えられる人だと思うよ!」

「楓、やめてよ。声が大きい!
紅乃亜紀サンに聞かれたら、また嫉妬されて叩かれちゃう!」

「そうだね、じゃ行こっか」

みーちゃんと楓は、言いたいことだけを弾丸のように言って、さっさとどこかへ行ってしまった。

「ーーーークラーザ、ちがうの!本当ちがう.....!」

亜紀はクラーザにすぐに言った。
みーちゃん達は嘘をついている。なぜ、こんな風に嘘をつくのか卑怯だと亜紀は思う。
クラーザにみーちゃん達の言った言葉を信じてほしくない。

「....」

クラーザは黙って亜紀を見る。

「あ...あ..クラーザ...」

亜紀は動揺の目で、クラーザに訴える。
すると、クラーザはいつものように亜紀の頬に手をあててきた。

「...なんて顔をしてる」

「え..」

「本当も嘘も俺は興味ない。
俺がこの眼で見た亜紀が、俺の知る亜紀だ」

「....」

亜紀は黙るしかなかった。
やっぱり、みーちゃんの言った言葉は嘘なんだと言いたいが、
みーちゃんが言ったように、そんなことでクラーザに気を使わせたくない。
複雑な気持ちになる。

アタシが我慢すればいいだけだけど....




亜紀の複雑な思いとはうらはらに、
翌日から、桜と百合、みーちゃんと楓から、
次第に嫌がらせを受けるようなった。

翌朝、
亜紀は早くに目を覚まし、台所に向かう。
そこには、その日の食事当番のみーちゃんがいた。

「アタシも...何か手伝います」

昨夜のことは掘り返さないように黙っていた。

「はあぁ??」

みーちゃんは包丁を片手に、朝からむくんだ顔で亜紀を睨み付けた。

「だから、アタシ手伝う....」

みーちゃんに影響され、亜紀も少し不機嫌になる。

「いらないわよ!あんたなんかが作る朝食を誰が食べたがるっていうのよ!あんた気味悪いから、どっか行って!!!」

バシャッッ!!!!

「――きゃっ」

みーちゃんは、亜紀の顔に水をかけた。
....いや、水だと思った液体は油だった。

「いちいちうるさいわね!火をつけるわよっ!!!」

ガタッ...

亜紀は逃げるようにして、台所を出た。

...やはり、昨夜のみーちゃんと楓の話は、全てが作り話だ。
なんという嫌がらせなんだろう。

亜紀は浴びた油を、袖で拭った。

ドンッッ―――!!!!

「―――きゃあっ!」

ドサッ..

廊下を歩く亜紀を後ろから楓が突き飛ばしてきた。
亜紀は廊下に顔をつけ、ぶつけた頭を支えた。

「あんたねぇ!みーちゃんに近付かないでよ!
みーちゃんに、また殴りかかる気だろ!嫌な女!!!!」

楓は今度は唾を吐きかけてきた。

「....んっ...!」

亜紀は眉間にシワを寄せた。

「ふんっ!」

楓は怒りを撒き散らし、台所に入っていった。

「....」

亜紀はしばらく茫然としていた。
亜紀はフラフラと外を歩いた。
泣きそうな顔で、クラーザのいる部屋に戻ることもできず、
かといって、男子寮や女子寮の中をウロウロとする気になれなかった。

「.....」

女子寮の裏にある、小さな物置小屋に辿り着いた。

ギシ...

朝はまだ肌寒かったので、中に入ってみる。

暗い部屋...
床はなく、土が広がっていた。
少し、生臭い....

バタンッ――――!!!!

「あっ..!」

いきなり閉まった扉に亜紀は駆け寄った。
扉を押しても叩いても開かない。

「やだっ...!」

亜紀は慌てて、手探りで扉をまさぐる。

すると...
木でできている扉の隙間から外の様子が見えた!

ザッ...

桜がいた!

「桜さん、待って!」

亜紀は桜に声をかけたが、桜は足早に去って行く。

「.....待って...よ...」

亜紀は涙ぐんだ。
これは、桜の仕業だ。
桜が外から、扉に鍵をかけたのだ。

ズズズ...

「.....」

亜紀は地面に座り込んだ。
『開けてー!』と助けを求める気になれなかったからだ。










「あれ?紅乃亜紀は??」

朝食を食べながら、フッソワが言った。
近付くに座っていた桜が、ドキッと反応する。

「え...?まだ来てないの?」

ランレートがクラーザに尋ねた。
クラーザは外を眺めている。

「今朝は早くに部屋を出て行ったが?」

クラーザの言葉にみーちゃんと楓が顔を合わせた。

「そういえば....台所にちょこっと来たけど...」

みーちゃんは声を吃らせて言った。
が、すぐに楓がまた新たなことを閃き、顔を明るくする。

「みーちゃんが、朝食作ってるのを見て、
なんか嫌そうな顔をしてたなぁ..」

楓が目で合図すると、みーちゃんもその話題に乗った。

「そうだ...私が作るから是非食べてねって言ったんだけど
『じゃあ、いらない』って言ってた...」

わざとに悲しそうな顔をする、みーちゃん。

「ひぇぇーっ!いい御身分なこった!
クラーザの女ともなれば、こうも偉そうにできんのかねー!?」

フッソワは笑いながら言った。特に悪気はない。
だが、その台詞をみーちゃん達は待っていた。ニヤリと笑う。
亜紀の評価を落としてやりたい。
そして、できれば自分の評価は上げたい。

「やめてよーフッソワ君!
私はそんなつもりで言ったんじゃないわよー!」

とか言いながら、みーちゃんはクラーザの顔を盗み見る。

「....」

クラーザは相変わらず、無言だ。

しばらくすると、桜と百合がそそくさと部屋を出て行った。
宴会場を出て、女子寮の辺りまで歩いてくると百合は厳しい顔をして桜を見た。

「桜...なんで一人で勝手なことするのよ...!」

「だって、たまたまあいつが小屋の中に入ってったから...」

桜が亜紀を小屋に閉じ込めたのは、独断のことだった。

「もう!あんな場所に閉じ込めたって、あいつを悲劇のヒロインにするだけじゃない!
いつか誰かに発見されて、お姫様気分で助けられるわよ!」

百合が桜に説教する。

「ごめん、ついカァッとなって...」

桜と百合は小屋の中にいる亜紀には気付かれないように、扉の鍵を開けた。
扉の鍵が開いていると亜紀が気付いたのは、それから、随分たってからだった。

「...クシュン...」

ワンピース一枚だった亜紀は震える肩を抱き、肩を摩った。
寒さで唇が青くなる。

「―――誰かいるのかぁ?」

亜紀のくしゃみで、たまたま小屋の近くを通りかかったアコスが気付き、扉を開けた。

「あ...アコスさん..」

「あきぃ??こんなとこで何やってんだよ?」

間抜けなアコスの声。
亜紀は簡単に扉が開いてしまったことに、拍子抜けしてしまった。

「扉開かなくて....」

「ん?簡単に開いたよ?
んー....古い扉だから、ちょっと力がいるのかも」

勝手に鍵をかけられたと、思い込んでいたのか...
亜紀は扉を開けたり閉めたりしてみた。

(やっぱり違う...さっき押したり叩いたりもしたもん...
桜さんが途中で鍵を開けに来たんだ...)

「あき、寒いの?顔色悪いよ?なんか油臭いし」

「う...うん....」

亜紀は部屋に戻ることにした。
アコスも着いてくる。
部屋の前まで来ると、ランレートが部屋の前で立っていた。

「あきちゃん!どこに行ってたの?心配したんだよ」

朝一、亜紀がいなくなってから既に4時間程の時間が経過していた。

「ランさ...クシュン...」

「小屋に入ったら扉の開け方がわかんなくて、ずっと中に閉じこもっていたんだって!
俺が気付いて開けるまで、じーっとしてたんだ」

アコスが自分のお手柄だとランレートにアピールする。

「一人でどこでも行っちゃダメじゃない。驚かせないでよー」

ランレートは優しく亜紀の背中を押し、クラーザの部屋の中に入れた。

「ごめんなさい...」

「あれ?ベルカイヌンは??」

アコスはクラーザの姿を探した。
ランレートでは話にならないから、クラーザに手柄を報告したい。

「....クラーザなら、アダとゾードと大事な話をしてるよ。
もうじき戻ってくるから待っていよう」

アコスに言っているようで、ランレートは亜紀に言っていた。

「ふーん...。じゃあ俺、見てくるわ!」

アコスは部屋を出ていった。

「あきちゃん、辛いの?」

ランレートは亜紀の青白い顔に気付いた。肩も震えている。

「寒くて...」

「....」

そういえば、クラーザが前に言っていた。
亜紀は寒がりだと。
亜紀の身体は弱く、野宿しただけで体温調節ができなくなり、すぐに熱を出すのだと。
この世界の人間は風邪などひかない。身体が丈夫だからだ。

「そっか..。だからだね。布団に入って横になって」

ランレートは亜紀を寝かせ、布団をかけてやった。

「....」

亜紀の元気のない様子を見て、
ランレートは明るく笑った。

「ねぇ、あきちゃん。
呪いのことなら、もう心配いらないからね」

「え...?」

亜紀は寝たままの態勢で、ランレートを見る。

「新羅の所へは、イルドナが向かってくれたから」

「イルドナさんが..!?」

確かに今しばらく、イルドナの姿を見てはいなかった。
クラーザと交代で、この村を旅立ったようだ。

「あきちゃんはクラーザだけじゃなくて、イルドナにも好かれているんだね。イルドナは真っ先に新羅の所に飛んで行ったよ」

「やだっ...!」

亜紀は急に泣き出した。
堪えていた涙がここにきて、堪えきれずに流れ出る。

「アハハッ...そんなに心配しなくても、イルドナなら大丈夫だよ」

ランレートは亜紀の頭を撫でてやる。

「でもっ...アタシのせい..怪我したら、どうしよう...
..ヒック...もう...誰も傷付いて...ほしくないの...」

「あきちゃん...」

呪いが解けると、亜紀は喜ぶと思っていた。
だが違った。
亜紀は戦い自体を恐れていて、
大切な人を戦場に行かせることを、とても悲しんだ。

戦いの中で生きてきたランレート達には、なかなか理解できない想いだった。

コンコン―――...

「入るぞぉ?」

戸が叩かれ、返事を待たずにグラベンが入室してきた。
グラベンの目に飛び込んできたのは、亜紀が号泣している姿だ。
ランレートが困った顔をして、グラベンを見る。

「グラベンくん」

「どうした?紅乃亜紀」

グラベンは亜紀に近付き、腰を下ろした。
亜紀はグラベンが来たというのに、涙を止められず、布団に顔を埋めて泣いた。

「どっか、つれぇーのか?俺に言ってみろ」

グラベンは乱暴に亜紀の頭を掻きむしった。
とはいえ、グラベンの手には温かさがある。
亜紀は堪えきれない気持ちを吐き出した。

「アタシ....アタシ...」

顔を両手で隠している。
グラベンは亜紀の震える肩をしっかり掴んで、震えを自力で止めようとする。

「なんだ?言ってみろ」

「どうして...嫌われるの...憎まれて...命狙われて...
うっ....うぅ....アタシのせい...たくさんの人、傷付ける....」

「あきちゃん...そんなことないよ...」

ランレートはそう言いながらも、
確かに亜紀の周りは波瀾万丈だと思った。

「アタシ、どうして嫌われるの..
....たくさんの人、嫌な気持ちにさせてる..の...」

新羅だけじゃなく、
新羅の召し使い達にも、忌み嫌われていた。
みーちゃんや楓や、桜に百合もそうだ。
最初は、イルドナにさえ嫌われていた。

「アタシのせいで...大切な人も..
たくさん傷付けてる....」

ミールは亜紀の身代わりになって死んだ。
まだ亜紀は知らないが、蒼史も死んだ。
まさかイルドナも....

「そんなこと、気にしないで」

ランレートは亜紀の言葉を遮る。
亜紀は首を横に何度も振る。

「...大好きなクラーザも...アタシといる、良くない...
アタシのせい、力なくなる..うっ.......」

亜紀にとっては、それが1番酷なことかもしれないとランレートは思う。

「クラーザはそんなこと、何とも思ってないんだよ」

それでも亜紀は涙を流し嘆く。

「アタシ...うっ...ヒック...
何の為...存在してる..わからない...」

「そう自分を否定すんなよ。
おめぇすんげぇ美人だし、皆の目の包容になってんぞ」

グラベンが励ます。

「こんな姿...気味悪い...!
喜ぶのは...うぅ...アタシを犯そうとする...人達ばかり..」

クラーザと旅している時もそうだった。
敵は亜紀の姿を見ては鼻息を荒くし、性の道具にしようとしていた。
何度、服を引き裂かれたことか。

「物語の主人公なら...異世界に行って...勇者なる..
大好きな人の...力になる
でもアタシ...救世主でもない...勇者でも...お姫様でもない..
ただの荷物...ううん、邪魔になる、いらない人...!」

そうだ。アタシはいらない人だ。
何の力も持っていない、貧弱ですぐに身体も壊してしまう。
この世界に、何の必要ともさえていない。
むしろ、邪魔になるだけの存在だ。

亜紀がいなかったなら、
ミールも死ぬことはなかった。蒼史も。
そして、新羅があんな風に暴走することはなかっただろう。

みーちゃんや楓や桜や百合の心も、こんなに乱れることはなかっただろう。

クラーザも...亜紀に出会っていなければ、
もっと飄々と生きていけただろう...

『消えろ』


この世界に来て、何度言われてきたことか。
前の世界では一度も言われたことなどなかった。

「...こんな物語の主人公......アタシ..やだ....!!」

亜紀は声を上げて泣いた。

泣いても何も解決はしないが、
泣くことしかできなかった。

「あきちゃん...私だって自分の存在価値を考えることはあるよ。そんなに泣かないで」

ランレートは困り果て、とりあえず亜紀の手を取り顔を覗いた。
優しく微笑みかける。

亜紀はなおさら泣いた。

「ランさぁ..ごめんなさい..」

ランレートの優しさが、すごく辛かった。

「なぁ、紅乃亜紀..」

グラベンが何か考えているような難しい顔で話してきた。

「....ひっ...うぅ..」

亜紀は泣き声を出しながら、
グラベンの声に耳を傾けた。

「俺、本なんか読んだことねぇーんだけどよ。
物語の主人公ってのは、勇者か救世主かお姫様なのか?」

「....」

「....」

亜紀もランレートも黙る。
主人公は勇者か選ばれた戦士だと、相場は決まっている。
もしくは、田舎の娘がお姫様だったとか。

そうでなくても、
好きな男と永遠を誓い合ったり、皆に祝福されるものだ。

「主人公が勇者で強ぇくて、
メッチャ美形で周りから尊敬されて、頼りにされて、皆を救うヒーローだっていう物語なんか、誰が読むってんだ??」

グラベンが亜紀の顔を覗き込み、真剣に見つめる。

「...う....うぅ..」

亜紀は言葉がでない。

「俺ならそんな本読まねぇ。
ただの自慢じゃねーか。それか自惚れか。
そんな本を読んでもちっとも面白くねーし、俺のためにはならねぇ」

グラベンの言葉はとても深い。

「...だけど、紅乃亜紀、おめぇが主人公の本があるんだったら、俺は読んでみてぇな」

グラベンはニタリと笑った。

「色んな奴に憎まれて嫌われて、泥んこまみれで生き抜いてよー...。
大切な奴が死んでも、したたかに生きて、
全く知らねぇー世界でたった一人で走って、
誰よりも弱くて、全然何の役にもたたねー。
むしろ邪魔な存在なんだ。
でもさ『好き』な奴に心から好かれてよ、
毎日、辛くて泣きながらでも、誰よりも1番いい笑顔で輝いてる」

グラベンの隣で、ランレートも笑顔になった。

「そんな物語の方が絶対に面白れーと思わねぇか?
本を読んでて、きっと俺も負けられねぇって勇気をもらえんだぜ。すげくねーか?」

「..グ..グラベン..さん...」

「負けんな!」

ガシッ...

グラベンは亜紀の頭を再びガシガシと掻きむしった。
やはりグラベンはすごい人だと思った。言う言葉が人と違う。

そしてグラベンだからこそ、その言葉が胸に響いた。
グラベンも何の能力もない人だと、ゾードから聞いている。
なのに、能力者の中で活々と輝いている。

グラベンが主人公の物語があるならば、
一体どんな人生なのか読んでみたい。

「...ありが..とう....」

亜紀はグラベンの優しさに感謝した。



しかし、なぜだろう...
やっぱりアタシは、主人公はお姫様な物語がいい。

誰かに読んでもらえなくても、
常に幸せでハッピーな物語のお姫様がいい...

誰かに嫌われるのは嫌だ...





最初は精神的な嫌がらせだったのも、
次第にエスカレートし暴力も加わってきた。

特に桜は、後先考えも無しに殴ってくる。

「早く消えろよ!バカバカ!!!!」

ドンッ!ドンッ!!!!

風呂に入ろうとした亜紀を、
後ろから蹴り飛ばしてきた。

「やめて...!」

亜紀は湯舟の前でしゃがみ込み、桜の攻撃から身を守る。

「気持ち悪いんだよっ!消えろ消えろ消えろ!!!!
さっさと死ねよっ!」

裸の亜紀を見て、桜は興奮した。
白い透けそうな肌がなんとも妖艶だ。
湯の熱気で、肌がピンク色にも染まる。
細くて華奢な身体が、羨ましい。

ドンッ!!!ドンッ!!!!ドカッ!!!!

桜は小さくなる亜紀を夢中で蹴った。
腹やら、お尻を中心に。

「あぅ...ゴホッ....」

亜紀は苦しがり、咳込む。

「いつになったら消えんのよ!」

「お願い...やめて...!」

桜は亜紀の髪を鷲掴みにした。
何をされるか想像がついた亜紀は、激しく抵抗する。

「いやっ..!!!やめっ..やめてやめて!!!!いやぁぁあ!!!」

バシャッッ!!!!

桜は亜紀の顔を湯舟に突っ込んだ!

「さっさといなくなれって言ってんのっ!!!わかった!!?」

「あっ..ぶっ....ガボガホッ...はぁっ..!...やっ..!!!!」

亜紀は大量のお湯を飲んだ。
両手で必死にお湯をかく。

「私はもっともっと苦しい思いをしてんだからっ!
お前のせいで、私は死ぬ程に苦しんでんだから!」

ザバッ!!ザバッ!!!!

桜は亜紀の耳元で怒鳴った。
お湯につけられている顔を上げようと、亜紀はもがく。

ドンッ..!

やっとの思いで亜紀は桜を払いのけた。

「やめてっ...!はぁはぁ...」

亜紀は目を大きく見開いて、
信じられないという目で、桜を見た。

「...こんなこと...はぁはぁ...
やめて..!アタシ..消えないから..はぁ..はぁ...」

亜紀は強い目で言った。
桜が村を追放されるのを食い止めるには、亜紀が消えなければいけないのか?
何か別に方法があるはずだ。
気に入らないから、殺すとか、消すとか、そんなことは間違っている。

そこへお約束通りに百合がやってきた。

ガタッ..

「桜!何してるの!」

「...うるさいっ!」

桜は百合と交代で、風呂場から出て行く。
百合は亜紀の前でしゃがみ、フォローに入る。

「...大丈夫?」

「うっ...はぁはぁ....」

亜紀の髪からは滴が零れる。
百合はゴクリと息を飲んだ。

「桜は切羽詰まってるの。
だから...このことは、誰にも言わないで。
桜も辛いのよ。あなたのせいで追い出されてしまうんだから、可哀相でしょ...」

百合は決められた台詞を言うだけ言って、早く出て行ってしまおうとした。

「可哀相ちがう...!」

亜紀は出て行こうとする百合に向かって叫んだ。

「....な..なんでよ...」

百合は意外な亜紀の言葉に、足を止めた。

「桜さんも...アタシを追い出そうとしてる!...はぁはぁ..
そんな人....可哀相ちがう!!!!」

亜紀は大声で叫んで風呂場を飛び出した。

「ちょっと..!ちょっと待ちなさいよ...!!!!」

百合は予定とは違う展開に焦った。
あの様子では、誰かに告げ口されてしまう!
亜紀は脱衣所に置いておいた服を手に取り、百合から逃げた。

「ちょっと――っ!!!!」

百合が追いかけてくる。
亜紀は捕まってはいけない直感が働き、走りながら持っていたシャツを羽織った。

ドン..

その時、亜紀は誰かにぶつかった。慌てて顔を上げる。

「ゾードさぁん...!!!!」

亜紀の前に立っていたのはゾードだった。
亜紀の格好を見て、驚いている。

「どうした?なにがあった?」

「う...ふぇぇ..うっ...」

亜紀は涙を浮かべた。

ガタッ...

「あ...」

追ってきた百合はゾードの姿を見つけ、マズイと思った。

「百合...あきに、なにがあった?」

勘の良いゾードは百合を睨みつける。
百合は身を震わせ、何も答えずに逃げて行った。

「うっ...うぅぅ....」

「まさか、いじめられたか?
...だから、あいつらに構うのはよせって言ったんだ」

ゾードはため息をつき、亜紀に服を着るように促した。

「..クラーザにはぁ...言わない..で..お願い...」

「言えるか」

ゾードは亜紀を優しく抱きしめた。

「あいつに言ったら最後だ。
自分にとって邪魔な奴は、躊躇いもなく排除する。
あきのことなら尚更、冗談抜きであいつなら百合達を全員殺しちまう」

「ゾードさん...うっ..」

「なんで早く俺に言わなかった?
一人で悩むな。俺がいるだろ」

「うん...」

ゾードは亜紀を連れて、女子寮を出た。
夜なので、辺りはもう真っ暗だが、少し歩くと平面地があり、焚火の炎が辺りを明るくしていた。

「...なに...?」

亜紀は騒がしい場所に目をやる。
そこでは、グラベン達が大きな輪になって中央を見ていた。

輪の中には、フッソワとみーちゃんの姿が――――

「てめぇに馬乗りになって、乳丸だしにしてやる!」

「もう!ばかっ!
そのでっかい顔を半分にしてやるわ!!」

二人がいがみ合うように叫び合うと、グラベンが『GO!!』と言って、一対一の格闘が始まった。
素手のみの勝負だった。

みーちゃんは女だが、フッソワに負けないくらいに強かった。

「いずれ、クラーザもやるから見てな」

ゾードは亜紀に言うと、焚火の近くに亜紀を座らせた。
これは、グラベン達の秘密特訓なのだと亜紀は思った。

「こら、みね!詰めが甘いぞ!」

グラベンが言葉を投げかける。
隣でアダも、フッソワに『いつの間にか弱くなったんじゃないか?』と罵声を浴びせた。

フッソワとみーちゃんが戦う円は、
半径が3メートル程の大きさだった。

「どりゃぁ!!!!」

ドンッ!

結局、フッソワがみーちゃんを押し倒し、
言葉通り、馬乗りになった。

「フッソワ君!重いってばぁ!」

みーちゃんは負けを認め、手を上げた。

「乳揉ませろぉぉ~!」

「ばかっ!放れてよっ!」

なんだかんだ言いながら、フッソワとみーちゃんは仲が良い。
クラーザはランレートの隣にいた。
無言の状態で腕を組み、偉そうな態度である。

「んじゃ次は―――...」

グラベンがメンバーを見渡した。
メンバーは、ディアマの全員とみーちゃんと楓だ。
みーちゃんと楓が、かゆ達とは違った存在に思えたのは、戦える力があったからだ。

「フッソワとランだ!」

「えー!私やだよぉ..」

グラベンに指名されて、ランレートはブツブツと文句を言った。

「さっさと来やがれ!ヒョロ男!」

フッソワが意気がっている。
ランレートは渋々、円の中に入って行った。
すると、グラベンが手を叩いてランレートを急かす。

「はい!はい!はい!先にフッソワが言えよ」

グラベン式、格闘戦は、
戦う前に一人一言、決め台詞を言うことになっていた。
それがモチベーションを高めるのだとか。

「てめぇの顔に、風穴空けてやるぜぇ!」

フッソワがランレートを指さしポーズまで決める。

「え~?それ前にも言ってたよ」

ランレートが水を差した。

「ばっかやろぅ!そんなこと、どーでもいいだろ!」

「.....まぁいいや。君なんか眼中にないからね。
来るならさっさとおいで」

ランレートがそう言うと、風向きが変わった。
戦闘が始まる。

亜紀はテレビでやっていたプロレスでさえ、痛々しく思えて直視できなかったのだが、生で見る人の殴り合いは目が離せなかった。

(...すごい...)

ランレートとフッソワの対決はすぐに決着がついた。
肉弾戦を最も苦手とするランレートは、すぐに反則し、殴りかかってくるフッソワを魔術で吹っ飛ばしたからだ。

ドン―――ッッ!!!!

「てんめぇ~っ!!能力使うのはルール違反だっつーの!!!!」

フッソワが転がって、砂まみれになった顔でランレートに叫ぶ。
ランレートは長い髪をクネクネといじり、申し訳なさそうな顔をする。

「...だあってぇ...筋肉付けたくないんだもーん」

「死ねっっ!!!!」

フッソワはカンカンになって怒る。まぁいつものことだ。

「はい、はい、はい!じゃあ次は俺とアダな!」

グラベンはフッソワとランレートの会話などおかまいなしで、準備体操に入る。
ゲームをする感覚だからか、グラベンはとても嬉しそうだ。

「やっと俺の番か...」

アダが立ち上がる。

「アダ君ひどーい!さっき楓と対決したばっかじゃなーい!」

みーちゃんがすかさずアダに突っ込みを入れた。
楓は『みーちゃん、いいってば!』と苦笑い。

「アダのスピードに着いていけんのは、俺だけだからなぁ!」

グラベンは手の骨をポキポキと鳴らす。
アダは般若のような顔付きだ。
目が合っただけでも、身震いしてしまいそうなとても恐ろしい目をしている。

「鬼ごっこしようぜ、グラベン」

アダは駿足だ。
誰よりも足が速い。
そして、ただ速いだけでなく、目で追いきれない程に。

「ヒョョョ―――!!!!怖ぇ~っ!!!」

フッソワがその場を盛り上げる。
みーちゃんも楓も『きゃー』と歓声を上げた。

「アダ―!素なんだか睨んでんだか、わかんないよー!」

アダの強烈な顔付きに、ランレートも声をかける。
亜紀の隣でゾードもアダに向かって叫んだ。

「おい、アダ!
そこの金髪頭なんかブッ飛ばしちまえ!」

グラベンは両目ともカラフルな色で、
髪は亜紀の整髪剤を使い、金髪に輝いている。

「ケケケッ!俺様に勝てる訳ねーだろ!鼻クソッッ!!!!」

グラベンは、子供のようにはしゃいだ。
『鼻クソ』にカチンときたアダはグラベンに飛び掛かった!

ドン!バキッ!!!!ドスドス...!!!

グラベンとアダの激しい肉弾戦が始まった!

駿足でもない、何の能力もない、
ただの人間であるグラベンは、いくらか顔面にパンチをもろに食らったり、鳩尾に蹴りを食らったりしたが、必ずすぐに立ち上がってきた。

「攻撃が早過ぎて、蹴られてんのか、殴られてんのか、全然わかんねーや!」

グラベンは余裕の笑みを全く崩さない。
反対に、アダの方が手応えを感じず、苦笑いしている。

「.....やっぱり、グラベンが1番やりづらいな..」

「どっからでも来いよ。素手なら俺は誰にも負けねぇ!!」

グラベンはただ意気がってるだけじゃない。
それだけ実力があった。
現に、能力者達を相手に、互角どころかそれを上回る程の強さを持っている。

(...グラベンさん..やっぱりすごい人...)

亜紀はグラベンの凄さを思い知った。

グラベンとアダはなかなか決着がつかなかった。
勝敗を決めたのは...

「鼻くそアダ!さっさとかかってこーいっっ!!!!」

「...ってか、グラベン!てめぇ円から出てんぞ!」

フッソワがグラベンの足元を指さした。
ルールでは円内での決闘だ。

「あ...」

グラベンが犬の糞を踏んだかのように、足元を見て固まる。

「ハハッ..俺の勝ちだな!」

アダがホッとした顔をした。
しばらく、皆がグラベンの間抜けさを笑った後、その場が静かになった。

ヒョォォォ.....

――夜風が急に強くなってきた。
円の中を空にし、皆がそれぞれのことを考える。

「....」

亜紀は肩を抱き、寒さを凌いだ。
そんな亜紀の隣でゾードが耳打ちをしてきた。

「――次はたぶん、俺だ」

「...う..うん」

こういう場合、何て言葉を返すんだろう。
『頑張ってね』か?『負けるな』か?

「俺の決め台詞、あきが何か考えてくれよ」

ゾードが微かに笑った。

「アタシが?....えっと..え.....」

亜紀は必死に考えた。
センスを問われている気がする。
メークやお手入れのネーミングなら得意だが、こういった喧嘩上等!みたいな台詞はよくわからない。
とりあえず漫画や映画の台詞を思い浮かべた。

『俺をなめたら、痛い目みるぜ』
『俺と出会ったことを、後悔させてやる』

...どれも、ヤクザの映画で見たやつばかりだ。

「んじゃ最後は....」

グラベンがゾードと亜紀の方を見てきた。

「ゾードとクラーザな!」

グラベンが二人を指名すると皆は余計に静まる。
二人は、仲が良いだけでなく、ライバルでもある。
楽しく決闘ができない。真剣だ。

皆はそれをわかっているので、
あえて、茶化したりしなかった。

「あき、ほらほら早く...」

ゾードが微かに笑って言う。

「え....」

亜紀はゾードを見ながら、遠くのクラーザを見た。


ザッ....

クラーザが前に出る。
能力も使っていないのにクラーザの周りには風が吹いた。

「.....」

クラーザがゾードと亜紀を見据えてくる。

(...なんだか、アタシ...クラーザの敵側みたい....)

そんな亜紀の気持ちを、グラベンが察したようで明るく笑う。

「おー!紅乃亜紀!
クラーザがちびっちまいそうな台詞を考えてやんな!」

「クラーザの弱点とかないのか?」

ゾードが亜紀に気を使っているのだということが、よくわかった。
亜紀にも何か参加させてやろうと、ゾードなりの心遣いだ。
亜紀は、ゾードに連れて来てもらったこの場を楽しまなくてはと、必死に台詞を考えた。

「...えっと.....」

でも、全然いい言葉が浮かんでこない。

「え....っと....」
 


ゴォォォ――――....

亜紀がモタモタとしているうちに、
クラーザの気が高まり、風が巻き起こる。

「きゃ...」

強い風が吹き亜紀は両手を顔の前に出す。

「おおっと!クラーザ選手!
妖魔女もまとめてブッ飛ばす気か―――っ!!!!?」

フッソワが中継に入る。
もちろんクラーザは亜紀を吹き飛ばす気などないが、
ゾードと亜紀に対して、少し挑発的だった。

「――なぁんだ、あき。まさか怖いのかぁ?」

ゾードは風を気持ち良さそうに受けながら、亜紀を笑った。

「こっ..怖くなんか...」

亜紀はゾードの背中に隠れながらドキドキした。

(あ...)

そして咄嗟にあの言葉が浮かぶ。
亜紀はそのままゾードの肩に手をかけ、コソッと耳元に話しかけた。



「ふぅーん...なるほどね」

ゾードは亜紀の言葉を聞き、
『サンキュ』と言って、クラーザが待つ円の中に飛んで行った。

コトッ...

高い跳躍で円内に着地するゾード。顔は笑っている。

「おう待たせたな、クラーザ」

偉そうなゾードはクラーザから少し離れた場所で、仁王立ちで腕組みをする。
皆はどんな決め台詞が飛び出すのか、内心、期待していた。
...みーちゃんと楓以外だが。

「....」

クラーザは黙ったまま、ゾードをはっきりと目で捕らえる。

「なんだ...そんな硬てぇー顔して俺が怖いのか?」

「....」

ゾードはクラーザに向かってフフフッとと笑った。
そして軽く咳払いをして、決め台詞の為に喉を整える。

「怖くて当然だ。
クラーザお前は、この俺に食われてしまうんだからな」

「―――」

クラーザは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
聞いていた皆は『かなり強気なこと言ったなー』と、
さほど大した驚きはない。

「...ふっ...」

堪えていたのか、クラーザは少し吹き出して笑った。


(あ...クラーザ笑った..!)


ドキン...!!!!

亜紀は顔を赤らめた。
これは初めての夜に、クラーザが亜紀に言った言葉だ。

クールな表現をしていたクラーザは、照れを隠そうと手を口元にやったりしている。
クラーザと亜紀にしか、わからない意味深な言葉。
なんだか、いやらしい...


「....なんだか知らんが行くぞ!!!!クラーザァァ!!!!」

ゾードはニタリと笑いながら、クラーザに飛び掛かった!

「――――!」

クラーザは紅い眼を見開く!

ドンッ!!!!

物凄い音をたてて二人はぶつかり、レベルの高い対決が始まった!

ズン!!ガッッッ!!ドッッ!!!!

能力は使わない肉弾戦だが、
クラーザの周り、ゾードの周りにも、自然に力のオーラが浮かび上がる!

ドッッッ!!!!


「.....」
「.....」
「.....」

先程までの対決と違い、誰も声をかけたりしない。
無言で二人を見守る。

ズガッ!ガンッ!!!!ドドッ!!

クラーザとゾードの戦いは、凄まじかった。
まず二人とも、攻撃を受けてもビクともしない。
殴り合いの、蹴り合いだが、
息も切らさず、休みも与えさせない。


ドォアッッ―――ッッッ!!!!

「あっ..!」

亜紀は小さな声を上げる。

ゾードの鋼のような足蹴りに、
クラーザが氷の上を滑るように、吹き飛んだのだ。

ググッ!!!!

だが、すぐにクラーザは踏み止まる。

「.....」

クラーザの紅い眼が、ゾードを見据える。
ゾードは手首と足首をブラブラと動かし、首も回して体操する。

「...今のクラーザなら、楽勝か?」

「ふっ...ハハッ...」

ゾードのその言葉に、クラーザはまたもや吹き出し笑いをした。

「...?」

ゾードは微かに首を傾げた。


ズッ―――...

クラーザはゆっくりとゾードに歩み寄ってくる。

「悪いが、今の俺は絶好調だ」

妖魔女の亜紀が、今までの中で1番側にいるのだけれど。

「....」

ゾードは拳をつくり、構えの姿勢をとった。

「――覚醒者の真実の力、
ゾードお前の身体で試してやる」


(...あぁ....クラーザ....!)

亜紀はクラーザの決め台詞が、とても嬉しかった。
亜紀といて、力を失わないどころか『絶好調』だと言ってくれる。
こんなに嬉しいことはない。

『あきは邪魔な存在なんかじゃない』と言ってくれているようだ。
『あき』....とは口にしないのだけれど。


「...ふんっ...だろうな!」

ゾードは亜紀の顔をチラリと見て、微笑んだ。



ゴゴッ..!!!!

ドンッ!!!ガッッッ!!!!

「...くっ..!!!」

ゾードがクラーザの攻撃を受けて、声を漏らした。
クラーザが、もう一段階パワーを上げたのだ。
攻撃の重みが、先程までとは比べものにならない。

「ハッッ―――!!!!」

クラーザは空中から、ゾードの背背中を蹴り落とした!

ドォォン―――!!!!

ゾードは地面に叩き付けられる。
『決まった!』皆がそう思った。....が、しかし、

「うらぁぁぁっ!!!!!!!!」

地面に手をつきながら、
ゾードは脚を高く上げ、クラーザを蹴散らす!

ドンッ!!!!

それに対して、クラーザも攻撃を仕掛けた!
クラーザとゾードの戦いは長く続いた。






「これから、どうすんのっ!!!」

桜の部屋から大きな怒声が響き渡った。

「だって――!
私はちゃんと計画通りにやったわ!けど、あいつが...」

「だから、なんで逃がしたの!
これじゃクラーザさんに告げ口されるに決まってるじゃん!
ああぁ!!!もう、おしまいよ!」

桜は頭を抱えた。
どうすることもできない百合は不機嫌な顔をする。

「...まさか、ゾードさんと仲良くなるだなんて考えもしなかった」

二人は亜紀追放の計画のめどが立たなくなり、愕然とした。



そこへ...

ガァァァ――――...

部屋の戸が勝手に開いた。
桜も百合も、それにかなり驚いて背筋が凍った。

「あのぉ...」

戸を開けたのは、アコスだった。
桜も百合も今までの話を聞かれていないか、冷や冷やしたが、平然とした顔をつくる。

「ア...コスくん...どうしたの?」

桜が視線も合わせずに聞いた。
アコスは、部屋には入らずに顔だけ覗かせる。

「あのさ....
俺見ちゃったんだけどぉ..
あきの鏡を壊したのって、君達だよなぁ...?」

「―――」
「―――」

二人は声も出なかった。
アコスは淡々と続ける。

「なんで、あーゆーことするワケ?
ベルカイヌンがあきにプレゼントした物なんだぜ?
ベルカイヌンが知ったら、どうなるか考えなかったのかぁ?
俺.....明日の朝にベルカイヌンには言うから、今夜のうちに反省しとけよ。それだけだから!」

アコスはそれを言うのに緊張していたみたいで、言い終わると、早々と帰ろうとした。

「待って!!!!」

百合がアコスの腕を引っ張った。

「ゆ...百合ぃ...」

桜はもう泣きそうな顔をしている。後がない。

「な...なんだよっ」

アコスは強気に言った。内心はドキドキしている。

「誰にも言わないで...!」

「はっ...はぁ?今の俺の話、聞いてた?」

百合はアコスの腕をしっかりと握りしめて逃がさない。

「抜いてあげる」

「はっ??」

「ゆっ...百合ぃ!!!」

百合はアコスの股間に、ためらいもなく手をあてた。

「わっ!なっなにすんだよっ!」

「わかってるんでしょ。
私があなたのを、抜いてあげるって言ってるの」

ギュュウ.....

アコスはいきなり百合に大事なモノを握られ、慌てた。

「やっ...あっ..ダメだって!俺...そんな...!!!!」

「絶対に、誰にも言わないから。私にやらせて」

百合は娼婦だった。
しおりを挟む

処理中です...