190 / 196
クリフ・マークィス・ゲイル 9
しおりを挟む
宰相である父の事は疑う事なく尊敬している。
殿下の事が関わらなければ全く……いや、殿下の事に関しての矛盾に父上が気付いていない事に気付いてから、その事が引き金に全面的に信じることが出来なくなったという所が本当かもしれない。
殿下に関する初めての記憶は母上の愚痴であった様に思う。
身体がそう強くなかった母は私を出産する為に領地に戻ってから王都に戻る事なく、そのまま妹を出産。結局は、生まれた妹も身体がそう強い方ではなかったため、私が5歳で王都に暮らす事になっても、そのまま領地で過ごしたのだった。
宰相職で忙しかった父は王都を離れる事は無く、王都に出て来るまでの私の記憶に父のものは一つとない。
幼少の時から記憶力の良さは自認しているが、流石に一歳しか離れていない殿下や殿下と同い年の妹の誕生したその時は覚えてはいない。
ただ3歳の頃、たまたま同じ寝台で眠っていた私が昼寝から目を覚ましていた事を知らず、母が横に寝ている妹の頭を撫でながら
「この頃届く王都からの手紙は理解出来ないことばかりだわ……確かにクリフは殿下と一つ違いだわ、でもフォスキーアとは同い年……陛下にはあのお方がいるけど、殿下はフォスキーアと同い年のお一人だけのはずなのに……」
この母の呟きは、なぜか記憶の奥底から消えることなく、時々その母の声音と共にリフレインされるのだ。
母の身体が丈夫では無い事もあって、私も領地で帯剣の儀を済ますまでは王都に滞在する事は殆ど無かった。
一方、宰相補佐から宰相になった父は、領地に来る事は殆ど無かった。
妹のフォスキーアも母に似て体が強く無かったので、私の王都行きには母も妹も帯同する事はなかった。
王都に住む様になってからの違和感は、その地に慣れる事に一生懸命になるうちに忘れ、時たま、領地で行われる祭に父の代わりでは無いが、次期領主としての役割が必要で帰った時に、諸々の矛盾が浮かび上がる事の繰り返しであった。
領地に戻るだけでも肩から幾ばくかの錘が取れる様な気がする上に、妹と顔を合わせると、頭の中のキリが晴れるが如く、様々な矛盾が思い出されるのだ。
妹は、私よりも母に体質も似ている事からか、我が家の水精霊の加護だけではなく、母の持つ緑の手と言われる加護も薄らとであるが受け継いる可能性も大きいのかもしれない。
まだ精霊契約の儀式が済む前であって、正式に授かっていないであろうその加護の上澄みであっても、私よりも癒やしの力が強くなるのか、呪いの様なモノに対する耐性や解呪も強いのかもしれない……。
領地に帰る時にも日記を手放さなくなったのは自分の心を守る為であったのだろう。
フォスキーアが精霊契約の儀式を受けるために王都に滞在していた間も、妹もそして母も父に対する不信感を隠す事はなかった。
事は王家に関することが主であることから、誰もはっきりと口にする事が憚れる。
特に宰相の色を拝命する侯爵家である私達が、父の意見のおかしさを指摘する事は家の中でも無理な事であったのだ。
妹も無事に水の精霊の籠を賜ったあと、その力が強くなったのだろう、しかし、その力を行使するまでの経験が無い状態で、受ける呪いのようなモノの強さに怯えるように、一刻も王都に居る事に耐えられない様子で、家で行なわれる祝い事も拒否して、母と一緒に逃げるように領地に戻って行った。
私も領地に共に行きたかった。
フォスキーアと同い年の殿下も精霊契約に出られたことで、それまで存在自体が曖昧であった殿下への認識が今までのように扱われる事は無くなった、
今まで、その存在を否定し、もう一人の伯爵令息と混同しているような言動が見られた父も、確実に二人の王子の存在を認識しているようになった。
しかし、それまでの頭に霧でもかかったような状態での考えが変わる事はなかった。
つまり、今までと変わらずに歳上である伯爵令息を贔屓することは変わらない。
言い換えれば、王妃胎の歳下殿下を無視し蔑ろにしていることを隠さなくなったとも言える。
陛下御自身がそれの筆頭であるので、家臣の父たち側近がそれに倣っているとも言えなくはないが、貴族の常識として妾腹の子、惻妃とも叙されていない方の子供を優先する事が正しいのか……。
頭に霧がかかっている状態ではその判断もできないのだ。
伯爵王子という存在や、もう一人の殿下の価値がまるで無いような風潮が王都に蔓延し、皆がそのことを当たり前であると思い込んでいた頃に、父から下された命令は、初めその事に全く疑問を持たない私がいた。
毎日日記をつけて、警鐘を自身の心に鳴らしていたにもかかわらず、王都から全く離れる事ができず、伯爵王子の側近候補として日々振り回され、自身のこともままならない十分子供の私には、思考することそのものが無理であったのだ。
初等学園に入園したのは妹も同じ。いつもであれば、妹の力で正気に戻っていた筈が、妹に意識的に避けられていたのだろう、邸の中でも学園でも会う事ができずに、呪いに蝕まれていた私に、父の命令をこなす以外のことができる訳もなく、殿下の格の違いを肌で感じる結果となったのだ。
傍観者でいる事が許されない立場であることは十分理解していたが、自分の力の在りどころを理解してしまった私は、無責任と言われようとも、何もできずにいたのだ。
あれから5年、今も私の立ち位置はあの時と変わらない。
殿下が姿を現さないことで、伯爵王子派の力は増大するばかりで、まるで精霊契約が行なわれる前の姿に逆戻りしたかのように、この王都においては殿下の話が表に出る事は無くなった。
フォスキーアは学園に通うために王都に住っているが、時間ができれば領地に戻るという生活を送っている。
父は相変わらず、王室の件の件が絡まなければ、とても優秀な為政者であって、陛下も穏やかな治世を行っていると言える。
側から見れば、私は身分が下である伯爵令息の取り巻きの一人であり、手足の如く使われる下僕の一人に過ぎないだろう。
それを認めているのが宰相の父であり、陛下である。
学園内では、百歩譲ってそれでもいいが、卒業して、身分社会がその根幹であるとも言える王宮内政治にその身を置いた時にはどのようになるのか、秩序の根幹を揺るがすその行為がどのように我々の身に影響するのか……。
霧がかかった頭の持ち主の王都に住む我々には、その様な事を考える頭脳も何も持ち合わせていない事にすら気付けずにいる。
殿下の事が関わらなければ全く……いや、殿下の事に関しての矛盾に父上が気付いていない事に気付いてから、その事が引き金に全面的に信じることが出来なくなったという所が本当かもしれない。
殿下に関する初めての記憶は母上の愚痴であった様に思う。
身体がそう強くなかった母は私を出産する為に領地に戻ってから王都に戻る事なく、そのまま妹を出産。結局は、生まれた妹も身体がそう強い方ではなかったため、私が5歳で王都に暮らす事になっても、そのまま領地で過ごしたのだった。
宰相職で忙しかった父は王都を離れる事は無く、王都に出て来るまでの私の記憶に父のものは一つとない。
幼少の時から記憶力の良さは自認しているが、流石に一歳しか離れていない殿下や殿下と同い年の妹の誕生したその時は覚えてはいない。
ただ3歳の頃、たまたま同じ寝台で眠っていた私が昼寝から目を覚ましていた事を知らず、母が横に寝ている妹の頭を撫でながら
「この頃届く王都からの手紙は理解出来ないことばかりだわ……確かにクリフは殿下と一つ違いだわ、でもフォスキーアとは同い年……陛下にはあのお方がいるけど、殿下はフォスキーアと同い年のお一人だけのはずなのに……」
この母の呟きは、なぜか記憶の奥底から消えることなく、時々その母の声音と共にリフレインされるのだ。
母の身体が丈夫では無い事もあって、私も領地で帯剣の儀を済ますまでは王都に滞在する事は殆ど無かった。
一方、宰相補佐から宰相になった父は、領地に来る事は殆ど無かった。
妹のフォスキーアも母に似て体が強く無かったので、私の王都行きには母も妹も帯同する事はなかった。
王都に住む様になってからの違和感は、その地に慣れる事に一生懸命になるうちに忘れ、時たま、領地で行われる祭に父の代わりでは無いが、次期領主としての役割が必要で帰った時に、諸々の矛盾が浮かび上がる事の繰り返しであった。
領地に戻るだけでも肩から幾ばくかの錘が取れる様な気がする上に、妹と顔を合わせると、頭の中のキリが晴れるが如く、様々な矛盾が思い出されるのだ。
妹は、私よりも母に体質も似ている事からか、我が家の水精霊の加護だけではなく、母の持つ緑の手と言われる加護も薄らとであるが受け継いる可能性も大きいのかもしれない。
まだ精霊契約の儀式が済む前であって、正式に授かっていないであろうその加護の上澄みであっても、私よりも癒やしの力が強くなるのか、呪いの様なモノに対する耐性や解呪も強いのかもしれない……。
領地に帰る時にも日記を手放さなくなったのは自分の心を守る為であったのだろう。
フォスキーアが精霊契約の儀式を受けるために王都に滞在していた間も、妹もそして母も父に対する不信感を隠す事はなかった。
事は王家に関することが主であることから、誰もはっきりと口にする事が憚れる。
特に宰相の色を拝命する侯爵家である私達が、父の意見のおかしさを指摘する事は家の中でも無理な事であったのだ。
妹も無事に水の精霊の籠を賜ったあと、その力が強くなったのだろう、しかし、その力を行使するまでの経験が無い状態で、受ける呪いのようなモノの強さに怯えるように、一刻も王都に居る事に耐えられない様子で、家で行なわれる祝い事も拒否して、母と一緒に逃げるように領地に戻って行った。
私も領地に共に行きたかった。
フォスキーアと同い年の殿下も精霊契約に出られたことで、それまで存在自体が曖昧であった殿下への認識が今までのように扱われる事は無くなった、
今まで、その存在を否定し、もう一人の伯爵令息と混同しているような言動が見られた父も、確実に二人の王子の存在を認識しているようになった。
しかし、それまでの頭に霧でもかかったような状態での考えが変わる事はなかった。
つまり、今までと変わらずに歳上である伯爵令息を贔屓することは変わらない。
言い換えれば、王妃胎の歳下殿下を無視し蔑ろにしていることを隠さなくなったとも言える。
陛下御自身がそれの筆頭であるので、家臣の父たち側近がそれに倣っているとも言えなくはないが、貴族の常識として妾腹の子、惻妃とも叙されていない方の子供を優先する事が正しいのか……。
頭に霧がかかっている状態ではその判断もできないのだ。
伯爵王子という存在や、もう一人の殿下の価値がまるで無いような風潮が王都に蔓延し、皆がそのことを当たり前であると思い込んでいた頃に、父から下された命令は、初めその事に全く疑問を持たない私がいた。
毎日日記をつけて、警鐘を自身の心に鳴らしていたにもかかわらず、王都から全く離れる事ができず、伯爵王子の側近候補として日々振り回され、自身のこともままならない十分子供の私には、思考することそのものが無理であったのだ。
初等学園に入園したのは妹も同じ。いつもであれば、妹の力で正気に戻っていた筈が、妹に意識的に避けられていたのだろう、邸の中でも学園でも会う事ができずに、呪いに蝕まれていた私に、父の命令をこなす以外のことができる訳もなく、殿下の格の違いを肌で感じる結果となったのだ。
傍観者でいる事が許されない立場であることは十分理解していたが、自分の力の在りどころを理解してしまった私は、無責任と言われようとも、何もできずにいたのだ。
あれから5年、今も私の立ち位置はあの時と変わらない。
殿下が姿を現さないことで、伯爵王子派の力は増大するばかりで、まるで精霊契約が行なわれる前の姿に逆戻りしたかのように、この王都においては殿下の話が表に出る事は無くなった。
フォスキーアは学園に通うために王都に住っているが、時間ができれば領地に戻るという生活を送っている。
父は相変わらず、王室の件の件が絡まなければ、とても優秀な為政者であって、陛下も穏やかな治世を行っていると言える。
側から見れば、私は身分が下である伯爵令息の取り巻きの一人であり、手足の如く使われる下僕の一人に過ぎないだろう。
それを認めているのが宰相の父であり、陛下である。
学園内では、百歩譲ってそれでもいいが、卒業して、身分社会がその根幹であるとも言える王宮内政治にその身を置いた時にはどのようになるのか、秩序の根幹を揺るがすその行為がどのように我々の身に影響するのか……。
霧がかかった頭の持ち主の王都に住む我々には、その様な事を考える頭脳も何も持ち合わせていない事にすら気付けずにいる。
77
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる