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クリフ・マークィス・ゲイル 12
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一族の、とにかく記録を残す真実を伝える、と言う狂信的とも思える使命感のもと、それぞれ与えられた役割を生まれながらに自覚し次代に繋げて来たと言う。
それは男子だけに限らず、女子にもその才能のあるものには、自ずと求められるもので、母はその中でもとても重要な、『記憶し伝える』者であるそうだ。
「私はね、生まれながらに一度見たことは忘れない、我が一族にその代に産まれるかどうかって言う加護?呪い?を持って生まれてきたの。その記憶力の良さにどこで気付かれたのか、初めのちゃんとした婚約者を逃した後釜に選ばれてしまったわけ」
その婚姻で生まれた子供に話をしているのに、失敗した感を隠しもしない母。
私は、その話にも、このような様子の母にも全く免疫がないため、ただ戸惑うばかりだ。
「私のような役目のものは、一族の外に出すことはないのだけれど、目をつけられた先が侯爵家筆頭。宰相様直々の申し入れ、断ることはできなかった……」
母は手元で扇子を弄びながら、どこかわからぬ所を見ながら話を続ける。
「記録を残すのも記憶するのも我が一族の業。婚姻して家を出たからと言ってその業からは逃れられない。前の宰相閣下が、我が一族のしてきたこたや、私のこの役目を知っていたのかはわからないけれど……私に求めていらしたのは、表立って隠すことを忘れて気付かれた記憶力だけで、それ以外はあまり求められていなかったような気もするし……」
見たもの全てを記憶してしまうので、意識して大量の文章などを見ると、それを処理するためか熱を出すことが多かったそうで、そのため体がとても弱いという噂があったそうだ。
体が弱いと言うことは、一般的な貴族令嬢にとって、婚姻の妨げにもなるものだから、隠す様な要素であるのだが、母はそもそも外に嫁に行くことを考えていなかったため、逆にその噂を否定せずにいたそうだ。
「貴方達を立て続けにウマされた時は、確かに体力をすごく削られたから、領地に戻ったのは嘘ではないけど、そもそも子供の頃から体を動かすことをしてこなかったのだから、しょうがないと思うわけ……体が弱いと思われているし、領地に籠るのに丁度いいかなぁと言うのもあったし、王都で侯爵夫人するのも疲れるから、領地に籠ることにしたのよ」
旦那様が私たちに全く興味が無いのが逆に良かったかもしれないわね……
そう話す母の口元に浮かぶ笑みは少し寂しそうに見える。
「王都と離れていても、情報なんて物は手に入れようと思えばどうにでも出来るのよ。偏らない、自分の意見に迎合しない、安易に信じない、まぁ他にもあるけど、とにかく中立的な思考で、慎重に取捨選択することのほうが難しいの。私の一族はそのことに特化しているの。それもあくまでも内内で……公にしないところが重要なのよ」
だから、今の世代の王家も我が一族のことはただのしがない祐筆担当の法衣伯爵家だと認識しているし、夫である宰相もそのことを知らないのよ。わからないようにしているのはこちらだけど……
今の王家になって、この一族の特異性や有用性に気がついた王様もいた頃があったという。そのことも記録に残っていて母の頭の中にあると言う。
なぜわかった代もあったのに、そのことが表立たずに、表立たずとも伝承されていないのか。そのことに疑問を持ったことが、私の表情でわかったのか、私が疑問を口に乗せる前に母がそのまま話し続ける。
「我々の知識は今の王家にとって都合の悪い物も沢山あるわ。うまく利用できなければ利用しない方がいいかもしれないと思うほど。だったら切り捨てて仕舞えば良いと考えそうだけど、そもそもそもような頭の悪い王様達が治めている代に、我々の存在を気づくような頭は無いのよ。気づいた代の王様達は、有用性に重きを置いてうまく付き合う事を選択する。それは自分達の後の代にも同じ条件で、気付けるものだけが気付き、利用できるものだけが利用する。私達もあくまでも趣味とも言える業だから、その様な扱いであれば吝かでは無い、という関係かしら」
今の代は、その気さえ、母の言うところの頭を持っていれば、利用しうる距離にいるという。なぜならば……
「我が一族の肝とも言える記憶を司る私が手の中にいるのに、その宝にも全く気付かないお馬鹿さん達なのだもの」
大切な宝を、その代の中心の近くに置く様なことは今までなかった。あくまでも目立たないギリギリ伯爵家の祐筆を代々務める法衣貴族。一族内での婚姻や、ともすれば平民とも婚姻を結び情報収集に務めるような一族である。
母は、自分の一族に誇りを持っているのだろう、自分の役割と一族の話になると目の輝きが違って見える。
「過去の事は過去の事と蔑ろにしてはいけないの。歴史は繰り返す。人間なんて、数代重ねたくらいで変わるものでも賢くなるものでも無いのよ。どうしてか、昔のことを教訓とせずに同じ過ちを繰り返す……過去のことが記憶に残るよりずっと以前であったり、為政者にとって都合の悪いものとしてわざと改竄されたり、記録から消された場合なんかに良く起きることよ。基本的に、我々一族は、記録を残す事のみに力点を置いているから、過去の教訓をもとに助言をしたり、今起きている出来事に介入したりはしない。こちらからはね……でも、巻き込まれた場合は別……命よりも大切な物はないのよ」
特に母親にとって子供の命より大切なものなんてね、この世には無いのよ。
「今この時に、過去からの教訓を生かさないなんて事はないわ。私は知っている者なのだから……過去の愚かしい事柄が繰り返されそうになっている。過去何度もあったことでもあるし、過去とも言えない貴方達が生まれるほんの少し前に起こった事と同じような事。間違いであるのに、間違いであったと認めることが出来なくて、その為に起きようとしている事と言ってもいい」
今度は、お茶を交換させることなく、そのままの冷めたお茶で唇を湿らせて、そのまま母は話を続ける。
「フォスキーアを王子の婚約者にと言う声が上がっているわ」
いきなりの話の転換に頭がついて行かない。
「この国の呪いのようなモノについて、感じた事はない?特に王都において。貴方も気づいているから側近のターナーを度々領地によこしていたのでしょ、違いを確かめるために」
それは男子だけに限らず、女子にもその才能のあるものには、自ずと求められるもので、母はその中でもとても重要な、『記憶し伝える』者であるそうだ。
「私はね、生まれながらに一度見たことは忘れない、我が一族にその代に産まれるかどうかって言う加護?呪い?を持って生まれてきたの。その記憶力の良さにどこで気付かれたのか、初めのちゃんとした婚約者を逃した後釜に選ばれてしまったわけ」
その婚姻で生まれた子供に話をしているのに、失敗した感を隠しもしない母。
私は、その話にも、このような様子の母にも全く免疫がないため、ただ戸惑うばかりだ。
「私のような役目のものは、一族の外に出すことはないのだけれど、目をつけられた先が侯爵家筆頭。宰相様直々の申し入れ、断ることはできなかった……」
母は手元で扇子を弄びながら、どこかわからぬ所を見ながら話を続ける。
「記録を残すのも記憶するのも我が一族の業。婚姻して家を出たからと言ってその業からは逃れられない。前の宰相閣下が、我が一族のしてきたこたや、私のこの役目を知っていたのかはわからないけれど……私に求めていらしたのは、表立って隠すことを忘れて気付かれた記憶力だけで、それ以外はあまり求められていなかったような気もするし……」
見たもの全てを記憶してしまうので、意識して大量の文章などを見ると、それを処理するためか熱を出すことが多かったそうで、そのため体がとても弱いという噂があったそうだ。
体が弱いと言うことは、一般的な貴族令嬢にとって、婚姻の妨げにもなるものだから、隠す様な要素であるのだが、母はそもそも外に嫁に行くことを考えていなかったため、逆にその噂を否定せずにいたそうだ。
「貴方達を立て続けにウマされた時は、確かに体力をすごく削られたから、領地に戻ったのは嘘ではないけど、そもそも子供の頃から体を動かすことをしてこなかったのだから、しょうがないと思うわけ……体が弱いと思われているし、領地に籠るのに丁度いいかなぁと言うのもあったし、王都で侯爵夫人するのも疲れるから、領地に籠ることにしたのよ」
旦那様が私たちに全く興味が無いのが逆に良かったかもしれないわね……
そう話す母の口元に浮かぶ笑みは少し寂しそうに見える。
「王都と離れていても、情報なんて物は手に入れようと思えばどうにでも出来るのよ。偏らない、自分の意見に迎合しない、安易に信じない、まぁ他にもあるけど、とにかく中立的な思考で、慎重に取捨選択することのほうが難しいの。私の一族はそのことに特化しているの。それもあくまでも内内で……公にしないところが重要なのよ」
だから、今の世代の王家も我が一族のことはただのしがない祐筆担当の法衣伯爵家だと認識しているし、夫である宰相もそのことを知らないのよ。わからないようにしているのはこちらだけど……
今の王家になって、この一族の特異性や有用性に気がついた王様もいた頃があったという。そのことも記録に残っていて母の頭の中にあると言う。
なぜわかった代もあったのに、そのことが表立たずに、表立たずとも伝承されていないのか。そのことに疑問を持ったことが、私の表情でわかったのか、私が疑問を口に乗せる前に母がそのまま話し続ける。
「我々の知識は今の王家にとって都合の悪い物も沢山あるわ。うまく利用できなければ利用しない方がいいかもしれないと思うほど。だったら切り捨てて仕舞えば良いと考えそうだけど、そもそもそもような頭の悪い王様達が治めている代に、我々の存在を気づくような頭は無いのよ。気づいた代の王様達は、有用性に重きを置いてうまく付き合う事を選択する。それは自分達の後の代にも同じ条件で、気付けるものだけが気付き、利用できるものだけが利用する。私達もあくまでも趣味とも言える業だから、その様な扱いであれば吝かでは無い、という関係かしら」
今の代は、その気さえ、母の言うところの頭を持っていれば、利用しうる距離にいるという。なぜならば……
「我が一族の肝とも言える記憶を司る私が手の中にいるのに、その宝にも全く気付かないお馬鹿さん達なのだもの」
大切な宝を、その代の中心の近くに置く様なことは今までなかった。あくまでも目立たないギリギリ伯爵家の祐筆を代々務める法衣貴族。一族内での婚姻や、ともすれば平民とも婚姻を結び情報収集に務めるような一族である。
母は、自分の一族に誇りを持っているのだろう、自分の役割と一族の話になると目の輝きが違って見える。
「過去の事は過去の事と蔑ろにしてはいけないの。歴史は繰り返す。人間なんて、数代重ねたくらいで変わるものでも賢くなるものでも無いのよ。どうしてか、昔のことを教訓とせずに同じ過ちを繰り返す……過去のことが記憶に残るよりずっと以前であったり、為政者にとって都合の悪いものとしてわざと改竄されたり、記録から消された場合なんかに良く起きることよ。基本的に、我々一族は、記録を残す事のみに力点を置いているから、過去の教訓をもとに助言をしたり、今起きている出来事に介入したりはしない。こちらからはね……でも、巻き込まれた場合は別……命よりも大切な物はないのよ」
特に母親にとって子供の命より大切なものなんてね、この世には無いのよ。
「今この時に、過去からの教訓を生かさないなんて事はないわ。私は知っている者なのだから……過去の愚かしい事柄が繰り返されそうになっている。過去何度もあったことでもあるし、過去とも言えない貴方達が生まれるほんの少し前に起こった事と同じような事。間違いであるのに、間違いであったと認めることが出来なくて、その為に起きようとしている事と言ってもいい」
今度は、お茶を交換させることなく、そのままの冷めたお茶で唇を湿らせて、そのまま母は話を続ける。
「フォスキーアを王子の婚約者にと言う声が上がっているわ」
いきなりの話の転換に頭がついて行かない。
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