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クリフ・マークィス・ゲイル 4
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「やはりな……」
父の意向で侯爵家の嫡男である私だけが、基本王都で父と過ごすことになった。
父は母や妹も含めてこちらで生活することを希望したが、五年以上この王都の社交界に顔をしていなかった母が王都での生活を躊躇したことと、妹もこちらの生活についていろいろと聞くうちにあまり良い印象を受けなかったのか、積極的に赴きたいと希望しなかったこと。まだ幼い女児である妹は母のもとにいたほうが良いだろうと、精神面と体調面から医師が判断したことも大きかった。
父と共に王都の侯爵邸で生活をする、と言っても、蓋を開けてみれば宰相という役目を果たさなければならない父は、ほとんど王城内の執務棟に泊まり込むことがほとんどで、屋敷で顔を合わせることは多くて月に一、二回。それよりも王城に呼び出されて顔を合わせることの方が多かった。
私の家ゲイル侯爵家が治める侯爵領は王都から馬車で三日かかる距離にあるが、交通の要衝にあることもあり、王都には及ばないものの、領都はそれなりに栄えている、と自負していた。
王都は立派な城壁に囲まれ、結界も張られていてこの王都に暮らしている限り外敵から襲われるような心配は一切ない。
侯爵領の領都においても、ここほど強くはないが結界が張られていて、侯爵領軍と冒険者ギルドで、しっかりと外敵の侵入を防いでいる。
ここで言う外敵とは、一般的な獣とは違う魔力を纏った生き物。
魔獣と呼ばれる生き物だ。
守られる立場である私はまだ直接対峙したことは無い。領都と王都の間の街道で何度か出会ったようであるが、私がその姿を認識する前に護衛によって駆除された。
この国の中心部ともいえる王都に近いほど、強い魔獣が現れることは無く、その国の辺境、隣国との境に近いほど強い魔獣が沸く、人が踏み入ることが困難な領域が存在している、とされている。
魔獣と戦うには魔力を持ったものが、その魔力を使わないと倒すことはできないとされている。
魔法ではなく、剣を用いて戦う騎士や剣士であっても、その身に魔力を纏うことは必要であり、人間そのものの体力だけでは、強い魔獣を倒すことはできない。
貴族であれば魔法を使える可能性は高いが、精霊契約が成されるまでは、ただの何の力も持たない子供である。
一応我が家は水の精霊の加護を受けやすいとされ、父もその加護を得ている。
あの日、この王都にきて何かがおかしいと感じたあの日から、できるだけ慎重に周りの様子を観察してきた。
日記もできるだけその日のうちに書き込むようにしてきた。そして、数日過ぎた時にその日記に書かれていることをもう一度読み直す。
何でこのような面倒くさいことをするかといえば、王都で過ごす日にちが増すごとに、日記に書き込んだ内容と今ここにある記憶との間に齟齬が起こっていることが増えてきた事に気付いたからだ。
基本的に、私は今の記憶を信じることはせずに日記に書かれていることを信じることに決めている。
私はまだ精霊契約が済んでいない子供で、魔法に対しての耐性がほとんどないということを自覚している。
人に掛ける精神魔法のようなものは、それを弾く魔導具のようなものが確かに存在しているが、貴重であり高価だ。それにどのような物でも必ず弾くことができるとは限らないことも知っていた。
だから、便利な道具を使うことに躊躇することもないが、道具だけを信じて過ごすこともできない、自分自身でも随分とひねくれた子供だと思う。
しかし、自分の自慢であった記憶力とそれに基づいて築き上げてきたという自負すら、その記憶自身が改竄されているかもしれないことを思い知らされた時から、何もかも信じることが難しくなってしまったのかもしれない。
この状態は私にだけ言えることではなく、同じ時に王都にやって来たターナーにも言えることで、彼もまだ精霊契約の済んでいない身だ。
彼の家は代々我が家の執事や家令を出している家で、彼の父親は領地の方の家令を勤めている。
末端ではあるがうちの一族で、身分的には彼の父は子爵位を持っている。使用人であれば貴族でないことがほとんどであるが、彼の家は変わっている者が多く、敢えてその地位について口外することなく、ゲイル侯爵家の縁戚とわかる本当の名字を名乗らなかったりしている。
だから彼もきっと我が家と同じく水の精霊の加護を受けることができると信じているが、まだ私と同じく魔法に抵抗力のない子供だ。
今のこの現象について私は彼には何の隠し立てもせず、全てを話し合っている。
このような話……何かしらの魔法か、はたまた呪いのようなもので、少なくともこの侯爵邸にいる者の記憶の改竄が成されているという、信じられないような現象も、ターナーは「クリフ様のおっしゃることですから」と全く反発することなく、彼自身でも記録を残したりと、協力してくれた。
改竄される記憶は、今気づいている所では日常的な事ではなく、特に王室周りの記憶であるということ。もっと言えば、この前帯剣の儀を迎えたであろう王妃様のお産みになられた王子殿下が絡んでいると思える話が、ことごとく改竄されて記憶の中に刻み込まれている。
「王子殿下があの伯爵子息に塗り替えられている?」
一人で抱え込むことなく、少なくても二人で考えることで、このような結論になるのにそう時間はかからなかった。
父の意向で侯爵家の嫡男である私だけが、基本王都で父と過ごすことになった。
父は母や妹も含めてこちらで生活することを希望したが、五年以上この王都の社交界に顔をしていなかった母が王都での生活を躊躇したことと、妹もこちらの生活についていろいろと聞くうちにあまり良い印象を受けなかったのか、積極的に赴きたいと希望しなかったこと。まだ幼い女児である妹は母のもとにいたほうが良いだろうと、精神面と体調面から医師が判断したことも大きかった。
父と共に王都の侯爵邸で生活をする、と言っても、蓋を開けてみれば宰相という役目を果たさなければならない父は、ほとんど王城内の執務棟に泊まり込むことがほとんどで、屋敷で顔を合わせることは多くて月に一、二回。それよりも王城に呼び出されて顔を合わせることの方が多かった。
私の家ゲイル侯爵家が治める侯爵領は王都から馬車で三日かかる距離にあるが、交通の要衝にあることもあり、王都には及ばないものの、領都はそれなりに栄えている、と自負していた。
王都は立派な城壁に囲まれ、結界も張られていてこの王都に暮らしている限り外敵から襲われるような心配は一切ない。
侯爵領の領都においても、ここほど強くはないが結界が張られていて、侯爵領軍と冒険者ギルドで、しっかりと外敵の侵入を防いでいる。
ここで言う外敵とは、一般的な獣とは違う魔力を纏った生き物。
魔獣と呼ばれる生き物だ。
守られる立場である私はまだ直接対峙したことは無い。領都と王都の間の街道で何度か出会ったようであるが、私がその姿を認識する前に護衛によって駆除された。
この国の中心部ともいえる王都に近いほど、強い魔獣が現れることは無く、その国の辺境、隣国との境に近いほど強い魔獣が沸く、人が踏み入ることが困難な領域が存在している、とされている。
魔獣と戦うには魔力を持ったものが、その魔力を使わないと倒すことはできないとされている。
魔法ではなく、剣を用いて戦う騎士や剣士であっても、その身に魔力を纏うことは必要であり、人間そのものの体力だけでは、強い魔獣を倒すことはできない。
貴族であれば魔法を使える可能性は高いが、精霊契約が成されるまでは、ただの何の力も持たない子供である。
一応我が家は水の精霊の加護を受けやすいとされ、父もその加護を得ている。
あの日、この王都にきて何かがおかしいと感じたあの日から、できるだけ慎重に周りの様子を観察してきた。
日記もできるだけその日のうちに書き込むようにしてきた。そして、数日過ぎた時にその日記に書かれていることをもう一度読み直す。
何でこのような面倒くさいことをするかといえば、王都で過ごす日にちが増すごとに、日記に書き込んだ内容と今ここにある記憶との間に齟齬が起こっていることが増えてきた事に気付いたからだ。
基本的に、私は今の記憶を信じることはせずに日記に書かれていることを信じることに決めている。
私はまだ精霊契約が済んでいない子供で、魔法に対しての耐性がほとんどないということを自覚している。
人に掛ける精神魔法のようなものは、それを弾く魔導具のようなものが確かに存在しているが、貴重であり高価だ。それにどのような物でも必ず弾くことができるとは限らないことも知っていた。
だから、便利な道具を使うことに躊躇することもないが、道具だけを信じて過ごすこともできない、自分自身でも随分とひねくれた子供だと思う。
しかし、自分の自慢であった記憶力とそれに基づいて築き上げてきたという自負すら、その記憶自身が改竄されているかもしれないことを思い知らされた時から、何もかも信じることが難しくなってしまったのかもしれない。
この状態は私にだけ言えることではなく、同じ時に王都にやって来たターナーにも言えることで、彼もまだ精霊契約の済んでいない身だ。
彼の家は代々我が家の執事や家令を出している家で、彼の父親は領地の方の家令を勤めている。
末端ではあるがうちの一族で、身分的には彼の父は子爵位を持っている。使用人であれば貴族でないことがほとんどであるが、彼の家は変わっている者が多く、敢えてその地位について口外することなく、ゲイル侯爵家の縁戚とわかる本当の名字を名乗らなかったりしている。
だから彼もきっと我が家と同じく水の精霊の加護を受けることができると信じているが、まだ私と同じく魔法に抵抗力のない子供だ。
今のこの現象について私は彼には何の隠し立てもせず、全てを話し合っている。
このような話……何かしらの魔法か、はたまた呪いのようなもので、少なくともこの侯爵邸にいる者の記憶の改竄が成されているという、信じられないような現象も、ターナーは「クリフ様のおっしゃることですから」と全く反発することなく、彼自身でも記録を残したりと、協力してくれた。
改竄される記憶は、今気づいている所では日常的な事ではなく、特に王室周りの記憶であるということ。もっと言えば、この前帯剣の儀を迎えたであろう王妃様のお産みになられた王子殿下が絡んでいると思える話が、ことごとく改竄されて記憶の中に刻み込まれている。
「王子殿下があの伯爵子息に塗り替えられている?」
一人で抱え込むことなく、少なくても二人で考えることで、このような結論になるのにそう時間はかからなかった。
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