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チュート殿下 114 この世界の理に 2
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「膜のこちら側に来てみて、一つ確信できたことがあります」
キールは腕を上げてみたり回してみたりなど、一通り自身の体の動きを一通り確かめると大きくうなずいて話を続ける。
「アースは今の私を見て何か気付いたことはありますか?」
随分と嬉しそうな楽しそうな表情を浮かべて、俺の目を真正面から見つめてくるキール。
いつも空気のような存在のキールを、そういえばまじまじと見たことがなかったなぁ、と思いながら、目の端に邪魔な膜をとらえながらも意識をしてキールを見る。
鑑定を使うまでもなく、なぜか幕の向こう側に居るキールの存在感が、すぐ横にいた時よりも強く感じる……。
「……どうしてだ?」
思わず声に出ていたらしい俺の囁きは、しっかりとキールには届いていたようで、くすりと片方の口角を上げた小さな笑いと共に、膜の向こう柄から突き抜けてきた手のひらが俺の目の前で振られることで、一つの天啓のようなものが少し鈍っていた俺の思考をクリアーにする。
あちら側とこちら側。キールの存在感が明らかに違って見えるのだ。
あちら側はこの国つまり乙女ゲームがベースの物語の外側。そして隣の国タリスマン帝国の物語からしてもその外側にある所。
「つまり……」
思考の波に囚われそうになっていた俺をキールの声が引き戻す。
キールは片腕をこちら側に突っ込んだまま、俺よりも絶対賢いと思われるその頭脳で、この段階で考えられるこの世界の理の一部について話し始めた。
「私が居るこの場所は、国と国の狭間。つまり物語と物語の狭間であるとともに、ごくごく一般的なファンタジーというジャンルで、必ずその存在が認められている「冒険者」と呼ばれる者たちの物語の存在するところ、と考えられるのではないでしょうか」
ファンタジーと呼ばれる物語は、なぜそのファンタジーと呼ばれる物語に分類されるのか。
「アースが元居た世界、我々が居るアミュレット王国の元を作ったかもしれない物語が生まれたところ。これはこちらが先なのか、あちらが先なのかという、大きな命題が含まれたものであるけれども、それは同じ時間軸の中での話であって、あちらとこちらの時間軸も同じ流れの中にあるものかどうかの判断ができない今は、あえて考えることは置いておきますが……」
「ファンタジーはそもそも超自然的、幻想的、空想的な事象を含んだ文学のジャンルの一つであったものが、アースの前世の世界ではそれがゲームや映画などほかの媒体の作品をも分類する一ジャンルとされていたものであって、その中でも多く代表的な世界観を端的に表しているのが「剣と魔法の世界」であると言えます」
立て板に水のごとく自身の考えを滔々と話すキールはこれまで俺が見ていた中で一番いきいきとしているように見て取れる。
薄い膜の向こうのキールはこちら側に居た、俺のスキルのキールとは明らかに違う存在に見える。
「剣と魔法の世界でほぼ必ずといって現れる存在として冒険者というものがあります。今の我々はその冒険者。乙女ゲームの頸木から解放されることを目標にして、あの王城の牢屋から逃れてきた者、ともいえるわけですが、この国にいる限りあくまでもアース……いえ、アースクエイク殿下は乙女ゲームの主要登場人物であり、私はそのスキル。確かにこの物語の中には存在してなかったバクともいえるスキルではありますが、それ故に私の存在そのものをこの国の物語は排除しようといつも干渉してきていたのでしょう。今気づきましたけどね……」
その干渉が膜を隔てた向こう側では、ぴたりと無くなったというのだ。
それだけで随分と気分もいいものであるが、それ以上にこのファンタジーが前提の世界の中で、どの物語、つまりどの国にも属していないとされている国と国との狭間は、ファンタジーの共通認識がその存在の理の中心と考えられる世界であるのではないか。
「要するにこのいやらしい膜のこちら側は、冒険者の物語の世界であると考えることができるのではないでしょうか。そして今の私は、あくまでも冒険者のキールなのです」
だからそこでは、バグとしていつも排除されようと干渉されていた、少なからずあったうっとうしさが膜の向こうでは全く感じなくなったこと、それ以上に存在が許されるということがキールの心の中の愁いをすっかり晴らしたのだろう。
「アースの希望していた15歳くらいの私はあきらめていただければと……、この物語の中ではこの姿の私が認識されているようですから……、まぁ名もなき冒険者の一人である私はこの世界の中で特別に何かあるわけでも強く認識されるようなこともないとは思いますけど」
そう言ってこちら側に伸ばしていた腕も引き戻し、大きく両腕を上に挙げて深呼吸をした。
キールが名もなき冒険者であるのであれば、それは俺も同じこと。この世界の中で「当て馬王子のアースクエイク殿下」であったとしても、この膜の向こう側では、何者でもないただの冒険者アース、となることができるのか?
姿かたち纏う色に関しても、すっかり隠蔽魔法で隠している元の色でいることすら、そっちの話の中では許されるのかもしれない。
俺の心の中なんてすっかりまるっきり認識できるキールは何も言わずにこちらをにやにや見ているだけだ。どのようにでもしろということなのだろう。
なんとなく膜に覆われている空を見上げて、少し考えてみる。
あえて、真実の姿で冒険者に臨むこともできるのだが、全くこの国に戻ってこないこともない、冒険者に対して暖かい世界でもないが(乙女ゲームだけに)、全く需要がない様でもなかったから、ギルドカードも発行されているし、このカードのおかげでこの世界のどの国であっても入国を断られるということもないらしいのだ。
それに、俺はアースクエイクの姿が好きではない。あっち(前世)で見ていた、画面の中の情けないアースクエイクの姿が重なることが大きな原因の一つであるが……要するにこの金髪小僧の姿はこの世界の地雷で在り、この姿のアースクエイクは決してこの世界では愛されることは無いという事実と、一種のトラウマのようなものなのかもしれない。
とにかく悪目立ちするこの色が嫌だからね、認識阻害を外すだけにして、非常に一般的なブラウン系の色味でまとめることにした。
アミュレットに帰ってくれば認識阻害は外せないのだからどのような色でもいいのだけれど、魔法を使うことができないとこの国では標榜しているような茶色では、冒険者活動の折に魔法を使うと悪目立ちしてしまうけれど、この国でなければ表向きの色ではどの魔法を使うかなどわからないらしいから。
考えがまとまると、認識阻害を外すとともに見慣れているリフルによく似た色見と人相で、薄い膜を通り抜けた。
キールは腕を上げてみたり回してみたりなど、一通り自身の体の動きを一通り確かめると大きくうなずいて話を続ける。
「アースは今の私を見て何か気付いたことはありますか?」
随分と嬉しそうな楽しそうな表情を浮かべて、俺の目を真正面から見つめてくるキール。
いつも空気のような存在のキールを、そういえばまじまじと見たことがなかったなぁ、と思いながら、目の端に邪魔な膜をとらえながらも意識をしてキールを見る。
鑑定を使うまでもなく、なぜか幕の向こう側に居るキールの存在感が、すぐ横にいた時よりも強く感じる……。
「……どうしてだ?」
思わず声に出ていたらしい俺の囁きは、しっかりとキールには届いていたようで、くすりと片方の口角を上げた小さな笑いと共に、膜の向こう柄から突き抜けてきた手のひらが俺の目の前で振られることで、一つの天啓のようなものが少し鈍っていた俺の思考をクリアーにする。
あちら側とこちら側。キールの存在感が明らかに違って見えるのだ。
あちら側はこの国つまり乙女ゲームがベースの物語の外側。そして隣の国タリスマン帝国の物語からしてもその外側にある所。
「つまり……」
思考の波に囚われそうになっていた俺をキールの声が引き戻す。
キールは片腕をこちら側に突っ込んだまま、俺よりも絶対賢いと思われるその頭脳で、この段階で考えられるこの世界の理の一部について話し始めた。
「私が居るこの場所は、国と国の狭間。つまり物語と物語の狭間であるとともに、ごくごく一般的なファンタジーというジャンルで、必ずその存在が認められている「冒険者」と呼ばれる者たちの物語の存在するところ、と考えられるのではないでしょうか」
ファンタジーと呼ばれる物語は、なぜそのファンタジーと呼ばれる物語に分類されるのか。
「アースが元居た世界、我々が居るアミュレット王国の元を作ったかもしれない物語が生まれたところ。これはこちらが先なのか、あちらが先なのかという、大きな命題が含まれたものであるけれども、それは同じ時間軸の中での話であって、あちらとこちらの時間軸も同じ流れの中にあるものかどうかの判断ができない今は、あえて考えることは置いておきますが……」
「ファンタジーはそもそも超自然的、幻想的、空想的な事象を含んだ文学のジャンルの一つであったものが、アースの前世の世界ではそれがゲームや映画などほかの媒体の作品をも分類する一ジャンルとされていたものであって、その中でも多く代表的な世界観を端的に表しているのが「剣と魔法の世界」であると言えます」
立て板に水のごとく自身の考えを滔々と話すキールはこれまで俺が見ていた中で一番いきいきとしているように見て取れる。
薄い膜の向こうのキールはこちら側に居た、俺のスキルのキールとは明らかに違う存在に見える。
「剣と魔法の世界でほぼ必ずといって現れる存在として冒険者というものがあります。今の我々はその冒険者。乙女ゲームの頸木から解放されることを目標にして、あの王城の牢屋から逃れてきた者、ともいえるわけですが、この国にいる限りあくまでもアース……いえ、アースクエイク殿下は乙女ゲームの主要登場人物であり、私はそのスキル。確かにこの物語の中には存在してなかったバクともいえるスキルではありますが、それ故に私の存在そのものをこの国の物語は排除しようといつも干渉してきていたのでしょう。今気づきましたけどね……」
その干渉が膜を隔てた向こう側では、ぴたりと無くなったというのだ。
それだけで随分と気分もいいものであるが、それ以上にこのファンタジーが前提の世界の中で、どの物語、つまりどの国にも属していないとされている国と国との狭間は、ファンタジーの共通認識がその存在の理の中心と考えられる世界であるのではないか。
「要するにこのいやらしい膜のこちら側は、冒険者の物語の世界であると考えることができるのではないでしょうか。そして今の私は、あくまでも冒険者のキールなのです」
だからそこでは、バグとしていつも排除されようと干渉されていた、少なからずあったうっとうしさが膜の向こうでは全く感じなくなったこと、それ以上に存在が許されるということがキールの心の中の愁いをすっかり晴らしたのだろう。
「アースの希望していた15歳くらいの私はあきらめていただければと……、この物語の中ではこの姿の私が認識されているようですから……、まぁ名もなき冒険者の一人である私はこの世界の中で特別に何かあるわけでも強く認識されるようなこともないとは思いますけど」
そう言ってこちら側に伸ばしていた腕も引き戻し、大きく両腕を上に挙げて深呼吸をした。
キールが名もなき冒険者であるのであれば、それは俺も同じこと。この世界の中で「当て馬王子のアースクエイク殿下」であったとしても、この膜の向こう側では、何者でもないただの冒険者アース、となることができるのか?
姿かたち纏う色に関しても、すっかり隠蔽魔法で隠している元の色でいることすら、そっちの話の中では許されるのかもしれない。
俺の心の中なんてすっかりまるっきり認識できるキールは何も言わずにこちらをにやにや見ているだけだ。どのようにでもしろということなのだろう。
なんとなく膜に覆われている空を見上げて、少し考えてみる。
あえて、真実の姿で冒険者に臨むこともできるのだが、全くこの国に戻ってこないこともない、冒険者に対して暖かい世界でもないが(乙女ゲームだけに)、全く需要がない様でもなかったから、ギルドカードも発行されているし、このカードのおかげでこの世界のどの国であっても入国を断られるということもないらしいのだ。
それに、俺はアースクエイクの姿が好きではない。あっち(前世)で見ていた、画面の中の情けないアースクエイクの姿が重なることが大きな原因の一つであるが……要するにこの金髪小僧の姿はこの世界の地雷で在り、この姿のアースクエイクは決してこの世界では愛されることは無いという事実と、一種のトラウマのようなものなのかもしれない。
とにかく悪目立ちするこの色が嫌だからね、認識阻害を外すだけにして、非常に一般的なブラウン系の色味でまとめることにした。
アミュレットに帰ってくれば認識阻害は外せないのだからどのような色でもいいのだけれど、魔法を使うことができないとこの国では標榜しているような茶色では、冒険者活動の折に魔法を使うと悪目立ちしてしまうけれど、この国でなければ表向きの色ではどの魔法を使うかなどわからないらしいから。
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