陛下の恋、僕が叶えてみせます!

真木

文字の大きさ
18 / 33

18 黒髪の精霊

しおりを挟む
 社交的で知られるヴァイスラントの人々は、みな行きつけのお店を持っているように、出入りするサロンを持っている。
 そのもっとも代表的なものが王城の中にあるローリー夫人のサロンだが、サロンといえば人々がもう一つ思い浮かべるのが、王妹マリアンヌのサロンだった。
 マリアンヌのサロンは王妹殿下が開いているにもかかわらず、いつも数十人の小さな集まりで、年に数回しか開かれず、しかもどこで開かれているのかほとんど知る者がいない。
 カテリナに名をたずねたギュンターに、マリアンヌは優しく念を押した。
「陛下、名は問わないのがこのサロンの決まりですから」
 そんな小さなサロンなのに、サロンといえば人々が頭の片隅にマリアンヌのサロンを思い出すのは、招かれる人々の素性を詮索しない特別な集まりだからだった。
 その決まりは、精霊たちが名前を呼ばれるのを何より嫌うという言い伝えからきている。ヴァイスラントの建国の功労者である精霊も、気安く名前を呼ばれたことに立腹して王城の泉をピンク色に変えたという逸話が残っている。
 精霊の逸話が本当かどうかはピンク色の泉の所在と共に王城の七不思議のひとつだが、招かれる人々が一般的なサロンに出入りしたがらない人々であるのは事実だった。
 チャールズは許しを得て顔を上げると、マリアンヌに礼を述べた。
「お招きいただき光栄の至りです、殿下」
「私もお会いできてうれしいわ。今夜は、星々もご令嬢のデビューを祝福しているようね。素敵な夜をお過ごしになって」
 マリアンヌもチャールズと短く言葉をやりとりしたものの、サロンで活発に行われる紹介合戦もなく、カテリナに微笑んだだけだった。
 それでサロンのデビューが果たせるのか疑問を持つ者もいるが、名を知らしめてほしい令嬢はちゃんと相応のサロンが用意されている。カテリナとしても、チャールズがこのサロンを選んでくれたのは、父との関係を明かしたくないカテリナの気持ちに添ってくれたとわかっていた。
 ところが凪のようなあいさつを交わした二人とは対照的に、ギュンターが割り込むように言った。
「ま、待ってくれ。少し話がしたいんだ」
 普段呼吸でもするように女性に美辞麗句を贈るはずのギュンターは、言葉に詰まりながら口を開く。
「メイン卿にご令嬢がいらっしゃるとは知らなかった。……精霊と見まごうようなご令嬢だから、今までサロンにお出でにならなかったのかもしれないが」
 ギュンターは焦りながら言葉を重ねて、かといえばらしくない沈黙も作ってしまいながら告げる。
「ただ……驚いてしまった。すまない、誤解させるような言い方だったな。もっとふさわしい言葉があるはずなのに」
 ギュンターは一度目を伏せて、意を決したようにカテリナを見た。
「……お名前を教えてほしい。それで、私にエスコートの役目を与えてくださらないか」
 提案したギュンターの目は真剣で、それが知らない人のようで、カテリナはとっさに目を逸らした。怖いような気持ちになって、ぎゅっとチャールズの腕にすがる。
 マリアンヌとチャールズはギュンターの提案が性急に過ぎると気づいて、それをカテリナが拒んでいることも気づいた。こういった場を取り仕切る立場から、すぐにそれぞれの役目を果たす。
「殿下、少しお時間をいただけませんか」
 遠回しに御前から去ることを提案したチャールズに、マリアンヌはそれでいいというようにうなずいた。
「ええ、ゆるりとお過ごしになって。……お嬢さん、あなたは祝福されているということを忘れないで」
 マリアンヌはチャールズに告げた後カテリナにも声をかけて、カテリナがチャールズと共に歩き去るままに任せた。
 カテリナはチャールズに手を引かれて離れる間、ギュンターが何か言いかけてこらえている気配を感じていた。カテリナはそれに振り向くのが怖くて、泣かないでいるのが精一杯でいるような顔をしていた。
 植木の陰になってギュンターの視線から出たのを確かめると、チャールズは心配そうに言った。
「申し訳ございませんでした、お嬢様。私のわがままでこのような場にお連れして」
 カテリナは元々話すのを得意にしているわけではないが、今の彼女は明らかに緊張していて楽しく談笑できる様子ではなかった。チャールズはカテリナの顔色が優れないのを見て取って、気づかわしげに顔をのぞきこむ。
「それにもっと早くおたずねするべきでした。そのご様子では、国王陛下にお仕えするのはつらかったでしょう」
「ち、違うよ」
 カテリナは顔を上げて、チャールズに言葉を返す。
「陛下は立派な方だよ。尊敬してるんだ」
「お嬢様は同じようなお顔で、前の上司の方も庇っていらっしゃいましたね」
 チャールズは眉を寄せてカテリナをみつめると、よろしいですか、と前置きして告げた。
「チャールズにとってはお嬢様だけがたった一人の姫君です。相手が国王陛下であってもマリアンヌ殿下であっても、お嬢様が快しとしないのであれば、先ほどのように私の手を握ってくださればよいのです」
 カテリナが生まれたときからそこにいて彼女をあやしていたチャールズは、執事というより母親代わりだった。ある種の女性的な勘で誰よりも早くカテリナのことを見抜く彼には、隠し事らしいことができたためしがない。
 カテリナは口をへの字にして、そうじゃないよ、と子どもが言い訳するように言った。
「陛下にお仕えするのは楽しいよ。ちょっとだけ、苦手なだけだよ」
 幸いなことにカテリナは嘘をついたわけではなかった。だからなのか、チャールズは一息ついて目から鋭さを消してくれた。
 チャールズはカテリナの手を取って歩きながら、星に話しかけるように言う。
「仕方のないことなのですよ。私もリリー様に初めてお会いしたときは、精霊が降りていらしたと思いましたから」
「お母さんはきれいな人だったものね」
 チャールズはうなずいたが、少し苦い口調で答えた。
「それは誰もが思ったことでしょう。けれど私がリリー様を仰ぎ見たのは、精霊に対するように特別な思いからでした」
 届かないところにある星を愛おしむように見上げる目で、チャールズはカテリナを見やる。
「「最初のダンスを踊った人とは結ばれない」と言われますね」
 カテリナは侍女たちが話していたことを思い出していた。母が初めてサロンを訪れてダンスを踊った相手は、同じ日に初めてサロンにデビューした貴公子のチャールズだったと。
 侍女たちが一緒に教えてくれたヴァイスラントの古い言い伝えは、少し残酷だと思う。カテリナのそういう思いが目に現れたのか、チャールズは優しく笑った。
「でも私はそれでよかったと思っています。精霊のように可愛らしい子がお生まれになって、育っていくのを今もみつめていられる」
 ふいにチャールズはカテリナの前で一礼すると、いたずらっぽく手を差し伸べる。
「お嬢様、最愛の人とダンスを踊るなんて、私から見たらまだまだ早いですよ。……まずは私と一曲、いかが?」
 カテリナは強張っていた心がその言葉で解けていって、いつものように屈託なく笑った。
「よろこんで」
 手を取り合ったカテリナたちをまもなくワルツの調べが包んで、最初のダンスは始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

転落令嬢と辺境公爵の開墾スローライフ~愛と勇気と知恵で、不毛の地に楽園を築きます!

紅葉山参
恋愛
ミッドガル帝国で最も華麗と称されたわたくし、伯爵令嬢ミーシア。そして、私の夫となる公爵ラッシュ様は、類稀なる美貌と才覚を持つ帝国の至宝でした。誰もが羨む、才色兼備の私たち二人。その輝きは、いつしか反国王派閥の憎悪の的となってしまったの。 悪辣なマカリスタとモンローの陰謀により、私たちは帝国の果て、何もない不毛の地に追いやられてしまいました。 ですが、愛するあなたと一緒ならば、どんな困難も乗り越えられます。 公爵であるラッシュ様と、わたくしミーシアは、全てを失ったこの辺境の地で、愛と勇気、そしてこれまでの知識を活かし、ゼロから生活を立て直します。 これは、二人のワンダフルライフ! 貧しい土地を豊かな楽園へと変えていく、開拓と愛情に満ちた物語です。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

処理中です...