若頭と小鳥

真木

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24 若頭と小鳥の変化の一歩

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 真昼のオフィス街にある展望ルームで、朔は一週間ぶりに呉葉と会った。
「そうでしたか……。穏やかには暮らしていらっしゃるようですが、子ども還りは進んでいるんですね」
 朔が母の近況を呉葉に伝えると、呉葉は苦い表情でうなずいた。
 朔も目をかげらせて、手元のカップを見下ろしながらつぶやく。
「一緒にお菓子を食べて、折り紙をしたよ。母さんは途中で不安定になって、あまり長くはいられなかったけど」
「不安定? その前に何かありましたか?」
「確か……僕が「兄さん」と口にしたときかな」
 朔がそう言うと、呉葉は少し引っかかったようで眉を寄せた。
「そういえば父さんに叱られたことがあります。「ひなこの前で兄の話をするな」と」
「母さんは兄妹仲が悪かったの?」
「兄がいるとは聞いていませんが、実家とは絶縁状態でしょうね。何せ実家の借金の身の代として、父さんに差し出されたんですから」
「そっか……」
 朔も義父の家に来たときは幼すぎて、元いた家のことは覚えていない。自分が母の代わりに何かしてあげたくても、朔でさえ、今となっては母の実家とほとんど関わりがない。
 呉葉はしょんぼりとした朔を見て、やっと微笑んで言った。
「とにかく、近況を聞かせてくれてありがとう。……さ、安心して食べてください。子どもの頃から、朔の食の好みまで知ってる店ですから」
「うん……いただくね」
 朔は小さく息をついて、手元のキッシュにナイフを入れた。
 ここは会員制のラウンジで完全個室だから、朔たちの会話を聞きとがめる者はいない。ウェイターも軽食を給仕したきり、呉葉たちが呼ぶまでは来ない。
 二人の席からは一面のガラス張りの展望が臨めて、天気もよく、穏やかな昼下がりの中にビル街が広がる。
 ふいに朔は手を止めて、ぽつりと言葉をこぼしていた。
「……僕は兄さんたちに守られたままでいいのかな」
 たぶん自分はずっと、いろんなことを知らないままでいた。義兄を始めとした周りがそうして朔を守ってくれていて、弱く頼りない体と心でも生きてきた。
 呉葉は眉を上げて朔を見た。そこには咎めるような感情はないが、気がかりがにじんでいた。
「どうかしました?」
 朔はナイフとフォークを置いて、さっと顔を上げる。
「くれは、僕を事務所で使ってくれないかな?」
 呉葉は驚いたようで、ごくんと息を呑んで言う。
「さ、朔。何を言うんです。僕の事務所は裏の顔もある。やくざだって出入りするんです。兄さんが、許すわけないでしょう?」
「実はそれで、今朝兄さんと喧嘩したんだ。確かに許してくれなかった。でも」
 朔は呉葉をまっすぐ見ながら、一生懸命に言葉を続ける。
「だめだったら……お義母さんに頼んでみるって言った。お義母さんの仕事には、兄さんも手が出せないから。ただ……危険な仕事も、あるだろうけど」
「当たり前です! 言いたくはありませんが、あなたは愛人の子どもなんですよ。母さんがそれを期に、どんな仕打ちをしてくるかわかったものじゃない!」
 呉葉は彼らしくもなく声を荒らげて、朔の肩をつかむ。
「朔、どうしたんです? 今の生活が窮屈になりましたか? 兄さんに、僕から話しましょうか」
「ううん……兄さんのことは、前よりもっと大事。気持ちの変化が、あって……」
 朔は言いながらかぁっと顔を赤くして、とっさに顔を擦る。
「……とにかく、僕はできることをみつけたいんだ。お給料は要らない。下働きとおんなじでいいんだ。くれはじゃないと、頼めないから。……お願い」
 朔は呉葉に向かって頭を下げる。呉葉が慌てる気配がした。
「あなたを危険にさらすことはできません! 朔、大学に通っているのだって、子どもの頃のあなたに比べたら大きな成長なんです。それを積み重ねていけばいいでしょう?」
「だめだよ。僕が卒業したら……兄さんは今度こそ僕を屋敷に囲って、籠の小鳥にしちゃうと、思うから」
 朔は義兄に大切にされているからこそわかることがある。義兄は朔が危険なことは、何一つとして認めない。
 けれどそれでは、朔は義兄を守れない。……義兄と体を重ねたとき、決めた。何もできない自分のままではいないのだと。
「兄さんの世界に、僕も行く。……だって兄さんは、僕のすべてなんだもの」
 朔が顔を上げてはっきりと言葉にすると、呉葉は困り果てた表情で黙った。
 窓越しの眼下の世界は箱庭のように綺麗で、静かだ。だけど一歩外に出れば、そこは本来雑多な世界なのだろう。朔はそこに踏み込もうと思っている。
 呉葉はため息をついて、明らかに喜ばないことを語る口調で問いかけた。
「僕が断ったら……本当に、母さんに頼むつもりなのですか」
「うん」
「……わかりました」
 呉葉の了承に、朔は顔を輝かせる。ただ呉葉はすぐに朔の前に指を立てて言った。
「あなたが同業者に会うのは極力避けるよう計らいます。何か危険を感じたらすぐに僕に伝えること。……それから」
 呉葉は複雑そうな表情で朔を見て言った。
「母さんはあなたと兄さんの関係をよく思っていない。……結ばれたのは、決して母さんに勘付かれないようにしなさい」
「……あ」
 朔は呉葉に気づかれてしまったその恥ずかしさに赤面しながら、こくんとうなずいたのだった。
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