女盗賊してたらある日偽装結婚の片棒を担ぐことになりました

笹村

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Ⅱ 出会い《さいかい》 その②

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 とにかく、いま俺は生きていて、どことも知れない場所に居る事だけは確実だ。
 夢だとか、死ぬ前の幻覚だとか、そんな物じゃない。

 何故こんな場所に居るのかは、この際無視する。
 そんな物より大事な事は、仲間やあの子達の元へ、このまま帰れるかどうかという事だけ。

 自身の体の調子を確認する。

 どういう訳か、体中に鈍い痛みが滲むように広がっている。
 満遍なく、体の中が傷付いている感じだ。
 それとは別に、右の足首にズキズキとした痛みが食い込んでいる。
 これはきっと、屋根を走っていて挫いた時の傷に違いない。

 なら、体中に広がる鈍い痛みは?

 まさか、屋根から落ちて地面に叩きつけられた時の傷の痛みだってのか?
 あり得ない。痛いで済むような高さじゃなかった。死んでないと可怪しい。
 それなのに、俺は今、生きている……。

 ――止めだ。分かりようの無いことを気に掛けても、意味がない。
 それよりも、今はここから逃げ出すことだけが重要だ。

 まずは、動くことが出来るのか? 出来るだろう。
 けれど、万全とは言い難い。
 体中に広がる痛みも拙いが、足首の痛みはもっとヤバい。
 無理をして走り続ければ、足首が壊れてしまうのが簡単に予想できるぐらいの痛みだ。

 無理だ、逃げられない。これだけ痛みの走る身体じゃぁ、仮にこの部屋を逃げ出せたとしても、警護団の奴らに捕まっちまう。
 特に、いま着てるような、ひらひらした服だと話にならない。
 くそっ、何でこんな物、俺は着て……――

 ――ひらひらした、服?

 一気に、血の気が引く。

 今の今まで自分が着ている物を意識できなかった自分の間抜けさを呪いながら、嫌悪感に寒気が走る。
 目覚めたばかりの惚やけた頭だったからって、なんて間抜け。

 俺は、こんな服は着ていなかった。
 身に着けていたのは、走り易く目立たない、シンプルで暗い色の服装だった。
 それなのに、いま俺が身に着けている物と言ったら、腕周りや胸元に装飾がされた、桜の花びらを思わせる色合いで染め上げられた薄手の生地で作られた服。

 意識の無かった俺がこんな物を着ているという事は、それはつまり、誰かが着せ替えたという事……元々着ていた服を剥ぎ取って――

 ヤバい、泣きそうだ……何か、されたんだろうか、意識を失っている間に……下着は、元々身に着けていた物みたいだけど、そんな物は気休めにしかならない――

 嫌悪感が肌を這い回り、不安と恐怖が心臓に食い込んでくる。
 パニックを、起こしそうになる。けれど、

「最悪の時ほど図々しく。
 いいかい、ソフィア。最悪でも、人は進まなくちゃいけないんだ。
 逢いたい人たち、帰りたい場所に戻る為にはね。
 だから、何でも良いんだ。
 何でも良いから、自分にとって都合の良い事を探し出すんだ。
 例えそれが、他人から見れば最低でも、自分にとって役に立つ事なら、自覚しなくちゃいけない。
 それが、最悪と戦うコツなんだよ、ソフィア」

 大事な人から貰った、大切な言葉が、俺を繋ぎ止めてくれる。

 ゆっくりと、息を吐く。
 嫌な想いは吐き出して、前を向いていかなきゃいけない。

 仲間やあの子達の居る、帰りたいと想える場所に戻る為に。

 とにかく何でもいい、自分にとって都合の良い点を探し出す。

 ……まずは、死んではいない事、これは基本だ。
 そして次は……身体を弄られたかもしれないって事だ……それは、分からない。
 意識が無かった俺には、どうだったのかなんて分からない。

 でも、着替えさせられた事に気付かないような状況だったんだ、何をされていたってオカシイとは思えない……もし、そうなら、これは一つのチャンスだ。

 俺は本当なら、死んでいた筈だ。
 屋根から転げ落ち、よしんば助かっていたとしても、警護団に見つかっていた筈だからだ。
 それなのに、俺は生きて、こんな金の掛った部屋で寝かされている。
 それはつまり――

 誰かが、俺を助けて隠してるって事だ。

 問題は、それがどうしてかって事だ。もしそれが、俺を『女』として使おうとする為だったとしたら……それは、突け入る隙になる。

『女』として使うつもりなら、とりあえず当面は殺される事も、警護団へ突き出される事もない筈だ。『女』としての俺に、飽きるまでは。

 ……思わず、引きつった笑みが浮かぶ。
 これは、喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。
 女として生まれてきた事に嫌悪感を抱いた事は何度も有ったけど、今回はとびきりだ。

 何で、俺は女なんかに生まれてきたんだろう。
 子供の頃から、ずっとそう思ってた。
 男だったなら、もっと色々な事が出来たかもしれないのにって。

 けれど、月のモノが来て、望んでもいないのに女としての丸みと豊かさが出てくる頃には、そういう物なんだって、諦めた。
 力ではジェイクやアッシュには敵わない。
 だから、せめて速さだけは誰よりも速くなって、皆の役に立てるようにって頑張ったのに……――

 ダメだ、完全に嫌な方向に意識が流れている。こんなんじゃダメだ。

 どれほど嫌で嫌で堪らない事でも、今はそれを自分にとっての武器にしなくちゃいけない。

 自分の中の『女』を武器にする。
 母親が、そうしたように。

 ぞわりと、最後に見た母親の姿が浮かび上がる。

 心と身体を食い潰されて、挙句の果てに病気で死んでいったあの人……別れる最後の最後で、俺の事を気に掛けてくれたあの人……あんな風に、されるんだろうか、俺も……嫌だ、そんなのは嫌だ、それなら、死んだ方がマシだ……けれど――

「やだ……よぅ……」

 そう、嫌だ、嫌なんだ。
 ジェイクに、仲間達に、そしてあの子達に逢えなくなるなんて嫌だ。
 死んでしまえば、誰にも逢えなくなる。そんなのは、絶対に嫌だ。

 嫌悪を、家族への想いで押し潰す。
 生き延びて家族に逢う為なら、なんだってしてやる。
 たとえ、自分の中の『女』を誰かに食わせる事になったとしても。

 決心してしまえば、後は開き直るだけ。
 もう、覚悟は決めた。どんな相手だろうと、上手くやるしかない。

 ……とは、思うけど……病気とか持ってる奴だったら、命取りだ……それ以前に、その……子供、だって……出来るかもしれないし……そもそも、相手は一人なのか……何人も居たりとか……気持ち、悪くなってきた……想像しただけでこれなんだ……ちゃんと、上手くやれるのか、俺に……。

 ……そもそも、何で俺なんだよ。そんなに、好い女か、俺は。

 胸は……そりゃ、それなりにはあるけど、色気とか、可愛さとか、全く無いぞ。
 唯一気に入ってた艶のある長い黒髪は、この前の冬に風邪をひいた子の為に売っちゃったから、今では男の中に俺より長い奴が居るくらいだ。
 化粧とかもした事ないし、走り回ってばっかだったから、筋肉も付いちゃってるし……何が好くて俺なんかを……――

 ――って、ちょっと待て……よく考えたら、別に俺を『女』として使うため以外の理由で俺を助けたって事だって有り得るよな……でも、そっちの方が余計に可怪しいぞ。何で、俺を助けるんだよ。

 ……ひょっとして、助けた訳じゃない?
 助けるため以外の目的だとしたら……一体、どんな理由がある?
 まさか、アジトに居る仲間達の事を聞き出す気だとか……――

 無理がある。
 それならこんな風に、馬鹿みたいに丁寧に俺を扱う理由なんて無い。
 それこそ、拷問でも何でもすればいいんだ。

 だから、そういうのとは、絶対に違う。

 俺を丁寧に扱っているって事は、少なくとも俺に対して何か価値を見つけてるって事だ……見ず知らずの赤の他人にとっての俺の価値といったら、『女』であること以外思いつけない……一体、何が目的で俺はこんな所に置かれてたんだ……――

 ダメだ、思いつけない。
 見ず知らずの赤の他人、それも盗賊を助ける理由がどうしても思い付かない。

 ……どうしようもない、お人好しだったとか?

 ありえない。そんな物はありえない。
 そんな物を期待してどうする、俺。
 もっと、現実的に考えろ。

 ……って、現実的に考えると、俺を『女』として使おうとして助けたって事ぐらいしか思いつけない……ちくしょう、こんな時アッシュなら考え付いてくれるのに……ダメだ、いま頼る事の出来ない兄貴分に縋ってどうする……自分で考えて、行動するしか無いんだ。

 今度こそ、決心する。理由なんてどうでも良い。
 いま俺は助けられ、この部屋にいる。
 なら後は、どうやって家族の元へ帰るかって事だけ。

 その為に自分の中の『女』を食わせてやらなきゃいけないのなら、幾らでも食わせてやるし、そうでなくても出来る事は何でもしてやる。

 絶対に生き延びて身体を回復させてから、ここから逃げ出して家族の元へと帰ってやる。
 
 そう、俺が覚悟を決めた時だった。
 僅かな人の気配が、この部屋の扉の向こうから近付いてくる。

 誰かが、この部屋にやってくる。

 恐怖を緊張感に変え、俺は扉へと顔を向けた。すると、

 ――カチャリ

 ドアノブが回される音と共に、一人の男が入ってきた。
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