女盗賊してたらある日偽装結婚の片棒を担ぐことになりました

笹村

文字の大きさ
11 / 17

Ⅳ ライバルはお姫さま その①

しおりを挟む
「高さは三階ってところか……」

 ウィルのヤツに部屋に閉じ込められた俺は、窓の一つを開け周囲を見渡し見当を付けた。

 いま俺が居る部屋は、広々とした庭に面している。
 手入れはお世辞にも良いとは言えないけど、元々は立派な場所だったんだと思う。

 その庭の一角には一台の馬車が。
 何人もが乗る乗合馬車バスワゴンじゃなくて、金のある個人が乗る高級馬車キャリッジだ。

 幸い、御者は見る限りどこにも居ない。
 広々とした庭のお蔭で近所の建物は離れてるし、これなら窓から出る所を見られても、すぐにウィルのヤツにバレることは無いだろう。

「足場になる張りがあったのは助かったな」

 外壁に視線を向け、俺は考えをまとめるために呟く。
 窓枠より体半分ぐらい下の辺りに、辛うじて人一人が渡れる張りが建物の端から端まで伸びている。
 飾りなのか、あるいは外壁の補修や塗り替えに使う場所なのかは分からないけど、巧く使えば隣の部屋に渡ることが出来そうだ。

 最悪、部屋のカーテンを綱にして下に降りる事も考えてたから、条件としては悪くない。
 いつも仲間と一緒に盗みに入る時に比べれば、楽勝楽勝。

 とはいえ心配なのは、痛めた足首。
 痛みに気を取られ地面に真っ逆さま、なんてのは笑えない。

「でもま、どうにかなんだろ」

 わざと気楽に声を上げ、自分で自分を元気づける。
 こういう時は、身体を強張らせてたらどうにもならない。無理やりにでも、力を抜いた方が巧くいくんだ。

「待ってろよ、ウィル」

 置いてけると思ったら、大間違いなんだからな。

 ひょいっと窓を乗り越え、壁の張りに足を乗せる。
 そのまま、すとんっ、と落ちる事も覚悟して窓枠に手を掛けていたけれど、その必要は無かった。
 足場として、しっかりしてる。これなら安心だ。
 むしろ心許こころもとないのは――

「なんなんだよ、このひらひらした服」

 そんなに風が吹いてる訳でもないのに、ひらひらしてるせいでちょっとした事ではためきやがる。
 いつもの男物の服ならこんな事ないのに、なんかすっげー頼りない気持ちになる。

(誰かにこんな所見られたら……)

 そう思った瞬間、浮かんだのはウィルの顔。

(ちょっと待てーっ! なんでアイツの顔が浮かぶんだよ!)

 なんだか物凄く恥ずかしい気持ちになる。

「うぅ~、全部ウィルのせいだ。人のこと閉じ込めやがるから。
 待ってろよ。思い通りにならないって思い知らせてやるからな」

 自分でも八つ当たり気味だとは分かってるけど、そうでも思わないと恥ずかしさが止まってくれそうにない。
 恥ずかしさを振り切るような勢いで、俺はさっさと隣の部屋の窓まで向かう。

「……不用心だな。鍵ぐらいちゃんと掛けとけよ」

 何の抵抗も無く開いた窓に、思わず俺は呆れて声を上げる。
 どうしようもなければ窓を割ることも考えてたから、これはこれで運が良いって言えるのかもしれないけど、ウィルの不用心さに少し腹が立つ。

「……ま、盗賊が言って良いことじゃないけどさ」

 自分のことをかえりみて、少し気持ちがへこむけど、それはそれで投げ捨てて、窓から隣の部屋に入る。

「随分と、殺風景な部屋だな」

 その部屋は、机と寝台ベットしかない部屋だった。それ以外には何も無い。
 でも、掃除は良く行き届いてる。そのくせ、机の上は散らばってた。

 生活感はあるけれど、物寂しい部屋。

 俺がこの部屋に来て感じたのは、それだった。

「まさか、ウィルの部屋……って訳は無いよな」

 それを思いついた途端、居心地が悪くなる。妙な後ろめたさを感じたからだ。

「花の一つでも、置けば良いのに……」

 ぽつりと、自然に言葉がこぼれる。
 想いが意識に浮かぶより早く、溢れたみたいに。

「なに言ってんだか、俺……今はそれどころじゃねぇだろ」

 気持ちを切り替える。
 今は、やるべき事に意識を向けるべきだ。

 俺は部屋の扉を見つけ、廊下に出る。
 周囲に視線を向ければ、廊下の左右に扉があり、幾つもの部屋があるのが見えた。

「……どの部屋だ?」

 ウィルは婚約者と話をする為に出て行ったんだろうから、声の聞こえてくる部屋だろうと音を探るが、少なくとも近くからは誰の声も聞こえない。
 とはいえ念のため、一つ一つ扉を開け確認していく。その全てに、人の気配が無かった。
 どの部屋もどの部屋も、捨てられた部屋だった。
 かつては誰かが使っていたのかもしれないけど、その残り香すら感じられない。

「なんだよこれ……」

 部屋を巡れば巡るほど、ぞわりと嫌な予感が湧いて出る。

「これだけ広い所なのに……ウィルとアーシェしか、住んでないってことは無いよな……」

 不吉な想いを振り払いたくて口にしたのに、全然消えてくれない。
 捨てられた部屋を巡れば巡るほど、それは事実なんだって気付かされた。
 部屋を確かめる速さが上がる。あまりにも静かすぎて、息が苦しい。
 でも、どこにも誰も居なかった。

「下の階か……」

 全ての部屋を調べ、上へと続く階段も無いことを確かめて、俺は2階へと降りる。
 同じように部屋を巡っていき――

「居た!」

 かすかに聞こえたウィルの声に足を速め、その部屋の前に。
 自分を落ち着かせるために、息一つをついて扉を空ける。
 その先に居たのは、お姫さまだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

ぱんだ
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした

三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。 書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。 ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。 屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』 ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく―― ※他サイトにも掲載 ※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...