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第1章 牛肉勝負
1 料理勝負の依頼を受けました
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それは魔王を倒すため、異世界に転生召喚されてから、十年目の事だった。
「料理勝負?」
品の良い執務室で、料理人な大口五郎は聞き返す。
「また酔狂な。なんで、そんなことになったんだ?」
訊き返す相手は、影凪陽色。20代前半の人の好さそうな青年に見える彼も、五郎と同じ異世界転生者だ。
「頼むよ。先方がどうしても、って頼んできてさ」
返す言葉の響きは軽い。親しい仲の気楽さが滲み出している。
「先方って、どこだよ?」
僅かに眉を寄せ、五郎は訊き返す。料理の邪魔なので坊主頭に、ガタイの良い体つきに目付きの悪さも相まった五郎だと、かなりというか結構ガラが悪く見える。
もっとも、陽色は慣れたものなので、気楽な声で続けた。
「商人で、ガストロフって人、知ってる?」
「食道楽ガストロフだろ? 知ってるよ。ゲテモノから希少な美食まで、食べられる物なら何でも食べる。その為なら、金は惜しまないってな」
「うん。そのガストロフさん。その人に頼まれたんだ」
「なんで、そんなことになったんだ?」
「今度、蒸気機関車を造ることになったのは知ってるでしょ?」
「おう。出雲と八雲の工房で、魔術師の協力も得て造ることになったヤツだよな」
「そうそう、それそれ。で、その一環で、貴族や豪商相手の豪華列車を造ることにしたんだけど、その中に食堂車も入れることにしたんだ」
「へぇ、それはちょっと興味が湧くな」
楽しげな笑みを浮かべる五郎に、陽色は嬉しそうな笑みを浮かべながら返す。
「面白そうでしょ? ガストロフさんも、そう思ったみたいでさ。どうせなら料理勝負をして、そこで出す料理を決めよう、ってことになったんだよ」
「なるほどね。にしても外部の資本、よく入れる気になったな。下手すると、食い散らされねぇか?」
「旨味を独り占めして、妬みを買うよりよほど良いよ。それに、そういった伝手を確保しとけば、こっちで造る蒸気機関車を巧く捌いてくれるしね」
「あ~ つまりあれか、販売ルートを作るためにも、接待したいと」
「ま、そんなところ」
「ふ~ん。でもよ、そんなことしなくても、蒸気機関車を造れるのは、今の所ウチだけだろ。技術的に無理じゃねぇか?」
五郎たちが転生召喚された世界は、ヨーロッパの中世から近世に手を掛けているくらいの水準だ。
なので、五郎の言うことも間違いではなかったが、
「そういう訳にはいかないよ。確かにすぐ造れはしないだろうけど、一流どころの職人が実物を見たら、大雑把には分かっちゃうだろうし。それに魔術も、こっちの世界だとあるから、余計に真似されて造られ易いよ」
「それでもなぁ、ウチで造るのが一番出来が良いんだから、わざわざ他所で造るか?」
「造るよ。絶対に」
陽色は断言する。
「蒸気機関車は、流通から何から革命を起こす代物だもの。それをよそ者の異世界転生者なんてのに独占されて、良い気分にはならないよ。こっちの世界の人達も」
「ん……確かに、言われてみりゃ、そうか」
「でしょう? だからそれを和らげて貰う為にも、コネのある豪商の人達との伝手は要るんだ。そうでないと、質の悪いのを造られて、燃料にジャンジャカ森を潰したり自然破壊をされたら目も当てられないもの」
「嫌な意味で、歴史に名を残しちまうな、俺ら」
「そういうこと。俺達が元居た世界の技術や考えは、有効だけど猛毒にもなりかねないんだから」
「民主主義広めようとして革命起きて処刑祭り、とか起きたらマズいってヤツか」
「そういうこと……って、話がそれたけど、とにかく接待も兼ねて、料理勝負に参加して欲しいんだよ」
「好いけどよ、どんな料理なら作って良いんだ? 下手なの作ったら、さっき言ったみたいに、文化汚染になっちまうだろ」
五郎の心配は、もっともである。
単純に五郎たちが元居た世界の『今までこの世界では見たことも聞いた事も無い料理』を出して驚かせれば良い、という訳ではない。
何しろ料理を作るには食材が要る。それを用意できるかどうかも問題だが、一番の問題はウケ過ぎてしまった場合だ。
当然、皆が食べたがるようになるが、それを確保するために食材を大量に作らなければならない。
そうなれば必要になるのは土地と人。簡単に、奴隷の酷使や土地の奪い合いが起ってしまう。
大げさとは言えない。五郎たちの元居た世界だって、お茶が欲しいから他所の土地を侵略して奴隷を酷使して、挙句に戦争が起きた。
なんてことは普通に有ったのだ。こっちの世界だけが、特別とは限らない。
けれど陽色は、安心させるような柔らかな笑顔を浮かべ言い切った。
「大丈夫。五郎は好きなだけ、作りたい料理を作ってくれれば良いから。それで何か起きても、どうにか出来るだけの準備は、みんなで整えてるから」
「ふ~ん。良いんだな? やりたいだけやって」
「もちろん。やっちゃってよ。その為に、みんなが費やした十年なんだから」
「そっか。好いな、それ」
五郎は楽しげな笑みを浮かべ、
「分かった、任せろ。美味いもん、作ってやるよ」
力強く頷き、料理勝負を引き受けた。
「料理勝負?」
品の良い執務室で、料理人な大口五郎は聞き返す。
「また酔狂な。なんで、そんなことになったんだ?」
訊き返す相手は、影凪陽色。20代前半の人の好さそうな青年に見える彼も、五郎と同じ異世界転生者だ。
「頼むよ。先方がどうしても、って頼んできてさ」
返す言葉の響きは軽い。親しい仲の気楽さが滲み出している。
「先方って、どこだよ?」
僅かに眉を寄せ、五郎は訊き返す。料理の邪魔なので坊主頭に、ガタイの良い体つきに目付きの悪さも相まった五郎だと、かなりというか結構ガラが悪く見える。
もっとも、陽色は慣れたものなので、気楽な声で続けた。
「商人で、ガストロフって人、知ってる?」
「食道楽ガストロフだろ? 知ってるよ。ゲテモノから希少な美食まで、食べられる物なら何でも食べる。その為なら、金は惜しまないってな」
「うん。そのガストロフさん。その人に頼まれたんだ」
「なんで、そんなことになったんだ?」
「今度、蒸気機関車を造ることになったのは知ってるでしょ?」
「おう。出雲と八雲の工房で、魔術師の協力も得て造ることになったヤツだよな」
「そうそう、それそれ。で、その一環で、貴族や豪商相手の豪華列車を造ることにしたんだけど、その中に食堂車も入れることにしたんだ」
「へぇ、それはちょっと興味が湧くな」
楽しげな笑みを浮かべる五郎に、陽色は嬉しそうな笑みを浮かべながら返す。
「面白そうでしょ? ガストロフさんも、そう思ったみたいでさ。どうせなら料理勝負をして、そこで出す料理を決めよう、ってことになったんだよ」
「なるほどね。にしても外部の資本、よく入れる気になったな。下手すると、食い散らされねぇか?」
「旨味を独り占めして、妬みを買うよりよほど良いよ。それに、そういった伝手を確保しとけば、こっちで造る蒸気機関車を巧く捌いてくれるしね」
「あ~ つまりあれか、販売ルートを作るためにも、接待したいと」
「ま、そんなところ」
「ふ~ん。でもよ、そんなことしなくても、蒸気機関車を造れるのは、今の所ウチだけだろ。技術的に無理じゃねぇか?」
五郎たちが転生召喚された世界は、ヨーロッパの中世から近世に手を掛けているくらいの水準だ。
なので、五郎の言うことも間違いではなかったが、
「そういう訳にはいかないよ。確かにすぐ造れはしないだろうけど、一流どころの職人が実物を見たら、大雑把には分かっちゃうだろうし。それに魔術も、こっちの世界だとあるから、余計に真似されて造られ易いよ」
「それでもなぁ、ウチで造るのが一番出来が良いんだから、わざわざ他所で造るか?」
「造るよ。絶対に」
陽色は断言する。
「蒸気機関車は、流通から何から革命を起こす代物だもの。それをよそ者の異世界転生者なんてのに独占されて、良い気分にはならないよ。こっちの世界の人達も」
「ん……確かに、言われてみりゃ、そうか」
「でしょう? だからそれを和らげて貰う為にも、コネのある豪商の人達との伝手は要るんだ。そうでないと、質の悪いのを造られて、燃料にジャンジャカ森を潰したり自然破壊をされたら目も当てられないもの」
「嫌な意味で、歴史に名を残しちまうな、俺ら」
「そういうこと。俺達が元居た世界の技術や考えは、有効だけど猛毒にもなりかねないんだから」
「民主主義広めようとして革命起きて処刑祭り、とか起きたらマズいってヤツか」
「そういうこと……って、話がそれたけど、とにかく接待も兼ねて、料理勝負に参加して欲しいんだよ」
「好いけどよ、どんな料理なら作って良いんだ? 下手なの作ったら、さっき言ったみたいに、文化汚染になっちまうだろ」
五郎の心配は、もっともである。
単純に五郎たちが元居た世界の『今までこの世界では見たことも聞いた事も無い料理』を出して驚かせれば良い、という訳ではない。
何しろ料理を作るには食材が要る。それを用意できるかどうかも問題だが、一番の問題はウケ過ぎてしまった場合だ。
当然、皆が食べたがるようになるが、それを確保するために食材を大量に作らなければならない。
そうなれば必要になるのは土地と人。簡単に、奴隷の酷使や土地の奪い合いが起ってしまう。
大げさとは言えない。五郎たちの元居た世界だって、お茶が欲しいから他所の土地を侵略して奴隷を酷使して、挙句に戦争が起きた。
なんてことは普通に有ったのだ。こっちの世界だけが、特別とは限らない。
けれど陽色は、安心させるような柔らかな笑顔を浮かべ言い切った。
「大丈夫。五郎は好きなだけ、作りたい料理を作ってくれれば良いから。それで何か起きても、どうにか出来るだけの準備は、みんなで整えてるから」
「ふ~ん。良いんだな? やりたいだけやって」
「もちろん。やっちゃってよ。その為に、みんなが費やした十年なんだから」
「そっか。好いな、それ」
五郎は楽しげな笑みを浮かべ、
「分かった、任せろ。美味いもん、作ってやるよ」
力強く頷き、料理勝負を引き受けた。
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