異世界にて料理勝負をする事になりました

笹村

文字の大きさ
6 / 28
第1章 牛肉勝負

4 第一の料理勝負 食材 牛肉 その③ 焼肉試食会

しおりを挟む
 炭火で熱せられた金網に、一口サイズの焼き肉を乗せていく。
 じゅうっ、という音だけでも食欲が湧いて来るが、肉の焼ける香ばしい匂いが更に期待を盛り上げる。

 焼いていく内に、じゅわりと肉汁が溢れ出て。
 それを裏返して焼けば、じゅうじゅう音が響き、煙が立ち昇る。

「美味そうですな。そろそろ、いけますかな?」
「どうだろな? 最初で味も分からないし、もうちょっと、焼いとこう」

 鍋奉行ならぬ焼肉奉行の如く、肉の焼け具合を見ていた五郎だが、

「よし、そろそろだな。俺は、最初は何も付けずに食べるけど、タレとか塩が要るんなら、用意させて貰うぜ」

 焼けた傍からひょいひょいと、皆の手にする小皿に焼き立てを乗せていく。
 湯気を立て、香ばしい匂いを漂わせる焼肉に、喉が鳴る。

「あっ、私はタレで食べてみたいです!」

 元気よく声を上げたのは、カリーナの助手のレティシアだ。
 カリーナが、かわいらしくも凛々しい少女なら、レティシアは元気一杯に活力の漲った少女である。
 
「甘めと辛めがあるけど、どっちが良い?」
「甘いので!」

 笑顔を浮かべ、レティシアは小皿を差し出す。そこにとろみのあるタレを、そっと注いで。
 指先でレティシアは、ちょっと舐め取ると、

「うわっ! これだけでも美味しい! 甘いけどクドくなくて、サッパリしててすっきりしてる! それなのに味はしっかりしてて、う~、なにこれなにこれ! 美味しいーっ!」

 タレを味見しただけで、大喜びなレティシア。それが五郎には料理人として嬉しいのか、楽しげな笑みを浮かべている。
 そこに、興味深げに見ていたカリーナが、レティシアの小皿に注がれたタレを指先で取って味見する。

「美味しい……野菜もだけど、果物の甘味がする」
「おっ、良い舌してるな。材料は、野菜が6で果物が4ぐらいの割合で、最初に調味料と一緒に漬け込むんだ。それを煮込んで濾して、そこに酒や調味料に香辛料を加えて、更に煮込んで調整したもんだ」
「砂糖は使わなかったんですか?」
「試してみたんだけど、どうしても味わいが単調になっちまってな。クドさも出るし。はちみつとかも試したけど、結局はそのやり方に落ち着いた」
「手間が掛かるでしょう、それだと」
「ありがたいことに、時間も手間も金も、少しぐらいかけても大丈夫なんでな。贅沢させて貰ってるよ」

 苦労を楽しげに語る五郎を、カリーナはじっと見詰めている。それに気付いたレティシアは、

「ねねっ! それより、もう食べようよ~。美味しそうなのが目の前にあるのにお預けって、ひどいよ~」

 カリーナが五郎を見詰めていたことを誤魔化すように、焼肉をせがむ。それに五郎は、にっこにこに笑顔を浮かべ頷いた。

「おうっ! 食べようか!」

 五郎の声を皮切りに、皆は焼き肉を食べていく。
 ちなみに肉の部位は、あばら骨の間の肉、カルビだ。
 他の部分は、先に切り取っていった料理人に持って行かれたり、これから使う部分なのでのけている。
 中途半端に形がいびつなまま切られ、放置されていた部分を一口サイズに切って焼肉にしているのだ。

 それを、フォークで突き刺して。タレを付けて、レティシアは一口ぱくりと。
 口の中に入れ、香ばしい肉の香りと共に、脂と旨味の合わさった肉汁が舌に乗る。

 それだけで、美味しさが実感できる。そこから更に噛み締めて、肉の弾力を楽しみながら、カルビ焼肉を味わう。

「おいしい」 

 思わず笑みが浮かぶ。鳥や豚、そして羊とも違う、肉としての濃い旨味。
 そこに、ほんのり甘味がある脂が合わさり、味の奥行きを広げてくれる。

 牛肉の旨味は噛めば噛むほど味わえ、そこに甘目のタレが合わさる事で、更なる旨味を楽しませてくれる。
 肉だけでは単調になりかねない味も、幾つもの素材で作られたタレの旨味が押し上げて、飽きの来ない美味さを感じられた。

「うわ~うわ~、美味しい~。初めて牛肉食べたけど、こんなに美味しかったんだ~。なんだか肉の味が、肉っ! って感じで。お肉を食べてるんだーっ、て感じが凄い~」

 美味しさに頬を緩ませて、レティシアは小皿の上の焼き肉をどんどん食べる。
 ひょいぱくぱくりと、見ていて気持ちの良い食べっぷりだった。

「美味しそうに食べるっすね~」

 レティシアの食べっぷりに、有希も楽しそうに食べていく。

「ん~、美味いっすねぇ。向こうの世界の焼き肉を思い出すっすよ。こっちの世界で今まで食べた牛肉とは、段違いっすね。あ~、ご飯食べたくなるっす」
「……っんく。ご飯って、アルテア地方でよく食べられてる主食ですよね?」

 焼肉を慌てて飲み込んで、レティシアは興味津々に目を輝かせて有希に尋ねる。

「そうっすよ。オレっち達の故郷だと、お米が主食だったっすからね。ここら辺だと、イモが大半で偶に小麦粉、あとはトウモロコシ粉が主食っすよね」

 いま有希たちが居るのは内陸部にある王都であるが、そこでの主食は言った通りの物だ。
 米の栽培されているのは山岳部のアルテア地方であり、海岸部のジェイド地方では、小麦粉とイモの割合が半々ぐらいになる。
 そうした主食となる物は、五郎たちの世界から異世界召喚された物が根付いた物だ。
 もっとも、召喚されたのが百年以上前のようで、五郎たちの元居た世界程の質の高さは無かったりするが。

「私達だと、普段はトウモロコシ粉で作ったクレープで、ご飯食べてるんですよ~。偶に、リナが食材買いすぎちゃってお財布ピンチな時は、そば粉になっちゃうんですけどね」
「レティっ……そういうことは、言わなくても……」

 バツの悪そうに顔を赤らめるカリーナ。そこにレティシアは、

「見栄張っても良いこと無いんだから。うちは貧乏なのは貧乏なのです。だからこの勝負、勝って貰わないと。頑張ってよ、リナ」

 そう言って、焼肉一枚フォークに刺して、カリーナの口元に。
 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、カリーナは素直に食べる。

「美味しい?」
「……うん」

 そんな微笑ましい2人を、笑みを浮かべて見ていた五郎だったが、同時に料理人として味見をしていた。

(美味いことは美味い。あくまでも、この世界の牛肉としては、ってとこだが)

 歯応えに脂の質、そして肉の旨味を見極める。

(歯応えは、やっぱ硬いな。薄く切った焼肉でこれだからな。最初の1口2口ならともかく、食べ続けるのはキツイな)

 肉の味だけを確かめるために、何も付けず数枚纏めて口に放り込む。

(旨味が足りないのは、熟成が足りてないな。それに臭みも結構ある。こっちの世界だと、冷蔵技術がほぼ無いから、しょうがないが)

 魔術師による低温魔法があることはあるが、これも使い所が悪い。継続して適度な低温を保つような魔術など、使い手は限られている。大抵は、一気に凍らせるといった、極端な物しかないのだ。

(あとは……単純に育てる期間が短すぎるんだな。脂の入りが悪い。多分、20箇月かそこらで、育てるの止めてるな)

 牛は、食用としては効率の悪い生き物である。餌を食べさせて肥える率は悪く、生育も遅い。
 しかも20箇月を過ぎると、ほぼ成長は止まる。そこから餌を食べさせても脂身が増えるだけで、肉が増える訳でも質が劇的に変わる訳でもない。
 成長から肥満に変わるので、肉を増やすという点では効率が悪すぎるのだ。
 もっとも、それを利用して、肉に脂肪が入り込む『サシ』の状態に持って行けるのだが、そこまでしてはいない。

(まとめると、美味いことは美味いけど、硬いし臭みもあるし脂の入りも悪い牛肉、ってとこか)

 厳しい評価だが、五郎の元居た世界が基準だと、そういった評価になってしまう。それを踏まえた上で、五郎は悩む。

(どんな料理を作るべきか……食べる相手の好みが分かれば良かったけど、そうじゃねぇからな……)

 悩むからこそ、五郎は先に試食をしてみたのだ。
 一度も食べたことの無い食材を使っていきなり料理勝負をしようと思うほど、五郎は自信家ではない。
 牛肉とはいえ、元の世界の物とは違う可能性だってあったのだ。確かめずには、おれなかった。

 とはいえ、悩んでいたからといって、勝手に料理が出来る訳も無し。
 割り切る所は割り切って、五郎は勝負に挑む。

「こちそうさん! んじゃま、味見もしたし、料理をするとしますかね」

 そう言うと、アルベルトとカリーナに顔を向け呼び掛けた。

「俺はそろそろ料理しようと思うんだけど、そっちはどうするんだ?」
「もちろん、作りますぞ」
「私も、作ります」

 敵意や隔意ではなく、意気込みだけを見せる2人に、五郎は心地好さを感じながら返す。

「好いな、それ。お互い、良いもの作ろうぜ! っと、皿は置いといてくれ。こっちが片付けるから」
「ダメです」

 カリーナはキッパリ言うと、

「御馳走になったのに、後片付けまでさせられません。私も手伝います」

 手際よく片付けを手伝い始める。それはアルベルトも同様で、

「片付けまでが料理ですからな」

 さっさか片付けていく。それに苦笑しながら五郎も加わり、どこか和やかな空気の中、3人は片付けを終らせ、それぞれ料理を作り始めるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...