異世界にて料理勝負をする事になりました

笹村

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第1章 牛肉勝負

4 第一の料理勝負 食材 牛肉 その⑦ カルパッチョ風しゃぶしゃぶ

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「そろそろ良いかな」

 大鍋で出汁を取っていた五郎は、かまどから外しテーブルに持って行く。
 ふんわりと、海藻と野菜で取った、ほんのりと甘い匂いが立ち昇って来る。

「よし。好い感じに出来たみたいだな」

 味見をするまでもなく、香りで五郎は判断するが、念のためスプーンで1掬い味を見る。
 さらりとした野菜のすっきりとした甘味と、海藻から取ったほんのりと塩気のある旨味がほど良く味わえた。
 これだけでも、少し具材を足せば、立派なお吸い物になりそうな味わいだ。

 けれど今回の料理は牛肉料理。主役を際立たせるために、更に手間をかけていく。

 鍋から野菜を全て取り出す。あとに残るのは、透明感のある出汁。
 それを一先ず置いておき、今度は小さな鍋を使う。

 焼酎をとぷとぷ入れて、かまどの火にかける。揺らめきながら温まっていくのを慎重に見守っていった。
 アルコールを飛ばすために温めてはいるが、火が強すぎて香りまで飛んでしまっては勿体ない。

 ギリギリの火加減を見極め、ちょうど良い所で火から離し、出汁の入った大鍋の元に。
 大鍋から出汁をお玉で取ると、アルコールを飛ばした焼酎の入った小鍋に注いでいく。
 混ざり合い、更に美味しそうな香りがふんわりと漂う。

「それだけでも美味しそうな匂いっすね~」

 香りに誘われたのか、いつの間にかやって来ていた有希が声を掛けてくる。

「それにしても、なんの料理を作るんすか? 牛肉メインで、鍋料理じゃないんすよねぇ。それで、こういう出汁を取るってことは……」

 少し考えて、有希は閃いた。

「分かった。しゃぶしゃぶっすね!」
「半分当たり、だな」
「どういうことっすか?」
「最初は、しゃぶしゃぶにしようかと思ったんだけど、目の前で温める物が無いだろ?」
「カセットコンロみたいなの、用意してないっすからねぇ」
「それに、こっちだと箸使わねぇし。しゃぶしゃぶ用の肉をそのまま出したんじゃ、食べ辛いと思ってな」
「そうっすよねぇ。だいたい手掴みかスプーン。お金がある所だと、ナイフとフォークを使ってるっすからねぇ」
「だから、食べ易いサイズにしようと思ってな。そういうこと考えてたら、ちょっと手を加えようと思ってな」
「手を加えるって、どんなのっすか?」

 楽しげに聞いてくる有希に、五郎は笑顔を浮かべ返す。

「手を加えるっていうか、他の料理のやり方ブチ込む感じだけどな。その辺は、出来上がってのお楽しみって事で。それで、悪ぃんだけどな、追加で氷を用意してくれるか?」
「オッケーっすよ」

 気軽に返し、木箱から氷を取出しボウルに入れていく有希。
 五郎は礼を返すと、調理に戻る。

 出汁が残る大鍋から、小さな鍋に出汁を移す。なみなみと入れ、そこで魔術を使った。

「水の精霊よ。我が声に応えよ。コップ2杯ほど、鍋から移れ」

 詠唱が終わると同時に、ふるりと出汁の水面が震える。
 すると、透明まっさらな水だけが出汁から別れ、手の平サイズの人型になり、鍋の外に跳び出した。
 それを五郎は手に取ると、流しに置いた。その途端、ばしゃりとただの水に戻り排水溝に流れていく。

 いま五郎が使った魔術は、物質操作の魔術だ。
 元々は、水質改善を目的に作られた魔術だが、これは液体の中に混ざった水だけを取り出す効果がある。
 それを利用して、出汁の水分を減らし、味を濃くしたのだ。

 そうして味を濃くした出汁の入った小さな鍋を、今度は氷を使って冷やしていく。
 氷の入ったボウルに鍋を乗せ、木べらで出汁を掻き回し冷やす。
 しっかり冷やした所で、調理前の最後の下準備、肉を切っていく。

 薄く、それでいて均等に。魔術で造り出した包丁だからこその切れ味で、最適の厚さで切り分けた。
 それを皿に乗せ、用意は万端。

 まずはアルコールを飛ばした焼酎割りの出汁が入った小さな鍋を、再び火に掛ける。
 沸騰しきるほどには温め過ぎず、ほど良い所で火から離す。 
 そこで、肉を投入。硬くなり過ぎないよう、肉の旨味が熱で逃げないよう、細心の注意を払い、火を通す。

 すっと色が変わり、それでいて、肉の赤みがほんのりと残る。
 肉が硬くなるギリギリを見極め取り出すと、すぐに冷やした出汁の入った鍋に入れる。
 単なる氷水では味が薄まる所を、出汁に付けることで防いでいた。

 それを繰り返す。火を通す鍋の温度が下がり過ぎたら、即座に温め直し、適度な温度で牛肉を次々しゃぶしゃぶにしていく。
 そうして、全ての肉をしゃぶしゃぶにし終ると、今度は漬け込んでいた出汁から取り出し、ナイフとフォークで食べやすいよう、一口サイズに切り分ける。

 切り分けた物を、白の皿に綺麗に盛り付けていく。
 皿の端を縁取るように、クセの無い葉物野菜を、箸休めと見た目の華やかさも兼ねて盛り付ける。

 そこから味付けは2つ。
 1つは、シンプルに肉の味を楽しめるよう、厳選した岩塩を振り付ける。
 もう1つは、さっぱり風味。しょうゆをベースに、カラムと呼ばれる柑橘類を絞った物を混ぜ合わせた、ポン酢風味の調味料で味付けする。

 その気になれば、木の実をペースト状にした物に、出汁と植物油で作ったドレッシング調の物も作れたが、あえて止める。
 食べてくれる相手の好みが分からない以上、折角だから牛肉本来の旨味をより強く味わえるような、そんな味付けを五郎は選んだのだ。

「カルパッチョ風しゃぶしゃぶの出来上がりだ!」

 人数分を作り終わり、五郎は満足げに笑顔を浮かべる。

「カルパッチョ風っすか? 確かカルパッチョって、生肉料理っすよね」
「ああ。生で出す料理も考えたんだけどな、ちょっと食中毒とか怖いんで、火を通す料理にしてみた」
「確かに、それはあるっすね。ん~、それにしても、美味しそうっす。食べてみたくなるっすね」
「そう言って貰えるのは嬉しいな。あとで、みんなを集めての食事会で作ってやるよ」
「好いっすね! 楽しみっすよ。それじゃま、味見はその時までのお楽しみって事で。早速勝負しに、持って行くっすよ」

 そう言って、有希が出来上がった料理をワゴンに乗せていくと、

「おおっ、これは奇遇。そちらもこれから持って行くのですな。我輩もそうなので、一緒にどうですかな?」

 焼き立てのステーキをワゴンに乗せたアルフレッドに声を掛けられ、

「あの、私も一緒で良いですか?」

 同じように、出来立てのハンバーグをワゴンに乗せたカリーナにも声を掛けられる。
 それに五郎は笑顔で返す。

「おう。折角だから一緒に行こうぜ。向こうがダメって言わなきゃ、審査員がお互いの料理を食べて、どんな反応するのか見たいしな。出来れば、その後レシピとかの交換会もしたいしな」
「ほほう。好いですな。賛成ですぞ」
「はいっ。その、私も賛成です!」

 勝負のライバルだけど、どこか和やかな雰囲気の中、3人の料理人は一緒になって、厨房を出ることにしたのだった。
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