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第2章 沿岸地帯ジェイドの海産物勝負

3 海辺の街を散策して料理のアイデア探し その③

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 じゅう、と網の上で焼ける音と共に、醤油の焦げる香ばしい匂いが広がる。
 とうもろこしの焼ける甘い匂いと合わさって、食欲が湧いて出る。

「良い匂いだなぁ」

 とうもろこしを焼いていた屋台のオヤジが、物珍しげに見ながら言う。
 屋台のオヤジの許可を貰い、有希の持っていた木箱から醤油と刷毛を渡された五郎は、刷毛で醤油を塗りながらとうもろこしを焼いているのだ。

「匂いは、気に入ってくれたみたいだな。だったら味はどうだ?」

 そう言うと五郎は、焼けたてのとうもろこしを火ばさみで取り差し出す。
 手の平サイズに切り分けられたそれは、湯気を立てながら旨味の汁を溢れさせている。

「おおっと、勿体ねぇ。早く食わなきゃ、美味い所が全部流れちまう」

 屋台のオヤジは慌てて木の小皿で受け取ると、

「あちちっ、ととっ――」

 熱いのも構わず、一気にかぶりつく。
 その途端、甘塩っぱい美味しさが。ほんのり焦げ目の香ばしさも合わさって、素朴な美味さが味わえる。
 しゃくしゃくと小気味良い歯応えを楽しみながら、屋台のオヤジは一気に食べた。

「美味ぇな! にぃさん焼くの巧ぇな!」

 味だけでなく、そうなるように巧く焼いた五郎の腕に、屋台のオヤジは感心する。

「ありがとな。火の通りは、手間が掛かるけど、ちょこちょこ火の当たる所を見て変えていった方が良いぜ。
 あと炭火で焼いてるけど、最初に火力が均等になるように調整しといた方が、後の手間が省けて楽だな」

 屋台のオヤジと喋りながら、五郎は焼け具合を見て、とうもろこしの火の当たりを変えていく。
 そして時折、刷毛で醤油を付けたした。

 焼いていく数が増える内に、甘く香ばしい香りが広がっていく。
 美味しそうな、それでいて物珍しい匂いに、少しずつ人が集まってくる。

「美味そうだな。一つ売ってくれ」

 最初の1人が口火を切れば、続々とお客がやって来る。

「ちょっと待ってくれな」

 五郎は、お客にそう言うと屋台のオヤジに尋ねる。

「悪ぃな。勝手にやってるけど、このまま売ってみても良いか?」
「そりゃ良いに決まってら! いつもより客の入りが良いからなぁ。でも、にぃさんの方は良いんかい?」
「ああ。いま味付けで塗ってるこれ、醤油ってんだけどな。こいつがこの辺りで受けるか、試してみたかったんでな。やっちまっても良いか?」
「おうっ、やってくれ! 道具とか全部好きに使ってくれて良いし、他に必要なもんがありゃ、持って来るぜ」
「ありがとな。じゃ、バター手に入るかな? 熱々の所に乗せて、とろけた所で一緒に食うと、また美味いからなぁ」
「任せとけっ! ちょっと探してくらぁ!」

 そう言って、自分の屋台を放り出してオヤジはどこかに行く。
 五郎は苦笑しながら、増えて来るお客に対応しようとすると、

「手伝います。お客さんに渡すの、私たちでやりますね」
「じゃ、私は、お金のやり取りするね~」
「ふむ。では我輩は、とうもろこしの切り分けでも」

 カリーナ達は、五郎の手伝いを申し出る。

「良いのか? 俺が勝手に、やっちまってるだけだぞ」
「良いんですよ。折角、お客さんが来てくれてるんですし」

 カリーナが、朗らかな笑みを浮かべて返せば、

「そうそう。折角のお客さんを逃がしちゃダメなんです」 

 レティシアは、次々にやって来るお客に、うきうきしながら返す。
 微妙に、値段を上げていたりする辺り、中々の商売人である。

 それでも気になるのか、軽く眉を寄せる五郎に、

「気にされずに。どうしても気になるというのなら、いま使っている、ショーユ、とかいう調味料を分けて欲しいですな。それは中々、気になりますぞ」

 とうもろこしだけでなく、どこから集めて来たのか、エビの殻をむきながらアルベルトは言う。
 それに五郎は、楽しそうに笑みを浮かべると、

「おう、じゃ、頼むわ。醤油以外でも、こっちが使ってるので気になるのがあったら言ってくれ。分けるからよ」
「それは良いですな。勝負の時にも使うかもしれませんが、かまいませんかな?」
「むしろ使ってくれ。それで俺の使い方より良いやり方があったら、万々歳だ。そんときゃしっかりと、勉強させて貰うよ」

 そう言って五郎は、とうもろこやエビに醤油をつけて焼いていく。
 焼き上がる、じゅうっという音と、香ばしい匂いに、お客は更に増えてくる。

「はい、どうぞ」

 木の小皿に入れられた焼き立てをカリーナから受け取って、お客はあつあつを手に取る。
 はふはふ言いながら口に入れ、美味しさに頬を緩める。

 途中から、屋台のオヤジが持って来たバターを少し乗せ、とろけた所を食べれば、物足りなかったコクが合わさり旨味が更に増す。

「美味いな!」

 お客は口々に、嬉しそうに声を上げる。
 それを見ながら五郎は、自分が作る料理を考えていく。

(慣れない味だと、拒絶感が出るかと思ったけど、そんなことは無いみたいだな)

 一番の懸念だった部分が問題なさそうなので、一先ず安堵する。
 元の世界では海外も回って、その土地土地で料理を作って来た五郎にとっては、それが心配だったのだ。

(美味いから喜んでるってのもあるけど、これは食べたことの無い味だから喜んでるってのもあるな。新しい味に飢えてるってことか)

 今まで味わった事の無い、醤油味を食べる皆の表情を見て、五郎は判断する。

(味の選択肢が、今のこの世界には無いからな。それに飽き飽きしてるってことか)

 五郎が思っているように、いま居るこの世界は、味付けが乏しい。
 基本的に塩味が基本で、あとは香辛料を入れれば良い方だ。

 これは、冷蔵技術や調理のための機材が発展してないのが一番の原因だ。
 とにかく腐らないことを前提にすれば、塩漬けのような物にしなければならず、料理をしようにも、良くて炭、大抵は薪から起こした火で調理するしかない。

 基本的にオーブンのような、大掛かりな物が必要な調理器具は一般的とは言えないのだ。
 それどころか、場所によっては調理する場所が住居にないために、毎回食事を外で買わなければならない所もあるほど。

 しかも、食うに困るほど貧しいなら、気にしている余裕は無いかもしれないが、そんなことはない。 
 飢えずに済むほどに、特にジェイドのような場所では、食うには困らないほど豊かなのだ。

 なのに、変わり映えのしない料理が続いている。
 それが今のこの世界の状況なのだ。

(これなら、多少こちらの好きな料理を作っても、受け入れてくれる余地はあるな)

 普段は王都に居る五郎は、今まで来たことのない地の反応を見て、改めて思う。
 どこでだろうと、新しい料理は受ける余地があると。

「なにか、良い考えでも浮かびましたかな?」

 エビだけでなく、いつの間にか手に入れていたキノコのいしづきを取りながら、アルベルトが小さく声を掛けてくる。

「ああ。色々と、好きにしても良さそうだと思ってな。そっちも、そうなんじゃねぇか?」
「ははっ、それはもちろん。我輩だけでなく、カリーナ嬢も、そうでしょう」

 アルベルトの言葉に、お客の反応をしっかりと見ているカリーナに、五郎は視線を向ける。

「だろうな。へへっ、お互い、どんな料理を作るのか、今から楽しみだな」
「まったくですな。とはいえ、もう少し、見て周りたい所ですが」
「だな。折角だから、後でここのオヤジに、近くで美味い物ないかとか、訊いてみようぜ。こういうのは、地元に訊くのが一番だからな」
「良いですな。とはいえ、その前に、ここのお客さん達を満足させてからですが」

 五郎の作る網焼きに、続々と集まる人だかりに視線を向けてアルベルトは言う。
 それに五郎は、楽しげに笑いながら返した。

「おう。食べ歩きに食材探しは、これが終わってから再開しようぜ」

 気合を入れて五郎は返すと、それから一時間ほど休みなく、網焼きを続けるのだった。
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