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第二章 街予定地の問題を解決しよう編
2 街予定地に到着するまで車内販売試食会 その① 綿菓子
しおりを挟む朝早くから大勢の人で、そこは賑わっていた。
王都外周部。
かつての魔王都市、これからは俺達の街になる場所へと続く唯一の道。
そこに威風堂々と置かれた蒸気機関車を見に、王都の住人が集まっている。
蒸気機関車のお披露目も兼ねて、王都の人達にした宣伝は成功し、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
わいわいがやがや。賑やかな野次馬で、蒸気機関車の周りは一杯だ。
みんな、目を輝かせている。今まで見た事も無い巨大な乗り物に、興奮しているのが伝わってくる。
「でっけぇ! マジで動くのかこれ!」
「バッカ、動くに決まってんじゃねぇか! でなきゃ、ここまでどうやって動かしたんだよ!」
「それもそっか! お前頭いいな!」
野次馬のみんなの声が、自然と耳に届く。それぐらい、みんな目の前の蒸気機関車に興味津々だ。
(俺達の世界で、黒船が来た時って、こんな感じだったのかも?)
物見遊山で時代の変わり目の象徴を見に集まるのは、こっちの世界でも同じなのかもしれない。
逞しいなぁ、とも思ったりする。
とはいえ、そうではない人達も居るのは当然で、
「これは……本当に動くのか……」
「動力も機構も、大半は魔術を使っていないらしいぞ……」
「カルナの話では、これを量産できる体制に入ったと聞いているぞ」
「しかも、時速50キロで連続運行が可能らしいぞ」
「馬鹿な! 性能を盛っているのではないのか!?」
ひそひそ声のつもりで、実際は興奮しすぎて丸聞こえなのは、魔術協会の長老達だ。
長老達には、事前に正式な招待状を出して来て貰ってたんだけど、現場に来て蒸気機関車の実物を見た途端固まって、そのあとはこっちをそっちのけで喧々諤々の議論を重ねている。
長老達としては、空想の産物が目の前に実物としてあるようなものだろう。
実際、こちらの世界の技術で考えると、数百年は先の代物なので、長老たちにとっては完全にSFである。
なんと言うか、完全にビビってるのが見ていて分かる。
それはつまり、蒸気機関車の有効性を正しく理解してるって事だ。
(やっぱり、大したもんだよな。長老達)
心の底から、そう思う。色々とプライドが高かったり、そのくせ何かあると卑屈になったりするのが玉にきずだけど。
なんてことを思いながら、長老たちに声を掛ける。
「お気に召して頂けましたか?」
俺に呼び掛けられ、びくりっ、と身体を固まらせた後、
「そ、そうですな。大したものだと思っておりますよ」
「これだけの物を短期間で作るなど、大変でしたでしょうに」
「まったくもって、その通りですな……」
「実は前々から作っていたりしているのではと、思わず勘ぐってしまうほどですぞ」
必死に見栄を張るように、尊大な態度で返してくれた。
それが出来るだけでも、大したものである。しかも、
「これだけの物を作り出す偉業は、正直感服しますぞ」
「どのような仕組みで出来ておるのか、我らには見当もつかん」
「さようさよう。ぜひ、我らに、ご教授願いたいものですな」
「カルナから報告書は得ておりますが、とても足りませんからな」
「協力関係にあるのですから、我らが助力する助けにもなりましょうぞ」
俺に喰いつかんばかりの勢いで、こちらの技術を聞き出そうとする。
正直言って、そういう貪欲さは大好きです。なので、
「もちろん、そのつもりです。あとで、設計図を贈らせて頂きます」
俺は接待の意味も込めて、こちらの技術を隠さず伝えることにした。すると、
「おお! 本当ですか!」
長老たちは目を輝かせて喜んでくれる。
基本的に、知識を追及する事が大好きな人たちなので、願ったり叶ったりなんだろう。
俺は、苦笑しそうになるのをこらえながら、
「すでに用意は出来ていますので、今日中に送らせて頂きます。ご都合は、大丈夫でしょうか?」
念の為に訊いてみる。すると長老たちは口々に、
「構いませんぞ! むしろ今すぐこの場で頂きたいぐらいですからな!」
「これは帰るのが楽しみですな」
新しいおもちゃを買って貰った子供みたいな無邪気さで、喜んでくれた。
それは、良いんだけど、
「早速帰るぞ! 中の機構を見るのは、設計図を見て理解してからだ」
「うむ。製造過程で、設計図とのズレがどの程度出るのかも知らねばならぬからな」
「ふふふふっ、久しぶりに、胸が高鳴るのぅ」
設計図の事で頭が一杯なのか、全員でこの場を去ろうとする。
(って、ちょっと待って! このあとセレモニーあるから! 魔術協会との提携を広めるためにも、残って貰わないと!)
書面で事前に伝えておいたんだけど、完全に頭から消えてるみたいだ。
俺は慌てて引き止める。
「お待ちください。設計図が届くのは、午後からになっておりますから、今から戻られても早すぎます」
「そ、そうなのか?」
思いっきり気落ちした表情になる長老たち。年を取っただけの子供みたいだ。
思わず苦笑しそうになるけれど、我慢して、俺は続けて言った。
「我々と、魔術協会の結びつきをアピールするためにも、この場に集まって貰った皆の前でセレモニーもする予定です。それが終わるまで、待って頂けますか?」
これに長老たちは、いま思い出したとでもいうような表情になると、
「そ、そうでしたな。いやこれは、失念しておりました」
「我らの親密さを知らしめるためにも、それは必要でしたな」
「いやいや、我らとした事が」
すっとぼけるように笑いながら言う。図太いように見えるけど、微妙に冷や汗をかいてる感じなのは、ご愛嬌といった所だろう。
そんな長老たちに苦笑するのを我慢していると、俺は声を掛けられた。
「おーい。綿菓子、出来たぞ」
蒸気機関車の客車部分で作業していた五郎が、箱いっぱいの綿菓子を持ってこっちに来る。
「ごくろうさん。こっちに持って来て」
(ちょうどいいや。長老たちに、食べて貰おう)
俺は五郎が持って来てくれた、木の棒に撒き付けた綿菓子を一つ手に取ると、長老に差し出す。
「これは、なんなのですかな? どう見ても……綿にしか見えないのですが」
胡散臭そうに、俺の手にした綿菓子を見詰める。
「綿菓子と言います。俺達の世界だと、お祭りなんかでよく売られていた、砂糖で出来たお菓子です」
「砂糖? これが、ですか?」
もはや胡散臭いのを通り越し、疑惑の眼差しを向ける長老たち。
(始めて見たんだから、しょうがないか)
全く手を出してこない長老たちに、俺は先に食べてみせる。
口の中に入れた途端、ふんわりと溶け、やさしい甘味が広がっていく。
(うあっ、なんだこれ、美味い)
使ってる砂糖が良いのか、口解けが早く、ほっと力が抜けるような心地好い甘さが楽しめる。
思ってた以上に、美味しい。
「なにこれ、美味いんだけど」
思わず言っちゃった俺に五郎が返してくれる。
「今回の砂糖は、かなり上等なのを使ってるからな。あと口解けが良いように、出来るだけ細く作って、固まらないようにまとめたからな。元の世界で食べたのより、美味いだろ」
「うん、美味いよこれ。まさかここまで美味しく出来るとは思わなかった」
「腕が違う、腕が」
「まさか腕と材料の違いで、ここまで味が良くなるとは思わなかったよ。うん、美味しい」
美味しかったので、ついつい食べてしまう。それを見ていた長老たちは、
「そんなに、美味しいのですかな?」
半信半疑で、和菓子を見詰めている。
「はい、美味しいですよ。それに食感が、今までにない物だと思います。ぜひ、試してみて下さい」
「そ、そうか……」
恐る恐る、長老の一人が綿菓子に手を伸ばす。巻きつけてある棒を手にとって、一つまみ取り口に運ぶ。
ちょっと間を空けて、そのまま無言でもう一つまみ。そこから更に一つまみ口にして、どんどん食べていく。
「ふぅ……」
あっという間に食べ終わり、余韻に浸るように一息ついた後、もう一本を手にしようとした。
「待たぬか! なにを1人だけで食べようとしている!」
「いや……そうは……言ってもな……これが中々……止め時を……見失う……ものでな……」
「食べながら喋るでないわ!」
「言っとる傍から更にもう一本持っていくな!」
なんか争いが起きてる。
そんな長老たちの騒ぎを見て、どんどん人だかりが出来てくる。
これはチャンスだ。という訳で、
「みなさん! 今日は集まって頂き、ありがとうございます! そんな皆さんに、いま魔術協会の長老たちにも喜んで頂いている綿菓子を、無料で差し上げたいと思います! ぜひ、試してみて下さい!」
俺の言葉に、周囲はざわめき、ぞくぞくと人が集まってくる。
「おい、ヤバくないか? 人多すぎるぞ」
「宣伝としてみれば、大成功だよ。将来の車内販売に向けて、ここは踏んばらないと」
蒸気機関車を定期運行できるようにしたら、車内販売にも力を入れようと思っていたので、そのアピールのためにも頑張らないといけないのだ。
「作るの、俺だけじゃ足らねぇぞ、これ」
「俺も手伝うよ。他のみんなにも手伝って貰えば、どうにかなるんじゃない?」
五郎にやる気を出して貰うために軽い口調で励ました。
そのあと出発する直前まで綿菓子を作り続けることになったのは誤算だったけど、綿菓子は十分に売り物になると、手応えを感じられたのは収穫だった。
そしてその後セレモニーも終わり、俺達は蒸気機関車に乗って出発した。
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