愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ

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第2話:表

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エーデルシュタイン侯爵邸に戻った私を、両親と弟が迎えてくれた。王家からの婚約破棄の件は、すでに伝えてある。
家族は、誰一人として私を責めなかった。

「……王家は、常軌を逸している」
父がわなわなと肩を震わせている。
「側妃など、誇り高き当家を侮辱するにもほどがある……! 平民の女を王妃に迎え、都合よく国民の人気取りをするつもりなのだろう……」

そして父は、まっすぐに私を見据えた。
「ルクレツィア。お前はもう、これ以上王家に振り回される必要はない。……隣国の、マルクス大公家のフェリクス殿との縁を繋ぎ直してはどうだろうか」
「……フェリクス様と?」

フェリクス様は隣国の有力貴族、マルクス大公家の次男だ。
留学生として貴族学園に在籍していた当時は、学友として親交を深めていた。互いに尊敬し合える間柄で、彼からの告白を機に、婚約の打診が内々に進んでいたのだけれど……。
その頃、王家から私を王太子婚約者とする通達が届いた。
フェリクス様との件は白紙に戻り、互いに距離を置いたまま卒業してしまった――。

「フェリクス殿は、いまだ婚約者を定めていないそうだ。……お前への想いが、未だ強いと聞いている」
「……」
政略で断ち切られた想いを、再びつなぎ直す?
隣国で、新しい人生を送る?
たしかにそれは、とても魅力的な選択肢に思えた。

――けれど、私は。
「いいえ、お父様。私はこの国にとどまります」

はっきり告げると、家族は驚いたように目を見開いた。

「私一人が逃げ出して、幸せになることなんてできません。……このままだと、私のが大変な目に遭うのです。私は彼女を見殺しにはできません」



   *

建国以来、初めての平民王太子妃の誕生は国内外で話題となった。

平民たちは大いに沸き立ち、グレゴリオ殿下とピアの結婚式は国を挙げての盛大なパレードになったらしい。
……というのはすべて、両親から聞いた話だ。
私は、その場に列席しなかった。

「……浮かない顔ですね。ルクレツィアお嬢様」
侍女のケイトにそう言われ、私は小さく頷いた。
華やかさを聞くほど、胸の奥がずんと重くなる。

「ええ。この国が軋む音が聞こえる気がするの……」

周辺諸国で共和制への移行や民主化が進んでいるのは事実だ。我が国が遅れているのは明らかで、変わる必要があるのだろう。
けれど、やり方が無茶苦茶だ。

「このままじゃあ、混乱は避けられないでしょうね」



 ***



国内の新聞各紙には、【今日の王室】というコラム欄がある。
王太子グレゴリオと、元平民の王太子妃ピアの仲睦まじい様子が、連日のように報じられた。私はすっかり傍観者の立場になって、毎日記事を眺めていた。

――王太子ご夫妻、新婚旅行は隣国アルテナ。親密なご様子に現地国民も祝福!
――グレゴリオ殿下とピア妃殿下、王都のブティックをご散策。店内商品をすべてお買い上げ!
――王太子夫妻、港湾都市セルマで現地住民を招いた舞踏会を連夜開催!

祝福ムードで景気の良い言葉が並んでいたのは、せいぜい最初の数か月。次第に豪遊ぶりが鼻につくようになったのか、文体は心なしか辛口へと変わり始めた。
当初は歓迎ムードだった国民も、いつしか不満をつのらせ始めた。

……平民『才女』は、いったいどこに行ってしまったのだろう? 報じられるのは知性ではなくワガママばかり。王太子夫妻の豪遊ぶりに、国庫はみるみる渇いていった。

宮廷勤めの知人の話では、「平民の頃はこんな贅沢できなくて……」がピアの口癖らしい。
対する殿下の決まり文句は、「これからは好きな物を好きなだけ買ってやる!! お前は王妃なのだから、遠慮するな!!」だそうで。

国民の期待の星だったはずの王太子妃が、国民そっちのけで贅の限りを尽くしている。そして国民の不満が露わになると、今度は「民に還元してあげなくっちゃ!」と無計画な給付金のばらまきを始めてしまうし、殿下も止めない。

これでは貴族が黙っているはずがなかった。
ピアを宮廷から遠ざけたがる貴族たち――でも、ピアを庇ったのは王太子だけでなかったという。

「ピアの出費は必要経費だ! この娘は我が国の新たな象徴なのだぞ!」
「そうですわ。わたくしの義娘をないがしろにするなど、許しません!」
国王も王妃も、すっかりピアを気に入っているらしい。
どんな愚策にも目を輝かせて「さすがですわ!」と全肯定してくれるピアに、両陛下は虚栄心を絶妙にくすぐられているようだ。

……本当に恐ろしい子。人の懐に入り込む能力を、いつどこで身に着けていたのだろう? 

貴族も民衆も、どんどん王家から離れていく。
もともと王家への反発は、数代前からつもりに積もっていたのだ。
もはや新聞や人づての噂だけではない。自分で王都を歩き、領地に足を運べば、肌で感じられるほど明らかだった――。
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