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【1】最低なチャラ男に嫁いでしまった……
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「離婚しましょう! ミュラン様。今すぐに!!」
夫であるミュラン・アスノーク公爵の寝室で、わたしはそう叫んだ。
わたしの意志は固い。絶対に離婚してやる!
「……離婚? 今すぐに?」
ミュラン様は、動揺しているようだった。色香の漂う切れ長の目を大きく見開き、顔色が悪くなっている。……わたしを愛してないくせに、なんで動揺してるのよ! やっぱりこの人は理解不能だ。
「待ってくれリコリス。3年の約束はどうしたんだ。今すぐって……本気なのか?」
「もちろんです! あなたと一緒にいるのは、もう一秒でも耐えられません! もう、あなたを見たくないし、見られたくないです! 慰謝料なんかくれなくていいから、今ここで別れてください!!」
「見られたくないって……なら君は、どうしてそんな恥ずかしいネグリジェを着てるんだ? それは女性が体を見せて、男を誘うとき着るものだぞ」
「分かってますよ!!」
わたしは真っ赤になって怒鳴った。わたしだって、正直すごく恥ずかしい。かなり透けてるし。
「これを着てもあなたが喜んでくれなかったら、離婚するって決めていたんです!! 結果、あなたは全然喜んでる様子がないので……もう、離婚です。さようならミュラン様!」
わたしは泣きべそをかいて毛布を引っかぶり、手足と顔だけ出すと寝室から飛び出そうとした。
(うぅ……悔しい。恥ずかしい! なんでこんなことになっちゃったの……!?)
わたしは、ほとんどパニック状態に陥りながら、彼と出会った日から今日までの2年あまりのことを思い返していた……
* * * * *
初めて出会ったその日から、わたしはミュラン・アスノーク公爵のことが大嫌いだった。
彼はわたしより6つ年上で、現在22歳。
初めて顔合わせをしたのは2年半前だから、当時のわたしは13歳。彼は20歳になったばかりだった。
「ふぅん。……痩せたカラスみたいなお嬢さんだね」
婚約前の顔合わせのとき、ミュラン様がわたしに初めて掛けた言葉がそれだった。
やわらかな金髪と、アメジストをはめ込んだような切れ長の瞳が美しいミュラン様。すらりと背が高く均整の取れた立ち姿は、『国一番の伊達男《だておとこ》』と称されるほど甘やかだ。……でもこの男、性格が悪い。
「先々代同士の盟約に従い、君を妻に娶ってあげても良いのだけれど。……僕に夫としての役割は、一切期待しないでほしい。君のような少女は、生理的に受け付けない」
と、つまらなそうな顔で言われた。
伊達男かつ女たらしで有名なミュラン様だけれど、「女ならどれでもいい」というわけではないようだ。彼にとって、黒髪で貧相なわたしは興味の対象外らしい。
(はぁ!? わたしだって、あんたみたいな甘ったるいチャラ男は大嫌いよ! わたしの好みの男性はね、笑うと歯がキラってなる爽やかで誠実な人なの!! おととい来やがれ、クソ野郎!!)
――と、怒鳴って追っ払おうとした。
けど、両親に全力で阻止された!
怒鳴ろうとしたわたしが大きく息を吸い込んだ瞬間、母はわたしの口にハンカチを突っ込んで罵詈雑言《ばりぞうごん》をシャットアウトし、すかさず父が即答していた。
「ありがとうございます! こんな娘ですが、よろしくお願いいたします! リコリスは女だてらに根性がありますし、まだまだ成長期ですから、これから如何様《いかよう》にもあなた好みに育ててやってください!」
「……いや。僕にはそういう趣味はないんだが」
身売りか。身売りなのか、これは!?
ミュラン様が帰ったあと、両親はたっぷり12時間くらいかけてわたしを説得し続けた。
「なんでもいいから、ともかく嫁げ!」
「そうよ、リコリス! うちみたいな貧乏伯爵家には、こんな縁談、二度とないわ」
「でも『生理的に受け付けない』とか言われたよ!? いくらカッコよくても偉い人でも、あんな腐った男、絶対ムリ! それにわたし、まだ13歳だよ?」
「それは婚姻可能な14歳になったらすぐ娶ってやろうという、閣下の誠意の現れだと思うぞ。先々代の盟約を守ろうという、誠実なご判断ではないか!」
「そうよ!? 20年も昔の口約束なんて、無視しようと思えばいくらでもできるのに。きっと根はマジメな人なのよ、閣下は!」
うぅ。だめだ。父母そろって、聞く耳を持ってくれない。
それもそうか……。
わたしの実家リエンナ伯爵家は、彼と私の結婚をずっと待ち望んでいたのだから。
「リコリス、お前には幼いころから何度も教えてきただろう? お前が生まれるよりずっと前から、この婚約は定められていたんだ。先々代のアスノーク公爵が、「命を救ってくれたお礼に」と言って、婚約を申し出てくださったんだぞ!?」
わたしの祖父は腕の良い医者で、生きていたころには宮廷医師を務めていた。
宮廷に来ていた先々代のアスノーク公爵が心臓発作で死にかけたとき、公爵の命を救ったのがわたしの祖父だったとか。
「……その結果、先々代のアスノーク公爵がおっしゃったのが、「お礼として、あなたの血筋に女児が生まれたら孫のミュランと結婚させ、丁重に当家へ迎え入れたい」というお話だったのだよ」
ちなみにわたしの上には、兄が5人もいる。
絶対に女児を作らなければ……とがんばり続けた父母からようやく出てきたのが、第6子にして長女のわたし・リコリス=リエンナなのだった。
「公爵家で美味いものを食わせてもらえば、お前も肉付きが良くなるはずだ。アスノーク閣下も、いつかムラムラ来るかもしれないぞ!? お前、性格はそんなだけど顔はけっこう可愛いしな」
「そうよ、リコリアスノークさん食べて大きくなりなさい。そして閣下を落とすのよ」
「そ、それって、親の言うセリフ!?」
……我が家が貧乏伯爵家なばかりに、こんな情けないことになるなんて。
祖父は優れた医師だったけれど、うちの一族は祖父以外はみ~んな平凡。
だから、数ある伯爵家のなかで我が家のランクは中の下未満……イコール、貧乏。
「お前と閣下の婚姻に、当家の未来がかかっているのだ!」
「頑張ってリコリス!!」
期待が重い!!
最終的には、「結婚してから3年経っても夫婦関係がなかったら、慰謝料もらって離婚していいから、取りあえず嫁いでこい」という滅茶苦茶な指令を受けた。
「ねぇ、お父様。ホントに離婚したら、帰ってきていいの? 慰謝料いくら貰ってくればいい?」
「80000レントくらいだな」
「……それってうちの所領の税収10年分くらいだね」
「アスノーク公爵家なら、きっと出せる! なんといっても、『四聖爵《ししょうしゃく》』の一翼を担う、西のアスノーク家だからな!!」
「いってらっしゃい、リコリス!」
「元気でな!!」
軽やかに送り出されてしまった!!
こうしてわたしは、離婚前提の結婚をさせられる羽目になったのだ……
***
顔合わせから半年後。婚姻可能な14歳になったその日、わたしはミュラン様の妻になった。
「あの……ミュラン様。どうして14歳になったばかりのわたしを、妻にしてくださる気になったんですか?」
と。婚姻式のときに一言だけ聞いてみた。
父の言うように、責任感の強い人なのかもしれない……という微かな期待を込めて。
でも。
「あぁ、それはね。僕が面倒ごとを保留せず、さっさと片づけたい主義だからだよ」
と即答されてしまった。
こいつ死ね……!
歯ぎしりしそうになった瞬間、ミュラン様のアメジストのような瞳でちらりとわたしを見下ろした。
「お互いに災難だね」
そうささやいたきり、彼はゆるやかに唇を閉じて一言も発しようとしなかった。
(はぁ!? なにこいつ、本当に感じ悪い!)
美男子だからって何なの、このツ-ンと取り澄ました態度!
わたしは早速、3年後の慰謝料請求に向けてのカウントダウンを開始した……365日×3年だから、えぇっと? ……ざっくり900日くらいかな!?
もちろん初夜に彼がわたしのもとを訪れることもなく。
その後も、一切の関係がないままだった。
わたしは完全に「空気」扱い。女として求められることもなかったし、公爵夫人としての仕事を任されることもない。三食昼寝付きの贅沢生活に、居心地の悪さを覚えた。
「……わたしって、こんなに暇でいいんです?」
と、結婚してから数週間後の朝、侍女長のロドラに尋ねてみた。
「えぇ、えぇ。もちろんです、リコリス奥様。旦那さまがそのように仰せですので、お気になさることはありません」
ロドラは屋敷で最高齢の侍女……年齢不詳、たぶん60歳は余裕で越えてる。侍女って、普通はもっと若いと思うんだけど。アスノーク家の屋敷に勤める人たちは、なぜかほとんどが中高年だ。
「お暇でしたか、リコリス奥様? 失礼いたしました。お好みの物をお伝えくだされば、すぐにご用意いたします」
わたしの髪を梳かしながら、ロドラは優しくそう言ってくれた。
「い、いえ。そこまで頼むのは申し訳ないので……」
相手が侍女だというのに、ついつい恐縮してしまう。公爵家の人たちは、みんな優しくて明るい。わたしの実家みたいに、カネにがっついた感じがない……
「いえいえ。どうぞお気軽にお申し付けくださいませ、リコリス奥様。……それにしても本当にきれいな御髪《おぐし》ですこと」
惚れ惚れした様子でロドラがわたしの黒い髪を梳く。
「……黒髪なんて、ほめてくれる人、誰もいませんよ?」
「黒は高貴な色でございます。かつてこの大ヴァリタニア島を治めておられた妖精女王ティターニア様は、それはそれは美しい黒髪でしたもの。リコリス奥様は、妖精女王に負けず劣らず美しい御婦人です」
「ほ、褒めすぎですって……」
ロドラの言葉は絶対にお世辞だと思うけど、そんなふうに褒めてもらったのは初めてだから、すごく嬉しい。
私はミュラン様が嫌いだけど、お屋敷の人たちのことは好きだ。
だからとりあえず3年は、ここでのんびり暮らすかぁ……と割り切ることにした。
……それでも、ミュラン様の女癖の悪さにだけはイラッときた。
*
毎日、夕方くらいになるとお屋敷にぞろぞろと愛人がやってくるんですけど。
愛人は、全部で5人もいるんですけど。どの愛人も、わたしより3,4歳年上で、金髪で豊満な美女ばかりなんですけど!
美人過ぎて顔の見分けがつかないような5人の貴婦人たちが、毎日ミュラン様のところを訪れて一緒に夕食を楽しんで、そのあと部屋でイチャイチャしてる様子なのは、一体どういうことですか!?
気まずすぎて、見て見ぬふりをしてたんだけど……ある日の夕方。
「あらぁ。あなたがミュラン様の奥様なのぉ?」
「こんな痩せたお嬢さんが正妻だなんて。こんな娘、どこが良いのかしら!?」
庭園をひとりで散歩していたら、愛人集団に取り囲まれた。
貧相だとかブスとかガキとか、私を見下ろして口々にひどい言葉を浴びせかけてくる。
怖すぎて、言い返すどころではなかった。
逃げ場を失っておろおろしてると――
「……君たちは何をしているんだい?」
と、ミュラン様が現れたからさらに驚いた。
「子供相手にくだらない嫌がらせをしていないで、君たちは僕の相手をすべきじゃないかな?」
柔らかな声に棘を含ませたような調子でミュラン様がそういうと、愛人たちは「は~い♡」と喜びながらミュラン様についていった。
……わたし、ミュラン様に助けられた?? いや、普通に違うよね。
庭園にひとりで取り残されたわたしは、屈辱感でワナワナしていた。。
――死ね、クソ野郎!!
*
ある日なんとなくロドラに尋ねた。
「ミュラン様って、金髪で胸のおっきい人が好みなの?」
「あの方のお母上が、そのような女性だったのですよ」
「え!? それって、母親に似てる人ばかり愛してるってこと!?」
キモっ! いい齢した男が、母親を追いかけてるってどうなのよ!?
「まぁ……ミュラン坊ちゃまは、お母上を失くされて、お寂しかったのかもしれませんねぇ。あぁ、いけない、今は旦那様とお呼びしなければ……」
というロドラの話を聞いても、少しも共感できなかった。
(あぁ、腹立つ! あんな男、死んじゃえばいいのに!!)
庭園で愛人にすり寄られ、キスして抱き合うミュラン様を眺めながら、わたしは小石を蹴ってふてくされていた。
……でも、そのときは予想していなかった。
まさか本当に、ミュラン様が死にそうになるなんて。
夫であるミュラン・アスノーク公爵の寝室で、わたしはそう叫んだ。
わたしの意志は固い。絶対に離婚してやる!
「……離婚? 今すぐに?」
ミュラン様は、動揺しているようだった。色香の漂う切れ長の目を大きく見開き、顔色が悪くなっている。……わたしを愛してないくせに、なんで動揺してるのよ! やっぱりこの人は理解不能だ。
「待ってくれリコリス。3年の約束はどうしたんだ。今すぐって……本気なのか?」
「もちろんです! あなたと一緒にいるのは、もう一秒でも耐えられません! もう、あなたを見たくないし、見られたくないです! 慰謝料なんかくれなくていいから、今ここで別れてください!!」
「見られたくないって……なら君は、どうしてそんな恥ずかしいネグリジェを着てるんだ? それは女性が体を見せて、男を誘うとき着るものだぞ」
「分かってますよ!!」
わたしは真っ赤になって怒鳴った。わたしだって、正直すごく恥ずかしい。かなり透けてるし。
「これを着てもあなたが喜んでくれなかったら、離婚するって決めていたんです!! 結果、あなたは全然喜んでる様子がないので……もう、離婚です。さようならミュラン様!」
わたしは泣きべそをかいて毛布を引っかぶり、手足と顔だけ出すと寝室から飛び出そうとした。
(うぅ……悔しい。恥ずかしい! なんでこんなことになっちゃったの……!?)
わたしは、ほとんどパニック状態に陥りながら、彼と出会った日から今日までの2年あまりのことを思い返していた……
* * * * *
初めて出会ったその日から、わたしはミュラン・アスノーク公爵のことが大嫌いだった。
彼はわたしより6つ年上で、現在22歳。
初めて顔合わせをしたのは2年半前だから、当時のわたしは13歳。彼は20歳になったばかりだった。
「ふぅん。……痩せたカラスみたいなお嬢さんだね」
婚約前の顔合わせのとき、ミュラン様がわたしに初めて掛けた言葉がそれだった。
やわらかな金髪と、アメジストをはめ込んだような切れ長の瞳が美しいミュラン様。すらりと背が高く均整の取れた立ち姿は、『国一番の伊達男《だておとこ》』と称されるほど甘やかだ。……でもこの男、性格が悪い。
「先々代同士の盟約に従い、君を妻に娶ってあげても良いのだけれど。……僕に夫としての役割は、一切期待しないでほしい。君のような少女は、生理的に受け付けない」
と、つまらなそうな顔で言われた。
伊達男かつ女たらしで有名なミュラン様だけれど、「女ならどれでもいい」というわけではないようだ。彼にとって、黒髪で貧相なわたしは興味の対象外らしい。
(はぁ!? わたしだって、あんたみたいな甘ったるいチャラ男は大嫌いよ! わたしの好みの男性はね、笑うと歯がキラってなる爽やかで誠実な人なの!! おととい来やがれ、クソ野郎!!)
――と、怒鳴って追っ払おうとした。
けど、両親に全力で阻止された!
怒鳴ろうとしたわたしが大きく息を吸い込んだ瞬間、母はわたしの口にハンカチを突っ込んで罵詈雑言《ばりぞうごん》をシャットアウトし、すかさず父が即答していた。
「ありがとうございます! こんな娘ですが、よろしくお願いいたします! リコリスは女だてらに根性がありますし、まだまだ成長期ですから、これから如何様《いかよう》にもあなた好みに育ててやってください!」
「……いや。僕にはそういう趣味はないんだが」
身売りか。身売りなのか、これは!?
ミュラン様が帰ったあと、両親はたっぷり12時間くらいかけてわたしを説得し続けた。
「なんでもいいから、ともかく嫁げ!」
「そうよ、リコリス! うちみたいな貧乏伯爵家には、こんな縁談、二度とないわ」
「でも『生理的に受け付けない』とか言われたよ!? いくらカッコよくても偉い人でも、あんな腐った男、絶対ムリ! それにわたし、まだ13歳だよ?」
「それは婚姻可能な14歳になったらすぐ娶ってやろうという、閣下の誠意の現れだと思うぞ。先々代の盟約を守ろうという、誠実なご判断ではないか!」
「そうよ!? 20年も昔の口約束なんて、無視しようと思えばいくらでもできるのに。きっと根はマジメな人なのよ、閣下は!」
うぅ。だめだ。父母そろって、聞く耳を持ってくれない。
それもそうか……。
わたしの実家リエンナ伯爵家は、彼と私の結婚をずっと待ち望んでいたのだから。
「リコリス、お前には幼いころから何度も教えてきただろう? お前が生まれるよりずっと前から、この婚約は定められていたんだ。先々代のアスノーク公爵が、「命を救ってくれたお礼に」と言って、婚約を申し出てくださったんだぞ!?」
わたしの祖父は腕の良い医者で、生きていたころには宮廷医師を務めていた。
宮廷に来ていた先々代のアスノーク公爵が心臓発作で死にかけたとき、公爵の命を救ったのがわたしの祖父だったとか。
「……その結果、先々代のアスノーク公爵がおっしゃったのが、「お礼として、あなたの血筋に女児が生まれたら孫のミュランと結婚させ、丁重に当家へ迎え入れたい」というお話だったのだよ」
ちなみにわたしの上には、兄が5人もいる。
絶対に女児を作らなければ……とがんばり続けた父母からようやく出てきたのが、第6子にして長女のわたし・リコリス=リエンナなのだった。
「公爵家で美味いものを食わせてもらえば、お前も肉付きが良くなるはずだ。アスノーク閣下も、いつかムラムラ来るかもしれないぞ!? お前、性格はそんなだけど顔はけっこう可愛いしな」
「そうよ、リコリアスノークさん食べて大きくなりなさい。そして閣下を落とすのよ」
「そ、それって、親の言うセリフ!?」
……我が家が貧乏伯爵家なばかりに、こんな情けないことになるなんて。
祖父は優れた医師だったけれど、うちの一族は祖父以外はみ~んな平凡。
だから、数ある伯爵家のなかで我が家のランクは中の下未満……イコール、貧乏。
「お前と閣下の婚姻に、当家の未来がかかっているのだ!」
「頑張ってリコリス!!」
期待が重い!!
最終的には、「結婚してから3年経っても夫婦関係がなかったら、慰謝料もらって離婚していいから、取りあえず嫁いでこい」という滅茶苦茶な指令を受けた。
「ねぇ、お父様。ホントに離婚したら、帰ってきていいの? 慰謝料いくら貰ってくればいい?」
「80000レントくらいだな」
「……それってうちの所領の税収10年分くらいだね」
「アスノーク公爵家なら、きっと出せる! なんといっても、『四聖爵《ししょうしゃく》』の一翼を担う、西のアスノーク家だからな!!」
「いってらっしゃい、リコリス!」
「元気でな!!」
軽やかに送り出されてしまった!!
こうしてわたしは、離婚前提の結婚をさせられる羽目になったのだ……
***
顔合わせから半年後。婚姻可能な14歳になったその日、わたしはミュラン様の妻になった。
「あの……ミュラン様。どうして14歳になったばかりのわたしを、妻にしてくださる気になったんですか?」
と。婚姻式のときに一言だけ聞いてみた。
父の言うように、責任感の強い人なのかもしれない……という微かな期待を込めて。
でも。
「あぁ、それはね。僕が面倒ごとを保留せず、さっさと片づけたい主義だからだよ」
と即答されてしまった。
こいつ死ね……!
歯ぎしりしそうになった瞬間、ミュラン様のアメジストのような瞳でちらりとわたしを見下ろした。
「お互いに災難だね」
そうささやいたきり、彼はゆるやかに唇を閉じて一言も発しようとしなかった。
(はぁ!? なにこいつ、本当に感じ悪い!)
美男子だからって何なの、このツ-ンと取り澄ました態度!
わたしは早速、3年後の慰謝料請求に向けてのカウントダウンを開始した……365日×3年だから、えぇっと? ……ざっくり900日くらいかな!?
もちろん初夜に彼がわたしのもとを訪れることもなく。
その後も、一切の関係がないままだった。
わたしは完全に「空気」扱い。女として求められることもなかったし、公爵夫人としての仕事を任されることもない。三食昼寝付きの贅沢生活に、居心地の悪さを覚えた。
「……わたしって、こんなに暇でいいんです?」
と、結婚してから数週間後の朝、侍女長のロドラに尋ねてみた。
「えぇ、えぇ。もちろんです、リコリス奥様。旦那さまがそのように仰せですので、お気になさることはありません」
ロドラは屋敷で最高齢の侍女……年齢不詳、たぶん60歳は余裕で越えてる。侍女って、普通はもっと若いと思うんだけど。アスノーク家の屋敷に勤める人たちは、なぜかほとんどが中高年だ。
「お暇でしたか、リコリス奥様? 失礼いたしました。お好みの物をお伝えくだされば、すぐにご用意いたします」
わたしの髪を梳かしながら、ロドラは優しくそう言ってくれた。
「い、いえ。そこまで頼むのは申し訳ないので……」
相手が侍女だというのに、ついつい恐縮してしまう。公爵家の人たちは、みんな優しくて明るい。わたしの実家みたいに、カネにがっついた感じがない……
「いえいえ。どうぞお気軽にお申し付けくださいませ、リコリス奥様。……それにしても本当にきれいな御髪《おぐし》ですこと」
惚れ惚れした様子でロドラがわたしの黒い髪を梳く。
「……黒髪なんて、ほめてくれる人、誰もいませんよ?」
「黒は高貴な色でございます。かつてこの大ヴァリタニア島を治めておられた妖精女王ティターニア様は、それはそれは美しい黒髪でしたもの。リコリス奥様は、妖精女王に負けず劣らず美しい御婦人です」
「ほ、褒めすぎですって……」
ロドラの言葉は絶対にお世辞だと思うけど、そんなふうに褒めてもらったのは初めてだから、すごく嬉しい。
私はミュラン様が嫌いだけど、お屋敷の人たちのことは好きだ。
だからとりあえず3年は、ここでのんびり暮らすかぁ……と割り切ることにした。
……それでも、ミュラン様の女癖の悪さにだけはイラッときた。
*
毎日、夕方くらいになるとお屋敷にぞろぞろと愛人がやってくるんですけど。
愛人は、全部で5人もいるんですけど。どの愛人も、わたしより3,4歳年上で、金髪で豊満な美女ばかりなんですけど!
美人過ぎて顔の見分けがつかないような5人の貴婦人たちが、毎日ミュラン様のところを訪れて一緒に夕食を楽しんで、そのあと部屋でイチャイチャしてる様子なのは、一体どういうことですか!?
気まずすぎて、見て見ぬふりをしてたんだけど……ある日の夕方。
「あらぁ。あなたがミュラン様の奥様なのぉ?」
「こんな痩せたお嬢さんが正妻だなんて。こんな娘、どこが良いのかしら!?」
庭園をひとりで散歩していたら、愛人集団に取り囲まれた。
貧相だとかブスとかガキとか、私を見下ろして口々にひどい言葉を浴びせかけてくる。
怖すぎて、言い返すどころではなかった。
逃げ場を失っておろおろしてると――
「……君たちは何をしているんだい?」
と、ミュラン様が現れたからさらに驚いた。
「子供相手にくだらない嫌がらせをしていないで、君たちは僕の相手をすべきじゃないかな?」
柔らかな声に棘を含ませたような調子でミュラン様がそういうと、愛人たちは「は~い♡」と喜びながらミュラン様についていった。
……わたし、ミュラン様に助けられた?? いや、普通に違うよね。
庭園にひとりで取り残されたわたしは、屈辱感でワナワナしていた。。
――死ね、クソ野郎!!
*
ある日なんとなくロドラに尋ねた。
「ミュラン様って、金髪で胸のおっきい人が好みなの?」
「あの方のお母上が、そのような女性だったのですよ」
「え!? それって、母親に似てる人ばかり愛してるってこと!?」
キモっ! いい齢した男が、母親を追いかけてるってどうなのよ!?
「まぁ……ミュラン坊ちゃまは、お母上を失くされて、お寂しかったのかもしれませんねぇ。あぁ、いけない、今は旦那様とお呼びしなければ……」
というロドラの話を聞いても、少しも共感できなかった。
(あぁ、腹立つ! あんな男、死んじゃえばいいのに!!)
庭園で愛人にすり寄られ、キスして抱き合うミュラン様を眺めながら、わたしは小石を蹴ってふてくされていた。
……でも、そのときは予想していなかった。
まさか本当に、ミュラン様が死にそうになるなんて。
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そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
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柚屋志宇
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※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
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