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【15】四聖爵と妖精の血と、まさかの妖精たち。
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「ミュラン様のうそつき……。双子ちゃんは、一体どこにいるんでしょうか……?」
わたしが自分のお腹をさすりながら不満っぽい口調でそう呟くと、ミュラン様は紅茶を噴いてむせていた。
* * * * *
火事未遂で終わった「お香事故」からすでに1か月。
今ではもう、わたしたちは本物の仲良し夫婦だ。
今は、ぽかぽか陽気の昼下がり。ミュラン様とわたしは、2人でティータイムを楽しんでいるところだ。ミュラン様は、お仕事で外出しているとき以外はわたしと一緒にお茶やお食事の時間を作ってくれている。
「……別に良いじゃないか、急がなくても。しばらく2人きりの蜜月を過ごしたいとは思わないのかい?」
と言いながら、ミュラン様は気まずそうに眼を泳がせていた。
「そりゃ、思いますけども。でも、ミュラン様は『僕らが一度でも触れ合ったら、邪悪な双子が生まれてしまう』みたいなことを言ってませんでした? ……読みが外れましたよね」
「……外れたな」
おかしいな、と呟いて考え込んでいるミュラン様の表情がかわいくて、わたしはついつい笑ってしまった。
「ほらね。やっぱり、怖い未来は変わったんですよ。安心したでしょ?」
ミュラン様も、わたしに釣られて苦笑していた。
「……安心したよ。君に離婚されなくて良かった」
おいしいお菓子を食べながら、大切な旦那さまと楽しいひとときを過ごす――幸せだなぁ、と思った。
でも。と、不意に不安がよぎってしまう。
(怖い未来が変わったのは嬉しいけれど。でも、もしこのまま子供を授からなかったらどうしよう……?)
アスノーク公爵家は、代々子供を授かりにくい家系だから。将来的に後継者が生まれなかったら、いつかは他の奥さんも必要になるのかもしれない……
わたしが、そんなことを思っていると。
「リコリス。僕は、絶対に他の女性を求めない」
わたしの顔を見て察したのか、ミュラン様がまじめな顔ではっきり言った。
「……ミュラン様のお気持ちは嬉しいですけど。四聖爵の血を絶やせないんだから、やむをえない場合もあるでしょう?」
「他の妻を娶るくらいなら、僕は四聖爵の地位と能力を他家に譲る。爵位も所領もすべて手放して、平民になってやる」
え?
「……そんなこと、できないでしょ?」
「できないとは限らない」
ミュラン様は、話を続けていた。
「アスノーク公爵家も含めた四聖爵の家柄は、なぜ子供が生まれにくいか知っているか? ……妖精の血が混じっているからだ」
妖精の血が混じっている? そんな話は、今まで聞いたことがなかった。
「この国のある大ヴァリタニア島は、もとは妖精と魔物だけが棲む島だった。人間が入植した際、妖精たちは友好のあかしとして、人間の王に『亡き妖精女王《ティターニア》の血液』をプレゼントした」
「血液なんかが、プレゼントになるんですか? ……グロテスクですね」
「強大な魔力を宿した、特別な血液なんだよ。いまでも妖精たちは妖精女王の血を大切に保管しているそうだ。……ともかく、僕たち四聖爵の祖先は、王の命令で『妖精女王の血液』を飲んだ。だから、四聖爵の魔力は強いんだよ。同時に、人間離れしたせいで子供が生まれにくくなった」
ミュラン様は、アメジストのような瞳でわたしを見つめた。
「僕は四聖爵の地位に執着していない。だから『妖精女王の血液』を新しく手に入れて、他家に与えて地位を委譲したいと思う。理屈の上では、可能なはずだ」
「……そんなこと、許されるんですか? 建国以来、四聖爵の家柄はずっと固定されてますよね?」
「許されなくても、僕は絶対にそうしたい。もう、愛してもいない女性をそばに置くのは、死んでも御免だ。たとえ、女王陛下のお怒りを買って処刑されることになったとしても、僕は絶対に――」
ミュラン様が不穏なことを口にし始めたから、わたしは思わず身を乗り出して、彼の唇に人差し指を押し当てた。
「ミュラン様。死とか処刑とか、そういう怖いことを簡単に言っちゃダメです……わたしが悲しくなっちゃいますから。深刻に考えすぎるのはやめましょう? 子供もそのうち、生まれくれるかもしれませんし」
できるだけ彼を安心させたくて、にこっと笑ってみせる。
「だいじょぶ、きっと何とかなりますよ。じゃあ、もし平民になったら、2人一緒にがんばって畑を耕しましょう。それか、うちの実家の領地に逃げ込むのもいいですね! ミュラン様なら、学校の先生とかになれそうです」
リコリス……と呟いて、ミュラン様は力の抜けた笑みをこぼした。
先のことなんて、分からない。
だったら、今を大切にすればいいと思う。わたしは、ミュラン様の奥さんになれたから。それだけで大満足なのだ。
ミュラン様はわたしの手を取り、そっと彼の頬に寄せた。
温かくて、幸せだなぁ。
このままずーっと一緒に、2人で……と思っていた矢先に、
「閣下。お取込み中恐縮ですが、そろそろ騎士団本部にお越しくださいませ。来月の『妖精祭《ようせいさい》』の式典準備に際して、閣下にご確認いただきたい件がございます」
ぬっ、と。
いきなり背後に騎士のデュオラさんが出没したから、驚いた。
「うわ! デュオラさん、いつの間に!」
「実は10分ほど前から気配を消して、お二人を観覧しておりました」
「デュオラ、貴様……」
ご夫婦仲がよろしくて、何よりでございます。と、マジメ100%みたいな顔でデュオラさんが言っている。
うわぁ、恥ずかしい。全部聞かれてたの? いまの会話……
「我ら妖精一同、ミュラン閣下を敬愛しておりますので。お二人に健やかなるお子様がお生まれになることを、心よりお祈り申し上げております。……なので閣下、平民になるなどとおっしゃらずに、まぁ地道にせっせと頑張っていただくのがよろしいかと」
「わざわざ言うな、デュオラ!」
ミュラン様、顔が赤い。すごく恥ずかしそうだ。
わたしも気まずい。思わず立ち上がって、話を切り上げようとした。
「……デュオラさん、長々とティータイムしちゃってスミマセンでした。ミュラン様、お仕事いってらっしゃい!」
「あぁ。行ってくる」
立ち上がりながら、ミュラン様はデュオラさんに尋ねていた。
「……しかし、デュオラ。妖精祭のことならすべて確認済みだったと思うが? 20年前と同様にすれば済む話だ。固定化された儀式に過ぎないだろう?」
「我ら妖精にとっては古来馴れ親しんだ祭りではありますが。閣下が当主となられて以降、初めての祭りですので。念には念を入れませんと」
妖精祭《ようせいさい》? 我ら妖精?
ふたりの会話を聞いているうちに、わたしの頭には疑問符が浮かびまくっていた。
「閣下。夫人がなにやらお聞きになりたそうなお顔をしておいでですが?」
「あぁ。どうしたんだい、リコリス?」
ふたりがわたしを気にかけてくれたから、遠慮なく聞いてみることにした。
「すみません、ひとつ聞いても良いです? 『妖精祭』って何ですか?」
「「ん??」」
と、ミュラン様とデュオラさんが、そろって首をかしげている。
「リコリス。……君、まさか妖精祭を知らないのか?」
「知りませんね。なんですかそれ」
「閣下。もしや、夫人にまだご説明していらっしゃらないのですか!?」
「あぁ、僕からはしていない。あえて説明する必要があるのか? ……妖精祭なんて、国民全部が知っているあたりまえの行事だと思っていたが」
んん??
「知りませんよ、なんですか妖精祭って!」
「5年に一度の祭りだよ。人間と妖精の末永い友好を祈って、四聖爵が交代で主催者になる祭りなんだ。今年はちょうど、我らアスノーク公爵家が執り行うことになっている」
「えっ! どうしてそんな重要なこと、教えてくれないんですか!? 主催者!? わたし、あなたの奥さんなんだから、準備しなくちゃダメでしょ?」
「主催者と言っても、実際に祭りを執り行うのは、当家に住む妖精たちだよ。僕と君は人間だから、ほとんど眺めているだけだ」
「妖精たち……?」
わたしは、きょろきょろと周りを見回した。
「ミュラン様。このお屋敷に妖精なんか住んでるんですか? わたし、2年も住んでて一度もあったことがありませんけど。……どこにいるんです?」
「「ん?」」
ミュラン様とデュオラさんが、ふたたび驚いて目を見開いている。
「……リコリス、まさか。今まで知らなかったのか? アスノーク公爵家で暮らしているのは、僕と君以外の者はすべて妖精なんだが」
「はい――――!?」
なにそれ! いきなり突拍子もない話を聞かされちゃったけど!?
「……うそでしょ!? 妖精って、手のひらサイズの可愛い子で、背中に羽が生えてるんじゃないんですか?」
「おそれながら申し上げますが、夫人……。貴女のおっしゃっているのは、ごく一握りの妖精に過ぎません」
「じゃあ、侍女のロドラやアビーも妖精!? どう見てもふつうの中高年女性でしょう?」
「いえ、とんでもない。彼女たちも、もちろん妖精です。ロドラ様は高位の聖水妖精《ウンディーネ》、アビー殿は屋敷妖精《ボーガン》です。……ちなみに、私も妖精ですが?」
「デュオラさんも!? あなたって何者ですか!」
わたしが尋ねた瞬間に、デュオラさんは「どやっ」とした笑顔を浮かべた。
「私の正体をお知りになりたいですか、夫人?」
「え、ええ。まぁ……」
「ほう! 左様ですか! 私をお知りになりたいと。……そうですか、いやしかし参りましたな」
これまで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべながら、デュオラさんはもったいぶっている。
ミュラン様は冷めきった態度で、デュオラさんに何やら釘を刺していた。
「おい、貴様、やめろ」
「いや。夫人のご命令とあらば仕方ありませんね! お見せしましょう、私の真の姿を」
「こら、自粛しろデュラハーン!」
デュラハーンって何? デュオラさんのこと?
ミュラン様が止めるのを無視して、デュオラさんはいきなり自分の頭を引っこ抜いた。
頭を。引っこ抜いた。
「きゃぁああああああああああああああああああああああ!!」
「お喜びいただけましたか、夫人! そうです、私の正体は首無し騎士………………おや? 夫人?」
「しっかりしろ、リコリス! デュラハーン、この馬鹿者が!!」
そこから先は、記憶がない。
あとで侍女たちから聞いたところによると、わたしは白目をむいて気絶し、ミュラン様に抱きかかえられて部屋に運ばれたということだ。
わたしが自分のお腹をさすりながら不満っぽい口調でそう呟くと、ミュラン様は紅茶を噴いてむせていた。
* * * * *
火事未遂で終わった「お香事故」からすでに1か月。
今ではもう、わたしたちは本物の仲良し夫婦だ。
今は、ぽかぽか陽気の昼下がり。ミュラン様とわたしは、2人でティータイムを楽しんでいるところだ。ミュラン様は、お仕事で外出しているとき以外はわたしと一緒にお茶やお食事の時間を作ってくれている。
「……別に良いじゃないか、急がなくても。しばらく2人きりの蜜月を過ごしたいとは思わないのかい?」
と言いながら、ミュラン様は気まずそうに眼を泳がせていた。
「そりゃ、思いますけども。でも、ミュラン様は『僕らが一度でも触れ合ったら、邪悪な双子が生まれてしまう』みたいなことを言ってませんでした? ……読みが外れましたよね」
「……外れたな」
おかしいな、と呟いて考え込んでいるミュラン様の表情がかわいくて、わたしはついつい笑ってしまった。
「ほらね。やっぱり、怖い未来は変わったんですよ。安心したでしょ?」
ミュラン様も、わたしに釣られて苦笑していた。
「……安心したよ。君に離婚されなくて良かった」
おいしいお菓子を食べながら、大切な旦那さまと楽しいひとときを過ごす――幸せだなぁ、と思った。
でも。と、不意に不安がよぎってしまう。
(怖い未来が変わったのは嬉しいけれど。でも、もしこのまま子供を授からなかったらどうしよう……?)
アスノーク公爵家は、代々子供を授かりにくい家系だから。将来的に後継者が生まれなかったら、いつかは他の奥さんも必要になるのかもしれない……
わたしが、そんなことを思っていると。
「リコリス。僕は、絶対に他の女性を求めない」
わたしの顔を見て察したのか、ミュラン様がまじめな顔ではっきり言った。
「……ミュラン様のお気持ちは嬉しいですけど。四聖爵の血を絶やせないんだから、やむをえない場合もあるでしょう?」
「他の妻を娶るくらいなら、僕は四聖爵の地位と能力を他家に譲る。爵位も所領もすべて手放して、平民になってやる」
え?
「……そんなこと、できないでしょ?」
「できないとは限らない」
ミュラン様は、話を続けていた。
「アスノーク公爵家も含めた四聖爵の家柄は、なぜ子供が生まれにくいか知っているか? ……妖精の血が混じっているからだ」
妖精の血が混じっている? そんな話は、今まで聞いたことがなかった。
「この国のある大ヴァリタニア島は、もとは妖精と魔物だけが棲む島だった。人間が入植した際、妖精たちは友好のあかしとして、人間の王に『亡き妖精女王《ティターニア》の血液』をプレゼントした」
「血液なんかが、プレゼントになるんですか? ……グロテスクですね」
「強大な魔力を宿した、特別な血液なんだよ。いまでも妖精たちは妖精女王の血を大切に保管しているそうだ。……ともかく、僕たち四聖爵の祖先は、王の命令で『妖精女王の血液』を飲んだ。だから、四聖爵の魔力は強いんだよ。同時に、人間離れしたせいで子供が生まれにくくなった」
ミュラン様は、アメジストのような瞳でわたしを見つめた。
「僕は四聖爵の地位に執着していない。だから『妖精女王の血液』を新しく手に入れて、他家に与えて地位を委譲したいと思う。理屈の上では、可能なはずだ」
「……そんなこと、許されるんですか? 建国以来、四聖爵の家柄はずっと固定されてますよね?」
「許されなくても、僕は絶対にそうしたい。もう、愛してもいない女性をそばに置くのは、死んでも御免だ。たとえ、女王陛下のお怒りを買って処刑されることになったとしても、僕は絶対に――」
ミュラン様が不穏なことを口にし始めたから、わたしは思わず身を乗り出して、彼の唇に人差し指を押し当てた。
「ミュラン様。死とか処刑とか、そういう怖いことを簡単に言っちゃダメです……わたしが悲しくなっちゃいますから。深刻に考えすぎるのはやめましょう? 子供もそのうち、生まれくれるかもしれませんし」
できるだけ彼を安心させたくて、にこっと笑ってみせる。
「だいじょぶ、きっと何とかなりますよ。じゃあ、もし平民になったら、2人一緒にがんばって畑を耕しましょう。それか、うちの実家の領地に逃げ込むのもいいですね! ミュラン様なら、学校の先生とかになれそうです」
リコリス……と呟いて、ミュラン様は力の抜けた笑みをこぼした。
先のことなんて、分からない。
だったら、今を大切にすればいいと思う。わたしは、ミュラン様の奥さんになれたから。それだけで大満足なのだ。
ミュラン様はわたしの手を取り、そっと彼の頬に寄せた。
温かくて、幸せだなぁ。
このままずーっと一緒に、2人で……と思っていた矢先に、
「閣下。お取込み中恐縮ですが、そろそろ騎士団本部にお越しくださいませ。来月の『妖精祭《ようせいさい》』の式典準備に際して、閣下にご確認いただきたい件がございます」
ぬっ、と。
いきなり背後に騎士のデュオラさんが出没したから、驚いた。
「うわ! デュオラさん、いつの間に!」
「実は10分ほど前から気配を消して、お二人を観覧しておりました」
「デュオラ、貴様……」
ご夫婦仲がよろしくて、何よりでございます。と、マジメ100%みたいな顔でデュオラさんが言っている。
うわぁ、恥ずかしい。全部聞かれてたの? いまの会話……
「我ら妖精一同、ミュラン閣下を敬愛しておりますので。お二人に健やかなるお子様がお生まれになることを、心よりお祈り申し上げております。……なので閣下、平民になるなどとおっしゃらずに、まぁ地道にせっせと頑張っていただくのがよろしいかと」
「わざわざ言うな、デュオラ!」
ミュラン様、顔が赤い。すごく恥ずかしそうだ。
わたしも気まずい。思わず立ち上がって、話を切り上げようとした。
「……デュオラさん、長々とティータイムしちゃってスミマセンでした。ミュラン様、お仕事いってらっしゃい!」
「あぁ。行ってくる」
立ち上がりながら、ミュラン様はデュオラさんに尋ねていた。
「……しかし、デュオラ。妖精祭のことならすべて確認済みだったと思うが? 20年前と同様にすれば済む話だ。固定化された儀式に過ぎないだろう?」
「我ら妖精にとっては古来馴れ親しんだ祭りではありますが。閣下が当主となられて以降、初めての祭りですので。念には念を入れませんと」
妖精祭《ようせいさい》? 我ら妖精?
ふたりの会話を聞いているうちに、わたしの頭には疑問符が浮かびまくっていた。
「閣下。夫人がなにやらお聞きになりたそうなお顔をしておいでですが?」
「あぁ。どうしたんだい、リコリス?」
ふたりがわたしを気にかけてくれたから、遠慮なく聞いてみることにした。
「すみません、ひとつ聞いても良いです? 『妖精祭』って何ですか?」
「「ん??」」
と、ミュラン様とデュオラさんが、そろって首をかしげている。
「リコリス。……君、まさか妖精祭を知らないのか?」
「知りませんね。なんですかそれ」
「閣下。もしや、夫人にまだご説明していらっしゃらないのですか!?」
「あぁ、僕からはしていない。あえて説明する必要があるのか? ……妖精祭なんて、国民全部が知っているあたりまえの行事だと思っていたが」
んん??
「知りませんよ、なんですか妖精祭って!」
「5年に一度の祭りだよ。人間と妖精の末永い友好を祈って、四聖爵が交代で主催者になる祭りなんだ。今年はちょうど、我らアスノーク公爵家が執り行うことになっている」
「えっ! どうしてそんな重要なこと、教えてくれないんですか!? 主催者!? わたし、あなたの奥さんなんだから、準備しなくちゃダメでしょ?」
「主催者と言っても、実際に祭りを執り行うのは、当家に住む妖精たちだよ。僕と君は人間だから、ほとんど眺めているだけだ」
「妖精たち……?」
わたしは、きょろきょろと周りを見回した。
「ミュラン様。このお屋敷に妖精なんか住んでるんですか? わたし、2年も住んでて一度もあったことがありませんけど。……どこにいるんです?」
「「ん?」」
ミュラン様とデュオラさんが、ふたたび驚いて目を見開いている。
「……リコリス、まさか。今まで知らなかったのか? アスノーク公爵家で暮らしているのは、僕と君以外の者はすべて妖精なんだが」
「はい――――!?」
なにそれ! いきなり突拍子もない話を聞かされちゃったけど!?
「……うそでしょ!? 妖精って、手のひらサイズの可愛い子で、背中に羽が生えてるんじゃないんですか?」
「おそれながら申し上げますが、夫人……。貴女のおっしゃっているのは、ごく一握りの妖精に過ぎません」
「じゃあ、侍女のロドラやアビーも妖精!? どう見てもふつうの中高年女性でしょう?」
「いえ、とんでもない。彼女たちも、もちろん妖精です。ロドラ様は高位の聖水妖精《ウンディーネ》、アビー殿は屋敷妖精《ボーガン》です。……ちなみに、私も妖精ですが?」
「デュオラさんも!? あなたって何者ですか!」
わたしが尋ねた瞬間に、デュオラさんは「どやっ」とした笑顔を浮かべた。
「私の正体をお知りになりたいですか、夫人?」
「え、ええ。まぁ……」
「ほう! 左様ですか! 私をお知りになりたいと。……そうですか、いやしかし参りましたな」
これまで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべながら、デュオラさんはもったいぶっている。
ミュラン様は冷めきった態度で、デュオラさんに何やら釘を刺していた。
「おい、貴様、やめろ」
「いや。夫人のご命令とあらば仕方ありませんね! お見せしましょう、私の真の姿を」
「こら、自粛しろデュラハーン!」
デュラハーンって何? デュオラさんのこと?
ミュラン様が止めるのを無視して、デュオラさんはいきなり自分の頭を引っこ抜いた。
頭を。引っこ抜いた。
「きゃぁああああああああああああああああああああああ!!」
「お喜びいただけましたか、夫人! そうです、私の正体は首無し騎士………………おや? 夫人?」
「しっかりしろ、リコリス! デュラハーン、この馬鹿者が!!」
そこから先は、記憶がない。
あとで侍女たちから聞いたところによると、わたしは白目をむいて気絶し、ミュラン様に抱きかかえられて部屋に運ばれたということだ。
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