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【23】妖精王アルベリヒ

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「わたし……妖精の森に行くの、初めてです」
「だろうね。一般の人間が踏み入ることを、妖精王が厳しく禁じているからな」

ペガサスに乗って飛翔しながら、わたしはミュラン様とお話をしていた。
そろそろ夜明け。眼下の景色は、都市から村へ。どんどん、人の少ない自然本来の風景に置き換わっていく。

「人間と妖精は、基本的には『隣人関係』なんだよ。互いに淡い友好を維持しつつ、干渉しすぎることを避ける。人間のなかでは四聖爵だけが、妖精を使役することを許されている」

ほら、ごらん。国を抜けて、妖精の森に入るよ――と、ミュラン様は囁いていた。

わたしたちの住むヴァリタニア王国は、島国だ。
大ヴァリタニア島という島の、南半分がヴァリタニア王国。

北半分が、妖精の王様が治める『妖精の森』。
絶対に踏み入ってはいけない、魔法に満ちた場所だと聞いている――許可のない人間が入り込むと、すぐ道に迷って、死ぬまで彷徨い続けることになる、と。

「ミュラン様。……わたし、森に入っちゃって大丈夫なんですか?」
四聖爵ぼくと一緒なら、大丈夫だ。実は僕は、四聖爵のなかでは一番、妖精王に好かれているんだ。彼とは、ほとんど友人だと思ってくれて問題ない」

へぇ。そうなんだ……


   *

大きな湖のほとりにペガサスで降り立つ。
ペガサスをその場に残し、聖水妖精ウンディーネロドラの案内に従って、わたしたちは道なき道を進んだ。どれくらい歩いたか、時間の感覚がないけれど――

「奥様。まもなく妖精王との謁見でございます。絹のヴェールでお顔をお隠しくださいませ」
と、ロドラがわたしの顔に長いヴェールを掛けた。
ちらりと見ると、ミュラン様も自分の口元を絹のハンカチで隠している。

「妖精王さまと会うときは、顔を隠すのがマナーなのね?」
「えぇ。人間の吐息を、妖精王は嫌いますので。ですが、恐ろしい方ではありません。ご安心くださいませ」

妖精王……とんでもない存在と会うことになってしまったわ。
どうしてこんな流れになったんだっけ……?
昨日からとんでもないこと続きで、いい加減あたまが麻痺してきた。

  夜会
  ↓
  逮捕
  ↓
  尋問
  ↓
  脱走
  ↓
  妖精王(今ココ!)

非現実のオンパレードだ。……おうちに帰りたい。

(……でも、帰れるわけないわよね。わたし、逮捕されちゃったんだもん。ミュラン様がどういう考えで妖精王に会いに来たのか知らないけど、ともかく付いていかなきゃ!)

進む以外には、私に道はない。だからともかく、ミュラン様を信じて一緒に行くしかない。

樹々の合間を進んでいたら、いきなり開けた丘に出た。古代の遺跡みたいに、居並ぶ石柱が神秘的だ。ロドラに導かれ、わたしたちは丘の中央にある祭壇のような場所の手前でひざまずいた。

「旦那様、奥様。まもなく、妖精王がお見えになります」


(ドキドキする。怖いけど……きっと大丈夫だよね。「妖精王は僕の友達みたいなものだ」って、ミュラン様も言ってたし……)
深呼吸して、心を落ち着けてみた。でも、

『はぁ!? ミュランかよ、なに来てンだよお前! 呼んでねーよ、さっさと帰れ帰れウゼェ!!』
という怒鳴り声がいきなり耳に刺さってきたから、泣きそうになった。どこが「ほとんど友人」なんですか、ミュラン様……

『いい気分で昼寝してたのに、なに起こしてくれてンの、お前!?』
「妖精王アルベリヒ陛下に置かれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます」
『しゃべるな、クセェ! 人間の吐息まじクセェ!!』

妖精王は、見た目14,5歳くらいの少年に見えた。
麻布の簡素な服を着た、黒髪の少年だ。……ぜんぜん王様っぽくない。
瞳が虹色なのと、頭から鹿の角みたいのが生えてること以外には、人間と全然変わらない。

(うわぁ、頭からツノ生えてる……。妖精っぽい)
ヴェール越しにチラ見して、カルチャーショックを受けてしまった。

『……で? ぶっちゃけ何の用? 用事があるんなら、さっさと済ませて帰れよ』
「今日はアルベリヒ陛下にお願いがあって参りました。――あ、土産もお納めください、どうぞ」

すごくイヤそうな顔で文句を言おうとした妖精王に向かって、ミュラン様はすかさず携帯していた荷袋を差し出した。妖精王は、くんくんと鼻をひく付かせてから、目を輝かせて荷袋を抱きしめた。

『うわぁぃ、チョコレートだっ!!』
「舶来の特級品を用意してきました」
『なんだお前、気が利いてるじゃん。ちょっとは大人になったみたいだな!』
「私の願いを聞いてくださったら、追加で荷馬車5台分のチョコレートを用意いたします」
『ホント!? お前、話の分かるやつになったなぁ!』

おいしそうにガツガツとチョコレートを頬張っている妖精王を、ミュラン様は涼やかな笑顔で眺めていた。……どうやら、首尾よく進んでいるらしい。

『で、お願いって何よ。聞いてやらないこともないけど?』
「私の妻を預かってください」

はぇ??

いきなりに自分の話題が飛び出してきたから、わたしはビックリしてしまった。

(ちょっと待ってよミュラン様! どうしてわたしを妖精の国に預けるって話になってるの?)

と、思わず突っ込みそうになったけど流石にガマンした。……この場面で突っ込めるほど根性が太くない。脇で控えているロドラも、わたしに「声を出してはいけませんよ」と視線で言っていた……。

妖精王は、うざったそうな顔でミュラン様を睨む。わたしのことは眼中にない様子だ。
『……お前の嫁を、なんで僕が預からなきゃならない訳?』

「人間に手出しできない安全な場所で、彼女を保護したいのです。私の妻リコリスは、命の危機に脅かされています。私が安心して戦うためにも、アルベリヒ陛下のお力添えを頂戴いたしたく」
『あぁ。そりゃダメだ』

妖精王に拒否されて、ミュラン様は静かに口をつぐんだ。

『ミュラン、人間同士のトラブルに妖精を巻き込むのは、マナー違反だよ。……いくら四聖爵おまえの頼みでも、聞いてやれないね。人間と妖精の関係って言うのは、そういうもんだろ?』

「……隣人関係、ですね」

『そう! 人間と妖精は『お隣りさん』なの。分かる? スープの冷めない距離ってやつ。お前の嫁がどういう事情で人間に狙われてるか知らないけどさ、人間同士のゴタゴタに、僕が首突っ込んだら面倒くさいことになっちゃうだろ?』

「無茶を承知で、お願いします。敵の女は、優れた呪術師である可能性が高い。王国内でリコリスを隠していても、暴かれる恐れがあります。しかし妖精の森なら、あの女でも手出しできません。ほんの数日かくまっていただければ、それ以上は絶対にご迷惑はかけません。私が敵の悪事を暴くまでの、数日だけでよいのです。……他に頼める相手がいません」

面倒くさそうな顔で聞いていた妖精王は、意地悪っぽくニヤッと笑った。

『チョコレートだけじゃ足りないよ、ミュラン。妖精王を使いパシリにするってんなら、お前は対価になにを差し出すつもりなの?』

ミュラン様は、無表情に沈黙していた。

「対価についてはもちろん考えたのですが、……思いつきませんでした。財宝をいくら積まれても、アルベリヒ陛下はお喜びにならないでしょう?」

『そーだね。人間の手あかの付いたモノなんて、基本的には全然欲しくない! チョコレート以外は、ちっとも魅力を感じないよ』

「ご所望のものをおっしゃってください。最大限努力します」
『じゃ、お前の命でも貰っておこうかな!』

――え?

妖精王の口から軽やかに、とんでもない言葉が飛び出した。

『どう? 妻のために命を懸けるって、美談としてはまぁまぁ面白いじゃない? 僕も少しは協力してもいいかな、って気分になるかも』

「陛下は、私の命をご所望ですか」

ちょっと、ミュラン様……

『うん。後払いでいいよ? お前がトラブルを片付けてくるまでは、待ってあげる。そのあときちんとお前が、僕に命を渡しに戻って来るか、楽しみに待ってようかな! 逃げたら逃げたで娯楽的におもしろい。そしたらまぁ、嫁の命は保証しないけどね?』

待ってよ、どうしてそんな話になるの……? 

「――私は逃げません。証明してご覧に入れます」
ミュラン様が固い声でそう答える。

「陛下ならそうおっしゃるかもしれない、と覚悟はして参りました。構いません。……私が欠けた後は、どうか新たな四聖爵に力をお与えください。それならば、私は――」

「なにバカなこと言ってるんですか! ミュラン様!!」
わたしは、妖精王とミュラン様の会話に割り込んでいた。

「どうして勝手にサクサク話を進めちゃうんですか!? なんでわたしを隠すかわりにミュラン様が死ぬんです? どう考えてもおかしいでしょ!」

わたしは、妖精王に向き直って礼をした。

「妖精王さま! ミュラン様が変なこと言っちゃってすみませんでした。今の話は全部、なかったことにしてください! わたしを匿ってくださらなくて結構です! ミュラン様は王国にとって必要な人なので、命をさしあげるわけにはいきません!」

「こら。リコリス、何を勝手に」
「勝手なのはミュラン様でしょ!?」

妖精王の前で、わたしとミュラン様は言い合いを始めてしまった。

「リコリス。黙っていろ。アルベリヒ陛下に失礼だ」
「知りませんよそんなの! なに無謀な計画立てちゃってるんですか、あなたらしくない! わたしのことなんか、放っておけば良いんですよ!」

「悠長にしていたら、君が死刑にされる危険があるだろう! フィアは他人を奴隷化できるんだ、何をしでかすか分からない!」
「だからって、ミュラン様が命を賭けるとか――」

妖精王はなぜか、ぽかーんとした顔でわたしを見ていたのだけれど。
不意にわたしたちの間に割り込んで、わたしの顔のヴェールを剥ぎ取ってしまった。

「あっ」
なに? 人間の吐息が臭いから嫌いとか言ってたくせに、なんでヴェール取っちゃうの?

ヴェールを返してもらおうと思って、妖精王の顔を見ると――
妖精王は、愕然とした様子でわたしの顔を見つめていた。

『う、うわ…………………………………………うっわ……』
「…………あの。なんでしょうか」



『ぶっ、ふわぁああああああああああああああ!? なんだこの美少女はっ!!!?』

はい??

妖精王は悶絶しながら、わたしを指さして『美少女』『美少女』とわめき散らしていた。
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