29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ

文字の大きさ
9 / 35

【7】あなたに伝えたい言葉

しおりを挟む
リハビリ生活も、早1か月半。すっかり会話も上達し、握力もついてきた。最近は、全身を動かす練習も行っている。ところがラファエル様にとっての私は、相変わらず頼りない庇護対象のままみたいだ。

「シスター・エルダ。はい、あ~ん」
「……ラファエル様。私、自分で食べられますから!」
今日も今日とて、彼は私にお手製のはちみつプディングを食べさせようとしてくる。

目覚めた当初とは違い、今の私は自分で手足を動かせる。だから、いつまでも餌付けみたいなことをされるのはイヤだ。

私にも、修道女としてのプライドがある。こんな恥ずかしいこと、今日こそは絶対に断らなければ。

「……ラファエル様。私、自分で食べられますから! 見ての通り、私はすっかり元気になりました。ですから、もう『あ~ん』は必要ありません」

「何をおっしゃるんですか、シスター・エルダ。あなたが昏睡状態から回復してから、まだたったの1か月半ですよ。『無理は禁物』と医師も言っていたでしょう? それに私は、ようやく目覚めてくれたあなたに心を尽くしたいんです」

ああ、ダメだ。
結局いつものループに陥ってしまい、私は今日も餌付けされてしまった。ラファエル様の手作りプリンが美味しすぎるせいかもしれない。

「まるでひな鳥のようですね。やはり、あなたはとてもかわいい」
「!?」
顔を真っ赤にして戸惑う私見つめ、ラファエル様は少し面白がっているようにも見える。もしかして、私を恥ずかしがらせて遊んでいるのだろうか……だとしたら、子どもの頃よりひねくれた性格になってしまったのかもしれない。

まあ、貴族社会で10年近く揉まれていたら、多少は性根も曲がるだろう。

「あなたが元気を取り戻すまで、いいえ、その後も生涯に渡って私がしっかりとあなたをお守りします。身を尽くしてお世話しますので、安心して私にすべてを委ねてください」

ダメだ。ダメだダメだ。さすがにもうこれ以上は、ラファエル様に迷惑を掛けられない!! 

(少しでも早くリハビリを完了させて、自立した生活を送れるようにならなくちゃ……)

ラファエル様と過ごしていると、申し訳なさばかりが込み上げてくる。がんばらなきゃ、がんばらなきゃと気ばかり焦る毎日が続いていたが、ある日嬉しい変化があった。それは……。

お風呂の許可だ!

「エルダ様、とても順調にご快復なさっていますね。今日からは、ご入浴いただいてもかまいませんよ」
という入浴許可を、ドクター・ピーナがくれたのである。

立ち上がったり座ったりといった動作ができるようになったので、侍女の介助があれば安全に入浴できると判断してもらえた。

「ありがとうございます、ドクター・ピーナ! あの、薬湯にしてもいいですか?」
ウキウキしながら、私はドクターに尋ねた。
「ええ。もちろん問題ございません。体を温めるジンジャーや、リラックス効果のあるカモミール、ラヴェンダーなどがよろしいかと思います」
(やった~!)

今まではタオルで体を拭いたり、桶に汲んだお湯で清めるだけだったから、お風呂に入れるのが嬉しくてたまらない。私はもともと、バスタイムが大好きだったのだ。

今日はリハビリを早々に切り上げ、夕方から車椅子で浴室に連れて行ってもらった。ミモザ、アニス、ローゼルの侍女3人組に、湯船に入らせてもらう。

「シスター。お湯加減はどうですか?」
「最高よ……!! ありがとう、3人とも!」

湯船の中でゆったりしながら、私はミモザたちにお礼を言った。お湯がじんわり心地よく、体の芯まで温まっていく。
「あぁ~。幸せ~」

間延びした私の声を聞いて、3人が嬉しそうな顔をしていた。
「そういえばシスターはお風呂が大好きでしたよね!」
「お風呂あがりにいつも牛乳飲んでましたっけ」
「そうそう、腰に手を当ててぐびーっと」

「……あなたたち、そんなことまでよく覚えてるわね」
「今日もお風呂上がりに1本行きますか? 冷えたの、ご用意しますよ」

ラファエル様の前では礼節正しい侍女として働いている彼女たちだけれど、彼がいないと口調が少し砕けて、気が緩んだ感じになる。だから私もすごく気楽なのだ。

「ふふ。あなたたちと喋っていると、安らぐわ」

「わたしたちも、本当はもっと沢山シスターと一緒にいたいんですよ」
「そうそう。積もる話もいっぱいありますし」
「でもラファエル様が一日中べったりですからね」

そうなのだ。
私の一日は、かなりの割合でラファエル様とともにある。食事やおやつを食べさせてくれて、午前と午後のリハビリもほぼ付きっきりのラファエル様……。彼の笑顔を見ていると、申しわけない気持ちが込み上げてくる。

湯船に肩まで浸かりながら、はぁ――と長い息を吐き出した。

「私もできれば、ラファエル様のリハビリは遠慮したいのよね。でも、辞退しようとしたら断られてしまったの。……どうにかして、ラファエル様から距離を取らなくちゃとは思うのだけれど」
何気なく本音をこぼすと、ミモザ達は苦笑していた。

「シスター。それ、ラファエル様が聞いたらすごく悲しむかも……」

しまった……失言だった。
気が緩みすぎて、つい余計なことを漏らしてしまった。

「もしかしてシスターは、ラファエル様を嫌いになってしまいましたか?」
「そんなことないわ! でも……心苦しくて」

決してラファエル様を迷惑だとか不快だとか思っているわけではない。
ただただ、申し訳ないのだ。

「命を助けてもらっただけでも十分なのに、こんなに迷惑かけてしまって。本当は、私が皆を守る立場だったはずなのに……」

彼女たちは、私の声に耳を傾けていた。

「それに、大人になったラファエル様との接し方もよく分からないの。子どもの頃みたいな態度で良いわけがないし、でも丁寧にすると寂しそうな顔をされるの。だから、一緒にいるのが申し訳なくて」

「シスター。難しく考えなくていいと思いますよ」
「え?」
「ラファエル様は、自分の意志でシスターを助けたんです。だから負い目なんていらないし、昔みたいに接すればいいと思います」
「昔みたいに? でも、そんなの失礼でしょう……?」

そんなことありません。と、3人はそろって首を振っていた。

「もしラファエル様に恩を感じているのなら、むしろ、他人行儀にするのはやめてあげてほしいです」
「シスターを目覚めさせようとして、ものすごく頑張ってたんですよ」
「だからラファエル様を喜ばせてあげてください!」

「喜ばせるって……どうすればいいの?」

「簡単ですよ。シスターが悲しい顔をすればラファエル様は悲しむし、シスターが喜べばラファエル様も喜ぶんですから。昔から、そうだったじゃないですか」

……言われてみれば、その通りだ。レイはとても優しい子で、私の気持ちにいつも寄り沿おうとしてくれていた。だから、申し訳ない気持ちで一杯な今の私を見て、内心では彼もつらく思っているのかもしれない。

「……! そういえば私、ラファエル様に『申し訳ない』と謝ってはいたけれど、『ありがとう』とは一度も伝えていなかったわ」

沢山助けてもらっておきながら、感謝も伝えていないなんて。こんな自分が恥ずかしい。子ども達には、『ありがとう』の気持ちを大切にするようにいつも教えてきたのに……!

「ミモザ、ローゼル、アニス……本当にありがとう! 私、あとでラファエル様にお礼を言うわ」
目を輝かせてそう言うと、彼女たちは嬉しそうに笑ってくれた。

   *
お風呂から出たあと、私は車椅子でラファエル様の執務室へと連れて行ってもらった。突然の来訪に、ラファエル様は驚いているようだった。

「どうなさったんですか、シスター・エルダ」
「ラファエル様! あの……」

改めて感謝を告げるのは、少しドキドキする。頬が熱くなるのを感じながら、私はラファエル様を見つめた。
「いつもありがとうございます」

ラファエル様は、目を見開いて静止していた。その美しい瞳に、きらきらとした輝きが宿る。

「ラファエル様。私を目覚めさせてくれて、毎日私を支えてくれて本当にありがとうございます。ラファエル様がくださった命を、私、大切にしようと思います」

ラファエル様は頬を染め、緩んだ口元を覆って視線を彷徨わせている。その仕草は、幼い頃のレイが照れているときと同じだ。言葉を探しているようだったが、やがてぽつりと彼は言った。
「……嬉しいです。シスター」

ラファエル様の言葉を聞いて、私も胸の中に華が咲いた気分になった。――きっと、これが正しい在り方なのだ。負い目を感じてつらくなるより、今は素直に『ありがとう』を伝えたい。

本当に、ミモザたちには感謝してもしきれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

甘やかされた欲しがり妹は~私の婚約者を奪おうとした妹が思わぬ展開に!

柚屋志宇
恋愛
「お姉様の婚約者ちょうだい!」欲しがり妹ルビーは、ついにサフィールの婚約者を欲しがった。 サフィールはコランダム子爵家の跡継ぎだったが、妹ルビーを溺愛する両親は、婚約者も跡継ぎの座もサフィールから奪いルビーに与えると言い出した。 サフィールは絶望したが、婚約者アルマンディンの助けでこの問題は国王に奏上され、サフィールとルビーの立場は大きく変わる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 ★2025/11/22:HOTランキング1位ありがとうございます。

処理中です...