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【14】王太子殿下の来訪②
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――あれって、もしかして王太子殿下?
護衛騎士と執事を伴って屋敷から出てきたその人物は、王太子殿下だった。貴族令嬢だった頃に式典で拝謁したことがあるから、間違いない。私が殿下にお会いしたのは10年以上前のことではあるけれど、面立ちや雰囲気には当時の名残が残っていた。
(お客様って、王太子殿下のことだったのね。さすがアルシュバーン侯爵家……そんなすごい方が訪ねてくるなんて)
ローゼルとアニスは、緊張した面もちで冷や汗を流している。ともかく王太子殿下から隠れなければならないそうだから、私も茂みの中で息を潜めてやり過ごさなければならない。
殿下と執事が、門の方に向かいながら会話をしていた。
「王太子殿下。せっかくご来訪いただいたのに、十分なおもてなしもできずに申し訳ございません」
「いや。近くに寄ったついでにと思ったのだが、いきなり訪ねて済まなかったな。あいつが所領に戻るとは、珍しいこともあるものだ」
あいつというのは、ラファエル様のことに違いない。約束もなしに訪ねるくらいだから、親しい間柄なのかもしれない。
「今日はラファエルの〝愛しの君〟にも挨拶ができればと思っていたが、どうやらまだ気が早すぎたらしい。また来るよ」
……愛しの君?
ついつい、聞き耳を立ててしまった。ローゼルとアニスは、なぜか真っ青な顔になっている。
「彼女への面会は次の楽しみに取っておくから、祝いの品だけでも受け取っておいてくれ」
「ありがとうございます」
王太子殿下たちが、私の隠れる茂みの近くを通り過ぎていく。
「結婚式の準備も着々と進んでいるそうじゃないか。先日会ったとき、あいつがそう言っていた。ラファエルとの付き合いはそれなりに長いが、あんなに幸せそうな顔を見るのは初めてだったよ。王家としてもラファエル・アルシュバーン侯爵の婚礼を盛大に祝うつもりだから、そのつもりでいてくれ」
「恐悦至極に存じます」
そんな会話をしながら、彼らは遠ざかっていった。
――愛しの君?
――結婚式?
私は、呆然としながら彼らの背中を見送っていた。
(そっか。ラファエル様には婚約者がいたのね)
すとん。と、なぜか体の力が抜けた。
結婚式を間近に控えた、愛する女性がいるらしい。……それはそうだろう、立場ある人なのだから、婚約者がいないほうがおかしい。私の世話をするために彼は自分の恋愛を後回しにしてしまったのでは……などという考えは、私の身勝手な勘違いだったのだ。
(……なんだ。良かった。あの人は、ちゃんと自分の幸せを築こうとしていたのね。それなら、安心だわ)
安心して、心が軽くなった。軽くなり過ぎて、すかすかになったような錯覚さえ覚えてしまう。
「あ、あの……エルダ様?」
と、ぎくしゃくとした声で呼びかけられて私ははっと我に返った。ローゼルとアニスが、蒼白な顔でこちらを見ている。
「エルダ様。今のお話、聞いちゃいました……?」
どうやら、私には聞かせてはいけない話だったらしい。でも、どうしてだろう?
(……もしかして、私に気を遣わせないために?)
もしかするとラファエル様は「子ども時代の恩人」である私の延命治療に躍起になるあまり、婚約者との結婚を先延ばしにしてきたのではないだろうか? ようやく私が目覚めたから、肩の荷が下りて結婚式の準備を始める余裕ができたとか……? 十分に考えられる話だ。
(……私のせいで結婚が遅れていたという事実を、きっと伏せておきたかったのね。私が気に病んでしまわないように。本当に、なんて優しい人なのかしら)
なぜだか分からないけれど、急に目頭がじわっと熱くなってきた。
「エルダ様!? 泣いてるんですか? ごめんなさい、いきなりあんな話を聞かされたら、ショックですよね……」
「本当にすみませんでした、エルダ様。……あの、ラファエル様は悪気があって隠していた訳じゃないんです。エルダ様が元気になって、心の準備ができてくれた頃に説明しようと思っていたはずで……」
アニスとローゼルは、とても申し訳なさそうにしている。
「……私は大丈夫よ。それより二人とも。私は今の話、何も聞いていないから」
「「え?」」
そういうことに、しなければならないと思った。だって伏せていた情報が私に漏れたとラファエル様に知られたら、二人がお叱りを受けてしまうかもしれないから。
「私は何も聞かなかった。お客様なんて見ていないし、何も知らない。だから、ラファエル様には今のことを報告しないで」
「「でも……」」
「もし私を大切に思うなら、私の我が儘を聞いて頂戴。……お願いよ」
ローゼルとアニスは、困惑した様子で顔を見合わせていた。
「……でも、せめてミモザにだけは共有しておきたいです」
「そうね。あなたたち3人の間でだけは、話してもらっても良いわ」
だから、ラファエル様にだけは知らせないで。と、私は涙を拭いながら訴えた。
「わかりました……エルダ様」
「ひとまず、お部屋に戻りますね」
車椅子に揺られながら、私はぼんやりと思いを巡らせていた。
(お相手の女性にも、申し訳ないことしちゃった。私のせいでラファエル様に会えない日が続いて、結婚式もなかなかできなくて。きっと寂しい思いをしていたはずよ)
本当に、申し訳ないことをしてしまった。
やっぱり私は、一刻も早く自立しなければいけない。早くリハビリを完了させて、この侯爵邸から出て行かなければ。
どうして胸がずきずきしているのか。自分でも、よく分からなかった。
*
その夜、ミモザとローゼル、アニスの3人が私の部屋に大きな花束を持ってきた。
「それは?」
「王太子殿下からの贈り物です」
気まずそうな顔をして、ミモザが答えてくれた。
「え? どうして私の部屋に……?」
王太子殿下は、ラファエル様の『愛しの君』にお祝いの品を贈っていたはずだ。だから、ただの居候に過ぎない私の部屋に飾られるなんておかしい。
「でも、私なんかが受け取って良いお花ではないでしょう? 受け取るべき人は、他にいるはずだわ」
3人は怪訝そうな顔をしていたが、やがて「ああ」と頷いていた。
「いえ、ラファエル様が領地からお戻りになるまで取っておいても、枯れてしまいますし。執事も、エルダ様のお部屋に飾るようにと言っていました」
「執事さんまで?」
もしかして、婚約者の女性は遠くにいらっしゃるのかしら? だから花束を渡せないし、このまま枯れてしまうより病人の目を楽しませるために飾ったほうが良いという意味なのかもしれない。
(もしかすると、婚約者の女性はラファエル様と一緒にアルシュバーン領にいるのかも……)
そう考えると、納得がいった。
「……なんだか、お花にも申しわけがないわ」
本来贈られるべき女性には届かず、代わりに私に渡されるなんて。この美しい花々も、さぞや不本意に違いない。
申し訳ない気分でいっぱいになっている私を見て、ミモザたちは小さく首をかしげていた……。
護衛騎士と執事を伴って屋敷から出てきたその人物は、王太子殿下だった。貴族令嬢だった頃に式典で拝謁したことがあるから、間違いない。私が殿下にお会いしたのは10年以上前のことではあるけれど、面立ちや雰囲気には当時の名残が残っていた。
(お客様って、王太子殿下のことだったのね。さすがアルシュバーン侯爵家……そんなすごい方が訪ねてくるなんて)
ローゼルとアニスは、緊張した面もちで冷や汗を流している。ともかく王太子殿下から隠れなければならないそうだから、私も茂みの中で息を潜めてやり過ごさなければならない。
殿下と執事が、門の方に向かいながら会話をしていた。
「王太子殿下。せっかくご来訪いただいたのに、十分なおもてなしもできずに申し訳ございません」
「いや。近くに寄ったついでにと思ったのだが、いきなり訪ねて済まなかったな。あいつが所領に戻るとは、珍しいこともあるものだ」
あいつというのは、ラファエル様のことに違いない。約束もなしに訪ねるくらいだから、親しい間柄なのかもしれない。
「今日はラファエルの〝愛しの君〟にも挨拶ができればと思っていたが、どうやらまだ気が早すぎたらしい。また来るよ」
……愛しの君?
ついつい、聞き耳を立ててしまった。ローゼルとアニスは、なぜか真っ青な顔になっている。
「彼女への面会は次の楽しみに取っておくから、祝いの品だけでも受け取っておいてくれ」
「ありがとうございます」
王太子殿下たちが、私の隠れる茂みの近くを通り過ぎていく。
「結婚式の準備も着々と進んでいるそうじゃないか。先日会ったとき、あいつがそう言っていた。ラファエルとの付き合いはそれなりに長いが、あんなに幸せそうな顔を見るのは初めてだったよ。王家としてもラファエル・アルシュバーン侯爵の婚礼を盛大に祝うつもりだから、そのつもりでいてくれ」
「恐悦至極に存じます」
そんな会話をしながら、彼らは遠ざかっていった。
――愛しの君?
――結婚式?
私は、呆然としながら彼らの背中を見送っていた。
(そっか。ラファエル様には婚約者がいたのね)
すとん。と、なぜか体の力が抜けた。
結婚式を間近に控えた、愛する女性がいるらしい。……それはそうだろう、立場ある人なのだから、婚約者がいないほうがおかしい。私の世話をするために彼は自分の恋愛を後回しにしてしまったのでは……などという考えは、私の身勝手な勘違いだったのだ。
(……なんだ。良かった。あの人は、ちゃんと自分の幸せを築こうとしていたのね。それなら、安心だわ)
安心して、心が軽くなった。軽くなり過ぎて、すかすかになったような錯覚さえ覚えてしまう。
「あ、あの……エルダ様?」
と、ぎくしゃくとした声で呼びかけられて私ははっと我に返った。ローゼルとアニスが、蒼白な顔でこちらを見ている。
「エルダ様。今のお話、聞いちゃいました……?」
どうやら、私には聞かせてはいけない話だったらしい。でも、どうしてだろう?
(……もしかして、私に気を遣わせないために?)
もしかするとラファエル様は「子ども時代の恩人」である私の延命治療に躍起になるあまり、婚約者との結婚を先延ばしにしてきたのではないだろうか? ようやく私が目覚めたから、肩の荷が下りて結婚式の準備を始める余裕ができたとか……? 十分に考えられる話だ。
(……私のせいで結婚が遅れていたという事実を、きっと伏せておきたかったのね。私が気に病んでしまわないように。本当に、なんて優しい人なのかしら)
なぜだか分からないけれど、急に目頭がじわっと熱くなってきた。
「エルダ様!? 泣いてるんですか? ごめんなさい、いきなりあんな話を聞かされたら、ショックですよね……」
「本当にすみませんでした、エルダ様。……あの、ラファエル様は悪気があって隠していた訳じゃないんです。エルダ様が元気になって、心の準備ができてくれた頃に説明しようと思っていたはずで……」
アニスとローゼルは、とても申し訳なさそうにしている。
「……私は大丈夫よ。それより二人とも。私は今の話、何も聞いていないから」
「「え?」」
そういうことに、しなければならないと思った。だって伏せていた情報が私に漏れたとラファエル様に知られたら、二人がお叱りを受けてしまうかもしれないから。
「私は何も聞かなかった。お客様なんて見ていないし、何も知らない。だから、ラファエル様には今のことを報告しないで」
「「でも……」」
「もし私を大切に思うなら、私の我が儘を聞いて頂戴。……お願いよ」
ローゼルとアニスは、困惑した様子で顔を見合わせていた。
「……でも、せめてミモザにだけは共有しておきたいです」
「そうね。あなたたち3人の間でだけは、話してもらっても良いわ」
だから、ラファエル様にだけは知らせないで。と、私は涙を拭いながら訴えた。
「わかりました……エルダ様」
「ひとまず、お部屋に戻りますね」
車椅子に揺られながら、私はぼんやりと思いを巡らせていた。
(お相手の女性にも、申し訳ないことしちゃった。私のせいでラファエル様に会えない日が続いて、結婚式もなかなかできなくて。きっと寂しい思いをしていたはずよ)
本当に、申し訳ないことをしてしまった。
やっぱり私は、一刻も早く自立しなければいけない。早くリハビリを完了させて、この侯爵邸から出て行かなければ。
どうして胸がずきずきしているのか。自分でも、よく分からなかった。
*
その夜、ミモザとローゼル、アニスの3人が私の部屋に大きな花束を持ってきた。
「それは?」
「王太子殿下からの贈り物です」
気まずそうな顔をして、ミモザが答えてくれた。
「え? どうして私の部屋に……?」
王太子殿下は、ラファエル様の『愛しの君』にお祝いの品を贈っていたはずだ。だから、ただの居候に過ぎない私の部屋に飾られるなんておかしい。
「でも、私なんかが受け取って良いお花ではないでしょう? 受け取るべき人は、他にいるはずだわ」
3人は怪訝そうな顔をしていたが、やがて「ああ」と頷いていた。
「いえ、ラファエル様が領地からお戻りになるまで取っておいても、枯れてしまいますし。執事も、エルダ様のお部屋に飾るようにと言っていました」
「執事さんまで?」
もしかして、婚約者の女性は遠くにいらっしゃるのかしら? だから花束を渡せないし、このまま枯れてしまうより病人の目を楽しませるために飾ったほうが良いという意味なのかもしれない。
(もしかすると、婚約者の女性はラファエル様と一緒にアルシュバーン領にいるのかも……)
そう考えると、納得がいった。
「……なんだか、お花にも申しわけがないわ」
本来贈られるべき女性には届かず、代わりに私に渡されるなんて。この美しい花々も、さぞや不本意に違いない。
申し訳ない気分でいっぱいになっている私を見て、ミモザたちは小さく首をかしげていた……。
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