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【29】デヴォン第九夫人②
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「会いたかったわぁ。お姉さま」
ヒールの音を響かせて、キャロラインは一歩、また一歩と私に近付いてくる。キャロラインの護衛なのか、5,6人の男達が彼女の数歩後ろを歩いている。ガラの悪そうな男ばかりだ……。
私の目の前に立ったキャロラインから香水のキツい匂いが漂ってきて、私は眉を思わずひそめた。
「あなた、キャロラインなのよね……? どうして――」
どうして――……その先の言葉が出なかった。だって彼女があまりに変わり果てていたから。
かつて可憐だったキャロラインの顔は、今では見る影もなく老けて陰湿な性格が丸出しになっている。顔じゅうの小じわは濃い化粧でもまったく隠しきれておらず、小さかった顔は脂肪でたるんで一回り以上大きく見えた。……実年齢は私と同じ29歳のはずだけれど、そうは見えないくらいに老け込んでいる。
「……なによ、その目は」
愕然としている私の態度が気に入らなかったらしく、キャロラインは大きく顔を歪めた。しげしげと私の頭から靴先まで値踏みするように眺めてから、キャロラインは不満そうに鼻を鳴らしていた。
「ふん! お姉さまったら10年も寝てたっていうから惨めに痩せ細っていると思ったのに、随分と身綺麗にしてるじゃないの。……私と同じ歳でしょう? なのにどうしてそんなに若いのよ、腹が立つわねぇ!」
不満を垂れ流すキャロラインは、とても醜悪な顔をしていた。
「キャロライン、どうしてあなたがここにいるの? デヴォン侯爵夫人というのは……」
「わたしのことよ。と言っても、第九夫人だけどね」
「第九夫人……」
第九夫人というのは、要するに八番目の愛人という意味だ。この国は一夫一妻制だが、一部の貴族――とくに古参の有力貴族――の間では愛人を『第二夫人』『第三夫人』……などと呼んで囲うことが黙認されている。
「あんな汚らしいジジイに買われるなんて、本当に屈辱だわ! ……まあ、それでも贅沢な暮らしができるから我慢してたんだけど、最近はろくに金も寄越さないんだから。本当、なんなのかしら、あのジジイ!」
悪態をつくキャロラインを見つめながら、私はダミアンから聞いた話を思い出していた。私の父と義母は借金苦のあまり、借金相手の老貴族に売り払うような形でキャロラインを手放したのだと。
(その老貴族というのが、デヴォン侯爵だったのね……)
貴族社会から離れて久しい私でも、デヴォン侯爵家がアルシュバーン侯爵家と並ぶ国内有数の家門だということくらいは知っている。
「ああ、もう。私の人生、どうしてこんなことになっちゃったのかしら! ダミアンには浮気されるし、お父様もお母様も捕まっちゃって誰にも頼れないし!! ……でもね? 最近、おもしろい知らせを聞いて久々にスカッとしたのよ。エルダお姉さまの、悲惨な暮らしぶりを聞いたらね」
にたぁ……。と、キャロラインがいやらしい笑みを向けてきた。その笑みに、ぞくりと背筋が凍りつく。
「……キャロライン。何の話をしているの?」
「まぁ、しらばっくれちゃって! 家令の婆さんから聞いたわよ? エルダお姉さまったら、用済みになってアルシュバーン侯爵家から追い出されちゃったんでしょ!?」
「……?」
「お姉さまったら本当に惨めねぇ! おかしくてたまらないわ!」
何の話をしているのか、さっぱり分からない。
私は眉をひそめたまま、キャロラインの話を聞いていた。
「お姉さまって、アルシュバーン侯爵家の医療研究事業の被験者だったのよね? 『アルシュバーン侯爵が昏睡状態の修道女を引き取った』って話は、何年も前に聞いたことがあったもの。でも、治療の甲斐あって、最近その修道女が目覚めたという噂を聞いたの」
と、キャロラインは甲高い声でまくし立てていた。
「いばら病の修道女なんて、お姉さま以外にいる訳ないもの。病み上がりで痩せ衰えたお姉さまの顔でも見たら気晴らしになるかと思って、その婆さんに接触したの。口が軽い婆さんで、ぺらぺらとお姉さまの近況を話してくれたわ!」
得意げになって語り続けるキャロライン……。一方、マザー・グレンナは狡猾そうな笑みを浮かべて頷いている。
「患者が目覚めたことで、いばら病の研究事業は無事に終了! 用済みになったお姉さまは、屋敷から追い出された――でも働き口が見つからなくて、生活の見通しが立たずに困っていると聞いたわ。そうなんでしょう、お姉さま?」
「え? いえ、私は……」
思わず否定しようとしたら、マザー・グレンナに口をふさがれた。
「間違いございませんよ、第九夫人さま! この娘は身寄りも稼ぐ手立てもない、惨めな女でございます」
(ちょっ……何を言ってるんですか、マザー・グレンナ!?)
目線で必死に抗議をするが、マザー・グレンナは完全に私を無視していた。
(何なの、これは!? 一体どういう状況なの!?)
頭が真っ白になった私の腕を、キャロラインがきつく掴んだ。
「そんな惨めなお姉さまの為に、優しいわたしがぴったりの就職先を用意してあげようと思ったの。どんな就職先だと思う?」
キャロラインに腕を引っ張られ、マザー・グレンナはそれと同時に私を手放す。よろけた私を、キャロラインがニヤリと笑って見つめてきた。
「娼館よ」
「……!?」
「この近くの歓楽街に、年頃を過ぎた女ばかりを働かせている娼館があるの。そこで働かせてあげるわ。わたしが口を利けば、簡単に雇ってもらえるから。これで職にあぶれる心配がなくなったわね、嬉しいでしょ!?」
唖然としている私のことを、キャロラインはぐいぐいと引っ張るようにして歩き始めた。
「ま……待って、キャロライン。あなた、本気でそんなこと言ってる訳じゃ……」
「本気に決まってるじゃない。年増好きの男どもに、せいぜい可愛がってもらいなさいよ」
「……!」
訳が分からない……でも、身の危険が迫っているのは間違いない。
「離して……離しなさい、キャロライン!」
「痛っ。もう、暴れないでよ! お前達、この女を連れて行きなさい」
キャロラインは、周囲に控えていたガラの悪い男達に命じた。下卑た笑みを漏らしながら、男達が私を拘束する。
――逃げられない。この状況は、本当にまずい。
「助けてください! マザー・グレンナ!!」
マザー・グレンナをふり返って助けを求めた。けれども彼女は、ニヤニヤしながらこちらを見ているだけだった。
(なんで……?)
「いや! 離して、誰か助けて――」
「騒ぐとうるさいから、口も塞いで頂戴」
キャロラインの命令で、男達が私の口に布を噛ませた。
この状況は……本当に、一体何なの。
助けてくれない。誰も私を助けてくれない――。
恐怖できつく目を閉じる。まぶたの裏に、あの人の姿が浮かんだ。
(――――助けて、レイ!)
祈るように心の中でそう叫んだ、次の瞬間。
「――エルダ!」
強く鋭い叫びとともに、靴音の群れが背後で響いた。
ヒールの音を響かせて、キャロラインは一歩、また一歩と私に近付いてくる。キャロラインの護衛なのか、5,6人の男達が彼女の数歩後ろを歩いている。ガラの悪そうな男ばかりだ……。
私の目の前に立ったキャロラインから香水のキツい匂いが漂ってきて、私は眉を思わずひそめた。
「あなた、キャロラインなのよね……? どうして――」
どうして――……その先の言葉が出なかった。だって彼女があまりに変わり果てていたから。
かつて可憐だったキャロラインの顔は、今では見る影もなく老けて陰湿な性格が丸出しになっている。顔じゅうの小じわは濃い化粧でもまったく隠しきれておらず、小さかった顔は脂肪でたるんで一回り以上大きく見えた。……実年齢は私と同じ29歳のはずだけれど、そうは見えないくらいに老け込んでいる。
「……なによ、その目は」
愕然としている私の態度が気に入らなかったらしく、キャロラインは大きく顔を歪めた。しげしげと私の頭から靴先まで値踏みするように眺めてから、キャロラインは不満そうに鼻を鳴らしていた。
「ふん! お姉さまったら10年も寝てたっていうから惨めに痩せ細っていると思ったのに、随分と身綺麗にしてるじゃないの。……私と同じ歳でしょう? なのにどうしてそんなに若いのよ、腹が立つわねぇ!」
不満を垂れ流すキャロラインは、とても醜悪な顔をしていた。
「キャロライン、どうしてあなたがここにいるの? デヴォン侯爵夫人というのは……」
「わたしのことよ。と言っても、第九夫人だけどね」
「第九夫人……」
第九夫人というのは、要するに八番目の愛人という意味だ。この国は一夫一妻制だが、一部の貴族――とくに古参の有力貴族――の間では愛人を『第二夫人』『第三夫人』……などと呼んで囲うことが黙認されている。
「あんな汚らしいジジイに買われるなんて、本当に屈辱だわ! ……まあ、それでも贅沢な暮らしができるから我慢してたんだけど、最近はろくに金も寄越さないんだから。本当、なんなのかしら、あのジジイ!」
悪態をつくキャロラインを見つめながら、私はダミアンから聞いた話を思い出していた。私の父と義母は借金苦のあまり、借金相手の老貴族に売り払うような形でキャロラインを手放したのだと。
(その老貴族というのが、デヴォン侯爵だったのね……)
貴族社会から離れて久しい私でも、デヴォン侯爵家がアルシュバーン侯爵家と並ぶ国内有数の家門だということくらいは知っている。
「ああ、もう。私の人生、どうしてこんなことになっちゃったのかしら! ダミアンには浮気されるし、お父様もお母様も捕まっちゃって誰にも頼れないし!! ……でもね? 最近、おもしろい知らせを聞いて久々にスカッとしたのよ。エルダお姉さまの、悲惨な暮らしぶりを聞いたらね」
にたぁ……。と、キャロラインがいやらしい笑みを向けてきた。その笑みに、ぞくりと背筋が凍りつく。
「……キャロライン。何の話をしているの?」
「まぁ、しらばっくれちゃって! 家令の婆さんから聞いたわよ? エルダお姉さまったら、用済みになってアルシュバーン侯爵家から追い出されちゃったんでしょ!?」
「……?」
「お姉さまったら本当に惨めねぇ! おかしくてたまらないわ!」
何の話をしているのか、さっぱり分からない。
私は眉をひそめたまま、キャロラインの話を聞いていた。
「お姉さまって、アルシュバーン侯爵家の医療研究事業の被験者だったのよね? 『アルシュバーン侯爵が昏睡状態の修道女を引き取った』って話は、何年も前に聞いたことがあったもの。でも、治療の甲斐あって、最近その修道女が目覚めたという噂を聞いたの」
と、キャロラインは甲高い声でまくし立てていた。
「いばら病の修道女なんて、お姉さま以外にいる訳ないもの。病み上がりで痩せ衰えたお姉さまの顔でも見たら気晴らしになるかと思って、その婆さんに接触したの。口が軽い婆さんで、ぺらぺらとお姉さまの近況を話してくれたわ!」
得意げになって語り続けるキャロライン……。一方、マザー・グレンナは狡猾そうな笑みを浮かべて頷いている。
「患者が目覚めたことで、いばら病の研究事業は無事に終了! 用済みになったお姉さまは、屋敷から追い出された――でも働き口が見つからなくて、生活の見通しが立たずに困っていると聞いたわ。そうなんでしょう、お姉さま?」
「え? いえ、私は……」
思わず否定しようとしたら、マザー・グレンナに口をふさがれた。
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(ちょっ……何を言ってるんですか、マザー・グレンナ!?)
目線で必死に抗議をするが、マザー・グレンナは完全に私を無視していた。
(何なの、これは!? 一体どういう状況なの!?)
頭が真っ白になった私の腕を、キャロラインがきつく掴んだ。
「そんな惨めなお姉さまの為に、優しいわたしがぴったりの就職先を用意してあげようと思ったの。どんな就職先だと思う?」
キャロラインに腕を引っ張られ、マザー・グレンナはそれと同時に私を手放す。よろけた私を、キャロラインがニヤリと笑って見つめてきた。
「娼館よ」
「……!?」
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